矛先
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『ジャスティス。お前にはあの入り口に居る連中を一人で相手して欲しい』
「はぁ!?一人でだと!?どう見ても30匹は居るぞ!?それに、やり合わないって言ったのはテメェじゃねぇか!?」
そう言って私を睨むジャスティス。しかし、この小さなボルテクスラットが現れた事で、状況は変わったのだ。
『お前に頼みたいのは奴等を皆殺しにする事じゃなく、奴等の注意を引く事だ。その隙に私は彼と共に洞窟の中に侵入する。私達が侵入でき次第、遠距離会話で連絡を入れるから、そうしたらそこから一旦離れて貰っても構わない。まぁ、万が一の事を考えると極端に離れられるのは困るが』
「……まぁ、それならやれなくはないと思うけどよ……。でも、ネズミはともかくお前まで洞窟に入るのは難しいんじゃないか?連中がオレ達の情報を得ているのは間違いないし、群の首魁である俺とお前を見落とすなんて考えられないだろ?」
頭に手を回しながら私にそう告げるジャスティス。
確かに彼の言う事はもっともだ。
少なくとも、私がオーク達なら、絶対にジャスティスと私が洞窟に入るのを防ぐだろう。
仮に入り口にたむろしている奴等をスルーして洞窟内に侵入出来たとしても、それを見ていた連中が黙っているとは思えない。
洞窟内のオーク達に情報が伝わってしまえば、陽動や妨害を受ける可能性も高まってしまうし、挟撃の危険性は言うまでも無い。
だからこうするのだ。
『特別継承を発動する。対象スキルは異次元胃袋』
【発動を確認。スキルに対する理解度を示して下さい】
「おいおい!トカゲまさか……!」
『その“まさか”だ。彼に異次元胃袋を継承させて、私を運んで貰う。』
私とジャスティスが警戒されているなら、警戒されていない彼を使うのが最も効果的だ。
彼の異次元胃袋に私を収容して、ジャスティスの陽動の下、洞窟内に侵入する。
そしてジャスティスが手頃なタイミングで撤退すれば、奴等は無事に追い払う事が出来たと誤認するだろう。
もし仮にネズミが侵入するのを見たオークが居たとしても、眷族だとバレていないネズミ一匹ならばスルーされる可能性も高い。
「……分かってんのか?確かに相応に成功率の高い作戦だとは思うけど、見つかって襲われた場合の対処はかなり厳しいぞ?それに、万が一ネズミが殺された場合、収容されてたお前がどうなるのか分かって無いんだろ?」
異次元胃袋の効果は、様々な形で検証しているが、使用中に術者が死亡した場合に関しては検証出来ていない。
仮に検証するなら、もう一つ異次元胃袋のスキルと、死んでも良い対象が必要となるからだ。
しかし、それでも。
『……それでもこれが最も確率の高い作戦だ。だから少しでも生存確率を上げる為にステータスを継承させている。……だが、お前がどうしても反対だと言うなら、別の方法を考えてはみるが……』
私がそう言うと、ジャスティスは先程から黙って話を聞いていたネズミへと視線を移した。
「……お前はやれるのか?聞いた通り、オークがわんさか居る洞窟の中に実質一匹で入る事になるんだ。いくらステータスを上げたって、地力で勝るオーク達にボルテクスラットが勝てる見込みは低い。普通に死ぬ可能性がある仕事だぞ?」
心配そうに言ったジャスティスだったが、すぐ様返事が来た。
『先程も申し上げましたが、是非とも僕にやらせて下さい!絶対に王様を送り届けてみせます!』
じっとジャスティスを見つめるネズミ。やがて、ジャスティスはため息を吐くと再び私へと向き直った。
「……やるぞ、トカゲ」
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『良くやってくれた。お陰で間に合った。礼を言うぞ』
『ウプッ……!僕には勿体無き御言葉です!ウプッ!王様!』
