勘違い。
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「じゃあ、畑仕事しっかり頼んだわよ!」
「「うん!」」
そう言ってしっかりと頷く弟達。しかし、言葉とは裏腹に、その表情は憂いを宿している。
未だに両親の事件が彼等の心に影を落としているのだろう。
スーヤは何も言わずにそんな二人を強く抱きしめる。
本当はスーヤ自身、不安でいっぱいだった。しかし、それでも行かなくてはならない。
村を守る事は、延いてはこの愛しい弟達を守る事にもなるのだから。
「ハハハッ!心配すんなよチビじゃり供!!スーヤにはこの俺が付いてるんだからな!!」
スーヤはそう言って笑う少年へと視線を向ける。彼は今回スーヤと森に入る狩人で、幼馴染の一人だ。
右手には手斧。そして、身体の関節や要所要所には、“ボア”と呼ばれる大猪の魔物の革を舐めして作られたレザーメイルを纏っている。
ボアは非常に強力な魔物で、村の狩人たち総出でようやく倒した獲物だったのだが、その狩りに参加していた事が少年の自慢だった。
「俺はボアだって倒した男だぞ?オークなんて余裕、いや、ボアファングだって倒せるぜ!!」
そう言って胸を張る少年だが、彼にボアファングなんて狩れる訳が無い。スーヤは知っているのだ。
──彼がボアの狩りの時に、漏らして泣いていた事を。
「……」
「な、なんだよスーヤ。そんな見つめられると……!」
そう言って赤くなった顔を背ける少年。正直頼り無く、そして思わず“お漏らし”の事実を突っ込みたくなってしまうが、そんな事をしても弟達の不安を更に招くだけだ。
「……そうよ。彼はとても頼りになるの。それに森には一足先に入ってる大人の人達も居るわ。だから安心して?」
「「う、うん!!」」
弟達は少しだけ不安が晴れた様で、先程よりも元気に返事をした。
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「ハァッ!!」
少年の掛け声と共に手斧が振り下ろされる。
ギュイッ!と言う鳴き声と共に鮮血が散り、一角兎は動かなくなった。
その様子を見届けた少年は、スーヤへと向き直る。
「見たかスーヤ!!俺の一撃で仕留めたんだぞ!!」
「そう。おめでとう。でも、凄いのは罠でその一角兎を捕まえた貴方のお父さんじゃない?」
「ウグッ!」
「ハハハッ!一本取られたな!!」
そう言って三人は笑う。
ここは黒竜の森の北端にある森で、彼等はここで狩りをしていた。
狩りと言っても槍や弓で追い回すのでは無く、罠を使った追い込み猟で、殆ど危険は無い。まぁ、だからこそまだ若い二人が付いてこれた訳なのだが。
「おじさま、本当にすいません。無理を言って連れて来て頂いて……」
スーヤはそう言って何度目かになる御礼を彼に伝える。
彼はノートの村の自警団長で、凄腕の剣士だ。グラディエーターのクラスを持ち、その腕前はオークを単騎で倒せる程。
そして、スーヤの両親の仇を討ってくれた恩人でもある。
「何、気にするな。お前さんのポーションは村には必要な物だし、丁度コイツの訓練もしたかったからな」
そう言って彼は少年を見つめる。
彼としても、息子に狩りの経験を積ませたかったのだ。
「コイツは普段なら、“狩りなんてダセェ事出来るか!!俺は剣士になって、村を出るんだ!!”なぁんて言って、ちっとも来やしない。それが、お前さんが来るって言ったら、飛んで来やがった。どういう風の吹きまわしかは分からないが、俺としても助かったぜ」
「お、親父!!何いってんだ!?」
「んんぅ?どうしたんだぁ?」
そう言ってじゃれ合う二人。スーヤはそれを見て笑う。
幼馴染の少年が来てくれたのは、自分が両親を無くして塞ぎ込んでいた事を気にしての事だろう。
幼い頃はやたらとからかって来て、正直嫌な奴だと思っていたのだが、こうして大きくなってみると、それも良い思い出に思えて来るのだから、不思議なものだ。
彼女がそんな事を考えて過ごしていると、一角兎の解体が終わったのか自警団長が立ち上がって彼女に向き直った。
「さて、次の罠の場所に行くぞ。今日は後3ヶ所は回るからな」
