誰かの為の怒り
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『ッ……クソッッッッ!!!』
私は、痛みに耐えながら尻尾を振り抜く。
しかし黒衣の暗殺者は私の脇腹から刃を引き抜くと、そのまま後方へと回避した。
「……今だ!!全員で畳み掛けろ!!」
将軍の言葉に呼応して、再び私へと襲い掛かるオーク達。
『グッ……!』
私は後方へと跳ぼうとしたが、痛みから動作が遅れてしまい、奴等の接近を許してしまった。
私は目前に迫ったオークの足にコカトリスの魔眼を使用し、態勢が崩れた所を狙って尻尾を打ち据える。
尻尾に弾かれたオークは、後ろから迫っていた他の二匹を巻き込んで盛大に転んだ。
私はそのまま彼等に向かい、異次元胃袋に収容していた猛毒ペーストを吐きかけると、どうにか距離を開けて向き直る。
「フハハ!してやられたわ。まさかあのタイミングで閃光を使われるとはな」
目頭を押さえながら、そう言って笑う将軍。
しかしその口振りとは裏腹に、奴の表情には焦り等微塵も見えない。
やがて視界が戻ったのか、ゆっくりと私へと向き直ると、笑いながらこう言った。
「こやつは俺の懐刀よ。俺が一対一の決闘をする時には、いつもこうして助けてくれるのだ」
そう言って暗殺者を指差す将軍。
なんの事は無い。このクズは最初から一対一の決闘なんて、さらさらするつもりが無かったのだ。
『チッ……!』
脇腹が熱い。まるで火かき棒で突かれた様だ。
口から出て来る血は、私の内臓の何処かに傷が入った事を意味している。
“痛恨の一撃”と呼ぶには十分な攻撃だった。
その様子を見て再び私との距離を詰めようとする奴だったが、それを暗殺者が制した。
「……将軍、あのトカゲめは“魔眼持ち”です。これ以上迂闊に近付くのはおやめになった方がよろしいかと……」
「……ほう?」
……見られていたか。
「貴様には随分と驚かされる。本来なら使えない筈の雷撃魔法といい、魔眼といい、何をしでかすか分からない恐怖があるな」
そう言った奴は、足下に落ちていた岩を拾い上げる。そして──
「“投擲石”!」
『グハッ!?』
奴の手から放たれた投石が、私を撃ち抜く。
その衝撃に思わず声を上げてしまうが、奴はそれを見て更に笑った。
「フハハ!いいざまだ!無能な群の長には相応しい姿だな!」
『……!』
私は立ち上がると、奴に向かい走り出す。
今度は奴の手元に注意して、先程の投擲スキルを回避出来た。
しかし後少しの距離まで来た時、奴の手前に控えていた黒衣の暗殺者に蹴り飛ばされ、再び距離を開けられてしまった。
「おおっと、危ない危ない。もう距離を埋めさせるつもりは無いぞ?効果が分かった所で魔眼の厄介さは変わらぬし、貴様の吐いたあの毒は、少々危険なようだしな」
そう言って視線を移す将軍。その視界には私の毒に苦しむオーク達が映っていた。
……ハッキリ言おう。想定出来る範囲の中で、現状は最悪と言える。
私がここ最近、コカトリスの魔眼を多用しないのは、インターバル時間の事も僅かにはあるが、それ以上に切り札的な意味合いが強い。
相手が私の魔眼の存在を知らない状態で、不意打ちとして使用すれば、格上にすら致命的な隙を作り出す事が出来る“コカトリスの魔眼”。
しかし、この切り札は、知られてしまえば“そこそこ牽制に使える便利なスキル”へと成り下がってしまう。
だからこそ多用を避けて、可能な限り使わない様にしていたのだが、結果として看破されてしまった。
次に問題なのは、純粋な彼我の戦力差だ。
あの黒装束は限界まで上がっていた私の物理防御力を貫通し、深傷を負わせるだけの実力を持っている。
