二つ目の雷
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「……終わったわね」
黒南風はそう一人言ちる。
黒南風の遥か前方には、崩れ落ちたゴブリン達の家屋があった。
黒刻槍葬をトカゲに打ち込んだ時、弾き飛ばされたトカゲの体が衝突して崩れたのだ。
おそらくトカゲの死体もあの下にあるだろう。
「グッ……」
黒南風は膝をつき、そっと自分の胸に手をやる。
そこには、深く抉られた傷口があった。
黒南風の“黒刻槍葬”は、覚醒解放の残り時間を代償にして放たれる、強烈な右ストレートだ。
単純な技だが、それ故に対処は難しく、正に必殺の一撃。
しかしそれでも黒南風が手傷を負ったのは、トカゲが迫り来る黒刻槍葬を前に、脚でのカウンターを決めたからだった。
“大したものだ”
黒南風は心の底からそう思っていた。
圧倒的早さで迫る黒刻槍葬にカウンターを決めた彼の技量に。
迫り来る死に臆さず、攻撃を選んだ彼の精神に。
黒南風は掛け値無しの賞賛を贈った。
「……見事だったわ黒鉄……。……貴方がもし、賢猿との戦いで味方してくれていたなら、あの子を死なせずに済んだかも知れないわね……」
そう言って思い出されるのは、彼の大切な子供達の長兄。
オーク達を率いる、次代の王となる筈の若人だった。
非常に優れた才と器を持ち、自分とは比べ物にならない王となる事を予感させる程だった。
──しかし彼はもう居ない。
「詮無いことね……」
黒南風はそう言って首を振る。
自分に出来るのは、残された子供達に安定した生活を贈る事のみ。
黒南風はそう思い気を取り直す。
「黒鉄の配下達よ!!見ての通り、貴方達の王は死んだわ!彼の武勇に免じ、貴方達の命は保証する!!大人しく投降なさい!!」
黒南風は結界内全てに響く大声でそう叫ぶ。
この結界内に入った時、トカゲと自警団長以外の複数の視線を感知していた。
しかし驚くべき事に、その視線の主はどこを探しても姿が見えなかったのだ。
そして、その視線も彼が自警団長の一撃を受けて以降、一切感知出来なくなっていた。
おそらく、“視線は感じる”と言う黒南風の言葉からスキルを推測し、視線を伏せたのだろう。
おそらく、ユニークかEXクラスの隠密系スキルと、相応の頭脳の持ち主。
黒南風は是が非でも彼等が欲しかった。
しかし──
「……反応無し……か」
そう言って黒南風は溜息を吐く。
まぁ、当然であろう。
彼等にとって自分は主人を殺した仇。そもそも大人しく出て来て殺されない保証も無い。
この状況で出て来る愚か者なら、寧ろ配下には要らないかも知れない。
そう思った黒南風は、無言で彼等を探し始めた。
ーーーーーー
「ライトニングッッ!!」
ジャスティスの言葉に反応し、分身に大楯を構えさせるステラ。
しかし彼から雷撃が放たれる事は無く、逆にその隙を突かれて接近を許してしまう。
「“発電蹴りィィィィッッ!!”」
「“斬撃!!”」
繰り出された脚技に、斬撃でカウンターを狙うステラ。
しかしジャスティスは咄嗟に体を捻り、彼女の槍を蹴り上げる。
態勢を崩したステラに再び脚技を放つジャスティスだが、ステラは槍の太刀打ち(※持ち手の事)で防いでそのまま弾く。
着地したジャスティス目掛けて分身達に攻撃させるが、ジャスティスは雷撃で牽制しつつ再び距離を開けた。
大したものだ。ステラは心の底からそう思う。
ジャスティスは間違いなく彼女より下の位階の魔物だ。
位階とは、進化に伴って繰り上がる生態系ピラミッドの様なもの。高くなればなるほどステータスもスキルの性能も上がっていき、強弱の判断基準としては高い確度を持っている。
