質問
『ぐっ……グブ……ハァ……ハァ……おのれぇぇ!!』
「……チッ!しつけえな。今のは決め球だっただろ。大人しく死んでろよ」
ジャスティスはそう愚痴る。
しかし、口ではああ言ったものの、最初から先程の攻撃で決着が付くとは思ってなかった様で、臨戦態勢は崩していない。
ジャスティスの視線の先。
猛攻を受けた筈のオークは、呻き声を上げながら、しかし再び起き上がろうとしていた。
毒に斬撃、それにジャスティスの二度に渡る攻撃と、相当なダメージはあった筈だが、それでも立ち上がれるそのタフネスは驚異的と言う他無いだろう。
『グワッガ(継承)』
【継承発動不可。対象は瀕死ではありません】
……流石に想定外だ。まぁ、如何に我々が強いと言っても、奴は位階が上の魔物。数度の攻撃で倒し切るのは不可能という事か。
格上を相手に対等に戦い得るジャスティスの万雷千槌だが、やはりそれに頼り切るべきではなさそうだ。
『グワッガ(“リバース”)』
『!?』
まだ起き上がりきれていなかったオークに、私は異次元胃袋に収めておいたある物を吐きかける。
不意に第三者だと思っていた私から吐瀉物をかけられ、困惑するオーク。
しかし、やがてそれが体内に到達すると、悶える様に苦しみだした。
『グブ!?ぐぁ!!ぎ、ぎざまッッッ!!何者!?いや、一体我に何をかけたッッッ!?』
傷口を押さえながら私にそう言って来たオーク。
まぁ、痛いだろうな。
私がオークに放った物。それは単純明解、“猛毒”である。
この森には、多種多様な毒性生物が生息している。
彼等の中には位階は低いが、高位の魔物にも通じる様な毒を持つ者も多く居り、私はその中でも選りすぐりの毒性生物を集めて噛み砕き、ペースト状態にして保存していたのだ。
これにより私は擬似的に毒での攻撃が可能と成っているのだが、この毒製造作業には当然と言うべきあるリスクが伴う。
そう、私自身が毒死する可能性だ。
私は種族的に極めて高い毒耐性を持ち、かつ姉さんの猛毒をノミ退治の為に定期的に浴びる事でそれを更に向上させている。
だが、毒性生物の中には私の耐性を貫通して殺し得る猛毒も存在する可能性があり、それを判別する術が無ければ不可能な作業だった。
しかし、私にはその判別が可能になるスキルが存在していたのだ。
“しっぽ切り”だ。
“しっぽ切り”は、切れた尻尾を暫くの間だけ自在に操れるというしょうもないスキル。
本来ならば使い道なんて囮程度しか存在しなさそうなのだが、私はこの“暫くの間だけ自在に操れる”と言う効果に着目していた。
“どういう条件なら操れるのか?”
“どういう状態なら操れなくなるのか?”
そんな様々な検証を重ねていく上で、私は尻尾が操れなくなる条件の一つに、“尻尾が一定以上のダメージを受けた場合、その時点で操れなくなる”と言うものを発見したのだ。
これを発見した時、私は気付く。
“じゃあ、切れた尻尾に毒塗って、操れなくなった奴の毒はマジヤバいんじゃね?”
と、言う事に。
それから私は、毒を持ってそうな生き物を手当たり次第ジェノサイドして、その毒を切り離した尻尾に塗って来た。
殆どの場合は“しっぽ切り”の効果に変動はなかったが、中には塗った瞬間に即座に動かせなくなる様な物や、動かせはするがビクビクしまくる様なヤバい毒もあった。
そうして私が耐えれる毒性の上限を見極め、選りすぐって作ったのがあの“猛毒ペースト”なのだ。
異次元胃袋の使用条件は、“捕食可能な物”に限定されているのだが、逆に言えば“捕食可能で食べても死なない物”は保存可能であり、私は何の苦労も無く猛毒を持ち運ぶ事が出来る。
こうして私は擬似的な毒攻撃を手に入れたのだった。
『グが!!グブ!!グッ!!ぎざまッッッ!!よくも……!!』
苦しみに耐えながらこちらを睨み付けるオーク。私はジャスティスに近寄って通訳を頼み、奴に交渉を持ち掛ける。
あの時はジャスティスと作戦を練っていて詳しくは聞き逃していたのだが、気になるフレーズを奴は言っていた。
「命が惜しいなら、貴様の言っていた“我が君”とやらの情報を寄越せ」
『……!!』
奴の表情が変わる。そう、奴は間違い無く“我が君”と言っていたのだ。そして、ゴブリン達を相手に手加減をしていた。
あのオークがどんな個体なのかは知らないが、少なくとも雑魚の類いだとは思えない。そんな存在が上位者として扱う存在の事を放置は出来ないのだ。
ゴブリン達が全滅していれば、何れかのタイミングでその上位者と接触していただろうが、事ここに至っては奴から聞き出す他は無い。
しかし奴は口を割らなかった。
『……なんの話だ。我は支配者。その様な者は居らん。それに、“命が惜しいなら”だと?我が貴様等を殺せないとでも思っているのか?』
そう言って立ち上がるオーク。恐ろしいタフネスだ。
もしかしたら毒に対する耐性も持っているかも知れない。
しかし、残念ながら奴は詰んでいる。
『ジャスティス』
「ああ、“ライトニングブラスト”!!“静電気”!!」
『グギャァアッッ!?』
ジャスティスは連続して遠距離からの攻撃を放つ。
初めは高威力の魔法を使用し、二発目は底威力の魔法を使用する。
こうする事で奴の“怒りの鉄槌”の発動条件を潰しつつ、ダメージを与えるのだ。