将軍自身も私よりも僅かばかりだが上の能力値を持ち、仮に奴等のどちらか片方を魔眼で抑止しても、数的有利は生まれる事は無い。
そして最後、一番単純にして致命的な問題点。
それは──
「随分と苦しそうだな?もはや、貴様が死ぬのも時間の問題だろう。どうだ?楽にしてやろうか?」
笑いながらそう告げる将軍。
そう、私の傷は致命傷だった。
軽微再生能力が機能しているのは分かるのだが、それでもこの出血量は不味い。
少なくとも、じっとしてても治る事は無い深傷だった。
治す為にはスーヤのポーションが必要となるだろう。
「これから先は、俺が“投擲石”で貴様を狙い、接近すればこやつが攻撃する。どちらか片方を魔眼で制限しても、もう片方が貴様を仕留める。さて、どうやって対抗する?」
そう言って喜悦を浮かべながら、此方の反応を伺う将軍。
わざわざ私に戦法を説明したのは、その悪趣味な加虐心から来たものだろう。
「ああ、一つ教えておいてやるが、こやつには猛毒耐性のスキルがあるぞ?少なくとも、あのヤスデの毒でも、即座に死ぬ事は無いレベルのな」
……クソったれが。打つ手無しだ。
私は口を閉ざし、じっと奴を睨み続ける。このままではジリ貧だが、かと言って動く事もままならない。
将軍は黙り込む私を見て、何かを思い付いた様にこう言った。
「……お前の部下は無駄死にだな」
『……ッ!!』
それを聞いた瞬間、私は全力で奴に向かって走り出していた。
──何をやっている!?──
──何故私は奴に向かっている!?──
私は、咄嗟に動いてしまった自分に対して、無数の疑問が浮かんでいた。
今の状況は、奴の言う通り打つ手等無い。例え奴の所まで辿り着けても、黒装束と同時に攻められれば勝ち目なんて存在しない。
そんな事、考えなくても分かりきっている筈だ。
それなのに、何故私は自分を抑えられなかった?
私は、奴に辿り着く前に黒装束に蹴り上げられ、再び地面へと転がった。
「フハハハハッッ!!やはりな!貴様、自分が侮辱されるよりも部下を侮辱される方が堪えるらしい!だがな!!俺の言った事は事実だ!!貴様の部下は無能で!そして、その無能さから貴様等の群れは滅びる!!哀れだなぁ?無能な部下を持って!!」
『黙れぇぇぇッッッ!!』
私は再び奴へと駆け出す。今度はコカトリスの魔眼で黒装束の動きを抑え、そのまま奴へと向かおうとする。
しかし、奴は私の視線が黒装束へと逸れた隙を狙って投擲石を放ち、私はまたも後方へと跳ばされた。
「フハハハハ!!良いな!面白くなって来たぞ!?そうだ!足掻け!!無能なゴミ供の王らしくな!!」
そう言って醜い顔を、更に喜悦へと歪める将軍。
その様子を見ながら私は、今まで一度も経験した事が無い程の激情に包まれていた。
私が児童養護施設に入った時、あの時とは全く違う。
……あの少年が私に対して言った言葉は、紛れも無い事実だった。
私の両親は、共に大手の証券会社に勤めている社員だった。
何も知らない人に、クソ以下の商品を、クソみたいに高い金額で売り付け、手数料を荒稼ぎする。
それが私の両親の仕事だった。
当然、顧客の中には洒落にならない様な損失を被る人も居た。
自分で命を絶った人も、片手では効かないだろう。
私の両親を殺した犯人も、そんな犠牲者の一人だったのだ。
泣きながら土下座をし、金を返して欲しいと言った彼の頭を踏みつけた父。
それを笑いながら見つめる母。
どちらが加害者で、どちらが被害者なのか、子供の私でも一目瞭然だった。
両親を殺した彼は、泣きながら私に謝って来た。
