御膳立てと手加減と誤解
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視界が歪み、口の中に鉄の味が広がる。
「ぐッ……ッ……!!」
身を捩り、何とか即死だけは免れたアズール。
極限の状況下でここまで出来たのは、アズールが真に優れた戦士だからに他ならない。
だが──
「……決まりだな」
血塗れになったアズールを前に、白銀はそう呟く。
白銀の言う通り、もうアズールは立ち上がる事すら出来ない。
確かに即死だけは免れたが、それだけだ。その全身を貫かれたアズールは致命傷だったのだ。そう遠からず命を落とす事になるだろう。
「あ、アズールッッッ!!」
姫君が泣き顔で絶叫し駆け寄って来る。ステラは何故かそれを見逃し、そしてゴブリンの子供にも手を出さないでジッと此方を見守っている。
「ゴブリンの子供なら返す!!だから、だからアズールを殺さないでッッ!!」
そう言って白銀の前に立つ姫君。しかし他ならぬアズールがそれを止めた。
「……止めるべ。……姫さま……。蜥蜴人の姫君が……敵に懇願するなんて……らしくないべ?」
「何を言うアズール!!妾は……妾はお前の為なら……」
「それに……まだ終わってないべ……」
「……!!」
泣き崩れる姫君。
アズールは姫君を下がらせ、上半身だけを起こして鉄棍を構えた。
「……待たせたな……。じゃあ……続きと行くべ……?」
「……ああ」
白銀がそう言うと、その右手が強い雷光を放つ。
これまでで最も強い輝きだ。苦しまない様に一撃でとどめを刺すつもりなのだろう。
(……残念だべ。一度で良いから自分で牛を育ててみたかったなぁ……)
アズールは自分の胸に仕舞い込んだ夢を思い浮かべ、静かにその時を待った。
──しかし、アズールの最後の時はまだ訪れなかった。
「“伸びろ”!!ホワイトウルフッ!!」
「!?」
突如として響く第三者の声。
それと同時に白銀の右手に金属の系が迫る。かなりの速さだ。不意打ちなら回避も難しいだろう。
しかし──
「気付いてんだよッッ!!」
──バリッ!!──
「ぐえッ!?」
白銀が茂みに目掛けて雷撃を放つ。
すると金属の系は地面に落ち、間の抜けた声と共に茂みから何者かが飛び出して来た。
均整の取れた肉体と、エルフや人間を思わせる顔立ち。
そして特徴的な二本の角を持つ亜人型の魔物。
そこに居たのはオーガーレイスと呼ばれる魔物の少年だった。
少年が右手を振ると、地面に落ちた金属の系はその右手に付けられた狼をモチーフにした手甲に戻って行く。恐らく魔法道具だろう。
突然の展開に困惑するアズール。
白銀が手加減したあたり、黒鉄の陣営の魔物なのは間違いない。ただ、あの少年が白銀を止めた理由が分からなかった。
しかしそんなアズールの疑問は次の少年の言葉で解決した。
「止めろジャスティス!!今回の件はこっちの過失だ!!スーヤの弟達が緩衝地帯で狩りをしてたんだ!!そいつらに過失は無い!!今すぐ手を引け!!」
「……!!」
──成る程、そういう理由か。
アズール達からすれば当然の話だが、オークの姫君は少年の言葉に少し驚いた様子を見せた。
しかし白銀は顔色一つ変えずに少年に答える。
「……そうか。それは不幸な行き違いだな。だがもう手遅れだ」
「まだ間に合う!!スーヤのポーションが有ればソイツは助か──」
「もう既にそう言う話じゃねぇッッてんだよッ!!ここまでやり合って“誤解でした”で済むと思ってんのか!?コイツは強ぇ!!生かして帰せば次にやり合う時にゃぁ必ずデカい壁になる!ここまで来たら殺すしかねぇ!!」
少年の言葉を遮り叫ぶ白銀。
そしてそれはアズールとしても同意だった。
アズールは重症で、ポーションで回復した所でこの壊れた身体がまともに動ける様になるとはとても思えない。
ハイクラスのポーションならそれも可能だろうが、黒竜の森に於いても十本も無いとされるそれを黒鉄の陣営が持っているとも思えない。
もし仮に生き延びたとしても戦線からの離脱は避けられず、自分をそこまで追い込んだ白銀の事を主人が許す筈がない。残念ながら、既に戦端は開かれたと考えるべきだ。
