連絡網
あれから一週間が経った。
我々を取り巻く環境なのだが、まぁ取り敢えず、当面の餌の確保には目処を立てる事が出来た。
私とジャスティスは、先ず自分達の能力を確認した後、新たな土地を目指して遠征してみる事にした。
この森はどうやら中心部に向かえば向かう程強かったり、大型だったりする魔物が増えるらしく、試しに今居る地点から中心部に向かって3キロ程進んでみたのだ。
小さかった頃は3キロという距離は、私のフィジカルを持ってしても容易な距離では無かったのだが、こうしてそれなりのサイズになってしまえば大した距離とも感じず、程なくして目的地に着いた。
そこは我々が今いる縄張りよりも魔物達が多く、豊かな狩場を見付ける事が出来た。
進化した我々二匹は、このヒエラルキーに於いても相当な強者らしく、ボアファング(大型の猪)や、エッジディア(鋭い角を持つ鹿)と言った獲物を、油断さえしなければ問題無く狩ることが出来たのだ。
初めはジャスティス並みの強者が居るかもと警戒していたのだが、どうやら彼は相当な特例的存在だったらしい。
これにより恒久的とは言えないが、一先ず餌の問題は解消された。
そんな訳で目下の課題は巣の確保になった。
取り敢えず進化してもサイズの変わらなかったボルテクスラット達には元いた巣に戻って貰った。彼等はサイズ的に巣も餌も今迄の物で十分に賄える。
しかし、サイズの変化したハウンドビーバー達には新たな巣と、新たな餌が必要だった。
試しに彼等に巣を用意するように指示を出してみたのだが、ボルトラットだった頃と同じように地面に穴を掘り始めてしまった。
しかし当然ながら80㎝を超える彼等が満足に生活出来る巣穴を作る事は出来ず、結局私達の巣に間借りさせる形で凌いでいる。
餌を集める様にも指示したのだが、明らかに足りないに決まっている量の虫や木の実しか集める事が出来なかった。
“大きくなって全然餌が取れなくなった”と、彼等はボヤいていたが、愚痴りたいのは私の方だ。
──正直言って、かなりヤバい。
彼等は全く自分達の進化に着いて行けてないのだ。
自分達が何処に住むのかも、自分達が何を捕食するべきなのかも、逆に自分達がどんな捕食者に狙われるのかも、さっぱりと分かっていないのだ。
そんな状態の彼等を巣の外に出す事はままならず、結果毎日毎日餌を与えるだけの日々。
つまり、20匹ニートが我が家に押し掛けた状態なのだ。
本気でヤバい。本気と書いて本気でヤバい。
まぁ、取り敢えず餌の心配だけでも一時的には解決したのだ。ここから彼等にどんな事が出来るか検証して行き、新たな生活サイクルを作り出すしかない。
……かなり難しい問題だ……。
私がそんな事を考えていると、巣の奥から美しい声が聞こえた。
『フフ。大丈夫?また凄い顔をして頭抱えてるけど、お姉さんなら相談に乗るわよ?』
ああ、目を閉じれば見えてくる。
艶のある髪を称えた、豊満な体を持つ蠱惑的な令嬢の様な美貌が──
ああ、しかし目を開ければ見えてくる。
艶のある外殻と、無数の脚を携えた異形が──
そう、ヤスデ姉さんこと、“ギガントミラピード”へと進化したヤスデ姉さんだ。
進化した彼女は体長が約6mにもなり、我々の群れの中でも最大の個体となった。
それに付随してより高い知性を獲得し、そのレベルは今では私やジャスティスと比べても遜色は無いと言えるだろう。しかも、食性には変化が無く、彼女の食事事情には一切の不備は起こらなかった。草食最高である。
『……実はハウンドビーバー達の扱いに困ってる。正直余り良い使い道が浮かばない』
私は頭を振りながら率直な意見を彼女に伝えた。
正直言って、こんな不良債権達は人間だった頃の私ならとっくに切り捨てている。
“今使えないなら、もう要らない”
そんな事を言いながら、きっと巣から叩き出すか、殺して捕食するかしていただろう。
それくらい当時の私は心に余裕が無かった。
