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家族

ーーーーーー



『グギャァアッッ!?』


 洞窟の中を、絶叫がこだまする。


「下がれぇッ!!ボヤボヤするなッッッ!!」


 そう言って部下達を下げようとするが、道幅の狭い洞窟内では彼等の互いの体が邪魔になり、上手く後退させる事が出来ない。

 やがて、紫煙の毒に包まれた部下達は、ゆっくりと動かなくなった。


「……愚図供がッッ!!」


 毒づいた彼は、思わず地面を蹴り飛ばす。


 “ジェネラルオーク”


 そう呼ばれるオークの支配種族の一種だ。

 ジェネラルオークはこの一団を任され、王から敵対する魔物の眷族を殲滅する様に指示を受けていた。

 自分の上役であった“公爵マーカス”が、単騎での任務をしくじり、そのお鉢が回ってきたのだ。


 とはいえ、人獣型ワイルドハーフタイプでも、下位種族であるハウンドビーバー達の討伐とあり、本来ならば容易い任務の筈だった。


 しかし──


「クソッ!!クソ!!クソクソクソが!!なんだあのヤスデは!?あんな奴、聞いてないぞ!?」


 そう、初めは指示された範囲を探索し、順調にハウンドビーバー達を追い詰める事が出来ていた彼等だったが、無関係かと思われていたギガントミラピードに水を刺される形で、獲物達を取り逃がしてしまったのだ。


 すぐ様後を追うも、恐らくはスキルであろう毒の天幕を張られ、距離を上手く詰める事が出来ない。漸く生まれたインターバル時間を突いて攻撃するも、その堅牢さからトドメを刺すには至らなかった。


 そして、ここに来て新たな攻撃に悩まされる事になっていた。


「おのれ……!毒霧など使われなければ……!!」


 そう言ってジェネラルオークは頭を掻き毟る。

 あのヤスデがこの洞窟に入る少し前くらいから、新たに毒霧のスキルも使い始めたのだ。


 今まで居た屋外は、その機密性の無さから毒霧を撒かれても直ぐに拡散していた。

 しかし、この洞窟内は相応の機密性が確保された空間であり、撒かれた毒霧は長時間にわたりその場に留まる。

 呼吸を止めて強引に突破する事も出来るが、あのヤスデはそのタイミングを狙って直接攻撃を仕掛けて来ており、息を止めたままの彼等ではそれに対処する事は難しかった。


「ヤスデの分際で小賢しいマネを!!……いや……」


 ジェネラルオークは熱くなった頭を冷ます様に、冷静に頭を動かし始める。


 もし仮にあのヤスデが最初から毒霧を使用していたならば、今よりも状況は悪化していた筈だ。

 しかしあのヤスデはギリギリまで使用を控え、洞窟前から突然使用を始めた。


「……“指揮官(コマンダー)”系統のスキルで指示を受けたな。だとすれば、群の長は状況を把握出来てはいまい」


 指揮官系統のスキルには、その名の通り複数対象に対して同時に指示を出せるものが多くある。

 しかし、その大半が一方通行に指令を出すもので、ジェネラルオークは状況的にあのヤスデも一方的な指示を受けて、受動的に動いたと考えたのだ。


「……ならば悪くは無い。元より暗視を持たない配下達には入り口を抑えさせている。王から言われた白いビーバーとトカゲがこの洞窟に入る事は難しい筈だ」


 無論、隠密系統のスキルを使われればその限りでは無いが、入り口に残った部下達の中には、探知や看破に長けた者も居る。

 接近して来る対象がハッキリと分かっている現状なら、それを見落とす可能性の方が低いだろう。中に入った奴等の眷族に、救援が来る事はまず考えられない。

 そう考えて落ち着きを取り戻した彼に、声をかける人物が居た。

 

「将軍、一先ずの探索が終わりました」


「おお!どうだった!?」


 ジェネラルオークは思わず喜色ばんだ声を上げる。

 その眼前には、全身を黒い装束で包んだオークが居た。


 彼は隠密系統と作図系統のスキルに特化した個体で、ジェネラルの懐刀だ。

 毒耐性も有しており、毒霧のインターバルを突いてヤスデ達よりも先行させ、洞窟の形状を探らせていたのだ。


「お喜び下さい。このまま行けば、奴等は後数百メートルで開けた空間に出ます。そこでは風の流れも相応に有り、我々の数的有利も活かせましょう」


「そうか!!フハハ!!良くやったぞ!!」


 もたらされた吉報にジェネラルオークは喜ぶ。

 これで何とか“罰”を回避出来そうだ。彼の頭は、その事でいっぱいとなっていた。

 そんな様子見ていた隠密だが、その視界に何かが横切るのが写った。


「ん?」


「どうした?何かあったのか?」


「ハッ。ハッキリと見た訳では無いのですが、ボルトラットらしき影を見たのです。如何いたしましょう?」


「……ふん、捨て置け。もし仮に奴等の仲間だったとしても、一匹ネズミが増えた所で状況は変わるまい。どの道この先で奴等を殺すのだ。その時についでに殺せばいい」


「ハッ」


 隠密は短く返事をした。



ーーーーーーー



『ねぇね!!あとちょっとだよ!!にいにがもう少しで来てくれるって!』


 キューはそう言って彼女を励ました。

 彼女……ギガントミラピードは、その言葉に応える。


『そうね……。坊やが来たらきっと大丈夫ね……。だから、貴女達はビーバー達を連れて先に行っててくれない?私は坊やと一緒に直ぐに追うから』


『駄!』


『目!』


 そう言って此方を見る二匹のトカゲに、ギガントミラピードは思わず吹き出しそうになってしまう。


 本当に優しい子に育ってくれた。

 心の底からそう思う。

 

