感謝と謝罪
ーーーーーー
「改めてましてお客人、ようこそ御出で下さった。儂がこの村の村長を務めておる、年寄りじゃて」
そう言って頭を下げる村長。
ゴブリンの特徴である鷲鼻、緑の体は見て取れるが、その目は長く白い眉毛で隠されており、見ることが出来ない。
正に仙人と言った装いのゴブリンである。
私はジャスティスに通訳を頼む。
『グワッガ』
「えーと……、“こちらこそ御招き頂きましてありがとうございます。村長殿。私は黒竜の森で群れを率いる者の一人です。ですが、若輩のこの身は未だ神より名を授かるに至りません。私の事はどうかトカゲと呼んで頂ければと思います”」
「ホッホ、これは丁寧に。では、儂の事も村長と呼んで下され。儂も若輩にて、未だに神より名を授かってはおらんでな。ホッホッホ」
そう言って口髭に手を伸ばす村長。なかなか気の効いた事を言う爺さんである。
「……」
そんな私と村長のやり取りを見つめる人物が、三人程居る。
一人はあのオークとの闘いで中心的存在だったデカイゴブリンだ。
体躯は185㎝程だが、その身体つきは逞しく、見た目よりも大きく感じる。
その身体の至る所に傷跡が在り、正に歴戦の猛者と呼ぶべき威容だ。
もう一人は、そのゴブリンの息子だと言う小さなゴブリン。
これと言って特徴は無い、ゴブリンらしいゴブリンだが、何故か私達を強く睨み付けている。
いや、私達ではなくジャスティスか?
何をしたんだジャスティス。親兄弟でも食われたみたいな顔で睨んでるぞ。
そして最後の一人は言わずもがなスーヤである。
村長に呼ばれてこの屋敷に来た時、スーヤにその二人も会話に参加させたいと言われて私はリバースしたのだ。
最初は痛みに悶えていた二人だったが、スーヤが持って来た“ポーション”と呼ばれる薬を飲んだ途端、瞬く間に傷から回復していった。
流石に一本だけでは完全に回復しないらしく、その後に二本ずつの計三本を飲み干した所でようやく落ち着きを取り戻していた。
ただ、正直言ってこの様子にはかなり面食らった。
まさか骨折が飲み薬で治るとは誰が想像出来るだろうか。
間違い無く“魔法”の類いだろう。飲み薬だけであの効果が出るのか、魔法との併用で出たのかはわからないが、是非とも“ポーション”と呼ばれたあの薬は欲しい。
そんな風に始めて見た薬に想いを馳せていると、部屋の中に怒声が響いた。
「……村長!こんな奴等追い出すべきだ!!」
「こらっ!!お前、急に何を言ってるんだ!!」
先程の小さなゴブリンだ。
嗜める父の制止も聞かず、彼は続ける。
「コイツら、俺たちの戦いを最初からずっと見てやがった!!血の匂いに集まった、他の獣達に紛れてずっとあの場に居たんだ!!助けに入るなら最初から入れた筈だろ!?それを、急に助けに入ったからって信用出来るか!!それに……!!」
そう貯めて、少年は私達に言い放つ。
「コイツらはあのオークを逃したんだッッッ!!」
ー成る程、コイツは意識を失っていなかったのか。
しかし、面倒な場面を見られてしまっていたな……。
父親は少年の言葉に驚いて言葉を失っている。彼は私達に気付かず気絶していたのだろう。
村長は私達の様子を伺う様に視線を向け、スーヤはと言うと、少しだけ申し訳なさそうな顔をしながら視線を泳がせている。
……なかなかやるな。
この少年をこの場に招いたのはスーヤだ。そして、彼女自身私達の存在には最初から気付いていたのだろう。
そして、この少年がこうやって切り出すのを見越していたのだ。
ジャスティスが此方を不安そうに見てくる。
……そんなオロオロするな。この手のやり取りは慣れてる。
『グワッガ』
「えーと、“その少年の言う事は事実です。我々は最初から貴方方を監視していましたし、あのオークを逃したのも確かです。彼が怒るのも無理のない話だと思います”」
「ほら見ろ!!出て行けッッ!!今すぐにこの村から!!」
そう言って得意顔をする少年。……どうやら、彼はまだまだ大人と言うものを知らないらしい。
