フォローの意味
──“聞くんじゃなかった”
アッシュの頭が、この言葉で埋め尽くされる。
目の前の父親は真剣そのもので、先程の言葉に嘘が無いのが分かる。
本当に申し訳なさそうで、そして自分に対して負い目を感じているのも見て取れる。
確かに覚悟が必要な内容だった。
確かに聞いても不幸にしかならない内容だった。
しかし、想定していた感じの不幸な話とは全く違った。
なんだったら想定していた様な不幸な話の方が良かった。
アッシュは事実を受け止め切れず、一縷の望みに掛けて再び問いかける。
「……ごめん親父、もっかい言って?」
「アッシュ……お前の母親……サレナは……○○マ○だったんだ……」
「何言い方変えてんだよ!?しかもフォローになってねぇ!!もっとこう、せめて“性に対して奔放だった”とかそんな言い回しを選べよ!!なんだその話は!?なんかこう、キツい感じの暗い話だと思ってたのになんだよその話は!?」
「アッシュ……お前の母親……サレナは……性に対して奔放だったんだ……」
「止めろ!!どうして……どうして俺にそんな話をしたんだよ!!聞きたくなかった!!そんな話聞きたくなかった!!」
「ッ!!アッシュ……!!……すまない!!……ッ!!すまないッッ!!」
「止めろ!!暗い感じの生い立ち話を聞いた思春期の息子と父親のやり取りみてぇな感じにするなッッ!!……ってか俺の言い回し丸パクりしてんじゃねぇ!!」
「だから言いたくなかったんだよ。ガキの頃から母親の事聞かれる度に本当に困ってたんだ。“お前のお母さんは一日に最低でも三人くらい別の男とイチャイチャしてた”とか言えないだろう?まぁ、でもお前の言う通りもうお前もガキじゃないんだし事実と向き合え」
「向き合うけど!!けれどね!?こんなタイプのキツい事実だと思わなかったんだよ!!ってかそんな相手だったのに良く俺が自分の子供だと思えたな!?俺だったらそこから疑うぞ!!」
「……ッッ!?」
「驚愕の事実を聞いたみたいな顔すんじゃねぇぇぇェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェッッッ!!」
黒竜の森にアッシュの声が響く。
それは宛ら母親を呼ぶ赤子の様な声だった。
暫く絶叫した後、アッシュは頭を抱えてうずくまる。
「クソッ!!クソッッッ!!……ぅぅ……っく!!こんなの……こんなのあんまりだ……」
「……まぁ落ち着けよ。こういうパターンも在るだろ、そりゃあ。そんな一々凄え悲劇ばっかりじゃねぇだろ」
「十分に凄え悲劇だろ……。当事者にしたら……」
「まぁな。……だが、一応フォローしとくが、元々オーガーレイスの女ってのは妊娠し辛い魔物で性欲がかなり強いんだ。まぁ、その中でもサレナはズバ抜けて性欲が強くて、“死ぬ迄に魔物全種類と一発ヤる”とか言ってるくらいだったし、“性病完全耐性Ω”とかいう凄い耐性スキルを持ってたが」
「フォローの意味知ってる?」
「んで、サレナに育児放棄されたお前の世話を俺がずっとしてて、“コイツを戦奴にはしたくないなぁ”とか思いつつ、テロ起こして今に至る」
「そこを掘り下げろよ!!一番重要だろ!!なに三行で手早く済ませてんだよ!!」
「ははは!特に言う事ねぇからな。今言った通りだし。……だがまぁ、悪かなかったぜ。お前と過ごしたこの十四年はな。……そんなオシメをしてたお前が俺に上等こく様になったんだ。産んでくれたサレナにゃあ感謝しなきゃな」
そう言って笑みを浮かべるアッシュの父親。
アッシュはその表情に若干凹んでいた事がどうでもよくなり、ため息を一つ吐いて続けた。
「はぁ……。……んで、お袋ってもう死んだのか?」
「いや、死んでない。モーガンの話じゃ今や闘技都市の都市長かつ歓楽都市の顔役みたいな立場になってるらしい。元々闘技場で戦った後にフラウィウスで娼婦もしていたし、戦奴にしては金の回りはかなり良かったからな。上手くやったんだろうよ」
「そうか。でも育児放棄か……結構キツいな……」
「おいおい、そこだけ聞きゃ悪くしか聞こえないが、サレナも最初は頑張ってたんだぞ?だけどお前の夜泣きが酷くてどうにもならなくなって、それで俺に丸投げして来たんだ」