しかし少年は白銀の言葉を否定する。
「ふざけんなッッ!!テメェの勝手な勘違いでコイツらとやり合って、誤解だと分かっても殺すだと!?そんなふざけた事納得出来る訳がねぇだろッッ!!」
「ふざけてんのはテメェだクソガキが!!この状況でコイツを生かして帰してどうすんだッ!?次にやり合う時は不動が軍勢を率いての乱戦だ!!その時にコイツが居なけりゃどれだけ俺様達が有利になると思ってやがる!!それともテメェには何か考えでもあるのか!?無ぇなら偉そうな事を──」
「謝るッ!!」
「はぁ!?」
「だから、謝るんだよ!!ソイツを回復させた後、頭を下げて誠心誠意謝るんだ!!“間違えてごめんなさい”って!!先ずはそれからだろ!?」
「お、お、おまえ本気でそんな事言ってんのか!?この森の状況を理解した上でそんな事を言ってんのか!?」
「うるせぇッ!!間違えたんだから謝るッ!!当たり前の話じゃねぇか!!そんな事も分からねぇのか馬鹿野郎ッ!!」
「〜〜〜ッ!!」
「ブハッ!ハハ、ハハハッ!!」
言葉に詰まる白銀。
そしてアズールは思わず笑ってしまう。笑うしかなかった。
少年の言葉は本心だ。
本心からそうするべきだと思っている。
確かに少年の主張は道理だし、正しい事だ。しかし、それだけで世界が回る訳が無い。
汚い手だろうと何だろうと、生き残る為にはしなければならない時が在る。
少年もそれは分かっているのだろう。
だからこそああ言ったのだ。
“納得出来る訳が無い”と──
「……良いべ……坊主……」
「「!?」」
アズールは気がつくとそう口にしていた。
朦朧とした意識がそうさせたのかは分からないが、アズールは口にした言葉を取り消そうとは思えなかった。
「もし仮に……坊主の言う通りオラが元通りに治るのなら……この件は無かった事にする」
「ほ、本当か!?」
「ア、アズール!?」
アズールの言葉に喜ぶ少年と、困惑する姫君。アズールは姫君を諭す様に話す。
「姫さま……オラは……どうせ死ぬなら最後まで戦うけんども……助かるなら……それも悪くないべ?」
「……う、うん!!」
涙ぐみ、そう言って頷く姫君。
やっぱり姫さまは自分には甘い。
そう思ったアズールだったが、ただ一人不満の声を上げる者が居た。
「……ふざけるなよ」
──白銀だ。
白銀は怒りに顔を歪め、言い放つ。
「何勝手に“めでたしめでたし”で終わらせようとしてやがる。俺様がそれを黙って見てるとでも思ってんのか?」
「……だったらどうすんだよ。ソイツを殺して、不動と戦争するつもりかよ」
「ああ。俺様達が置かれた状況は何一つ変わっちゃいねぇ。どう足掻いたって黒竜の塔に面した縄張りが無ければ覇権は取れねぇんだ。……コイツの首は戦争の切っ掛けには十分だ」
「……そんな事はさせねぇ。例え力づくでも止めてみせる」
「……ハッ!」
──バリッ!!──
「!?」
直後、白銀の右手から雷光が放たれる。
少年はなんとか躱すが、白銀はそのまま何度も何度も雷撃を放った。
転がり廻り、漸く雷撃が収まった後に少年は叫ぶ。
「お、お、お前止めろよ!!卑怯者!!」
「何が卑怯者だクソガキ。“力づく”は何処に行ったんだ?……守られる側ってのは気楽で良いな。大人しく寝てろ」
「……!!」
──バリッ!!──
再び雷撃が少年へと迫る。
しかし少年はそれを躱し、白銀に右手を向けて叫ぶ。
「“伸びろ”!!ホワイトウルフ!!」
──ビュルッ!!──
少年の右手から白銀へと伸びる金属の系。
白銀はそれを紙一重で躱して少年を見る。
「フィウーメで手に入れた魔法道具か。拘束には使えそうだが、動きが直線的過ぎるな」
「“縮め!!”」
──ゴオッ!!──
「!?」
直後、大きな岩が白銀へと迫る。
少年が伸ばした金属の系が、岩を絡めとった状態で縮んだのだ。
「……くだらねぇ」
──ドゴォッ!!──
岩を蹴り砕く白銀。
しかし少年は動じない。
「“伸びろ”!!ホワイトウルフ!!」
再び伸びる金属の系。
しかし今度は白銀ではなく、少年の背後の木の幹に絡み付く。
「何をして──」
「“縮め”!!」
「!」