えづきながらも、私の声に深く頭を下げるネズミ。恐らく、異次元胃袋との相性が悪かったのだろう。
私は彼を労う様に背に乗せると、スキルとステータスを回収し始める。
「貴様……王から聞いていたユニークネームドの片割れか……!どうやってここへ?入り口は塞いでいた筈だぞ?」
初撃を受けられ、距離を置いていたオークが私に話し掛ける。
彼の目から見れば、突然何も無い所から私が湧いて出た様に見えた事だろう。
『……スキルの効果だ。私は隠密系のスキルに特化しているからな』
無論、嘘だ。
しかし、状況的にそれを否定する要素も無い。
こちらの情報を無駄に伝えるのは趣味では無いし、会話に乗ったフリをして時間稼ぎをしたかったのだ。
だが、奴の反応は私の予想とは違うものだった。
「……何故何も喋らない。ユニークネームドなら会話も出来る筈だろう?」
……そういえばそうだった。私の言葉は真実の絆所持者じゃないと伝わらないんだった。
自分の初歩的なミスに、思わず頭に手を伸ばす。
しかし、その様子を私の挑発と受け取ったのか、目の前のオークは鼻を鳴らした。
「……ふん、喋るつもりも無いと言う事か。まぁ構わん。トカゲ一匹増えた所で状況が変わる訳でも無い」
そこで区切ると、奴は指を鳴らす。
すると、その音に呼応した背後のオーク達が、我々を囲む様に立ち塞がった。
「分かるか?助けに来たは良いが、結局のところ貴様に出来る事など何も無い。貴様と私との間には、圧倒的な差があるのだぞ?」
……どっかで聞いたセリフだった。まぁ、好きに言って貰って構わない。スキルとステータスの継承が終わるまで、今暫く時間もかかる事だし、思う存分喋って貰って構わない。
そんな事を考えていたが、奴が次に放った言葉は聞き捨てならなかった。
「そんな事も理解出来ぬとは、部下に似て長も無能だな」
『……無能だと?』
「ん?どうした?随分と苛立っているようだな?そもそもだ。貴様の群れが窮地に立たされているのも、貴様の配下が我等の王に捕まり、無様にも巣の在り処を吐いたからではないか。
無能な部下のせいで無能な部下達が窮地に立ち、そしてわざわざそれを助けに来て死んで行く。これを無能と言わずなんとする」
そう言って奴は高笑いする。これ以上面白い事など、何も無いかの様に。
『……』
その様子を見ながら、私は自分の心から怒りが湧き上がるのを感じていた。
しかし、その怒りの矛先は奴の言う様にこの窮地を作った部下達に対してでは無く、かと言って、私と部下達を侮辱した奴に対してでも無い。
「フハハハハ!しかし、我等が王は寛大だ。軍門に降るならば、貴様の様なユニークネームドにも末席を用意して下さるだろう。さぁ、今すぐこの俺に跪け!」
そう言って鷹揚に手を広げるオーク。
私は軽く頷くと、奴の方に近付いて行く。
「賢い選択をしたな?しかし、忠誠を誓うのならば相応の覚悟を見せて貰う必要がある。さぁ、手始めにあのヤスデを殺すのだ」
そう言って姉さんを指差すオーク。
私は、奴の指先を追う様に振り返り、そしてー
『“レイジングテイル”』
「“斬撃”」
私が奴の首を目掛けて放った一撃は、しかし奴が放った斬撃に防がれてしまった。
いや、この場合は互いに不意打ちが失敗しただけと考えるのが普通だろう。
恐らく奴も、最初から私を殺す気だったのだ。
「やはりこう来たか。だがな、不意打ちを狙うなら、もう少しは怒りを隠すべきだったんじゃ無いか?」
そう言って凶暴な笑みを浮かべるオーク。奴の言う事は最もだが、しかし私には怒りを抑える事は出来なかった。
私が今、最も怒りを向けているのは、部下でも奴でも無い。
部下の命を失わせ、挙げ句の果てに群の全員の命を危険に晒した愚か者。
他ならぬ私自身なのだから。
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