取り引き(後編)
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「なかなかの名演技だったわよ、ステラ。思わず私も本気にしちゃうところだったわ」
「半分以上本気でしたよ、陛下。王である陛下が、あの様な砕けた態度では困ります」
「い・や・よ!私は私。自分らしさを大切にしてるの」
「はぁ……」
少年の目の前で繰り広げられる、オーク達のやり取り。
それは実に平和的で、穏やかなものだった。
しかし、そこに彼は居ない。こうして目の前に立っているのに、そこに居る事自体認識されていない。
まるで、自分の存在が消えてしまったかの様にすら思えた。
「さて、じゃあ新たなる私の配下に質問を始めましょうかね。貴方は何故ここに来たの?偽り無く答えなさい」
少年は再び口を開き、“取り引きの為に来た”と、言おうとした。
しかし──
「戦力と、ココの村の現状を確認する為に来た。そして可能なら、いつノートの村に攻め込むつもりなのか聞き出す予定だった」
(な……口が勝手に……!?)
少年は驚愕する。
口から出たそれは、父から頼まれた、本当の理由。
彼は内密に調査を行う様に、彼の父親から言われていた。
正確に言えば、村の面々で話し合われた時に自分から立候補した、命懸けの任務だったのだ。
例え拷問されたって、何一つ話すつもりは無かった。
それなのに──
「……ま、そうでしょうね。でも、情報を手にしてもそれを伝える手段はあったの?」
「……分からない。俺はただ情報を聞き出せば良いとだけ言われていた」
「……ふぅん?なら、なんらかのスキルで確認してるのかも知れないわね……」
そう言うと黒南風は少年の頭に手を乗せた。
「“ディスキル”」
次の瞬間、少年の全身が淡く光り、プツリと何かが切れる音がした。
「やっぱりね」
その様子を見ていたステラが、黒南風に声を掛ける。
「……如何しましょう?これでこのゴブリンを押さえた事が向こうにも伝わってしまいましたが……」
「別に良いわ。こうして忠実な鍵が手に入った以上、イニシアチブは握れてるしね」
「……!」
少年は、余りの恐怖に顔が歪む。
しかしその恐怖は、これから自分の身に降りかかる悲劇に対して感じているものでは無い。
目の前のオークが、自分にさせようとしている事に対する恐怖。
そして、それに抗う事が出来ないと、確信出来た事への恐怖だった。
恐怖で震える少年を見て、黒南風は凶悪な笑みを浮かべた。
「フフ、随分と怯えているわね?でも、そう。貴方は私の命令を拒絶出来ない。それが私のユニークスキル、“支配”の力よ」
“支配”。
それは書いて字の如く、対象を支配するスキルだ。
その効果は極めて高く、対象になった存在は黒南風の命令には絶対服従となる。
しかし、その効果の高さに伴って発動条件も厳しく、黒南風自身が対象に対して“配下に置く事”を宣言し、対象がそれを受諾する必要がある。
そして、その時の状況から、“一時支配”と“忠誠支配”の二つに分類され、それぞれ効果時間と命令回数が異なる。
「……坊やに掛けられたのは、“一時支配”。効果時間に制限はあるけど、それでも絶対服従には変わりないわ。貴方は私に、“スーヤを殺せ”と命じられれば、それを拒否する事は出来ない」
それを聞いた少年の顔が、更に歪む。
自分の命よりも大切な彼女を、その手にかける事を想像してしまったからだ。
「フフフ、まぁ、流石にそんな悪趣味な真似はしないけどね。……貴方達は私達について、どのくらいの事を知っているの?」
「……“黒南風のマダム・アペティ”が群れの首魁だと言う事。3000に登るオーク達が居ると言われている事。そして、他の二つ名持ちユニークに敗北して、森の外周部まで敗走して来た事だ」
少年がそれを言った瞬間、ステラの表情が憤怒に染まった。
