“異世界とユニークスキル”
『グワ……』
卵を破った私は、そう一声鳴くと、周囲を見回す。
周囲には二つの卵があり、その二つともにひびが入っている。
『クワッ……』『クキュー……』
私よりも高音で、若干可愛らしい声。
声で性別が判断出来るとは思えないが、私の妹たちなのだろうか。
『グワッ……』
私はまた一鳴きし、項垂れる。
目に入るのは、トカゲの両手。何度見てもその事実は変わらず、私は絶望感に苛まれる。
思えば、不幸な人生だったのかも知れない。幼い頃に両親に先立たれ、哀れな施設暮らし。
同じ施設の連中には、目付きが悪いだのトカゲ野郎だのガリ勉だの言われて妬まれ、学生時代は永遠の二番手止まり。
挙げ句の果てに、仕事で漸く実った果実を齧る前にトカゲにされるとは……。
『にゃはにゃは!!良いよ良いよ!思ったよりも取り乱して無いね?冷静なのは良い事だよ!!にゃはは!』
『グワッガッ!?』
突然脳裏に響く声。
その声に、私の記憶が蘇る。
……間違いない!!あの時の声だ!!
『元に戻せ!!何故私をこんな目に合わせる!?』
そう叫ぼうとしたが、しかし口から出るのは奇妙なトカゲの鳴き声のみ。
これでは何を言っているのか伝わらない。その事実に私は苛立ちを覚えた。
しかし──
『にゃはは!……本当に戻しても良いの?向こうの身体は完全に死んでるから、今度は自我も残らないよ?』
『!?』
そう声の主が返して来たのだ。
タイミングと内容から考えて間違い無い。
『……私の心が読めるのか?』
『にゃはにゃは!正解正答御明察!!天使ちゃんは天使ちゃんだからね!!トカゲちゃんの心を読むくらい朝飯前なのさ!にゃはは!』
『……』
その軽薄な口調に再度苛立ちを覚えた私だったが、今度は先程の様に喚いたりはしない。
こんな非現実的な状況下で、何も分からないまま放置される事の方が余程恐ろしかったからだ。
今は兎に角情報を集める必要が有る。
そう判断した私はこの声の主に問いかける事にした。
『……もう一度聞く。何故私をこんな目に合わせる?』
『にゃはにゃは!“こんな目”だなんて人聞きの悪い!トカゲちゃんは向こうで死んじゃったんだよ?天使ちゃんはそれを救ってあげただけ』
『……救った……だと?』
『イエス!死の実感は有ったでしょ?トカゲちゃんは働き過ぎて突然死しちゃったの。それに関して天使ちゃんは何も干渉してない。天使ちゃんはただ、溢れ落ちるトカゲちゃんの魂を拾い上げて転生させてあげただけ!感謝しても良いんだよ?にゃははにゃはは!』
『……!』
そう言って笑い出す自称天使。
その笑い声につられる様に、徐々に記憶が鮮明になって行く。
──そう、確かに私は死んだのだ。
あの時、オフィスの床の上で。
『……クソッ!』
『にゃははにゃはは!残念無念また来世!いや、転生してるからもう今世だね!どんな糞エリートでも、どんな金持ちでも、死んでしまえばそこでお終い。“どう死ねるか?”こそが人生の勝ち負けを決めるけど、トカゲちゃんは間違い無く“負け組”だね?にゃははにゃははにゃはは!』
『黙れッッッ!!』
『………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………』
『……本当に黙られるとそれはそれでムカつく』
『にゃはは!ツンデレかな?』
違うぞ糞野郎。
だが、感情的になるのは悪手だった。私はかぶりを振り、再度天使に問いかける。