「……でも、愛情が有ればそんくらい我慢出来るもんなんじゃねぇのか?」
「愛情が有っても向き不向きはある。サレナに子育ては向いてなかったってだけだ。……だがな、アイツがお前の顔を見に来ない日は一日たりとも無かったぞ。それにお前を連れてエルバから逃げようとした時、本気で俺を殺しに来た。“私の子供を返せ!!”ってな」
「……」
「お前についてもアイツはアイツなりに考えがあったんだと思う。実際、今のアイツの地位を考えるとお前を戦奴にしなくて済む算段が有ったのかも知れないな。まぁ、たらればの話にしかならないが」
「……そういう話はしなかったのか?」
「ああ。ハッキリ言って俺達はそんな深い仲じゃない。お互い繁殖の相手として上に選ばれただけで、信用していなかった。それにお前の事が無くても俺は戦奴の扱いには納得出来ていなかったからな。だからやる事は変わらなかったし、サレナとの和解も無理だったろうよ」
「そうか……」
アッシュはそう呟いて空を見上げる。
色々あってショックも大きかったが、それでも母親の事を聞けて良かった様な気もしていた。
「あと本当に俺の息子か気にしてた様だが、俺とサレナは繁殖の間は一緒に居たからな。上からしても人気闘士同士で交配させるつもりだった訳だから、そこに間違いは無い筈だ。まぁ、もし仮に血が繋がってなくてもお前は俺の息子だ。……誰が何と言おうがな」
「今更くせぇ事言ってんじゃねぇよ。もうそんな空気じゃねぇっての」
「ハッハッハッハ!!そうだな!!」
「ったく……。そういえばバドーのおっちゃんとは何処で知り合ったんだ?知ってる風な事言ってたけど」
「アイツは俺が連戦連勝を重ねてた時に、都市長に雇われて闘技場に出場して来たんだ。あそこは戦奴隷だけじゃなく、凄腕の冒険者なんかも興行に使う時があったからな。鼻っ柱の強い奴だったが、ボコボコにしてやったら何度も突っかかって来る様になってな、まぁ腐れ縁だ」
「ほーん。でもじゃあ何でデカログスを持ってたんだろう?」
「それは俺にも分からねぇ。多分だが、都市長から何かの依頼を受けてその報酬で貰ったとかじゃねぇか?アイツは一応腕も頭もそこそこ程度にはあったし、都市長としてもデカログスを手元に置いとくのは嫌だったろうしな。俺を思い出すだろうし。……あ、そういや残り二つはどうした?」
「……残り二つ?」
「……その反応だと知らないみてぇだな。小盾の“テン・コマンドメンツ”、鎧の“ツェンゲボーテ”、そして大剣の“デカログス”。この三つが俺の為に作られた魔法道具だ。もし見かけたら可能な限り集めとけ。三つ揃うと同一報酬で装備時にステータスが上がるからな」
「了解。……まぁ、休憩はこれくらいにしといて、もう一戦しようぜ親父。デカログスはそのまま親父が使って良いから。……今度は叩きのめす」
「良いぜ。テメェが知らねぇデカログスの使い方を教えてやるよ……」
そう言って二人は立ち上がり、そして距離を取った。
そのまま武器を構え、再び模擬戦をしようとしたその時、二人を呼ぶ声がした。
「アッシュ〜!おじさま〜!!」
──スーヤだ。
「!スーヤ!!」
すぐ様武器をしまい、スーヤの下に駆け寄るアッシュ。
「突然どうしたんだスーヤ?そ、そのバスケット、ひょっとしてお、お、お──」
「ええ。弟達のお弁当。アッシュ達の分は自分で用意してるでしょ?」
「あ……ああ……うん……」
目に見えて落ち込むアッシュに、苦笑いするアッシュの父親。
アッシュは小さな頃からこの幼馴染に惚れている。その想いは一途で純情。誰に似たのか分からないが、この分だと仮に結婚出来ても相当尻にしかれるだろう。
そんな風に考えていたアッシュの父親だが、次のスーヤの言葉に表情が凍る。
「あの子達ったら、訓練をするって出てったのにお弁当忘れちゃったのよ?だからこうして届けに来たの。……それでアッシュ、弟達は何処?」
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