次の瞬間、先程の岩とは逆に少年が木に向かって手繰り寄せられる。
そして少年はそのまま周囲の木々に向かって同じ事を繰り返した。
「“伸びろ”!!ホワイトウルフ!!“縮め”!!“伸びろ”!!ホワイトウルフ!!“縮め”!!“伸びろ”!!ホワイトウルフ!!“縮め”!!“伸びろ”!!ホワイトウルフ!!“縮め”!!“伸びろ”!!ホワイトウルフ!!“縮め”!!“伸びろ”!!ホワイトウルフ!!“縮め”!!“伸びろ”!!ホワイトウルフ!!“縮め”!!“伸びろ”!!ホワイトウルフ!!“縮め”!!“伸びろ”!!ホワイトウルフ!!“縮め”!!“伸びろ”!!ホワイトウルフ!!“縮め”!!」
「あぁあぁ五月蝿えな……」
森の中を縦横無尽に飛び回る少年。
一回の動作の度に徐々に加速しており、今では相当な速さになっていた。
しかし──
「……“撹乱”って意味なら完全に失敗だな。スキル発動の度に声を上げるから何処にいるのかは簡単に把握出来る。鈍いヤツになら効果は有るかも知れねぇが、俺様には意味がねぇ」
白銀の言う通り、少年の位置は容易く把握出来る。スキル発動の度に自分で場所を教えているし、系を加速の起点にしている以上その軌道は直線的で読みやすい。確かに相当な速さだが、白銀相手では枷がある事を加味しても無意味と言って良いだろう。
そして、次の手も読みやすい。
「“縮め”!!」
その声と共に、少年が白銀に向かって接近する。
加速度を生かして攻撃に転じるつもりなのだ。しかし白銀も当然それを読んでおり、少年の方向を向いた。
「……馬鹿が。仮にもアイツの弟子ならもう少し頭を使いやがれ」
白銀はそう言って少年を待ち構える。
しかし、少年はそれを見て口角を上げた。
「“換装”!!“竜骨砕き”!!」
「!?」
次の瞬間、少年の右手に付けられた手甲が消え、その手元に巨大な戦鎚が現れる。
そして少年は最大加速度を維持したまま鉄鎚を構えた。
「“トールハンマー”ァァァッッッッ!!」
「……ッ!!“極星雷神脚”ッッ!!」
──ドゴォッッッ!!──
轟音と共に白銀と少年のスキルがぶつかり合う。
しかし即座には決着は付かない。
信じられない事に、少年と白銀の攻撃は肉薄していたのだ。
「ウォォォォッッ!!」
「……チッ!!」
──バッ!──
ダメージ計算が終わり、互いに大きく飛ばされる白銀と少年。
一見すると互角で終わった攻防にも見えるが、明暗はハッキリと分かれていた。
「……痛ぇ……」
少年がそう呟く。
少年の身体はあちこちが焦げており、相応のダメージが窺える。
対する白銀は全くの無傷で、何一つダメージを受けていなかったのだ。
「……攻撃の性質の違いだな。俺様の“極星雷神脚”はSTRとMATの二つのステータスの補正が掛かる。それに雷撃自体にも攻撃判定が有るんだよ。技を出させたのは素直に褒めてやるが、テメェ程度じゃこれが限界だ。……次からは雷撃だけを使わせて貰う。何も出来ない様にな」
少年が白銀と直線交える事が出来たのは、飛び回る少年に対して白銀が雷撃を使わなかったからだ。
二人の関係性は分からないが、白銀は少年の行動に興味を持っていた様にも見えた。
所詮は御膳立てされた上での、加減された攻防だったのだ。
──と、アズールは誤解していた。
──パリン──
「!?」
何かが砕ける音と共に、アズールの身体に液体が降り注ぐ。
すると信じられない事に全身の怪我が治って行った。
この効果は、かつて一度だけ使った事のあるハイポーションと同等の物。
困惑するアズールの直ぐ横に、隠密系スキルが解除されたのか一匹のフェレットが現れる。
その姿を見て目を見開く白銀。
「て、テメェッ!!何のつもりだ!?」
「見ての通り、コイツの怪我を治してんだよ。……悪ぃな兄貴。今回ばかりはアッシュに手を貸させて貰ったぜ。この件は俺にも責任があるからな」
「……!!」
怒りに顔を歪める白銀。
そして立ち上がった少年は、そんな白銀に対して宣言した。
「……この勝負、俺達の勝ちだ」
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