覚醒解放
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「自分が……ですか?」
私の言葉に茫然とする自警団長。どうやら上手く飲み込めていないらしい。
私はもう一度彼に告げた。
「……黒南風を倒す為に、私と組んでくれ」
「……」
ようやく飲み込めたらしい彼が、黙り込んで考え始める。やがて答えが出たのか口を開いた。
「……すいませんが、自分では役に立て無いかと。こう言ってはなんですが、トカゲ殿にも及ばない自分では、良くて逃げ回る事で精一杯だと思います」
そう言って私を見つめる自警団長。その目には怯えなどは無く、純粋に役に立てない事を恥じている様だった。
「それで構わない」
「え……?」
「……私も貴方の能力に関してはある程度把握している。貴方は極めて慎重であり、無理は犯さない。事実、格上であるあのオークとの戦いで一人の死者も出さずに戦い抜いた。私の提案はそれを買っての事だ」
そう、初めて彼を見た時、彼は格上のオークと戦っていた。
その時私は初めて見る亜人の攻防に興奮していたが、ゴブリン達のやり取りから彼の手腕に気付けたのだ。
彼は格上であるオークを倒す為に、自分よりも更に格下のゴブリン達を巧みに用兵し、そして一人の死人も出す事無く戦い続けた。
まぁ、あのオークがゴブリン達を殺すつもりが無かった事も大きいのだが、私は確信していた。
彼は、格上と戦う事に長けているのだと。
しかし自警団長は首を振る。
「……あの時とは違います。確かにあの時は生き残る事が出来ましたが、それは貴方方が助けて下さったからです。それに、あの時のオークには自分でもダメージを与えることが出来たからこそ牽制が成立していました。黒南風は、私の斧ではまともなダメージを与える事が出来無いかも知れません……」
成る程。最もな懸念だ。
確かに黒南風のステータスやスキルが分からない以上、随分と格下である彼では牽制する事すら叶わないかも知れない。しかしそれは──
「……それは、武器によるだろう?」
「……?」
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「やりましたね、トカゲ殿!」
そう言って駆け寄って来た自警団長。
確かに作戦自体は上手く行った。
伏兵を仕込み、黒南風を閉じ込め、私と自警団長で攻撃を仕掛ける。
しかし、村の開閉が可能な自警団長を黒南風が積極的に攻める事は考え難く、戦闘の主体は私となり自警団長は半ば放置される。
そして、尻尾を切られるフリをして尻尾切りを発動。それを自警団長に持たせ、私自身がスキルを使って挟撃する。
こうする事で私と自警団長の間にあるSTR値(物理干渉力)の差は無くなり、彼でも黒南風にも十分なダメージを与える事が出来る。多少の流れの誤差はあるが、完璧と言って良いだろう。
しかし──
「そ、そんな……!?」
自警団長が驚愕の声を上げる。そこには、ゆっくり立ち上がった黒南風の姿があった。
「グフッ……!フ、フフフ……。正直……言って、油断してたわ。まさかそこのゴブリンにしてやられるとはね……。訂正するわ。貴方は想像以上に賢いみたい」
そう言って口角を上げる黒南風。しかし、奴の脇腹からはかなりの血が流れ出ている。先程の私の攻撃で奴の体を大きく切り裂いたからだ。
「……私も正直言って想像以上だ。さっきの挟撃で決着すると想定していたのだが……」
私の先程の攻撃は、私が出し得る最高威力のものだった。
奴にそれを警戒させない為、ほぼ全ての攻防で尻尾を使い、意図的に隠して来た切り札だった。
しかし奴はそれを直撃したにもかかわらず立ち上がって来たのだ。正直、絶対に倒せると考えていた。
だが──
「……だが、趨勢は決した。貴様のその傷は決して軽いものでは無い。それに外を見てみろ。貴様の配下達を。もうそれ程時間も掛からずに軍配も下るだろう」
それを聞いた黒南風は再び結界の外に視線を移す。そこにはスニーキングフェレット達に強襲を受け、防御に徹しているオーク達の姿が映っていた。
外の作戦はククとジャスティスに任せていたのだが、どうやら上手く行っているらしい。
奴自身も深傷であり、決して軽視出来る様な傷では無い。
勝負の天秤はこちらに傾いていると言えた。
「……今なら降伏を認めてやるぞ黒南風。私の軍門に下れ」
先程と同じやり取り。しかしその対象は逆転していた。
それを聞いて黒南風は笑みを浮かべる。
「フフフ、あらやだ。さっきまでとは立場が逆ね?……でもね、それは勘違いよ。私の可愛い娘は、そこまで弱く無い」
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「落ち着けッッ!攻め手は一旦引き、全員で小僧を守れッッ!!」