何度も何度も、“すまない”、“申し訳ない”と繰り返し、そして最後には自分の首を切り裂いて死んだのだ。
だから私は彼に対して怒ってはいなかった。ただただ、自分を残して死んだ間抜けな両親に対して憤りを感じていた。
あの時、私が少年に対して抱いた怒りは、両親を馬鹿にされた事に対する義憤等では無い。
彼が私を侮り、そして見下した事に対する怒りだった。
母親が生きている事を羨んだのも、社会的立場が羨ましかっただけに過ぎ無い。
両親にとって私は、社会的な体裁の為の道具でしかなく、そして私にとっての両親も、養育の為の道具だった。
客観的に考えれば“家族”と呼べたかも知れない。
しかし、主観的に見れば、それは“家族”と呼べる関係では無かった。
──そう、私にとっての“怒り”とは、自分だけの為に存在する感情だった。
……そのつもりだった。……その筈だった。
「フハハ!そら!?どうした!!ゴミの王!貴様が死ねば、貴様の部下の死はゴミになるぞ!?もっと足掻け!」
『……ッ!!』
私は再び奴に向かい走り出す。
足は絡れ、息は上がり、全身が痛み、視界は霞む。
何度も何度も奴等に向かい、その度に私は地面に転がる。
しかし、それでも。
それでも、ずっとマシに思えた。
このまま何もせず、家族を侮辱されるよりは。
「フハハハハ!!多少は楽しめたぞトカゲ!!だが、もう飽きた!!貴様はここで死ねッッッ!!」
そう告げると、将軍の手斧が輝き出す。
奴はそのまま大きく振り被ると、スキルを発動させた。
『“投擲戦斧”!!』
振り抜かれた右手から、斧が解き放たれる。
先程までの投擲石とは桁違いの威力なのは見て取れた。
虚空を切り裂き、尚も私へとせまる戦斧。それは、確実に私の命を刈り取るだろう。
──死ぬのか?私は。
こんなクズみたいな奴に、ゴミみたいに殺されるのか?
姉さんもネズミも巻き込んで、何も出来ずに死ぬのか?
体は上手く動かない。視界は定まらず、魔眼も使えない。
だが、それでも。
それでも絶対に認められない。
私の部下は。
……私の家族は!無能なんかでは絶対に無い!!
──ガキィンッ!!──
「なっ!?」
黒衣の暗殺者が目を見開き、それに次いで手斧を失ったオークが声を出した。
硬質な金属音と共に戦斧が弾かれ、粉々に砕け散ったのだ。
その視線の先にあるのは、彼等を上回る巨躯の魔物。
光沢を放つ、黒の外殻。
強靭な脚部と、その爪先にある鋭い爪。
その金色の瞳は猛禽を思わせ、一際長く伸びた尻尾は金属の鞭の様にしなっている。
そう、そこには進化した私が立っていたのだ。
「ラプトル系の魔物か……!?な、何故いきなり!?一体どうして進化した!?」
困惑の声を上げて後ずさる将軍。
正直私にも分からなかったが、奴の足下を見てそれに気付いた。
そこには、私の毒で息絶えたオーク達が居たのだ。
恐らく、奴が手斧を投げたとほぼ同時に彼等が死に、その経験値で進化したのだろう。
それを理解したと同時に、私の頭にステータスの一部が浮かんだ。
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ステータス
種族:“ダークメタル・レイザーテイルドタガーラプター”
種族概要:強靭な脚部と、伸縮性に富んだ尻尾。更に堅牢な金属の外殻を兼ね備えた、ラプトル系最強種の一角。
ラプトル系の中で最高の物理ステータスを持ち、その脅威度と希少性は極めて高い。
また、個体の特性として魔眼と竜の因子を兼ね備え、同個体は同種族の中でも最強の個体である。やっちゃえ、トカゲちゃん。
