会議②
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ステラは壁に貼られた黒竜の森の簡易地図の前に行く。
そして、それぞれの縄張りに色分けされたそれを指差して続けた。
「……先ず状況の整理をさせて頂きます。今現在黒竜の森に居る“二つ名持ちユニーク”は我々の群れを除いて五名。蜥蜴人の王、“不動のグラクモア”。蛇型の魔物達を統べる大蛇、“大呑みのオルベ”。獣人達の長で鳥人騎士の“隻翼のサーベイン”殿。自称平和主義者の昆虫人、“焔舞のコイシュハイト”。そして最後に“賢猿のスグリーヴァ”です」
まぁ、ここら辺はおさらいだな。
ステラは地図の右半分を指差す。
「そしてその中で他の縄張りに対して侵略意思の有る勢力は三つ。先ず黒竜の森の東半分の大半を領地とする“賢猿のスグリーヴァ”。言わずと知れた黒竜の森の最大勢力で、保有ダンジョン数、兵の総数、幹部格の質共に他を凌駕しています。しかしながらその領土の大きさから他の全ての二つ名持ちユニーク達の縄張りと直接面しており、最も敵の多い状況にもいます」
次にステラは地図の左上を指差す。
「次に大きな縄張りを持つのが“大呑みのオルベ”。森の北西一帯を縄張りとしますが、その範囲に有るダンジョンの総数は少なく、縄張りとしての旨味は少ないです。ただ“大呑みのオルベ”の配下達には高位のスキルを有する者が数多く居り、位界に寄らず警戒が必要です」
ステラは地図の左下に指を動かす。
「そして最後は“不動のグラクモア”。黒竜の森の南西部を縄張りとする蜥蜴人の王で、黒竜の森では最古の勢力です」
「“最古”?」
「はい。蜥蜴人達は黒竜の森の中心部近くにある古城を根城としています。その古城はなんでも黒鉄の竜王が作り上げたもので、蜥蜴人達はかの魔王に仕えていた者達の末裔なのだとか。嘘か本当かは分かりませんが、しかし私達オークの氏族よりも長い年月を過ごしているのは事実です」
ふーん。
「ちょっといいか?」
そう言って手を挙げたのはアッシュだ。
「なんだ小僧」
「……なんでジャスティスは“殿”で俺は“小僧”なんだよ……。まぁ良いか。その地図の色分けが各二つ名持ちユニークの縄張りを意味してるってのは分かったんだけど、丁度真ん中くらいが空白になってるじゃんか。そのくせその真ん中の所は全部の二つ名持ちユニークの縄張りと隣接してるし、普通奪い合いになるんじゃねぇの?」
「「「「…………………」」」」
「な、なんだよ!?気になったから聞いたんじゃねぇか!教えてくれても良いだろ!?」
アッシュはそう言って喚くが、ステラやオーク達は呆れ顔でジッと見ているだけだ。
私も思わず眉間を押さえるが、腐っても私の弟子だ。知らないと言うなら説明せざるを得まい。
「……奪い合ってるに決まってるだろう。だからこそ空白になっているんだ。誰も手に出来ていないんだからな。いいかアッシュ、そこがこの黒竜の森の名前の由来でもある“黒竜の塔”が在る領域だ。“黒竜の塔”は特殊なダンジョンで、その頂きに立つと“魔王”のクラスを獲得出来ると言われている。だからこそ二つ名持ちユニーク達が互いに牽制し合っているんだ。他の奴に“魔王”になられれば、勢力図が一気に描き変わる可能性があるからな」
「へー」
アッシュは一応納得した様に返事をした。
まぁ、私も一応魔王を一体倒している訳だが、それはベースがザグレフだったからの話だ。
そのザグレフにしても魔法方面に特化した魔王になっていれば勝敗は分からなかったかも知れないし、“二つ名持ちユニーク”程の魔物が魔王になればどれ程の脅威になるかは想像に難くない。
少なくとも、アイゼンやザグレフとは比較にもならないだろう。
ステラはアッシュの様子を見て再び口を開く。
「……話の腰が折れましたが続けます。黒鉄王陛下のおっしゃる通り、黒竜の塔の一帯は基本的に緩衝地帯となっています。塔を目指して動けば他の二つ名持ちユニーク達が攻撃を仕掛けて来ますし、上手くそれを退けたとしても他の二つ名持ちユニークがその状況を見逃す訳がありません。実際、スグリーヴァが今だに魔王に至れていないのもそれが原因です。全ての二つ名持ちユニークが強い警戒心を持って奴の動向を見張っていますから。……ですが、ここに来てその状況に変化が起きています」
「変化?」
「はい。ここからは私よりもジャスティス殿の方が詳しく説明出来るかと思います。ジャスティス殿、すいませんがお願い出来ますか?」
「良いぜ」
ジャスティスはそう答えるとステラと入れ替わり簡易地図の前に立つ。
