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シンプル

ーーーーーー



 ──この足を切り落としてしまいたい。


 少年はそう思っていた。

 村のみんなを助ける為に。惚れた女を守る為に。

 その為に自ら進んで望んだ任務だった。

 例え命を失っても、遣り遂げるつもりだった。


 しかし少年は今、それとは真逆の目的の為に歩いている。

 その一歩一歩が、自らの故郷を“死”へと近付ける。

 

「誰かッッ……!頼む……!」


 “俺を殺してくれ”


 そう呟いた少年の声は、しかし彼の背後に連なるオーク達の足音に消されていった。



ーーーーーー



「……ねぇ、本当に貴女まで着いて来るつもりなの?“鍵”も居るし、私一人で十分だと思うんだけど……」


「駄目に決まってます!陛下は王なんですよ!?供回りも連れずに単騎で敵地に行くなんて考えられません!!自覚を持って下さいッ!!」


「私に王の自覚が無いのなんて、それこそ“キング”になった時からじゃない。今更そんな事言ってどうするのよ」


「あの時とは状況が違います!本来なら、こうして陛下が出張るのも止めたいくらいなんですよ!?」


「でも、そうしたら白銀と黒鉄には勝てないわよ?確かに“オークプリンセス”で、かつユニークネームドである貴女は連中と同等以上に戦えるとは思うけど、二匹同時じゃあ勝ち目は薄いわ」


「だ・か・ら!こうして二人で来てるんでしょう!?陛下だって余裕がある訳じゃ無いんですから!!」


「はぁ……全く、本当に貴女は母君にそっくりよ。陛下も草葉の陰でお喜びでしょうね」


「今はもう、“陛下”が陛下なんです!自覚を持って下さい!」


「いやよ。私はさっさと引退して仕立て屋に戻りたいの。“王”なんて貴女がやったら良いじゃない」


「陛下!!」


「あ〜ッ、もう。ハイハイわかったわかった」


 黒南風とステラは、会話を続けながら森の中を進んでいた。


 彼等のすぐ前を、様々なクラスとスキルを持つ総勢100名の歩兵が並び、その前を先導する様に少年が進む。


 少年からオーク達までは少しだけ離れており、一人だけ無防備な状態と言えるが、無論それは意図的なものだ。


「……ステラ、暗殺者(アッサシン)達から“念話”は入った?」


「……いえ、異常は無いそうです」


「そう……」


 黒南風はそう言うと、周囲を見回す様に首を動かした。


 黒南風が少年を無防備な状態にしているのは、謂わば“釣り”の為だ。

 

 現在、ノートの村の出入りは厳しく黒鉄達が監視しており、住人が無防備に出て来る事は無い。

 最初の襲撃以降に二度、“鍵”を手に入れる為にオーク達を派遣した事があったが、その度にあっけなく返り討ちに遭っており、ジェネラルニ人と80人ものオーク達を失っていた。

 それ以降、黒南風は配下達に積極的な接触を控える様に指示しており、彼等の手元にノートの村の確率分離結界を抜ける事が出来る存在は少年以外には居ない。


 それ故に少年を取り戻されるか、若しくは()()()かすれば再びノートの村に手出しが出来なくなってしまう。


 だからこそ少年を餌として晒し、黒鉄達を誘っていたのだ。


 “コイツを早くどうにかしなければ、貴様等の巣を潰すぞ”。


 そう、分かりやすいメッセージを添えて。


 しかし──


「……乗って来ないわね」


「……ですね」


 既に全行程の殆どを終え、ノートの村へはあと僅か。

 何か仕掛けるなら、この道中に仕込むと考えていた黒南風の読みは、見事に外れていた。


「陛下の読みが外れてしまいましたね。私も黒鉄は潜んでいると思っていたのですが……」


「そうね……」


 今回の行軍で彼等が最も警戒していたのは、他ならぬ“黒鉄”本人だ。

 黒鉄は奇襲攻撃に極めて高い適性を持つ“異次元胃袋”と呼ばれるスキルを所持している。

 このスキルは、捕食可能かつ圧倒的に能力が低い対象。もしくは、何らかの理由で“動けない”か、“動かない”対象を異次元に収容するというスキルだ。

 

 その収容量は、使用者の100倍の質量までとされるが、現在の黒鉄はかなりの質量を持っており、その気になれば村人全員を収容することすら可能だ。


 少年から、このスキルを黒鉄が所持している事を聞き出していた黒南風は、突如として“敵集団”が現れる事を警戒し、黒鉄の接近には最大限の注意を払っていたのだ。


「……陛下の“視線察知”にも反応は有りませんか?」


「……いいえ。少なくとも、私に視線を一度も向けていないわ」


 “視線察知”はそのままずばり、自分に向けられた視線を察知するスキルだ。

 このスキルの効果は単純なものだが、乱戦や混戦での有用度は極めて高く、黒南風はこのスキルのレベリングを限界近くまで行なっていた。

 その為、敵が隠密に特化したクラスやスキルを所持していても看破することが出来、以前黒鉄の配下を捕獲したのも、このスキルによるものだった。


「陛下のスキルを越えるほどの隠密が使えるという事でしょうか?」


「まず無いわね。スキルレベルも位階に依存するわ。連中の群れの中で最高の位階に居るのは、黒鉄と白銀の二匹。でも、その二匹よりも私は二段は上の位階に居るし、スキルレベル自体もほぼ限界値に達している。クラス補正とかも加味しても、私の視線察知を突破する事は不可能だわ。まぁ、EXやユニーク級の隠密系統スキルなら分からないけど、そう都合良くそんなスキル持ちが居る訳も無いし、それよりも合理的な説明が簡単に出来るわ」


