会議③
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「“不動”を潰す……?」
「……蜥蜴人達を……やるのか!?」
「おお!!流石ジャスティス殿!!」
ジャスティスの言葉に騒めくオーク達。
顎髭のオーク……ギュスターブとステラは騒いだりしないが、しかしその表情に興奮と喜びが宿ったのが見て取れる。
彼等オークにとって蜥蜴人は黒南風の前の王の仇であり、ステラに至っては親の仇なのだ。
興奮するのも無理は無いだろう。
私は騒めくオーク達を無視し、ジャスティスに問う。
「……本気で言っているのか?」
「ハッ!たりめーだろ。……黒竜の森を獲るなら、中心部付近に縄張りを持つ事は必須条件になる。そうしなけりゃ強い獲物は狩れないし、塔を目指す事すら出来ねぇ。“不動”の縄張りは俺らの縄張りにも塔の一帯にも直接面しているし、何より魅力的なのは奴等の根城である古城だ。攻め辛く、そして護り易い。兵数で劣る俺らが橋頭堡にするのには最適だ。更に立地も中心部に近いと来てやがる」
「おお……!」
ジャスティスの言葉に更に色めき立つオーク達。
「まぁ、“隻翼”の縄張りも一応候補として考えてはみたが……俺らの縄張りと繋がってねぇし、拠点も塔を目指すには不向きだしな。……んで、お前はどう思うんだよ?トカゲ」
「……」
ジャスティスの言葉に大きく頷くステラ。
ギュスターブも軽く頷き私に視線を送っている。
ジャスティスは隻翼の縄張りについては“不向きだから”と言っていたが、本当の理由はオーク達の士気を意識しての判断だろう。
オーク達は隻翼の群れと友好的な関係だったらしいし、攻めるのには抵抗が有る筈だ。
そしてジャスティスの言っている事は今のところ全て正しい。
このまま手をこまねいていれば遠からずスグリーヴァは魔王となり、私達の群れは飲み込まれる。
今動かないのは緩慢な自殺と何一つ変わらないのだ。
しかし、この流れは不味い。
ジャスティスの中では“不動”の縄張りを攻める事はもう確定しているのだろう。
確かに合理的な判断の一つでは有るが、他の可能性への考慮が欠けている。動くべき時だからこそ、慎重になる必要があるのだ。
「……落ち着け。お前の言っている事は分かった。だが結論を急ぐ必要は無いだろう?先ずはフィウーメとの交渉を進め、物資の安定供給の確約を──」
「もう確約してるだろ?なんせ前連邦議長のドン・アバゴーラと現連邦議長代理のナーロ・ウッシュを傘下に押さえているんだからな」
「「なっ!?」」
ジャスティスの言葉に驚くステラとギュスターブ。
他のオークやゴブリン達もジャスティスの言葉が飲み込めたのか騒ぎ出した。
そうか、こいつ──
「あ、悪りぃ。これはまだ秘密だったっけ?」
「……そうだ。言った筈だな?“国家機密”だと」
「あー、そういやそうだったな。まぁ良いじゃねぇか。少なくとも戦争に使う物資にゃあ困らねぇんだからな」
「……」
ジャスティスと私の会話を聞いた面々が一層騒ぎ出す。
ステラとギュスターブも信じられない様な顔で此方を見ているが、私達の反応を見て事実だと察した様だ。
ジャスティスはオーク達の様子を見た後、再び私に向き直り続けた。
「……“不動”の縄張りに関して調べは進めてある。集落や拠点の規模と設備。大凡だがその戦力も把握済みだ。まぁ流石に幹部格までは調べられなかったがな」
「……情報の確度は?」
「俺様とゴリの二人で直接行って調べてる。少なくとも俺らの群れでこれ以上の確度は無いだろうな」
そう言うとジャスティスは両腕を頭の後ろに回した。
ジャスティスは隠密が使える。そしてゴリはユニークスキルである“観察”を持っており測量と戦力把握に関しては私達の群れで随一だ。
ジャスティスの言う通り、これ以上の確度の情報は私達には得られないだろう。
「……俺らの群れにはお前、俺様、ゴリ、ステラ、ギュスターブ、一応オルカルードと小鬼とスーヤの計八匹もユニークネームドが居る。十二分に奴等を潰せる戦力だ。“情報”が有り、“戦力”が有り、“物資”が有り、“攻めるだけの理由”が有る。……この状況で攻めない理由は無い。そうだろう?トカゲ」
ジャスティスはそう言って私を真っ直ぐに見る。
オーク達もそうだ。興奮した様子で私を見ている。
しかし私は答えられない。
ジャスティスの意図を理解した上で答えられないのだ。
私はどうにか考えをまとめようとしたが、その前に声を出す者が居た。
「……いや、ふざけんなよ。テメェら」
「「!!」」
──アッシュだ。
アッシュがジャスティス達を睨み、そう言い放ったのだ。
ジャスティスがアッシュを睨み返して口を開く。
「……何がふざけてんだ?小鬼。俺様が冗談でこんな事を言っていると思ってんのか?」
「本気で言ってるから“ふざけんな”って言ってんだよ。それで蜥蜴人達の集落を襲って、住んでる連中をぶっ殺して、森を統一出来りゃそりゃあお前等は満足だろうよ。だけど、それで苦しむのはお前等じゃねぇ。虐げられる側の魔物だ。お前等のやろうとしてる事は戦士だの勢力だの関係無く暮らしてる奴等も犠牲になる。……ただ平穏に暮らしたいと願ってる連中を踏み躙ろうとしてる連中に、“ふざけんな”って言うのは当たり前だろうがッッ!!」
アッシュの言葉にステラが立ち上がる。
「小僧!!何を甘えた事を抜かすかッ!!このまま手をこまねいていても賢猿が同じ事をするだけだろうが!!貴様とて狩りをするだろう!?殺し、奪い、糧とする!!それを否定するなら一人で死ね!!」
「……また同じ事をすんのかよ」
「はぁ!?」
「それで死んだんだろ。黒南風も」
「──ッ!!」
アッシュの言葉にステラが槍を手に取る。
しかし、それよりも早くジャスティスがアッシュに向けて雷光を放った。
このまま放置すればステラとアッシュがやり合う事になる。それを避ける為にアッシュの意識を奪おうとしたのだろう。
それは分かる。
だが──
──バリィッ!!──
「「「!?」」」
ジャスティスの雷光はアッシュの前で掻き消える。
私の尻尾がそれを防いだからだ。
「……ジャスティス、それにステラ。重ね重ねすまない。部下だけでなく弟子の躾も出来ていなかった様だ。……だが──」
私はジャスティスの目を見てハッキリと言う。
「私の弟子に手を出すな……!」
「……」
数瞬の睨み合い。
そしてジャスティスは肩を竦めると、席から離れる。
「ケッ!やめだやめだ!萎えちまった!!俺様はもう寝る!!後はテメェらで勝手に決めとけ!!」
「ジャ、ジャスティス殿!」
ジャスティスはステラの静止を無視し、そのまま天幕から出て行った。
「……」
静寂が場を包む。
ばつが悪そうに此方を見るステラ。
アッシュに手を出そうとしたのはステラも同じだからだろう。
とは言え心情は理解出来る。それで責めるつもりは無い。
私は居並ぶ配下達に告げる。
「……すまないな。私も今日帰ったばかりで少し疲れた。また日を改めて話そう」
私はそう言って天幕から出た。
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