ステラがそう叫ぶと、強襲を受けて混乱していたオーク達は冷静さを取り戻して少年を中心にして待ち構える。
その堅牢さは相当なものな様で、スニーキングフェレット達は攻めあぐね、そしてオーク達も彼等の猛攻に防御陣形を解く事が出来無い。
膠着状態がしばらく続いた後、ジャスティスとククの前へとステラが歩み出た。
「……思ったよりやるわね。正直、ここまでねばるとは思わなかったわ」
『それはこっちのセリフ。予定では、とっくに殺せてる筈だった。それでなんの用?』
ククはそう言って軽口を叩く。疑問を口にしたが、内心ではその思惑を理解していた。恐らく停戦の交渉なのだろう。
最初こそオーク達の戦力の方が多く、苦戦を強いられていたが、伏兵であったスニーキングフェレット達の奇襲が成功してからは逆転が始まっていた。
捉えたオーク達から能力値を継承してきた彼等は強く、そして奇襲が成功した際にステータス補正がかかるパッシブスキルのお陰でその猛攻に拍車がかかっている。しかしオーク達も防御に適してからの守りは堅牢であり、戦況は膠着していた。
しかしオーク達にとって重要なのはノートの村を確保する事であり、トカゲ達の群れを相手取る事は本意では無い。膠着が続くより、交渉で退かす事を選んだのだ。
──と、そうククは考えていた。
「私の名はステラ。“黒南風のマダム・アペティ”の副官であり、この場に居るオーク達を任されている者だ。ジャスティス殿と言ったな。貴殿がこの群れを指揮している将か?」
「ぅえ?あ、ああ。そうだな。まぁ、一応この場では“頭”って事になるとは思うが……」
突然そう話しかけられて困惑するジャスティス。ジャスティス自身も馬鹿では無い。オーク達が停戦の交渉を望んでククとの協議が始まると考えていた。
しかし、次に聞かれた言葉は彼等にとって想定外の内容だった。
「これ以上の消耗は避けたい。貴殿と私の一騎打ちで決着を付けないか?」
「……へぇ?」
それを聞いたジャスティスの目の色が変わる。そしてそれを察したククがジャスティスに声を掛けた。
『ジャスティス、駄目。口車に乗らないで。このまま交渉をするフリをして時間を稼ぐ。にぃにが黒南風を倒すのを待てば良い』
「それは難しいな。この姫さんはお前のハッタリに気付いたみたいだぞ?」
『!?』
ジャスティスの言葉に驚愕し、ステラに振り返るクク。しかしその表情が揺らぐ事は無く、彼の言うことが事実なのだと理解出来た。
「……あの時は冷静さを失っていたけど、ふと思ったのよ。“開門したのはこの小僧で間違いない。なら、閉門したのは?”とね。そこの白トカゲのユニークスキルについては兎も角、少なくとも結界の中に門の開閉が可能な存在が居る事はそれで分かったわ」
「“……出て来たゴブリンが唱えたとは考えなかったの?”だとよ」
「無いわね。そこは見落として無かった場面だもの。でも、どの道手元にある開門可能な存在はあの坊やだけで、殺される訳にはいかなかった。どうにかもう一度門を開かせようとしてたんだけど、あの坊やは“死んでも開かない”って言って譲らなかった。自分から死のうとする程度には覚悟してたみたいね。陛下が指揮権を私に譲渡してなかったのが仇となったわ……」
「なら何の為に一騎打ちなんてするんだ?あの小僧が死んでも開けないんなら、やった所で状況は変わらねぇだろ?」
皮肉めいてそう返したジャスティスだったが、ステラは笑顔で切り返す。
「臆したか?」
「……あ?」
ステラの言葉に表情を変えるジャスティス。ステラはそのまま続ける。
「貴殿の言う通りだ。確かに一騎打ちをした所で開門される事は無いだろう。例えそれを確約した所で貴殿らが開門するとは思えない。しかし、貴殿との一騎打ちが叶うならば、少なくとも損害無く貴殿の首は獲れる」
「ハッ!随分と俺様の事を甘く見てるみてぇだな?それ全部俺様を倒せる前提で話してるじゃねぇか」
「無論、前提としている。私に怯えて一騎打ちをゴネる様な無様な雄に、私が負けるとは思えないからな」
「テメェ……!!」
『ジャスティス!!』
ククに窘められるジャスティスだったが、ステラは追い討ちをかける様に続けた。
「……貴殿には既にかなりの数の配下を殺されている。陛下は捨て置けと言うだろうが、私としては看過するには些か度が過ぎている。死者が出るのは戦さ場の常だが、それを良しとする将は居ない。貴殿としても、決闘に応じて私の首が獲れれば配下を死なせずに済む。断る理由があるのか?臆病風に吹かれる以外の理由が」
「“ライトニングッッ!!”」
次の瞬間、ジャスティスの手から雷光が放たれる。その雷光はステラの方へと伸びて行き、
そして──
「ギャンッ!!」
ステラの背後へと迫っていた、スニーキングフェレットを弾き飛ばした。
『ジャスティス!!何をする!!』
