白銀と楔
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「姫さま!!その子供を頼むべ!!」
「分かった!!」
アズールの言葉に姫君がゴブリンの子供を抱えて後ろに下がる。
それをステラが追うが、一定の距離を保って止まる。どうやら足止めのみが目的で、取り敢えず此方の様子を伺っている様だ。
──バリッ!!──
「!」
その直後、空気を割る雷鳴と共に白銀が飛び跳ね、アズールへと蹴りを放つ。
早い。だが、合わせられる。
アズールは鉄棍を振るい、白銀を迎え打つ。
──ギィン!!──
轟音と共に弾かれる鉄棍。
それと同時に白銀は大きく後方へと跳び帰り、アズールに言葉を投げる。
「ハッ!!やるじゃねぇか!!その鉄棍をへし折ってやるつもりだったんだがな!!」
「そうだったんだべか!?オラはてっきり蝿でも止まったのかと思ったべ!!」
「ヒャハハッ!!そりゃあ面白ぇ!!じゃあ次はもう少しデカい蝿になってやるよ!!」
そう言って再びアズールへと迫る白銀。
アズールは返した軽口とは裏腹に、白銀の実力に驚愕していた。
(……とんでもない化け物だべ!!)
アズールは攻撃に対する迎撃、つまりカウンターを得意としている。
これには幾つかの感覚系のスキルの補助も有るのだが、そもそも天性の素質に恵まれていたのだ。
先程の攻防でもアズールは白銀の蹴りに合わせ、胴体に鉄棍を振るった。
これまで何度も同様の展開を経験した事のあるアズールは、確実にその胴体を打ち抜けると確信する。
しかし白銀は突如として火線に入り込んだ鉄棍へと攻撃対象を変え、身体を捻って見事な蹴りを放ったのだ。
空中の、しかもバランスを崩したタイミングに合わされたカウンターに対して、カウンターで返すと言う離れ業だった。
その技術と未だに強く残る手の痺れから、ただの一撃で彼我の戦力差を悟るアズール。
そして即座に次の手を打つ。
「大地を縛りし始原の楔よ!!
その威光の欠片を示せ!!
全てを縛りし重みの力!!
“重々加重”!!」
「!」
解号と共にアズールの身体から黒いオーラが巻き起こる。
覚醒解放は魔物にとって切り札であり、そして最大の警戒対象だ。
スキルやステータスは種族や体型からある程度推測が出来るが、覚醒解放の効果は正に千差万別。
一度の発動で戦局を覆す可能性も有り、例え格下相手だろうとその効果が分かるまでは決して油断出来ない。
その為互いの情報が少ないこの状況で発動させれば、攻め手はどうしても攻勢が弱まる。
普通なら。
──ゴウッ!!──
「グぶッ!?」
強烈な蹴りがアズールの腹部に刺さる。
白銀は一切の躊躇なく接近し、そのままアズールを蹴り飛ばしたのだ。
想定外の行動に、思ったよりはダメージを受けてしまうアズール。
白銀はそのまま跳ね、飛ばされたアズールに向かってスキルを放つ。
「稲妻ァァ発電蹴りィィィッッ!!」
咆哮と共に眩い雷光を放つ白銀の右足。
詳細は分からないが高位の攻撃スキルなのだろう。しかし、その足がアズールに刺さる前に、アズールの右手が地面に触れる。
「なっ!?」
白銀が驚きの声を上げる。
そしてすぐ様攻撃を止め、アズールから距離を取った。
「……右足が重ぇ。発動条件は接触か?この感じ、ステータスとは無関係に重さを付与させる効果か……」
アズールは白銀の言葉に口角を上げる。
白銀の言う通り、アズールの“重々加重”は接触した対象の重さを強制的に増す覚醒解放だ。
これには物理的な負荷も含まれるが、それ以上に大きいのは“ステータスを無視する”と言う性質である。
この世界の魔物は全てステータスの恩恵を受けている。
その為に実際の重さを数倍にしたとしても、そのステータスに寄っては大した枷にもならない場合が有る。
しかしアズールの“重々加重”は対象がどれほどのステータスを持っていても、対象の実感として30%の重さが加わる様になっている。
