女神様
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「この道具は何処に置いたら良いですか!?」
「あ、えと、その箪笥の横にお願いします」
「俺は何をすれば良いですか!?」
「あ、はい……。そこの薬草をスリコギで粉状にして横にある器に移して下さい」
「肩をお揉みしましょうか!?」
「いえ、それはお構い無く……」
「スーヤの姉さん。そんな下手に出なくて良いんですぜ?もっと上からコキ使ってやりゃあ良いんですよ。コイツらも好きでやってるみたいですし」
「そんな訳には行きませんよ……はぁ……」
“どうしてこんな事になったんだろう?”
目の前の光景にスーヤはそう思う。
思えばスーヤの人生が変わり始めたのは森に薬草を取りに行ってからだ。
薬を作る為の薬草が足りなくなり、村の自警団長に協力を仰いで大人達と一緒に森に入った。
その時にオークに襲われ、そこをジャスティス達に助けられ、更に村まで救って貰った。
ここまでは良い。スーヤも村のみんなも深く感謝している。
しかしその後トカゲの群れの薬師として働きたいと申し出てからは状況が一変してしまった。
スーヤとしてはトカゲ達の下で薬師として働くのは恩返しのつもりだった。
トカゲ達は自身の命の恩人であるばかりか、村の恩人でもある。
自分の特技で力になれるなら、それが恩返しになると思ったからだ。
しかし、協力を申し出て直ぐにトカゲが、
「このスーヤは私の群れに加わった新しい幹部だ。粗相の無い様に」
と群れの全員に通達してしまったのだ。
スーヤとしては全くそんなつもりは無かったのだが、そのお陰で村のみんなには敬語を使われる様になり、強そうなフェレットが護衛に付き、そしてオークや他の村のゴブリン達にまで萎縮される様になってしまった。
そこから更にスーヤの変革は続く。
ある時、村の外れに作られた用水路の整備中に事故が起き、それに一匹のオークが巻き込まれた。
彼は“地働き”と呼ばれるオークの被差別階級の者で、元より右手首から先が無かったのだが、その事故で更に右肩近くまで腕が潰れてしまった。
そのオークはそのまま死ぬ事を望み、そして周囲に居た他のオーク達もそれを認めて静かに見守っていたのだが、偶然通りがかったスーヤがポーションを使ってその命を助けたのだ。
半ば強引に自分を助けたスーヤに、これ以上生き恥を晒したくなかったと喚いて怒るオーク。しかし彼は自身の右手を見て驚愕する。
なんと潰れた右腕だけでなく、それ以前に無くしていた手首から先までもが再生していたのだ。
スーヤの覚醒解放“治癒神薬”は、超高性能のポーションを作り出す覚醒解放。所持数と製造量に制約はあるものの、その効能は欠損部位にまでおよび、彼の欠損した右腕を治す過程で手首から先も効果対象とされた事でこの結果に繋がったのだ。
“地働き”は元々新兵や負傷したオークが回される兵科。彼も当然右手首から先が無くなるまでは戦士として戦っていたオークであり、失った右手は彼にとって失墜の象徴だった。
しかしスーヤのポーションでそれが完全に回復した。暫く呆然とした後、その事実を理解したオークは号泣し、そしてスーヤの事を“女神様”と崇めだしたのだ。
そしてそれを見ていた他の地働きのオーク達もスーヤを崇める様になり、気が付けば立派なスーヤ派閥が出来上がっていた。
なんとか女神様呼ばわりだけは辞めさせたスーヤだったが、スーヤが癒したオーク達は恩返しと言ってはこうしてスーヤの邸宅を訪れて彼女を手伝っている。
家族で静かに暮らしたかったスーヤにとって正直この状況は迷惑なのだが、人の良いスーヤには断りきれなかった。
なんとか上手く断れないものだろうか?
そんな風に考えていると、一匹のオークがスーヤに声をかけて来た。
「女神──スーヤさん!!準備が整いました!!」
「あ、はい。分かりました」
スーヤはオークにそう返すと、彼が用意した場所の前に立つ。
並んでいるのは十二本の陶器の小瓶と、煎じた薬草の入った陶器の器だ。
スーヤはそれを確認した後、目を閉じて解号を放つ。
「癒しの雫よ
幾多の傷に降り注げ
調薬の力“治癒神薬”」
「「「おぉ……!!」」」
感嘆の声を上げるオーク達。
スーヤが目を開けると、そこには空になった器と、何かの液体に満たされた十二本の陶器の小瓶が出来上がっていた。
「ふぅ……」
スーヤは息を一つ吐くと、小瓶の中身を確認して行く。
スーヤの治癒神薬で作れるポーションは最大で十二本。
しかも“この世界に存在出来る本数”も十二本である為、基本的にこの瓶全てがポーションになる事は無い。
「……まともに出来たのはやっぱり三本か……」
その昔お金が必要になって売ってしまった一本と、トカゲ達に渡してある八本。幼い頃から何度も繰り返している覚醒解放だが、数量の増加にはまだまだ時間がかかる様だ。
スーヤはオークの一人に出来上がった三本のポーションと、それ以外の小瓶も渡す。
「いつも通りこの三本は他の地働きの方に使ってあげて下さい。それと、この出来損ないの方はヤスデ姉さんに」
「はい!!しかと任されました!!」
オークはそう言うと、ポーションと出来損ないの小瓶を持って家から出て行った。
ポーションの方は使い道がハッキリしているのだが、出来損ないの方の使い道は分からない。
薬としての効能は一切無く、飲んだらお腹を壊すくらいで毒としても使えないのだが、ヤスデ姉さんはそれが気に入ったらしく失敗した分は全て彼女に渡している。
ヤスデ姉さんは優しい魔物だが、時々何を考えているか分からない。
スーヤがそんな事を考えていると──
『ギャァーッ!!……あ、ぁ……ぁあ?……あ……あぁ!!うぁぁぁぁ!!』
『『『『ワァーーッ!!』』』』
「……またか……」
スーヤはそう言って頭を抱える。
先程の絶叫と歓声はスーヤの家の前で行われる“儀式”の声だ。
スーヤのポーションの効果は欠損部位にまでおよぶが、一度治った状態の傷跡には効果が発揮されない。
その為欠損した四肢を再生する為には一度傷跡ごと取り除く必要があり、オーク達はそれを儀式と呼んでいるのだ。
『あぁ!!女神様!!奇跡を!!奇跡をありがとうございます!!我が命、我が忠誠を貴女様に捧げます!!』
『『『ワァァァァッッ!!』』』
「あぁ……また……」
──また一人ヤバい信者が増えてしまった。
儀式を辞めさせたいが、そうは言っても一度傷跡を取り除かなければポーションの効果は現れないし、家の前でしているとは言っても家の前の広場は別にスーヤの家の庭ではない。
それにそもそもあの盛り上がりを止めるだけの力も言葉もスーヤには無く、自分が登場すれば更に盛り上げてしまうだけだ。
いつも通りの結論が出たスーヤは、深い溜息を吐く。
「はぁ……」
何か気分転換がしたい。
そう思ったスーヤは、テーブルに置いてあるバスケットを見て思い付く。
あのバスケットは弟達の昼食として用意したものだったのだが、二人の弟はそれを忘れて出て行った。
その内取りに帰ってくると思って放っておいたのだが、それを届けに行くのはどうだろうか。
うん。それが良い。
スーヤはそう考えると、護衛のフェレットに告げる。
「あの、私少し出て来ます。弟達がお弁当を忘れたみたいなので」
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