しかしジャスティスはその差を感じさせない程のステータスを持ち、そしてそれ以上に天才的な戦闘センスを持ち合わせていた。
正直、自分の覚醒解放が顕現六枝で無ければ負けていたかも知れない。
「大したものだな!!白銀!!よもやここまでやるとは思わなかったぞ!!」
「それはこっちのセリフだぜ姫さんよ!!ブタ面の割には楽しませてくれるじゃねぇか!!」
「んなっ!?ぶ、ぶぶぶぶ無礼者ッッ!!」
突然の褒め言葉に戸惑うステラ。
ブタは美しく賢く、そして気高い生き物だ。彼等オークにとってブタに例えられる事は最上の褒め言葉だった。
ステラは顔が熱くなるのを感じていた。
王である父の元に生まれ、その側近であった黒南風と兄に鍛えられたステラは、幼い頃から大人顔負けの力量を持っていた。
年頃になっても、花を摘むより槍を持つ事を好み、普通の女らしく過ごした事は無いに等しい。そしていつしか兄弟と黒南風を除く男のオーク達からは距離を置かれるようになっていた。
兄弟や黒南風、仲の良い女達には、“美人”や、“綺麗”などと言われる事もあるが、男達からのアプローチなど一切無かった。
まぁ、とは言え個人的な場面以外でならそう言った類いの声も聞かれたが、それは周囲に合わせた同調の様なものであり、本心からの言葉では無いと理解していた。
“自分に女としての魅力は無い。ならば、武人として気高く生きたい”
それが彼女の願いだった。
しかし目の前の魔物は、そんな彼女に最上の褒め言葉を使ってきた。
“ブタ面”などと言う、歯の浮く様なセリフを恥かしげもなく送ってきたのだ。
彼女には、自分にそんな言葉が向けられるなんて想像も出来ない事だった。
(落ち着きなさいステラ!奴は敵!敵なのよ!!勘違いしちゃいけない!!)
ステラはそう考え気を取り直し、魔法職の分身に強化魔法を使わせて接近する。
「“高速突きッッ!!”」
「!!」
“高速突き”は文字通り高速で突きを繰り出す攻撃スキルだ。
“突き”と言う、殺傷能力の高い攻撃に補正を加えるこのスキルの威力は高いが、発動後のキャンセルが効かないというデメリットも存在しており、使いどころが難しいスキルでもある。
事実ジャスティスもその直線的な攻撃を躱し、逆にステラにカウンターを仕掛けようとしていた。
しかし──
「!?」
ジャスティスの脇腹を槍がえぐる。
ステラの分身の一体が、ステラの槍を打ち据え、強引に軌道を変えたのだ。
会心の一撃、と言えるだろう。
「……ッ!」
ジャスティスは足の指で槍の太刀打ちを掴み、そこを起点に飛び跳ねる様にして槍から離れた。
「ッ……グッ……!!」
傷を抑え膝をつくジャスティス。
ステラはそんな彼に声を掛けた。
「……今一度言おうジャスティス殿。降伏するのだ」
「……あ?」
「ここまでの戦い、実に見事なものだった。私の顕現六枝を前にここまで戦えた者はそう居ない。しかし限界が来ている事は自分でも分かっているだろう?」
「……」
ジャスティスは何も答えない。
確かにジャスティスは凄まじい天才だ。ステータスが劣るとは言え、上位の将軍クラスの能力を持つ分身六体と、彼自身よりも高い能力を持つステラ本体を相手に五分五分の勝負を成立させていた。
駆け引きも巧みであり、無詠唱のスキルと魔法を組み合わせ、幾度も攻撃を成功させて来た。
しかし、それはあくまでも万全の状態であったならだ。
「……貴殿は確かに天才だ。その才覚は私を凌駕しているだろう。しかし、体力だけは限界がある。そして深手を負った今のジャスティス殿に勝ち目など無い。大人しく降伏してくれたら悪い様にはしない……」
同時に七体の敵と戦う事になったジャスティスは、常に動き回る事を強いられていた。