『ぐ、グルアアァァァァッッッ!!!』
奴はダメージを覚悟して強引に我々に迫ろうとするが、足がもつれてその場に倒れてしまう。
『無駄だ。お前にかけた毒は、強力な神経毒も含んでいる。如何に耐性スキルがあろうとも、即座に動きが回復する事は無い』
『……!!』
「後は先程と同じ事を繰り返すだけだ。強力な魔法の次に、弱い魔法を。延々とお前が死ぬまで繰り返す。例え毒から回復しても、その頃にはお前の攻撃では我々の命には届かない』
『グッ……!』
そう唸ってオークは俯く。随分と悩んでいる様だ。
因みに“神経毒”の下りは嘘だ。確かに神経毒も含んでいるだろうが、詳しい成分まで私には分からない。それに、耐性系のスキルは毒の種類に関わらず耐性を与えてくれる。
それでも奴の足がもつれたのは、私の魔眼で足を拘束しているから。
もし奴がそれに気付けば何らかの解除魔法で回復するかも知れないが、奴は私の魔眼発動を見てはいない為、疑われる可能性は低いだろう。
“雷撃は目眩しにも使える”と、言うヤツだ。
まぁ、今回は毒も目眩しに使っている訳だが。
考えがまとまったのか、オークはゆっくりと口を開く。
『……我は支配者だと言わなかったか?もうすぐ此処に我の群勢が来る。早く逃げねば──』
『ジャスティス』
「はいよ。“ライトニングブラスト”!!“静電気”!!」
再び雷撃が走り、オークが悲鳴をあげる。
『グルアアァァァァ!?グッが!?や、やめろ!!わ、我の言葉を聞いてなかったのか!?』
「馬鹿かテメェ?テメェの群勢が来るなら、その前にテメェを殺した方が効率が良いだろ。“ライトニングブラスト”!!“静電気”!!」
『グギャァアッッ!!ま、待て!!』
「“ライトニングブラスト”!!“静電気”!!」
『待ってくれ!!頼む!!』
『ジャスティス、ネズミ達から連絡が有った。一先ず直ぐに来れる位置にオークは居ない。奴の言う群勢が来る前にさっさと殺して逃げるぞ。この状況ならゴブリンにやられたと判断するだろう』
「りょーかい。“ライトニングブラスト”!!“静電気”!!」
『待ってくれ!!嘘だ!!嘘なのだ!!我の群勢などもう居ない!!頼むから待ってくれぇぇぇ!!』
何度目かの雷撃を受けたオークは、そう叫んでこうべを垂れる。
なんだ。群勢は居ないのか。周囲5キロ以内に居ないのは配下達を使って確認済みだったが、それより離れた位置に待機させているのかと思った。
私は呼吸を整え、すこしだけ落ち着いたオークに再び質問をぶつける。
「なら、もう一度聞く。“我が君”とはなんだ?」
それを聞いたオークは、ビクッと大きく体を揺らすと、私へと向き直る。
『……言えない』
『ジャスティス』
「了解。“ライトニング……」
『待て!!待ってくれぇぇぇ!!言わないのではない!!言えないのだ!!“支配”と“種族的魅了”の影響下にあるのだ!!我の意思ではどうにも出来ないのだァァァァ!!』
そう言って蹲るオーク。どうやら嘘ではなさそうだ。私は再び雷撃を放とうとするジャスティスを止める。
『ジャスティス、もういい』
「え?止めんの?言えないなら結局このまま殺した方が良いんじゃねぇか?」
『……!!』
オークが怯えた顔をこちらに向ける。その姿には既に威厳は無く、家畜の様に見えた。
ジャスティスの言う事は正論だが、しかし殺されては困る。私はジャスティスにこれから試したい事を伝え、通訳を頼んだ。
それを聞いたジャスティスは、私に対して引き攣った顔を向ける。
「え、えげつねぇ事考えるな……いっそ殺してやった方が……。まぁ、良いか。おいデカブツ。これからコイツの質問に全て“はい”と応えろ。疑問に思う必要は無い。これが最初の質問だ。返事は?』
『……はい』
オークはそう言って頷く。
『グワッガ』
「“お前のSTR値を継承する”」
『は……?』
言ったその場から忘れるとは。どうやらお仕置きが必要な様だ。
「“ライトニングブラスト”!!“静電気”!!」
『グギャァアッッ!?や、やめてくれぇぇぇ!!』
「返事は?」
『は、ハイィィ!!わ、分かりましたァァァァ!!』
【継承発動成功。対象からの同意を確認。能力値の種族上限まで個体“ダークネスアイズ・ブラックスケイル・アーマーリザード・ドラクル”にSTR値を継承します】
次の瞬間、私の体に強大な力が宿る。
どうやら成功の様だ。
継承スキルの発動条件は、“瀕死”か“同意”。そして、スキルだけでは無く能力値も継承出来る。
これまでに何度か配下を使って能力値の移動実験は行なっていたのだが、こうして敵対している対象でも可能か否かを試せる機会は無かった。
単純に、そこまで賢い外敵がいなかったのだ。
しかし、こうして知能が高い敵を得て、初めて実験する事が出来た。
そして、私は確信する。
“継承”。正にチートスキルだ。
ジャスティスが私の方を見てドン引きしている。だがまぁ、止めるつもりも無い。
私はジャスティスに通訳を頼み、オークに次の質問を続けた。
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三件目のレビューを頂きました!三朝さん!ありがとうございます!!