つまり相手の強さに関わらず、確実な負荷を与える事が可能な覚醒解放なのだ。
「……よく分かったべな。その通り、オラの重々加重は、ステータスに関係無く触れた対象にとっての実質的な重さを加算する。しかも接触部位と回数に応じてその重さはどんどんと増える。……つまり、おめえがオラに触れる度におめえは芋虫に近づくんだべ。攻撃でも防御でも、な」
「……ハッ!中々良い覚醒解放じゃねぇか。……だが、接近戦に特化し過ぎてる。遠距戦には何の意味も無ぇ。……俺様がそれが苦手だとでも思ってんのか?」
「……いんや、思ってないべさ。ある程度はオラ達も情報を集めてるからなぁ。……だども、おめえは飛び道具は使わないべ?」
「何故だ?」
「……その方が面白いから。……違うか?」
「……!」
アズールの言葉に一瞬惚ける白銀。
そして高笑いして続けた。
「ヒャハハ!!良いね!!分かってるじゃねぇか!分かりやすい挑発だが乗ってやるよ!!テメェは接近戦でぶちのめす!!」
「そうこなくっちゃなぁ!!」
アズールはそう言うと鉄棍を構えて一気に白銀へと近付く。
挑発に乗ってくれて助かった。もし仮に遠距戦に持ち込まれれば相当不利を強いられる。
いつまで遠距離攻撃をして来ないかは分からないが、それまでに可能な限り枷を増やしておきたい。
幾度かの攻防の後、アズールはスキルを使用する。
「“高速突き”!!」
“高速突き”は文字通り高速で突きを放つスキルだ。
高威力ではあるが、それと同時に隙の多い技でもあり使い所は難しい。しかしアズールの狙いは攻撃を成功させる事ではない。
「オラァッ!!」
──ゴスッ!!──
「ぐッ!!」
アズールの腹部に白銀の右拳が突き刺さる。
白銀が高速突きを躱してカウンター気味に放ったのだ。
しかし重々加重の効果で上手く身体が動かせない白銀は、浅い踏み込みでしか拳撃を放てていない。
痛い事は痛いが、ダメージと言う程のものでもない。
そして、アズールの狙いはそれだった。
「フンッ!!」
アズールは鉄棍を白銀目掛けて振り払う。
白銀はそれを躱して跳び退くが、アズールはそれを追わずに地面に手を伸ばす。
「!?」
白銀が顔を顰める。
二つ目の発動条件を満たした事で、アズールの胴体を打ち抜いた拳が重くなったのだ。
「……これで二回目だべ。どうだ?思ったより融通が効かなくなるべ?」
「……まぁな。重くなるのもそうだが、どうしても動きが雑になっちまう。思ったよりも厄介な覚醒解放だ。……だが発動条件はこれでハッキリした。一つ目が“接触”。二つ目が“地面に手を触れる事”だ。発動までのタイムラグがあるから疑ってたが、随分と分かりやすく動いてくれたな」
「はっはっは!!……まぁ、元々誤魔化し切れる条件じゃねぇからなぁ。それならさっさと発動させて自分が有利な状況にする方が良いべ?」
「……ま、そりゃそうだな。……結構楽しめたが、これ以上は付き合えねぇ。次で決めさせてもらう」
そう言うと白銀は姿勢を低く構える。
そしてアズールはその言葉を聞いて露骨に顔を顰めた。
「……随分と上からモノを言うべな……。オラの事を舐めてんのけ?」
アズールは戦いが嫌いだ。戦わずに済むなら一生戦いたくない程に。
しかしそれでも不動の配下の中では筆頭の地位に居る。
殺して来た魔物も百や二百では効かない。だからこそアズールは責任が在ると考えているのだ。踏み台にして来た命と仲間達に対して、自身の強さとその自負を持つ事を。
だが、アズールの言葉を聞いた白銀は首を振る。
「……逆だ」
「……逆?」
「ああ。テメェは強ぇ。最初の攻防も、それ以降も。テメェの誘導に乗せられてるのが分かる。速攻で決着を付けるつもりだったのに、気が付きゃ右手足に枷を付けられちまった。だから俺様にも余裕がねぇのさ。これ以上長引かせれば負ける。……構えろよ。じゃなきゃ速攻で決まるぜ?」
「……」
ただの挑発──