スーヤは頷く。そして彼女達はその場を後にした。
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「……止まれ」
あの後残りの罠を回り、二匹の一角兎を捕らえた彼等は帰路についていた。
スーヤも途中途中で薬草を集め、既に充分な量のポーションの材料は集める事が出来た。
しかし、村まで後数キロの場所に差し掛かった時、自警団長はそう言って立ち止まったのだ。
「どうしたよ?親父。後ちょっとで村なのに」
そう言って幼馴染が父を覗き込むが、彼は息子には目もくれず周囲を見回す。
「良く耳を澄ませ。おかしいと思わないか?獣一匹の鳴き声もしない」
「「!?」」
スーヤと幼馴染は目を合わせる。
確かに妙だ。
黒竜の森は、中心部から流れる濃密な魔力で、豊かな生態系を築いている。
確かに外輪部は魔力も薄まり、魔物の数も減って来るのだが、それでも獣一匹鳴かないのは異常事態だ。
これではまるで──
『おかしくは無いぞ?野生の獣ならば、強者から隠れる時に押し黙るものだ。まぁ、残念ながら貴様らは手遅れだが』
「「「!?」」」
三人の目が驚愕に染まる。突如としてそこに現れたのは異形。
豚の様な頭部と、人間の様な四肢。
豚頭人身の魔物、“オーク”が現れたのだ。
「な、なんでオークが!?親父、“気配探知”を使って無かったのか!?」
“気配探知”は、文字通り敵対対象の気配を探知するスキルだ。アクティブスキルである為、インターバルは存在するが、その効果時間は極めて長く、少なくとも狩りの間くらいは持つ筈だった。
押し黙る父。しかし、少年の問いに答えたのは、目の前の異形だった。
『グフフ……。そう責めてやるな。我が持つスキル。“単体隠密”は、指定した対象のみにしか作用しない代わりに、高い性能を誇る隠密系スキル。貴様の父が気付かないのは、無理も無い話だ。寧ろ責められるべきは貴様とその小娘であろう?野鼠ですら気付く我の気配。それに気付けなかったのは、貴様達なのだからな』
「「……!!」」
スーヤと少年は黙る。
自警団長は怯える彼等を退がらせると、目の前のオークに対峙する。
「……何の用があってここに来た。目的も無く来た訳ではあるまい?」
そう、もしも殺すつもりなら、あのオークはいつでも彼等を殺す事ができた。それをしなかったのは、即ち交渉の余地があるからだと考えたのだ。
しかし、返って来た答えは、凡そ交渉の余地があるものでは無かった。
『貴様らの巣を頂く。雄は肉に、雌は繁殖に使う。どうも厄介な結界があるようでな?中々貴様らの巣へと入れないのだ。どうか一つ、我を貴様達の巣へと案内してくれないか?』
そう言って笑うオーク。その顔は穏やかに、そして、それが当たり前の様に言ってのけた。
「……!」
スーヤの息が荒くなる。心臓が激しく脈打ち、身体中から汗が流れる。
ようやく分かったのだ。あの時、何故オークが居たのかが。
彼は、彼等は。最初から狙っていたのだ。両親でも、スーヤでも無く。
ノートの村、その全てを。
「逃げるぞッッッ!!」
自警団長が叫ぶと同時に三人は走り出す。しかし、当然それを許すオークでは無く、奴も追って来る。
「親父ッッ!!親父ならあのオークを倒せるんじゃないのか!?昔、オークを二匹同時に殺した事があるって言ってたじゃないか!!」
「無理だッッッ!!」
少年の問いを、父は即座に切り捨てる。確かに彼の言っている事は事実だ。しかし、あれはオークであってオークでは無い。
「あれは“マーカスオーク”!!オーク達の支配種だ!!」
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懸命に逃げ惑う三人を、遠くから見つめる一匹の獣が居る。
白い体毛に真紅の瞳。その頭部には雷光を放つ双角を持ち、尾は二股に分かれている。
彼は、誰に言うでも無く口を開いた。
「ヒヒ!こりゃあ面白ぇ!オークがゴブリン追い掛けてやがる」
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ザ・サブタイトル回収!