無論、彼も黙ってそれを受け入れていた訳では無いが、ステラは意図的に運動量を増やす様に連携して攻め立て、疲労を蓄積させて来たのだ。
そして、それら全てが先程の攻撃へと繋がっていた。
しかしジャスティスは笑みを浮かべる。
「……随分と優しい事で。思わずお前のブタ面にキスしたくなるぜ」
「なっ、なっ!ななな何をいきなり言うのだ!!私は真面目に話しているのだぞ!!」
「俺様だって真剣に言ってるぜ?ブタ面」
「〜〜〜ッッ!!」
思わず赤面してしまうステラ。
この戦局に来て、彼女の優しさに触れたジャスティスが再び“ブタ面”と口にしたのだ。更にそれだけでなく、“キスがしたい”とまで。
それを窘めた彼女だったが、彼は真剣だと答え、そしてまたもや伝えて来たのだ。“ブタ面”とー
(わ、わわわわわッ!ほ、本気か!?いや、しかし私はオークでジャスティス殿は人獣だぞ!?種族が違うではないか!!確かこの場合、生まれてくる子供はどちらか片方の種族と同じ種族で生まれて来て、混血はしなかった筈。私は曲がりなりにもオークの姫だぞ!人獣の子供が生まれた時はどうしたら……!いや、私とジャスティス殿の子供なら、種族の違いなど跳ね除けてくれるに違いない……って違う!!私とジャスティス殿は敵同士!!……敵同士の……恋……?)
ステラは余りの事に頭がパンクしそうになっていた。
ジャスティスはその様子を見ながら再び声を掛ける。
「ハッ!随分と頭に来てるみてぇだな?だがな、勝負はまだ終わっちゃいねぇ。俺様はまだまだやれんだよ」
「……何を言う。その傷でやり合う等、正気の沙汰とは思えない。それにここまでの戦闘で魔力も尽きているのではないか?」
ジャスティスの言葉に、冷静さを取り戻してそう口にするステラ。
黒南風に不意打ちを仕掛ける為に一度。そして、ステラとの戦闘の最初に二度目の覚醒解放をジャスティスは使用している。
一度目の覚醒解放の威力は凄まじかったが、二度目の覚醒解放はそれ程でも無く、消耗していたのは明らかだった。
そしてそこから更に続く攻防ではジャスティスは魔法を多用しており、魔力も限界が来ている筈だ。
──そうステラは考えていた。
しかし、ジャスティスはそれを聞いて口角を上げた。
「気高き雷獣よ!!
偉大なる汝の咆哮を我が身に宿せ!!
大地を穿ちし雷槌の力ッッッ!!
“万雷千槌ッッッ!!”」
次の瞬間、天空より放たれた雷がジャスティスの体を包み込み、圧倒的な力の奔流が生まれた。
「なっ……!?馬鹿な!!」
余りの光景に思わずそう口にするステラ。
「お前とやり合う時。最初に使ったのは覚醒解放じゃなくてただの魔法だ。幾ら桁外れの魔力量を持つ俺様でも、流石に二発も覚醒解放を使うと疲れちまうからな。確実に勝てると分かるまでは控えてたんだよ」
それを聞いたステラはジャスティスを睨みつける。
「……理屈は分かった。だが、それでも“勝てる”とは些か言葉に過ぎるのでは?私のことを甘く見ているのか?」
「そんなつもりはねぇよ。ただ、勝てるから勝てると言っているだけだ」
「……そうか」
それだけ言うと、ステラは再びジャスティスに槍を向けた。
“残念だ”
ステラはそう思っていた。
覚醒解放を温存していたその手練手管は見事なものだ。
これから放たれる攻撃に対して絶対の自信があるのだろう。
しかし、それが如何なる攻撃であれ彼女に届く事は無い。
それが彼女の解放極技、“六祈神壁”の力なのだから。
“解放極技”とは、覚醒解放時に特定の条件を満たす事で使用出来る、言わば必殺技だ。
通常なら強力な攻撃技である場合が多いのだが、ステラの六祈神壁はそれとは真逆。
六体の分身達を代償に放たれる“絶対防御”なのだ。
