闘技都市のチャンプ
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「“デカログス”が……親父の為に打たれた……!?」
父親の言葉に驚くアッシュ。
この魔剣デカログスは、師匠であるトカゲと一緒にバドーからせしめた物だ。
作ったモーガンとも知り合いだが、二人ともそんなことは言っていなかった。
「……どういう事だよ。そんな話聞いてねぇぞ?」
「俺も驚いたぜ。まさかとは思ったが、本当にデカログスだったとはな。誰にコイツを貰ったんだ?まさかモーガンか?……いや、それは無いか。流石に所有を認められるとは思えない」
「……バドーってAランク冒険者だ。娘さんの命を救った御礼に貰ったんだよ」
「バドー!?まさか大柄な蜥蜴人か!?」
「ああ。知ってんのか?」
「!?マジか!!ハッハッハッハ!!ああ!!知ってるさ!!そうか、アイツが持ってたのか!!ハッハッハッハ!!」
そう言って大笑いするアッシュの父親。
アッシュは訳が分からず困惑する。
アッシュの父親は、そんな息子の様子を見て語り始めた。
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アッシュの父親は“闘技都市エルバ”にあるダンジョンから“自然発生”したゴブリンだ。
“自然発生”とは文字通り何も無い所から魔物が発生する現象で、最低限の本能的な行動が出来るだけの知性と能力を持ち合わせて生まれてくる。
しかしそれはあくまでも“最低限”であり、トカゲの様な知性は無い。そしてその性質上親兄弟と言ったものは存在せず、社会性を身に付けるまでに相当時間が必要となる為、大半の魔物は獣の様に生き、そして獣として扱われる。
アッシュの父親も例に漏れず、ダンジョンの中で獣の様に生きていた。
ある時、アッシュの父親は冒険者達に捕まった。
“闘技都市エルバ”は文字通り闘争を売りにした観光都市で、主に戦奴同士を戦わせて興行を行なっている。
そして戦奴として使うのに自然発生した魔物は都合が良く、エルバでは定期的にダンジョンでの魔物狩りが行われており、アッシュの父親はそれに巻き込まれたのだ。
最初は慣れなかった。
いきなり訳の分からない闘技場に連れ出され、同じ様に訳が分からない様子の魔物と殺し合わされる。
逃げようとすれば後ろに控える魔物に殺され、殺されれば周囲の観客が歓声を上げる。
当時は意味が分からなかったが、今ならそれが地獄と呼ぶべきものだと理解出来ている。
そしてそんな地獄の生活にも順応した頃、一匹のゴブリンがアッシュの父親達の檻に入って来た。
アッシュの父親は複数のゴブリンと一緒の檻に入れられており、大概はそのゴブリン達と同じチームで行動させられていた。
新しく入って来たそのゴブリンは小柄で弱々しく、配られる餌も他のゴブリンに盗られてまともに食べる事が出来ない。
そしてそれを見かねたアッシュの父親は、そんなゴブリンに餌を分け与える事にした。
幸いにも同じ檻の中に居るゴブリンの中ではアッシュの父親は強い部類に入り、餌を多めに確保出来ている。
空腹で足手纏いになられるくらいなら、多少でも餌を分け与えた方が自分の生存確率が上がる。そう判断した為だ。
しかし、餌を分け与えられたゴブリンはそれはそれは喜び、アッシュの父親に付いて回る様になってしまった。
最初は鬱陶しかった。
アッシュの父親にとって、そのゴブリンに餌を分け与えたのは完全に自分の為だ。こんな風に慕われる筋合いは無い。だから何度も何度もそのゴブリンを追い払ったが、その度にゴブリンはアッシュの父親に近付き、戯けて見せた。
やがてアッシュの父親も追い払う事を諦め、一緒に行動する様になった。
いつ死ぬか分からない。どうせ直ぐに居なくなる。そう思い共に地獄の日々を過ごしていたが、思いの外そのゴブリンとの付き合いは長く続いた。
だが──
「ギギャァァァッッッ!!」
「……ッ!」
“思いの外”
その程度の誤差でしかなかった。
結局そのゴブリンは死んだ。本当に唐突に、そしていつも通りに死んだのだ。
いつもと違ったのはただ一つ。アッシュの父親の“心”だけだった。
アッシュの父親は苦しかった。
いつも通りの見慣れた光景なのに、そのゴブリンが死んだ事がどうしようもなく苦しかった。
そしてそれが悲しみと呼ばれる感情なのだと、当時のアッシュの父親は知らなかった。
それからアッシュの父親は仲間を死なさない様に闘い始めた。
これまでの様に危険な立ち回りはせず、そして仲間同士でフォローし合う様になった。
明確な理由は分からなかったが、あのゴブリンが死んだ時の様な苦しみはもう味わいたくなかったのだ。
ゴブリンは弱い。
