弟達
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「とりゃぁぁッッ!!」
掛け声と共にスーヤの弟が斧を振り下ろす。
しかし一角兎はそれを寸前で躱し、そして茂みへと飛び込んで行く。
「あっ!!待て!!」
そう言って慌てて一角兎を追うスーヤの弟。
しかし身軽な一角兎を捕らえれる訳も無く、肩を落として茂みから出て来る。
「……クソッ!!あとちょっとだったのに!!」
「……もう止めようよ兄ちゃん。今森は凄く危ないってお姉ちゃんが言ってただろう?早く帰ろうよ」
「“危ない”からこうして戦ってるんだろ!?俺達が強くなって姉ちゃんを守るんだ!!」
そう言ってスーヤの弟は下の弟を叱りつけた。
彼等は今、村から遠く離れた黒竜の森の中腹付近に居る。
姉であるスーヤには心配を掛けない様に幼馴染であるアッシュに特訓を付けて貰うのだと話し、二人で家を出た。
目的は一つ。
獲物を狩り、強くなり、そして家族を守る為だ。
姉がオークに襲われた時の事を、彼等は今も覚えている。
本当に怖かった。父や母だけでなく、姉まで居なくなるのかと思った。
姉はジャスティス達に助けられたから大丈夫だと言っていたが、そう言って自分達に触れたその手は震えていた。
今だってそうだ。姉の優しさに付け込み、周囲に纏わりついているオーク達を前に姉の手はずっと震えている。
怖くない訳が無い。両親を殺し、自分に酷いことをした連中と同じ奴等なのだから。
だからこそ、その震えを止める為に此処に来た。姉が心配する必要が無いくらい強くなり、そして逆に姉を守る。その為に。
しかし、幼い彼等は知らなかった。獲物を追う内に、自分達が思うよりもずっと森の奥に来ていた事を。
そして此処が──
「……緩衝地帯とは言え、敵陣営の間近で狩りをするとはのぅ。黒鉄の陣営は礼儀を知らぬ様じゃ」
「「!?」」
スーヤの弟達は声がした方を振り向く。
そこに居たのは二人の蜥蜴人。
一人は大柄で屈強そうだが、つぶらな瞳で何処か優しい顔立ちをした雄。
もう一人は大きな宝石の付いたティアラと、過度な装飾がされた扇子を手に持つ雌。
スーヤの弟達は尻餅をつく。
スキルが無くとも分かったのだ。この二人が並みの魔物では無く、黒竜の森に於いても上位に位置する魔物なのだと。
大柄な蜥蜴人はスーヤの弟達を一瞥すると、雌の蜥蜴人に話し掛ける。
「姫さま、どうすっぺぇ?そりゃ大人の魔物がこげな事したら許されんけっども、子供のした事だし見逃しても良いんでねぇが?」
「良い訳が無かろう。何故我等が縄張りを持つと思うておる?獲物を安定的に狩る為じゃ。だからこそ縄張り間に緩衝地帯を設け、そこで狩りを行わない事を不文律としておる。……多少の目溢しは出来ても、ここまで近くで狩りをされて見過ごせばなし崩しで縄張りが曖昧になってしまう」
「そうかぁ。気が乗らねんだが……なら殺すっぺ?」
「……いや、捕らえるのじゃ。この状況で明確な非の在る此奴らを捕らえておけば、黒鉄との交渉にも使えよう」
「あいよ、了解だ」
「「!!??」」
そう言って此方を見た蜥蜴人達。
その視線にスーヤの弟達は全身が恐怖に包まれる。
しかし兄は、弟の為に震える声を張り上げた。
「に、逃げろッ!!俺が時間を稼ぐ!!」
「でも──」
「俺達でこんな化け物に勝てる訳無いだろ!!早く助けを呼んで来てくれ!!」
「ッ!!分かった!!」
兄の言葉に駆け出す弟。
兄は斧を構え、吠える。
「俺が相手だッッ!!」
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