『グワッガ』
「はぁ!?いや、待てよ!!え、……マジで?」
私の言葉にそう言って困惑するジャスティス。どうやら彼はこの手の駆け引きは苦手らしい。
しかし、この場は私に任せた方が良いと判断したジャスティスは、再び口を開く。
「……“分かりました。ではこれで失礼します”」
「「「!?」」」
少年を除く三人が目を見開く。どうやら予想していなかった様だ。
「“少年の仰られた通り、私達は最初から貴方方を監視していました。それはどう言葉を重ねても揺らぐ事の無い事実です。ですが、私達の立場から言えば、貴方方もあのオークも、等しく未知の存在でした。あの場でどちらを味方するべきか正確に判断する事が出来ずにいたのです。しかしながら、あのオークがスーヤさんに非道を働こうとした時、義憤に駆られた私達が救護に向かったのもまた事実。一人の少女の為に未知の存在である貴方方を救ったのです。もしかしたら、我々を捕食する外敵かも知れない貴方方を、ね”」
「……!」
私の言葉に、言葉を失うゴブリン達。
そう、私は正直に話したのだ。包み隠さず、ただの事実を。
あの場に於いて確かに彼等ゴブリンは弱者の立場にいた。しかし、我々にとってオークもゴブリンも未知の存在である事には変わりなく、そして両者の間にどのような問題があったのか知る術は無かった。状況的にどちらを助ける事にもリスクは在ったのだ。
そんな状況にも関わらず、義憤に駆られてスーヤを助けた我々を非難すると言うのは、道理的に考えておかしい。
要は、嘘を付く必要が全く無い状況だったのだ。
あ、スーヤを助けた理由は嘘だが。“グロいのはマジ勘弁”なんて流石に言えない。
「……“オークを殺さなかったのも、その為です。我々は第三者であり、オークと貴方方にどのような確執があるのかを知り得ない。もしかしたら貴方方に非があるのかも知れない。そんな状況でオークを殺せば、我々の群は完全にオーク達と敵対してしまいます。群を率いる者として、それは出来ない。ですから、その事で我々を責めるのであれば、これ以上話す事は何も有りません。少年の言う通り、早急にこの村を離れさせて頂きます。それでは皆様、御健勝の程を”」
「待って下され!!」
そう言って立ち去ろうとした我々を止める村長。
「……若い者が失礼な事を申してすまない。謝罪をさせる故、今しばらく話をさせて頂けないか?」
「村長!!こんな奴等の言う事なんか……」
「お前は黙らないか!!」
父親に怒鳴り付けられて黙る少年。内心は納得していないのがまる分かりだ。
まぁ、もう少し遊ぶか。
「“別に構いませんよ。話を聞く分にはね。ただ、我々としてはもう余り話す事は有りません。少女を助け、仲間を救った筈の我々に対して、貴方方は掛けるべき言葉も掛けては下さらない。向けられるのは不信と暴言だけです。まさかとは思いますが、これで信頼関係を築ける等とお思いでは有りませんよね?”」
「……!!」
目を見開く村長。そう、彼は私達に対して一度も感謝を述べていないのだ。
……正直、私が一番腹を立てていたのはこの村長に対してである。
書いて字の如く、山出しの我々を侮り、少年を当て馬に使って様子を伺っていたのだ。自らの非はおくびにも出さず、“謝罪させる”等と宣って。
手引きしたのはスーヤだが、そうさせたのは間違いなくこの村長だろう。
「か、重ね重ね申し訳無い。トカゲ殿。遅ればせながら、村の者を助けていただき誠にありがとうございます……」
そう言って深く頭を下げる村長。
少年も父親に促され、父親と共に深く頭を下げた。
「……すいませんでした。助けて頂いてありがとうございます」
「“いえ、此方こそ早急に助けに入る事が出来ずに申し訳ありませんでした”」
そう言って深く頭を下げる私。
まあ、これでおあいことしてやろう。
……客観的にどう映るかは知らないがな。
顔を上げるとジャスティスは凄い顔で此方を見ている。
なんだその目は。
ーーーーーー