いつも自分の事ばかり考えて、他人を見る時は利用価値が有るか否か。
……そんな私がトカゲになって、使えないビーバーの事を必死に考えているのだ。随分と焼きが回ってしまったものだ。
『……よし、殺して餌にしよう!』
私が彼等の利用方法を見出した時、彼女は笑いながら言った。
『フフフ。そんなつもり無い事くらい、見てたら分かるわよ?憎まれ口ばかり叩いて、捻くれ者なんだから』
可愛い子ね……。と続けた彼女を見て、私は思わず力が抜ける。
なんと言うか、彼女は独特の空気感を持っている。こうして話をしていると、深く悩んだりするのが良い意味で馬鹿らしく思えてしまう。
人間かトカゲだったら、余程良い雌に見えただろう。しかし──
ヤスデなんだよなぁ。
ヤスデなんだよなぁ……。
『にぃにとねぇね!なんの話をしてるのぉ?』
『クク達も、聞きたい』
そう言って私の下へ駆け寄る二人のエンジェル。
つぶらな瞳。高級な白磁の様なきめ細やかな肌。ぷっくらとした尾は、未成熟ながら雌の色香を漂わせ、あわや私は理性を失いかける。
当然ながら我が妹達、“キュー”と“クク”だ。
『ハァハァ!!キューたん!!ククたん!!可愛いよ!?可愛いよぉ!!ハァハァ!!クンカクンカッ!!ペロペロして良い?ペロペロして良いよね??おにいたんもう駄目!!我慢出来ないよぉっ!!』
『理性失わないで貰える?』
ヤスデ姉さんが全力の体当たりを私に打ち込む。全く、何を言っているのやら。私は私よりも理性的なトカゲは見た事も無いのに。
妹達も、私達の進化に伴って成長していた。
種族は相変わらずエンシェントブラッドプリンセスアガマのままなのだが、サイズは30㎝程まで大きくなり、知性も見ての通り高くなっている。
そして、今回進化しなかった事で、私の中では彼女達の進化に関してある可能性が湧いて来た。
それは、
“彼女達が次に進化するのは、至龍と言う高位の存在になる時だけなのでは?”
という可能性だ。
種族概要にも、“成長は極めて遅いが、至龍へと至り得る可能性がある”と記されており、個人的にはこの可能性は極めて高いと思っている。
だとしたら、彼女達には是が非でも至龍へと進化して貰わなければ困る。その為にはどんな事でも私はしよう。
そうしなければ……!そうしなければ……!!
『交 尾 出 来 な い ッ ッ!!』
再びヤスデ姉さんの全力の体当たりが飛んで来た。
正直かなり痛い。巣穴狭いんだから、もう少し気にして欲しい。
『あ、あの、王様?』
私が冷静さを取り戻し、妹達とじゃれ合っていると、巣に間借りさせてるビーバーが話し掛けて来た。
『うむ。どうした?』
私は威厳のある声で応える。
『我々もこの場にいるのですが……。その、色々聞こえています』
『大丈夫。私は気にしない』
『サイコパスですか?』
ビーバー達は怯えた顔で私を見ていた。その視線はまるで、目の前で処分を検討された引きニートの様だ。
全く、何に怯えているのやら。
そんなこんなで平和な朝を過ごしていたのだが、その時配下のボルテクスラットの一匹から、真実の絆の副次効果の一つ。“遠距離会話”で連絡が入った。
遠距離会話は、そのままズバリ遠隔地に居る、“真実の絆”所持者間での会話を可能とするものだ。
効果範囲は半径約500m程なのだが、私はその前後地点に配下達を配置し、伝言を伝えさせる事で、更に遠距離の連絡網を形成していた。
『どうした?』
私はそう尋ねる。
基本的にはこの連絡網は緊急を要する事態以外では使用しない事にしているからだ。
それ以外の事態では直接連絡させる様にしないと、不要な情報の為に連絡が遅れてしまう可能性がある。
『ジャスティス親分からの伝言ですゴリよ!
“北西1.2キロ地点に来てくれ。面白い事になってる”
だ、そうですゴリ!』
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