「貴様ッ!!ふざけた事をッッ!!我々は負けて等おらんッッ!!ここまでの撤退も、一時的な物に過ぎん!!それをよくもヌケヌケと敗走等と抜かしたなッ!!」
そう言って槍へと手を伸ばしたステラだったが、その槍が少年を貫く前に黒南風の剛腕がそれを止めた。
「……やめなさい、ステラ。カッとなるのは貴女の悪い癖よ。ユニークネームドらしく余裕を持ちなさい」
「……申し訳ありません……」
そう言うと、ステラは槍を手放す。
「ごめんなさいね?あの子は私の副官の一人なんだけど、血の気が多くてね。……でも、何故私達が敗走して来たと思ったの?少なくとも、こんな外周部までそんな話が出回る程の時間は経っていない筈よ?」
「……黒鉄がそう言っていた。そして、“我々は残党狩りの為に遣わされた”とも言っていた」
それを聞いた二人の顔が歪む。ステラは驚愕に。黒南風は不快感にだ。
「陛下……まさか“賢猿”の手の者なのでは……?」
そう言って不安気に黒南風を見つめるステラだったが、黒南風はそれを否定する。
「無いわね。嘘よ」
「しかし、“支配”を受けた状態で嘘はつけないのでは……」
そう言って食い下がるステラに、黒南風は軽く首を振りながら答える。
「確かに“嘘”は付けないわ。でも、この坊やが嘘だと思っていなければ問題無いのよ。要はこの坊やにとって“真実”なら、それが“事実”と異なっていても“支配”の効果上、問題無く発言出来る。黒鉄が意図的にそうした情報を仕込んだのよ」
「……事実の可能性もあるのでは?」
「無いわね。先ず、連中の直接の眷族であるビーバーから聞き出した情報と齟齬がある。確かに瀕死の状態まで追い詰めないと“支配”を発動させる事が出来なかったから情報量は少ないけれど、“白銀”と“黒鉄”が自然発生した魔物なのは確認出来てる。それに、私達にプレッシャーをかけるつもりなら、“賢猿から残党狩りを命じられた”と言った方が効果的よ。それが無かったのは、黒鉄が“私達が敗走したと判断しているが、誰と戦って敗走したのかまでは分からないから”と考えた方が合理的だわ」
それを聞いたステラは納得した様に大きく頷くが、そこで新たな疑問に気付く。
「陛下。ならば黒鉄はどうやって我々が敗走したと判断したのでしょうか?いえ、我々は敗走した訳ではありませんが、前線から撤退したのは事実。それをどうして知り得たのか……」
「それに関しては正確な事は分からないわね。この坊やに掛けられたスキルを私の配下達に仕込んだのかも知れないし、状況から分析して判断したのかも知れない。まぁ、多分後者だとは思うけどね。前者なら、さっきも言ったけど賢猿の名前が出て来て然るべきだから……」
「成る程……」
ステラはそう言って頷く。しかし黒南風は深く溜め息を吐いた。
「……まぁ、こうして“鍵”が舞い込んだ以上、悠長に構えている必要は無くなったわね。このまま時間が経てば、連中はより多くの情報を集め、どんどんと私達の状況が悪くなるわ。食料の備蓄も無限じゃあないし、“略奪系”のユニークスキルを持つ黒鉄は、加速度的に強くなる可能性を秘めている。新たに賢猿の副官となった、あの醜い蜘蛛女と同じ様にね……」
そう言った黒南風の顔は、憎悪に歪んでいた。
「……あら嫌だ!私ったら、こんな顔して!シワが増えちゃう!」
そう言って彼は右手で自分の顔を撫で下ろすと、顔を何度か両手ではたき、玉座から立ち上がった。
「陛下、どうされましたか?」
「ステラ、貴女の弟に伝えて来て?“貴方が動ける様になるまで待ちたかったけど、そうも言ってられなくなった”とね」
それを聞いたステラの顔が驚愕に歪む。
「まさか陛下!?」
「ええ、今からノートの村を潰しに行くわ」
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