『……それで何故私を選んだ?転生させるなら人間でも良かった筈だろう?何故トカゲなんかにした?』
『にゃははぁ!質問が多いね?でも答えてあげる!先ず、トカゲちゃんを選んだのは、トカゲちゃんが優秀だったから!』
『……“優秀だったから”?』
『そう!私達上位構造体はこの世界……“チェスボード”って呼ばれてるけど、この世界で遊んでるの!まぁ、実際には“遊び”とは違うんだけど、君達の概念で表現するなら“遊び”が一番近いからそう表現するね。んで、その遊びの中で色々転生者やら転移者なんかも呼んだりするんだけど、トカゲちゃんはその中でも総合的な能力と適性が高かったから選出されたの!』
まぁ、優秀なのは否定しない。少なくとも上から数える方が早いくらいには優秀な自覚は有る。
『……では、何故トカゲに?』
『それはバランス調整だね!トカゲちゃんのスキルと素養をそのままに人間に転生させちゃうと余りにも有利過ぎるからだよ!エンジョイ&エキサイティングな見世物を期待してるのさ!』
『〜〜〜〜ッ!』
余りの言い様に頭が痛くなるが、それが悪ふざけ等では無いと何故か確信出来る。
『……それで、私は何をすれば良い?』
ここまで大掛かりな事をしているのだ。何か目的が有る筈だろう。
そう思って尋ねた私だったが、返って来た答えは予想とは違うものだった。
『……別に?思うままに生きれば良いよ』
『……どういう事だ?』
『そのままの意味だよ?さっきも言ったけど、これは“遊び”なの。何か深い目的が有る訳じゃない。何を選択し、何を捨てるのか。どう生きてどう死ぬのか。その全てはトカゲちゃんの手の中にある。私達はそれを少し近い場所で見てるだけ。ほんの少しだけ後押しする事もあるけどね』
『……トカゲにされてる時点で相当足を引っ張られてる気がするんだが』
『にゃはは!まぁ、そこはそうだね!……でも、スキルはそうじゃないよ?』
『!?』
天使のその声が聞こえた直後、私の脳裏にウィンドウらしき物が浮かぶ。
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ステータス
種族:スモールリトルアガマ
概要:アガマ系最弱種。真社会性を持つ珍しいトカゲで、大抵の場合一組のカップルとその子供たちで群れを作る。この個体は珍しい雄の個体。
スキル:ユニークスキル“継承”
:ノーマルスキル“暗視LV1”、“しっぽ切りLV1”、“強化嗅覚LV1”
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『こ、これは!?』
『にゃはは!“ステータウィンドウ”だよ!!やっぱり異世界転生はこれがなきゃね!』
そう言って自称天使は戯ける。
……これは所謂ステータスオープンだな……。以前読んだ事のある携帯小説でも似たような事が書いてあった。
『にゃはは!携帯小説フリークのトカゲちゃんなら予想出来るだろうけど、そこに表示されてるのはトカゲちゃんの現在のステータスだよ!スキルとは何なのか、どんな事が出来るのか、それは自分で確認して貰うしかない。だけど、“継承”に関してだけは少し教えてあげる。ちょっと複雑な条件があるし、特典スキルだからね!』
『……まぁ、携帯小説は比較的読む方だとは思うが……。……それで、どんなスキルだ?』
『“継承”のスキルレベルに応じ、所定の条件を満たす事で対象からスキル、若しくはステータスの一部を継承する、若しくはさせる事が出来るスキルだよ!!』
……ん?