「先ず、俺様達の縄張りのおさらいだ。俺様達の縄張りは、黒竜の森の南西から西にかけての外周部になる。隣接する縄張は蜥蜴人達の縄張りくらいで、保有ダンジョンは無し。自然発生する魔物も少なく、良く言えば平和で悪く言えば旨味の少ねぇ縄張りだ」
そうなんだよねー。
まぁ、一応フィウーメ近郊に比べればかなりの危険地帯では在るが、それでも私達に必要な経験値から考えると不十分な環境と言わざるを得ない。
私達黒竜の森の魔物にとって進化や強さに対する欲求は、いわゆる“三大欲求”にすら迫るものだ。
正直言ってここいらに出る雑魚狩りでは私達の欲求は満たせない。ザグレフを殺した事でスキルレベルは上がったが、更に上を目指すならこのままの環境だとキツ過ぎる。
「…… まぁ、だからこそ基本的には安定した生活を送れていたとも言えるんだがな。……だがそんな俺様達の縄張りで、ここ数週間で二十二回も他の縄張りの連中と接触が有ったんだ。内二十一回は蜥蜴人の所で、回数は多いがいつも通り緩衝地帯での睨み合いだ。だが、残りの一回は違ぇ。“大呑みのオルベ”の副官二匹と、数千の蛇供だ。明確な攻撃を俺らに仕掛けて来た」
「なっ!?そんな話は聞いてないぞ!?まさかその副官二匹を殺したのか!?」
「落ち着けよ。だから今話してんじゃねぇか。それと殺しちゃいねぇ。丁重に御引き取りして貰っただけだ」
「……ッ!!」
私はジャスティスの言葉に苛立ち、思わずアッシュを叩く。
かなり重要な事件だ。しかもそれを報告していなかった。ジャスティスの事は信頼しているが、流石にこれは看過出来ない。これが部下やアッシュのしでかした事なら手が出ていただろう。
私はジャスティスを睨み付ける。
「師匠なんで俺を叩いたの?」
「……ジャスティス。説明して貰うぞ……」
「俺への説明は?」
ジャスティスは私の言葉に頷くと、再び口を開いた。
「先ずこれが起きた経緯だが、丁度その時は夜で、俺様はギュスターブ達と軍事訓練をしていたんだ」
「“ギュスターブ”?」
「顎髭の名前だよ。コイツもユニークネームドだ」
「……“夜間訓練”か?」
「ああ」
「……」
……“後始末”のタイミングだな……。
「んで、訓練も佳境に入って俺様達全員が疲弊したタイミングで奴等は仕掛けて来た。奴等の狙いは俺様やギュスターブみてぇに強い魔物を“大呑みのオルベ”に食わせる事だと言っていた。そうする事でオルベのスキルの発動条件を満たして自分達の陣営を強化するつもりだったらしい」
「スキルで陣営を強化する?」
「ああ。“繁殖王ドゥヴロブニク”とか言うスキルだ。強い魔物を喰らう事で、そのステータスやスキルを遺伝させた子供を大量に産めるスキルらしい」
そう言えば私とジャスティスが最初にやり合った蛇もオルベの子供だったな。あの蛇の優遇はスキルの効果だった訳だ。
「んで、その流れで奴等とやり合った訳だが、問題はそこじゃねぇ。奴等にそうさせた動機の方が問題だ」
「……動き出しているんだな。“賢猿”が」
「……ああ」
ジャスティスはそう言って頷く。
私達の縄張りと、大呑みの縄張りは直接面している訳では無い。
かなり広い緩衝地帯と、グラクモアの縄張りの一部を越えて来る必要があるのだ。
ジャスティスの言う通りなら、大呑みは相当な戦力を割いて私達の縄張りまで遠征に来た事になる。
当然自分達の縄張りは手薄になるし、それで得られる利益は“戦力の増強”。
差し迫った事態が起きていると考えるべきだろう。
「……話が前後するが、蜥蜴人連中との接触が増えたのもこの頃だ。内容は変わらねぇにしても、こっちを相当意識してんのは分かる。退路の確保か、若しくはスグリーヴァとやり合うのに俺等の存在が気掛かりなのかは分からないが、どの道“スグリーヴァが動いている”ってのは疑う余地がねぇだろうな」
「……」
ジャスティスの言う通りだろう。
スグリーヴァはアイゼンと手を組んでフィウーメに攻撃を仕掛けていた。
無論、何らかの見返りをアイゼンから取り付けていただろうし、それが戦争に使う物資なのだとすればタイミング的にも違和感は無い。
若しくはアイゼンが失敗った事が原因で森の統一を急いでいるのかも知れないが、結局“賢猿のスグリーヴァ”が動き出した事に疑いは無いだろう。
「……だが、ハッキリ言って俺様達はこの状況下で打てる手が殆ど無ぇ。幾ら俺様達の戦力が強かろうが、肝心要の“黒竜の塔”に手が届かねぇ位置に縄張りがあるんだからな。……だから提案が有る」
ジャスティスはそう言うと、私を真っ直ぐに見て続けた。
「……“不動のグラクモア”率いる蜥蜴人。俺様達で潰そうぜ?」
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