「つまり……」


「ええ。()()()()。ノートの村を囮にしてね」


 それは、黒南風が考えていた中で、最も可能性の高かった黒鉄の選択肢。


 確かに黒鉄と白銀の群れは相当な強さを持つが、それでも正面からやり合えば黒南風達オークの勝ちは揺るがない。

 もし仮に黒南風自身を倒せても、彼の配下達が死滅する訳でも無く、依然として脅威は残ってしまう。

 だからこそ、冷静に判断すれば逃亡するのが最も賢明だと言えた。


 しかし──


「……何となくだけど、黒鉄と白銀は正面からやり合うつもりだと思ってたんだけどねぇ。なんだかデートをすっぽかされた気分だわ」


 そう言って黒南風はため息を吐く。

 確かに、逃亡が最も可能性が高い選択肢だと考えてはいたが、彼は長年の経験から直接戦闘を想定していた。


 黒鉄と白銀の眷族は、高い忠誠心を持っており、それには深い絆の様なものを感じていた。

 だからこそ、そんな彼を殺した自分を見逃す筈が無いと思っていたのだ。


 つまらなそうな顔をする黒南風に、ステラが再び声を掛ける。


「……まぁ、合理的に判断すればそれも当然かと。これまでの戦闘で連中の群れは十分に強化されているでしょうし、他所に逃げてもやって行けると思います。あの小僧も、逃亡時間を稼ぐ為に送って来られたと考えれば納得が行きます」


「……そうね。確かに鍵が手に入った以上、私達の最優先はノートの村だわ。黒鉄なんかに構っている暇は()()無いもの。……だけど、ムカつくわね。命をかけて村を守ろうとする少年を差し出して逃げ出すなんて……」


「……やっぱり陛下、本当はあの小僧の事気に入ってたんですね……」


「ええ。あの坊やの“取り引き”が本当だったなら、私は逃がしてあげるつもりだったわよ?だって素敵じゃない。愛の為に全てを捧げるなんて……」


「理解しかねます」


「もう!貴女はもう少し“女心”ってものを身に付けなさい!そんな事じゃ嫁の貰い手も無いわよ!?折角の美人なのに!!」


「私は私よりも弱い男なんて願い下げです」


「貴女より強い男なんて、どれだけこの森に居るのよ……」


「陛下が嫁に迎えて下されば問題解決ですね。私より強い男ですし」


「嫌よ!!女と寝るなんて吐き気がするわ!!」


「なら私が嫁に行くだの行かないだの言わないで下さい」


「うっ……」


 そんな会話を続けていた彼等だったが、彼等の前を行く群勢が立ち止まる。

 ノートの村の入り口へと辿り着いたのだ。


 黒南風は、少年を囲む様にオーク達を展開させると、ゆっくりと彼に近付く。


「……頼む!村のみんなを見逃してくれ……!!」


 嗚咽を漏らしながら、懸命に助命をこう少年。しかし黒南風はそれを一蹴した。


「それは無理な注文ね。貴方は私に嘘をついたじゃない。残念だけど、取り引きも出来ないわ」


「お願いします……!何でもしますから……!」


 尚も食い下がる少年。黒南風はそっと彼の肩に手を添えてこう言った。


「……そうね、なら“開門”しなさい」


「ウッ……!」


 少年は泣きながら開門の為の呪文を唱え始める。

 黒南風は再び顔を上げると、周囲を見回す様に首を振った。

 しかし、彼の視線察知にはなんの反応もない。


「……やはり逃げたみたいね……」


 見込み違いだったかしら?そんな黒南風の呟きは、少年の最後の詠唱に掻き消された。


「“我、この村の住人なり”」


 次の瞬間、視界が暗転する。

 これはココの村で何度も見た、確率分離結界が解除される時の反応だ。


 やがて、視界が元に戻ると目の前には──


「……どういう事!?」


 思わず黒南風は驚愕の声を上げる。目の前には、()()()()()()()()()()()()()()()()()


「馬鹿な!?」


 ──少年が嘘を付いたのか?


 有り得ない。支配ドミネイトは間違いなく発動している。


 ──結界の位置を変えられた?


 いや、それは無い。この結界を生み出した魔物は既に死んでいる筈だ。


 黒南風の脳裏に様々な疑問が浮かんでは消えていく。

 しかし目の前の事実に変化は無く、ただただ草原が広がっているだけ。


 困惑する黒南風だったが、不意に背後から“視線察知”に反応があった。

 咄嗟に振り返った彼が見たのは、()()()()()()()()()()()()()と、そこで眩いばかりの雷光を放つ()()()()


「よお黒南風。シンプルな罠だったろ?」


 そう言ってニヒルな笑みを浮かべる白銀。

 その両手はオーク達に向かい構えられ、激しい稲光がほとばしる。


「しまっ……!」


「“万雷千槌ノーザンナインティーン”、極星雷光砲」


 次の瞬間、彼の視界を埋め尽くす程の雷撃がオーク達を飲み込んだ。




ーーーーーー


 


 

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