『……随分と表現の幅が広くないか?それだと“所定の条件”とやらが複数個有る様にも取れるが』
『ピンポンパンパン大正解!!にゃはにゃは!!トカゲちゃんの言う通りだよ!“継承”はスキルレベルと効果対象に応じて複数個の条件が存在しているよ!とっても強いスキルだから、縛りも複雑な訳!やったねトカゲちゃん!!』
『“やった”かどうかはその条件に寄るだろう?幾ら効果が強くても、その条件を満たすのが困難過ぎるなら無意味だ。具体的にその条件を教えてくれ』
『にゃははぁん?トカゲちゃんたら欲張りさんなんだから!じゃあ特別に今のトカゲちゃんのスキルレベルで可能な条件を教えてあげる!“死に瀕した、若しくは同意が有った対象から、スキル若しくはステータスの一部を継承する、若しくは継承させる”事が出来るよ!!』
『……今一ピンと来ないが……。要は対象を瀕死にさせるか、“継承”に同意させる事で条件が満たせると言う事か?』
『にゃはは!ほぼ正解だけど、見落とし一つだね!?』
『……私が相手を瀕死にさせる必要は無く、瀕死の対象を見つける事でも発動が可能と言う事か?』
『そゆこと!!にゃはにゃは!察しが良いねぇ?流石トカゲちゃん!にゃははは!いや、天使ちゃんが優し過ぎるんだね!!にゃはははは!!』
『……』
私はそう言って笑う天使を一旦放置し、頭を整理する。
天使の話通りなら、確かに“継承”と言うスキルはかなり強い効果だ。
私が直接手を掛けずとも発動出来るなら、捕食者が獲物を狩る時に接近して発動させれば効率的にスキルやステータスを獲得出来るし、獲物を捕まえて強引に同意させれば、根こそぎ奪う事も可能だろう。
しかしそれでも不安は拭えない。
そもそも前提となる“スキル”や“ステータス”が実際にどのくらい有効な物か分からないからだ。
仮に携帯小説とほぼ同じ様なものだとしても、それ自体作品によって相当偏りがあるし、下手をすれば本当に僅かな変化しか無い可能性すら有るのだから。
私は天使に声をかける。
『……この世界で“スキル”や“ステータス”にはどれ程の重要性が在るんだ?現実に居た私では、そこが理解出来ない』
『にゃはは!!ん〜〜慎重派だねぇトカゲちゃん!!慎重なのは良い事だよ!!……だけど、それは教えてあげない。自分で理解し、そこから試行錯誤するのが楽しいんだからね?見てる側は』
そう言って笑みを浮かべる天使。
しかし表情とは違って明確な拒絶の意思を感じる。これ以上この質問には答えてくれないだろう。
『……分かった。じゃあそこはいい。“継承させる”と言ったが、自分以外も効果対象に出来るのか?』
『そうだよ!“継承”はそのまま“継承”と言う概念をモチーフにしたスキルだからね!実際の物事でも、自分で継承する事も有れば、自分から継承させる事もあるでしょ?まぁ、そのまま全て同じって訳じゃ無いし、あくまでもモチーフでしかないから、そこは勘違いしない様にね!』
『……』
私は少し考える。
実際の使用感は分からないが、“特典”と銘打つ以上使えないスキルという事は無い筈だ。
“瀕死”か“同意”と言う条件は、天使が言っていた通り“継承”と言う概念を参考にしているものと思われる。
例えば落語家や歌舞伎役者の襲名等も似たような条件で引き継がれる事が有るし、役職や技術を引き継ぐ場合でも同じ事が言えるからだ。
恐らくこの話もこの先のヒントになっている様な気がする。
しかし、これ以上幾ら考えた所で──
『……結局は“やるしかない”、か……』
『にゃはは!そうそう!結局はそれだよ!試行錯誤を繰り返して成長するのはリアルもファンタジーもおんなじだからね!それと、トカゲちゃん。トカゲちゃんが“トカゲ”ちゃんになったのもそこまで悪くない事なんだよ?トカゲちゃんは確かに今は弱くて小ちゃいトカゲちゃんだけど、経験を積んで強くなれば進化の道も開けてくる。確かに今はデメリットの方が目立つけど、それを乗り越えたらメリットの方が大きくなるかもよ?』
『進化って携帯小説でも見るアレか?具体的にはどうすれば良い?』
『それは体感するしかない!にゃはは!さて、取り敢えず一通りの説明は終わったけど、まだ何かある?』
『……聞きたい事は山程ある。……が、お前が答えるとは思えない』
『にゃはは!正解!……ようこそ転生者よ。異世界“チェスボード”へ。あ、ステータスは強く念じたら自分で開けるからね!バイビー!!』
その言葉を最後に、天使の声は消えた。
私は言われた通り念じてみる。
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ステータス
種族:スモールリトルアガマ
概要:アガマ系最弱種。真社会性を持つ珍しいトカゲで、大抵の場合一組のカップルとその子供たちで群れを作る。この個体は珍しい雄の個体。
スキル:ユニークスキル“継承”
:ノーマルスキル“暗視LV1”、“しっぽ切りLV1”、“強化嗅覚LV1”
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異世界転生モノとは思えない、何とも心許ないステータスだ。
……取り敢えず一通り試すか……。
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