ククは怒りの声を上げる。ククはジャスティスがステラと話をしている隙にジェスチャーでステラへの奇襲を指示していたのだ。
後は奇襲が成功したら、ジャスティスに攻撃させて確実なダメージを狙うつもりだったのだが、それは他ならぬジャスティスに邪魔されてしまった。
非難の目で見つめるククだが、ジャスティスはステラの手元を指差す。
追う様に視線を移したククだったが、そこには槍を持ち替え、背面に向けて刃を伸ばしているステラの姿があった。
『……!!』
「……あと少しで貫けたものを……」
「させる訳ねぇだろ?この俺様の前でそんな真似をな。……だが良いぜ。乗ってやるよ。確かにその腕前なら、お前さんに出張られたら死人が出ちまうからな」
そう言ってステラと距離を取り、ククを降ろすジャスティス。ククは黙ってそれに従い、フェレット達の元に向かった。
ステラはその様子を見届けた後、オーク達に振り返りこう叫んだ。
「聞くが良い!!誇り高き黒南風の戦士達よ!!今ここに決闘の契りが結ばれた!!お前達の将の力!!しかと見届けよ!!」
「「オオォォォッッッ!!」」
「姫さま!!」「姫さま最高!!」「プリンセス!!」「結婚して!!」「好き!!」「エイドリアーンッッッ!!」
オーク達の割れんばかりの喝采が巻き起こる。
ジャスティスも負けじと振り返り叫ぶ。
「聞いた通りだテメェら!!久々に俺様の力を見せてやるぜッッッ!!」
「親分頑張れ!!」「親分素敵!」「親分最高!!」「親分齧歯類!!」「親分正義!!」「親分ジャスティィィィィス!!」「今回は複雑な気持ちにはならなかった」「流石親分!!」
こちらも喝采が起こる。規模はオーク程では無いが、その熱量は並ぶものと言えた。
ひとしきり声が収まると、ステラがジャスティスに話し掛ける。
「随分と人望があるようね?でも、実力が伴わなければ話にならないわよ?」
「全くその通りだな。お前で俺様の相手が務まるのか?」
それを聞いたステラは笑みを浮かべ、槍を地面に突き立てた。
「溢れ落ちし昔日のカケラッ!
選ばれなかった過去の未来よ!!
我が呼び掛けに応え顕現せよ!
現界せし可能性の力!!
“顕現六枝ッッ!!”」
次の瞬間、ステラの影が六つに分かれ、それぞれが人型となって立ち上がる。
各々が、剣、杖、盾、斧、弓、棍棒を持ち、ジャスティスに向かって構えた。
「私の“顕現六枝”は、それぞれ私とは別のスキルとクラスを宿した分身体を作り出す覚醒解放。ステータスは私の70%程に落ちるが、その連携は並では無い。何しろ私自身だからな。これまでの攻防で貴殿の実力は把握している。降伏するなら認めてやらんでも無いが?」
そう言って口角を上げるステラだったが、ジャスティスも同じように口角を上げた。
そして、天に拳を掲げ彼も唱える。
「気高き雷獣よ!!
偉大なる汝の咆哮を我が身に宿せ!!
大地を穿ちし雷槌の力ッッッ!!
“万雷千槌ッッッ!!”」
瞬間、ジャスティスの体から雷光が放たれる。
「これまでの攻防で俺様が全力を出していたとでも?俺様の覚醒解放、“万雷千槌”は雷撃に纏わる全てを上の位階へと押し上げる究極の秘技だ。降伏するなら認めてやるぜ?」
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「フフフ、あの娘の覚醒解放は、私の知り得る限り最強の覚醒解放よ。ハッキリ言って白銀に勝ち目は無いわ」
そう言って笑う黒南風だが、魂胆は見え透いている。無論、奴もそうだろうが。
「腹の出血は収まったか?私の尻尾も丁度引っ付いた所だ」
そう言って私は奴に向かって尻尾を振る。
私には“中位再生能力”が備わっている。元々放って置いても一晩寝れば尻尾は生え変わるのだが、切断した尻尾が有れば切断面同士を合わせる事で更に短時間で回復する事が可能なのだ。
私は奴が御大層な側近自慢をしている間に自警団長にそれとなく尻尾を付けさせていた。
奴もそれに気付いていたが、自身の傷を塞ぐ為に話を続け、こうして互いの妥協が成立したのだった。
「つれないわねぇ……。腹の探り合いを放棄するなんて……」
「意味が無いだろう。互いに見えている腹を探り合うなんてな。さっさと見せたらどうだ?」
私の言葉に更に口角を上げる黒南風。
「……フフフ、本当に面白い子ね。サービスで一つ教えてあげるわ。ステラの覚醒解放とは対照的に、私の覚醒解放は私が知り得る限り最弱の覚醒解放よ……」
そう言って軽く両腕を広げる黒南風。しかし言葉とは裏腹にその表情は自信と自負に満ちている。
静寂に包まれる結界内。しかしそれは嵐の前の静けさに過ぎない。
やがてゆっくりと奴は口を開いた。
「理の狭間を吹き荒ぶ風よ
我が身に宿りて垣根を穿て
万象穢せし黒風の力
“黒刻風装”」
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