 彼女は、ずっと一匹だった。


 彼女はこの洞窟の比較的浅い位置で産み落とされたのだが、同時に産み落とされた大半の卵達は長雨に流されてしまい、無事に生まれる事が出来たのは極少数だった。


 その少数の兄弟達も、捕食されたり、雨水に流されたりして、直ぐに居なくなってしまい、そこからはずっと一匹で過ごして来た。


 本来なら、成長しきるまでは無数の兄弟達と過ごすミラピード系の魔物の彼女が、たった一匹で成長出来たのは、突き詰めてしまえば運が良かっただけに過ぎない。


 これから先も、ずっと一匹で過ごしてそのまま死んで行く。

 彼女はそう思っていた。


 そんな彼女の一生を変えたのは、一匹のトカゲだった。


 初めは敵対者の一人として現れた彼に、彼女は躊躇なく毒液を吐きかけた。

 踠き苦しむ彼を見ても心がざわつく事も無く、悠々と立ち去ったのを覚えている。

 

 次に会った時も、彼はまだ敵対者だった。

 前回と同じ様に毒液を吐きかけたのだが、その時は前回と違い、全くダメージを感じさせなかった。

 殺されるかもしれない。そう思った彼女だったが、彼はただ自分を見つめてくるだけで何もしなかった。

 ……ただ、それはそれで相当怖かった事を良く覚えている。


 その次に会った時、彼は小さなトカゲを二匹連れて来ていた。

 過去二回と同じ様に、毒液を吐きかけた彼女だったが、吐きかけられた彼等は、その後何もせずに立ち去って行った。

 正直、意味が分からなかった。


 その後も何度も現れては毒液を浴びて行く彼等。それがノミを殺す為の行為だったと知ったのは、随分と後の話だった。


 そして、その頃には彼女は彼等の巣に一緒に住んでおり、掛け替えのない“家族”になっていた。


 頭が良く、面倒見も良いが、何処か寂しげな弟。

 そんな弟の愛情を一身に受けて、天真爛漫で優しく育った妹達。

 そして、最近では可愛いネズミとビーバーまで加わった。


 これが“家族”と呼ぶべきものなのだろう。


 彼女はそんな風に思っていた。


『……ッ!』


『ねぇね!!』


『ねぇね、大丈夫!?』


 痛みから思わず体勢を崩した彼女に、駆け寄ってくる家族達。

 心配をかけまいと無理をしていたのが祟った様だ。


『ごめんね、私、少し疲れちゃったの。後で坊やと一緒に行くから、先に行ってて?』


『駄目だよ!!一緒に行くの!!早く立って!!』


『にいにと一緒に行くなら、クク達もねぇねと待つ!』


『そうですぜ姐さん!俺たちだけで先に行くなんて出来ませんぜ!!』


『そうだ!』


『そうだ!』


 先程と同じ答えに、再び吹き出しそうになってしまう。

 しかし、残念ながら先程とは状況が違う。


『……ごめんなさいね、私、正直動くのが限界なのよ。このままだと追いつかれてしまうわ。そうしたら、坊やに合わせる顔が無くなってしまう。だからお願い、私を置いて逃げて?」


『嫌!駄目!』


『ねぇねも一緒!!』


 頑なに首を振る家族達。しかし、今度こそは納得して貰わなければならない。


『お願いよ……!!お願いだから、貴女達だけでも先に……!?』


 ──ガッ!!──


 言いかけた彼女の背中を、衝撃が駆け巡る。

 隠密を使用したオークが、不意打ちを入れて来たのだ。


『グッ……!?』


 咄嗟に後ろ半身を振り抜き、オークを打ち払う。

 しかし、その後ろにはオークの一団が迫っており、一刻も早く逃げなければならなかった。


『……仕方ない、逃げるわよ!!キュー!!クク!!ビーバー達を先導して!!』


『分かった!!』


『任せて!!』


 そう言って駆け出す妹達。ビーバー達の中には暗視のスキルを持たない者が多く居る。彼女達が先導しなければ、この暗闇を進む事は難しいのだ。

 離れて行くその後ろ姿を、彼女はじっと見つめる。


『ふふ、賢くなってもまだまだ子供ね……』


 直ぐにでも死ぬ程の重傷では無い。

 しかし、それでも体を包む痛みと疲労は、彼女の足を止めてしまっていた。


『『ねぇね!?』』


 二人の妹達が、彼女が着いて来ていない事に気付く。

 しかし、彼女達が駆け寄るよりも先に、一団の先頭に居たジェネラルが、大きく手斧を振り上げた。


「死ねェェッッッ!!」


 ゆっくりと迫る手斧。使えそうなスキルは全て使い切っており、まだインターバルも開けない。

 

 ──元気でね──


 そう呟くと、彼女はゆっくりと頭を伏せた。



『……?』



 しかし、いつまでたっても彼女の体に斧が突き立てられる事は無かった。


『元気だぞ?姐さん。すまない、待たせてしまったな』


 再び頭を起こす彼女。その視界には、尻尾で手斧を受け止めた、可愛い弟が立っていた。



ーーーーーー

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