一瞬だけそう思い、即座にその考えを否定するアズール。
アズールの重々加重は奥の手として使うより、見せ球として使う方が効果が高い。
接触の度に加重するという性質上、戦闘序盤から発動させる方が効率が良く、また効果を知っていれば相手は萎縮し、その行動を制限、予測する事が容易になるからだ。
だからこそアズールは白銀の実力を悟って直ぐに重々加重を発動させた。
長期戦を想定し、不利になった白銀が遠距離戦を仕掛けて来る前に少しでもダメージを与えたかったのだ。
だが今の白銀の言葉に嘘は感じられない。
目の前の一匹の雄は、本気で接近戦のみで決着をつけようとしている様に思えてならなかったのだ。
そして仮にそれが事実ならば、白銀の言う通りここで決着を付けなければ白銀は圧倒的に不利になる筈だ。
「……」
アズールは鉄棍を構え、静かに名乗る。
「……不動のグラクモアが配下筆頭、“楔のアズール”だべ」
「ジャスティスだ。最近は名乗っても無ぇのに“白銀”とか呼ばれる」
「二つ名なんてそんなもんだべ。周りが勝手に付けて、その内馴染む」
「そうか……」
数瞬の間。そして白銀が徐に口を開く。
「“多重俊敏性強化”!!」
直後、一気に加速する白銀。動きはぎこちないながらも、速度だけは最初の接触時を凌駕している。
しかしアズールは動じない。その程度の事は想定内だ。何故なら──
「“多重俊敏性強化”」
──アズールにも使えるのだから。
「稲妻ァァ発電蹴りィィィ!!」
先程と同様の攻撃スキルでアズールへと迫る白銀。
ただし先程の精細さは一切感じられない。ステータスを強化した所で負荷に変化が無い為、白銀は上手く身体を動かせないのだ。
そう、アズールの重々加重は、ステータスを無視する。
アズールは自身のユニークスキルを発動させて、白銀を迎え撃つ。
「“受け流し”」
「!?」
白銀が驚愕に目を見開く。
直後、アズールの左手が白銀の強烈な蹴りを完全に受け流した。
アズールのユニークスキル“受け流し”は、敵の攻撃との接触タイミングで発動させるとどんな攻撃でも受け流す効果を持つ。
極めて強力な防御系ユニークスキルだが、発動タイミングもまた極めて難しく、少しでもズレればダメージをフルで受ける事になる。
しかしアズールは“攻撃軌道察知”と“スキル発動察知”の二つの感覚系スキルを高レベルで習得しており、また生来の才覚も相まってそれを可能としていた。
受け流しを発動させつつ、白銀の体に添う様に左手を動かすアズール。
受け流し発動中も重々加重の効果は維持される為だ。
そしてアズールは白銀の脇腹に触れた後、そのまま地面に伏せる。
──ゴウッ!!──
直後、アズールの頭部があった場所に白銀の尻尾が振り抜かれていた。
白銀はあの強烈な蹴りを囮にし、尻尾での攻撃を隠していたのだ。
攻撃の軌道が同じだった為にスキルでは感知出来なかったが、アズールはこれ迄の経験からそれを予知しており、身を伏せる事で躱した。
楔を打たれた状態を考えれば中々見事な攻撃と言えるが、それでも予想の外には出ない。
アズールはそのまま地面に手を付け、重々加重の条件を満たす。そして尻尾を振り上げようとした。
これでもう一ヶ所楔を打つ。そうすれば解放極技が最低限機能する筈だ。その隙に逃亡を──
──ゾクッ──
「!?」
アズールの背筋が凍る。
アズールの感知系スキルである“スキル発動察知”が強い警鐘を鳴らしたのだ。
(何処から!?この体勢で!?)
困惑するアズールに今度は“攻撃軌道察知”が上方からの攻撃を警告する。
アズールは何とか回避しようとするが、それは叶わない。
白銀は、アズールの全身を覆い隠す様にその平べったい尻尾を広げていたのだ。
「“ニードルテイル”」
白銀の静かな一言と共に、アズールの全身は鋭い針で貫かれた。
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