ステラの命に危険が及ぶ際、ステラのHPの変動を一時凍結する六祈神壁は、如何なる攻撃も完全に防ぎ切る。
しかも発動中の行動も可能であり、利便性の高い分身達を作り出す覚醒状態と相まって、黒南風ですら掛け値無しに“最強の覚醒解放”と賞賛する程だった。
ジャスティスが攻撃した時、確実にトドメを刺す。
ここまで自分に好意を寄せられた事は初めてだったが、しかしそれに応える事は出来ない。
──彼女とジャスティスは所詮敵同士なのだから。
「フッ……」
ステラは自重気味に笑みを浮かべた。
しばらく続く沈黙。それを破ったのはジャスティスだった。
「……“雷神失墜”」
ジャスティスが弱々しくそう唱えると、ジャスティスから雷光が放たれた。
次に来るであろう攻撃に備え、カウンターを狙うステラだったが──
「……ッハァ……ハァ……」
攻撃はいつまでたっても来なかった。
光が収まると、彼女の視界には片膝をつき、肩で息をするジャスティスが映っていた。
「……不発……のようだな……」
ステラはそう呟く。
無理も無い。覚醒解放は効果と時間に寄るがかなりの魔力量を消費する。
やはりジャスティスの魔力は既に尽きていたのだ。
「……降伏するか?」
最後通告を告げたステラだったが、ジャスティスは首を振る。
「……御託は良い。……さっさと……かかって来いよ。ブタ面の姫騎士」
そう言った彼の目には、強い闘志が宿っていた。
「……残念だ」
ステラはそれだけ言うと、分身達に攻撃を指示する。
最後のその時まで、決して闘志を失わず、そして好意を伝え続けた初めての男。
自分よりも強い男が条件だったが、もし彼がオークで味方だったなら、条件を変えていたかも知れない。
そんな事を考えていたステラだったが、次の瞬間──
「キャアァッ!?」
全身を包むダメージに、思わず声を上げるステラ。
(……これは反作用!?何故反作用が起きた!?)
反作用は、ステラの分身が全員倒された時に起こる反応で、ステラの全MPとHPの70%が消失してしまう。
ステラがダメージに耐えながら視線をジャスティスに向けると、六体の分身達は消え去っていた。
「貴様ッッ!!何をしたッッッ!!」
ステラの問いに、ジャスティスは息も絶え絶えに答えた。
「……“雷神失墜”は、光を受けた対象の雷撃耐性を下げる、高位の耐性破壊スキルだ。俺様の万雷千槌は雷撃に関する全てを、込めた魔力量に応じて上の位階に押し上げる。そこに上限は存在しない。俺様はありったけの魔力を込めてお前の雷撃耐性を破壊したんだ。それこそ、致命的な弱点となる程にな……」
そしてジャスティスは本来なら牽制程度の役にしか立たない放電でステラの分身を撃ち砕いたのだ。
困惑するステラは、裏返りそうな声でジャスティスに聞く。
「馬鹿なッッッ!?そんな……そんな覚醒解放有り得ない!!それが事実なら、何故最初から使わなかった!?」
「……発動……条件だよ。一定以上のダメージを受けて無けりゃ使えないスキルなのさ……。苦労したぜ?お前さんを乗せるのはな」
「〜〜〜ッッッ!!」
ステラは槍をしかと握り、ジャスティスに向かって走り出す。
最早迷うまでも無い。彼の万雷千槌は、否。“白銀のジャスティス”は、間違いなく黒南風の命に届く。
目覚め始めた“女心”より、“騎士”である事が優ったのだ。
──しかし、それは既に手遅れだった。
「“ビットボルト”」
「ぐっ!?」
胸を撃つ雷撃に、意識が離れていくステラ。
(私よりも……強い……男……)
しかし本当に致命的だったのは、彼女の胸を撃った二つ目の電撃。つまり恋の雷だったのかも知れない。
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