無傷
ーーーーーー
“覚醒解放”
この世界の魔物達の魂に刻まれた、究極の奥義……らしい。
まぁ、私の群れで使える魔物がジャスティスしか居ない為詳しい事は分からないのだが、スキルやステータス、クラス等に代表される、“この世界のシステム”に対して独自の改変を起こすものの様だ。
ジャスティスの場合は、雷撃に纏わる全てを上の位階へと押し上げ、あの雌のオークは恐らく自分に適性のあるクラスを擬似的に分身として再現しているのだろう。
私は改めて黒南風を見る。
黒刻風装と言ったか。奴が詠唱を終えてから、奴の周囲には黒い風が纏わり付いている。
これはジャスティスの万雷千槌とほぼ同じ反応で、奴も何がしかのスキル等を底上げするタイプの覚醒解放なのかも知れない。
奴は“最弱の覚醒解放”と言っていたが、“世界のシステムを改変する”と言う覚醒解放の性質上、侮って良いものではない。
それにどんな覚醒解放であろうと、使い手が奴である以上脅威なのだ。
奴は分かっている。スキルだろうが何だろうが所詮は生き残る為の道具に過ぎず、その使い手の資質こそが全てなのだと。
ジャスティスとの戦闘経験が生きた。ここから先、油断は
出
来な
──い?
視界が回転している。
天と地が入り混じり、まるで絵の具を垂らした水の様にうつろっている。
全く現実感の無い光景。自分がどうなったのかも分からない。
やがて、ゆっくりと巨大な腕が私に迫り、そしてー
「ッッ!!“スピニングテイルッッ!!”」
我に返った私は即座にスキルを発動させた。
“スピニングテイル”は文字通り回転しながら振るった尻尾に、STR値の補正を加えるものだ。私は回転している自分の状況を利用してこのスキルを発動させたのだ。
“私が何をされたのか?”
それは単純。ただ走って来た黒南風に拳で打ち上げられたのだ。
それも、圧倒的な速さで。
そして殴り飛ばされた私は錐揉みの様に回転し、今に至る。
スピニングテイルは面倒な発動条件が付く為にレイジングテイルよりも使い辛いが、その分大きな補正値が乗る。
このままブチ抜いてカウンターをしかける。
そう思った私だったが次の瞬間目を疑う光景が映った。
「!?」
奴は振りかぶった拳を瞬時に下げ、尻尾に沿わせる様にしていなしたのだ。
これだけ聞くと、さして凄い事には思えないが、不規則な回転状態から迫る尻尾を捉え、手にダメージが無い様に沿わせるのは並大抵の技量では無い。そして、それを可能とするだけの速度も必要となる。
確かに奴は早い。しかしそれはあくまでも、“オークとしては”という枕言葉が付くものだ。この動作の速さは、オークの速さを超えている。
そのまま私の懐へと入り込む黒南風。奴は尻尾をいなした右の拳を振り上げ、裏拳の様な形で殴りつけようとする。
このまま直撃すれば手痛いダメージになるだろう。
黒南風が。
「“スピニングエッジ”!!」
私がスキルを発動させると、回転している両脚が光を放ち黒南風へと向かって行く。
“スピニングエッジ”
スピニングテイルの脚部版である。まぁ、それ以上でも以下でも無いが、その威力はスピニングテイルを大きく上回る。
これは単純な筋力の差もあるが、発動難易度の違いも大きいようだ。
根拠は無いのだが、この世界が神々のオモチャである以上、そういった面でゲームバランスを調整している様な気がする。
徐々に黒南風へと迫る爪。
先に放った尻尾はいなされたが、この脚は踏み込んだ黒南風を完璧に捉えており、躱す事は出来ない。
行動する前には次の一手を考える。漫画で読んだような内容だが、当事者になってその有用性が良く理解出来た。
私がそんな事を考えていた時、黒南風が動いた。
躱したのだ。私の爪が、奴に届くよりも早く。
なんの難しい理屈も無い。私の爪が迫るのを見て、普通に数歩ほど下がっただけだ。
しかし、それが行われたのは正に刹那の瞬間。
そうか、これ──
「ガァッ!?」
私は背中を打ち付ける衝撃に息を漏らした。
攻撃を躱した黒南風が、背中を殴りつけたのだ。
そのまま数メートル先に飛ばされる。
私は反動をつけて起き上がり、奴を睨みつけた。
「……驚いたわね。確実に殺すつもりで殴ったんだけど、なんで生きてるの?」
おそらく初撃の事を言っているのだろう。疑問符を浮かべる黒南風に、私は金剛堅皮を発動させて見せた。
柔らかな筈の腹部を叩くと、金属同士が当たった様な硬質な音がする。
「無詠唱の防御スキルね……。可愛げの無いこと」
そう言って肩を竦める黒南風だが、正直言ってかなり痛い。平気な風を装ってはいるが、無視出来る程ダメージは小さく無い。