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……最後の一文、明らかに天使だよな……。
私は思わず脱力し、うなだれてしまう。
……しかし、まぁ、同意見だ。
「!?」
私は将軍へと視線を移す。恐怖に歪んだ奴は、出鱈目に腕を振るいながら配下達に指示を出した。
「や、奴をやれ!!奴は先程の傷で弱っている筈だ!!早く!!早く殺せェェッッッ!!」
……言われてみたらそうだな。
私は自分の脇腹へと視線を移して見る。しかしそこにあったのは生々しい傷口では無く、随分と古そうな傷跡だった。
「う、ウォォォッッッ!!」
奴の指示を受けたオーク達が、私へと迫る。
私は牽制の為に尻尾を振るい、距離を取ろうとしたが、そこで予想外の事態が起きた。
──ゴリュッ!!──
何かが潰れる音と共に、私へと迫っていたオーク達がひしゃげて跳ね飛んだのだ。
牽制の為に振るった尻尾が、奴等の命を奪ったのだ。どうやら予想以上の強さになったらしい。
「ひっ!ヒイイいい!!」
尻餅を突いて逃げ惑う将軍。
黒衣の暗殺者も、その様子を見て逃げ出そうとした。
しかし、私は誰一人逃がすつもりは無い。
「“竜の息吹”!!」
私の言葉と同時に、私の眼前に魔方陣が展開される。
その魔方陣が輝き出すと、そこから暗殺者を目掛けて無数の金属片が解き放たれる。
「グギャァアッッ!?」
絶叫と共に血を撒き散らし、暗殺者はただの肉塊へと姿を変えた。
いや、ミンチの方が表現としては近いかも知れない。
……さて、残りは一匹だな。
私は再び視線を奴に移し、ゆっくりと近付いて行く。
「ひっ!ま、まて!!待ってくれ!!貴様に……いや、貴方に無能などと言った事は謝る!!我々の群れの情報も全て出す!!だから!!だから命だけは!!頼む!!」
「……“支配”を受けているのに、どうやって情報を話すつもりだ?」
「……!!」
奴の顔が驚愕に歪む。どうやら私がその事を知っているとは思わなかった様だ。
「今回、進化して一番嬉しかったのは喋れる様になった事だな。これでやっと訂正出来る」
私はそう言って奴の頬に尻尾を振るう。先程のオーク達の状態を参考に、なるべく上手く加減して。
「グギャァアッッ!!」
将軍が転げる。先程の私と同じ様に。
「良いか?確かに私の部下は貴様等の王とやらに捕まって、情報を吐いた。恐らくは拷問や、それに類する行為で強引に吐かされたのだろう」
そこで区切ると、先程と同じ様に尻尾を振るう。
「ぐばぁっ!?」
「しかし、しかしだ。貴様等は我々の群れにボルテクスラットが居ると知っていたか?ギガントミラピードが居ると聞いていたか?聞いていないだろうな。私の部下は、敢えてそこだけは隠していたのだから」
私は再び尻尾を振るう。
「げひゃぁ!?」
「……恐らく、嘘を見抜ける程に優秀な王だったのだろう。だから、巣の場所やビーバー達の事は真実を話した。だが、そうして真実を話す中で、敢えて語らない情報を残す事で、彼は貴様等の群れに間違った情報を伝えたのだ。分かるか?彼は自分が拷問される最中、我々の群れの事を想い、命と引き換えに誤情報を流したのだ!!彼は決して無能などでは無い!!無能なのはッッッ!そんな優秀な彼を死なせる様な判断をした私とッッッ!!」
「ま、まっへくへ!!たほむ!!まっへ……」
「私の前でッッッ!!彼を侮辱し続けた貴様だけだッッッ!!」
「ひ、ヒギャァァァッッッ!?」
私は最後に全力で尻尾を振るった。何かが砕け散る音と共に、将軍は地面のシミになった。
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