しかしアッシュの父親達は知恵と連携を駆使し、位階が上の魔物達を次々と狩って行った。
無論、冒険者達が確保出来るダンジョンの魔物の強さには限りが有るが、それでも弱者である筈のゴブリンが強大な敵に打ち勝つのは観客を沸き立たせ、そしていつしか彼等はエルバでも指折りの人気闘士となっていた。
その頃だ。アッシュの父親と、当時“神剣の匠”と呼ばれていた鍛治師のモーガンが出会ったのは。
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「クソッッ!何でこのモーガン様がこんな薄汚ねえクソゴブリンなんぞに魔剣を打たなけりゃならねぇんだ!?都市長だかなんだか知らねぇがあのクソオーガの野郎クソみてぇな仕事を押し付けやがって!!」
「……クソクソうるせぇ。嫌なら断れ」
「んな!?テメェ、自然発生した魔物の癖に喋れんのかよ!?」
「聞いてりゃ覚えれるだろうが」
「……!!」
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個体差にも寄るが、エルバのダンジョンから自然発生する魔物の大半は知能が低い。
確かにまともな環境で長い年月学習すれば他の魔物と大差は無くなるが、それでも戦奴という極めて特殊な環境で生きている魔物が口を利くのは極めて稀な事だった。
そしてモーガンはアッシュの父親と話をして行く内に彼を気に入り、正式な客として認め、魔剣デカログスを打ったのだった。
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「……ふぅん。でもなんでモーガンのおっちゃんは親父に魔剣を打つ様に言われたんだ?都市長から仕事を押し付けられたとか言ってたけど、戦奴に武器作ってやるメリットなんてあんのか?」
「ステータス差が有り過ぎると興行に面白味が無くなるからだよ。どちらが勝つか分からないからこそ盛りあがる。その為にステータス差を埋めれるだけの魔剣が俺に渡されたんだ。まぁ、実際には都市長から借りてるだけだったんだがな」
「ふぅん……」
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そうしてデカログスを手にしたアッシュの父親は、更に勝利を重ねた。
グリフォン、ワイバーン、ハイウルフ、そして時には依頼を受けた高ランクの冒険者。
そしてアッシュの父親はその全てに勝利し、遂にエルバのゴブリンとしては初めて闘技場のチャンプにまで上り詰め、繁殖の権利が与えられたのだった。
そして、そこで出会ったのが──
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「……“サレナ”。俺と同じく人気を博した闘士。……そして、お前の母親だ」
「……サレナ……」
アッシュは父親が口にしたその名を噛み締める。
アッシュは幼い頃から母親が居なかった。黒竜の森には赤ん坊の時に父親に連れて来られ、母親が居ない事は当たり前だった。
父親に母親の事を聞いても言葉を濁すだけで何も教えてはくれず、その表情から父親にとっても何か言い辛い事なのだと察していたアッシュは、それきり問いただす事もしなかった。
だから、アッシュが母親の名前を知ったのも今が初めてだったのだ。
「サレナは美しく、そして強いオーガーレイスの女だった。一対一で勝てた事は無いし、何度も殺されかけた。……まぁ、色っぽい出会いでは無かった。正直言って義務感の方が強かった」
そう言って何かを懐かしむアッシュの父親。
しかし、そこから先は何も言わない。言おうとしたが、そこで自分を抑えた様だった。
「……話せよ。親父」
「……いや……やはり止めておく。知らない方が幸せな事はこの世界には山程在る。お前の母親の話もその類いだ」
「いいから話せよ。俺だってもうガキじゃねぇ。……キツい目にだってあったし、見たくもねぇ光景だって見た。だからそれがどんな話でも聞きたい」
アッシュはそう言って父親を見つめる。
これまで父親はずっと母親の事を聞くと言葉を濁していた。そして、その表情からも辛い話になる事は理解出来る。
しかし、ここに来て初めて名前を教えてくれたのだ。父親も本当は自分に母親の事を伝えたい筈だ。
「……知ってどうにかなる事では無くてもか?知る事で自分が不幸になるとしても……それでもお前は母親の事を聞きたいか?」
「ああ。他でもねぇ俺のお袋の事なんだからな」
「……分かった」
アッシュの父親はそう言って頷くと、アッシュの目を真っ直ぐに見た。
その目は真剣そのもので、これから話そうとする事の重みをアッシュに感じさせた。
「アッシュ。お前の母親、サレナは──」