「……貴様の覚醒解放の効果……速度の強化だな?それも、異常なまでの」
それを聞いた黒南風は意味有り気に口角を上げた。
最初は速度強化等の速度強化魔法かと思ったが、強化の倍率がおかしい。
速度強化の上昇率は、元のステータスの1.3倍程。そして、速度強化の上位に位置する多重速度強化は1.6倍程。おそらくもっと上の位階に行けばこれ以上の倍率の魔法も存在しているだろうが、生産職だと自称する奴がそこまで上の魔法を使えるとも思えない。
奴の速度は目算でしか無いが、3倍以上の早さになっていた。
この速度強化こそ、奴の覚醒解放の力なのだろう。
そう思ったのだが──
「残念……ハズレよォッッ!!」
「!?」
次の瞬間、私目掛けて奴が再び土塊を弾き飛ばした。
「チッ!!」
私は半身を捻り躱し、スピニングテイルを発動させる。
この土塊でダメージを狙っていない事は分かる。追撃して来るつもりなのだろう。
再び奴の方向に視線が移るが、しかし私の視界に入って来たのは、2回目の土塊だった。
「〜〜ッッ!!クソったれがッッ!!」
私は仕方なく土塊を尻尾で砕く。そして直ぐさま奴を探すが、視界には入らない。
「後ろよ」
「!?」
私は背後に周った黒南風に蹴り上げられる。そして、空中で無防備に晒された私の腹部にその剛腕がねじ込まれた。
「ッッグハッ!?」
地面に転がる私。
肋骨が軋み、口から血が流れる。
「ゲホッ!!ッッっばっ!!」
「トカゲ殿!!」
激しく咳き込み、血を吐く私に駆け寄ろうとする自警団長。
しかし黒南風は瞬時に彼の前に回り込むと、彼の首を掴み、片手で持ち上げた。
「鬱陶しいわね。私があの子を殺すまで大人しく出来ないの?静かに出来ないなら、多少痛い思いをして貰う事になるわよ?」
「ッッ!!殺すなら殺せ!!この結界を開閉出来るのは俺だけだ!例え死んでも決して──」
そこで彼の声は止まる。腹部には黒南風の拳がめり込んでいた。
「……じゃあ、宣言通りにするわね?」
奴はそう言って自警団長の両足をへし折り、そして放り投げた。
「ぐが!?……ウグッッ!!」
地面に転がり悶える自警団長。あの様子では戦線復帰は絶望的だろう。
私は何とか立ち上がり、奴と向き合う。
「……随分と……惨い真似をするな……」
ダメージが酷い。一呼吸一呼吸に血の匂いが混じる。
黒南風はそんな私の様子を見て鼻で笑う。
「フン。きちんと宣言してあげたでしょ?それに戦場に“惨い”なんて言葉が在るとでも言うの?」
「……あるさ。日常化して気付けないだけでな」
「……詩篇みたいに言うわね。まぁ良いわ。時間稼ぎに付き合うつもりは……無いッッ!!」
奴は再び土塊を私目掛けて跳ね飛ばす。
そして私は走り出した。
その、土塊に向かって。
「!?」
追撃の為に土塊を追って接近していた黒南風は、土塊を破って現れた私に一瞬動きを止める。
これを、この時を待っていた。
奴が目視出来る位置に居て、私の爪が届くこの時を。
“コカトリスの魔眼”。
視界に入った対象を遅延させるこのスキルで、私は奴の両腕を拘束する。
「!?」
驚愕の表情を浮かべる黒南風。私は魔眼で拘束されていない、無防備な胸部目掛けてスキルを発動させた。
「アクシズ……バレットォォォォッッ!!」
光を放つ両足は、奴の胸部へと吸い込まれた。
が──
「……そんな……馬鹿な……!?」
余りの驚愕に、私は自分の目を疑う。
そこには、無傷のまま立っている黒南風の姿があった。
地面に降り立ち、茫然とする私に奴が告げる。
「……貴方は本当に良くやったわ。正直、殺さないといけないのが惜しいくらい。死出の手向けに教えてあげる。私の覚醒解放、“黒刻風装”の力は、“ステータス共有”。自身の持つ最高値のステータスを、任意のステータスとしても計算させるというものなの。私の場合はSTR値が最高値のステータスなんだけど、さっきまではSPD値としても計算してて、今はDF値としても計算させているわ」
私は思わず後ずさる。“アクシズバレット”は、私の中で間違い無く最高威力の攻撃スキルだ。奴の話が事実なら、私が今の奴にダメージを与える事は不可能と言う事になる。
「そして……これが私の“解放極技”……」
そう呟いた奴の腕に、黒い風が集まって行く。
やがて、それは禍々しい渦へと姿を変えた。
「クソッッ!!」
私はコカトリスの魔眼を使用して、距離を取ろうとする。
しかし──
「“魔眼殺し”」
「……なっ!?」
奴がそう呟いた瞬間、魔眼の効果が掻き消える。そして──
「“黒刻槍葬”」
その言葉が耳に入るとほぼ同時に、私は完全に意識を失った。
ーーーーーー