会議①
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「「「「「「お帰りなさいませ!!黒鉄王陛下!!」」」」」
「……出迎えご苦労」
私は動揺を隠しつつ、そう言って席に着く。
居並ぶ群れの有力者達……主に将軍や貴族級のオークやゴブリンの村長達だが、彼等は私の合図を待っているのか屹立したまま微動だにしない。
それだけならば“多少は礼儀を弁えたか”と思う程度なのだが、問題はそのメンバー。
信じられない事に、あの“顎髭のオーク”とその直属の配下達が居たのだ。
妹達との再会を果たした後、私は直ぐに配下達に連絡を入れて群れの有力者達を集めるように指示をした。
するとその場に居合わせたジャスティスがそれを止め、“自分が集めて来る”と言い出して場所と時間を指定してから去って行ったのだ。
そしてその時間になるまで妹達とイチャイチャして過ごした訳だが、指定の場所に来たらこれである。
顎髭のオーク達は黒南風に対する強い忠誠心を持っており、私に対する忠誠心等カケラほども持ち合わせていなかった。
仕事振りは評価出来たものの、それはあくまでも黒南風の指示を守る為であり、いつ反逆に出てもおかしくは無かった。
だからこそ敢えて隙を見せる事で謀反を誘発し、上手く処分する段取りを付けていたのだ。
そして、それが完了したという報告もジャスティスから受けていた。
──にも関わらず奴等はこうして生きている。
正直言って完全に意表をつかれた。少なくとも、身内になら分かる程度には動揺している。
姉さんの言っていた“面白いもの”はこれだろう。事実私の後ろでクスクスと笑っている。
「……座れ」
私は冷静なフリをし、軽く右手を上げて配下達にそう指示する。まぁ、ジャスティスは最初から私の対面の席に座っているが。
全員が座り終えた後、私は顎髭のオークに向かい声を掛ける。
「……顎髭。変わりないか?」
「はい。陛下のお陰です」
ビックリする程白々しい。
そもそもコイツの口にした“陛下”はどうせ私の事ではないだろう。
目線も合わせないし、結構な怒りの感情を私に向けている。
しかし何となくだが私の反応を楽しんでいる様にも見える。
ジャスティスもそうだ。完全に私の反応で遊んでおり、ずっとニヤニヤしている。
「……ジャスティス、私が留守中に頼んだ後始末はどうなった?まだしっかりと確認出来ていないが、見たところ終わっていない様に見えるのだが?」
「そりゃテメェの眼が節穴なんだよ。言っただろ?“しっかり終わらせた”ってな」
「……つまり、もう問題は無いと言う事か?この状況で?」
「しつけーな。たりめーだろ」
「……」
ジャスティスは自信満々でそう答える。
顎髭のオークも私達の会話の意味は理解しているだろうが、何も触れようとしない。
相変わらず怒りは感じるが、以前とは少しだけ空気感が違う。張り詰めた余裕の無い怒りでは無く、どこか安定した怒り。
勘でしかないが、奴の中で何かが吹っ切れた様な印象がある。
そうか──
「……そうか……殺さずに済んだのか……」
「……陛下。どうされました?」
「……いや、何でもない。スカー、いつも通り進行はお前に任せる」
「ハッ!」
私がそう言ってスカーに進行を投げると、奴はそれに従って資料を配り始めた。
ジャスティスがああ言った以上、顎髭のオーク達の謀反はもう無いと考えて良いだろう。
どうやったのかはさっぱり分からないが、しかしそのお陰で奴等を殺さなくて済んだ。
……黒南風の臣下を殺さなくて済んだのだ。
私には奴等を殺す以外に群れをまとめる手段は浮かばなかった。
口にはしたくないが、ジャスティスには感謝しかないな……。
私は感謝を込め、ジャスティスに視線を送る。
「ファッ●ユー」
すると私の視線に気付いたジャスティスがこちらに向かって中指を立てた。
流石ジャスティスだ。後でお前の飯に下剤を仕込んでやるからな。
私はそう思って気持ちを切り替えたのだが、想定外の所から声が上がった。
「……ジャスティス殿。不敬ですよ」
「!」
──スカーだ。
奴はジャスティスに敵意を込めた視線を向けてそう口にしたのだ。
「あ?最初にトカゲが俺様に殺気を飛ばして来たからだろうが。文句ならソイツに言え」
「……“殺気”ですか。それは貴方の主観でしょう?それにもし仮にそれが事実だとしてもこの群れの代表は陛下です。その陛下に対してその様な態度は考えられません」
随分と剣呑な雰囲気だ。
まだ先程の顎髭達とのやり取りの方が安心感がある。私が知らない何かが二人の間であったのだろう。
ジャスティスはスカーを鼻で笑って続ける。
「ハッ!吠えるじゃねぇか“金魚の糞”が!まぁ、テメェが必死こいてトカゲに媚びを売る理由も分かるがな。今テメェがこの群れに居られる理由は、トカゲがテメェを有用だと判断しているからだ。そして、そのトカゲの庇護が無けりゃ今頃八つ裂きにされてるだろうしな。オーク達の中でもテメェは爪弾きにされてんだから」
「……私の処遇と本件は別です。私自身の処罰は後ほど陛下に報告を行い決定して頂きます。ですがこの場ではジャスティス殿が陛下に謝罪されるべきでしょう」
「……あ?」
ジャスティスが席を立つ。
……これ以上はヤバいな。
「……止めろスカー」
私はそう言ってスカーを止めると、そのまま顎髭達にも良く聞こえる様に続けた。
「ジャスティスは私達の群れの一員だが、私の配下と言う訳では無い。ヤスデ姉さんもそうだが、基本的に協力関係であり主従関係は無いのだ。お前達の様に敗北し傘下に降った者や、庇護を求めた者達とは前提が違う。そこを履き違えるな」
「ですがそれでは規範が!!」
「……スカー。私が馬鹿に見えるのか?」
「え……?い、いえ!決してその様な事はありません!陛下は聡明かつ明敏な御方で──」
「なら“私の名を使って”ジャスティスを責めるな。貴様の口振りは私の為ではなく自分の為にジャスティスを攻撃している様にしか見えん。……お前を好きにさせていたのは私が愚鈍だからでは無くそれが私にとって都合が良かったからだ。……まぁ、それはジャスティスが解決してくれた様だから、お前がジャスティスに苛立つのは分かるがな」
「……ッ!」
スカーは一瞬目を見開くと、拳を握って悔しそうに俯く。
理由はハッキリしないが、コイツは私が留守にする前から顎髭の一団を煽っていた。
奴等を処分するのには都合が良かったから放置したが、それを見抜けない間抜けだと思われるのは気に入らない。
「お前が言っていた“報告”とやらがその事なら処罰は無い。私の意向通りの行動だからな。……他に何かあるか?」
「……いえ。申し訳ありませんでした」
スカーはそう言って頭を下げる。
まぁそれなりのやらかしではあるが、コイツの事務処理能力や会計能力はこの先重要になってくる。この程度の事で捨てるのは勿体ない。
私はスカーに向けて軽く手を払うと、ジャスティスに向き直る。
「ジャスティスすまなかった。配下が無礼な事を言ったな」
「ハッ!躾はしっかりしとけよ!!」
「ああ。分かった……」
こればかりはジャスティスの言う通りだ。能力が有るからと何でも優遇し過ぎるのは止めるべきだろう。
そんな事を考えた私はある事を思い出した。
そう、それはジャスティスに伝えなければならない事だった。
「……ジャスティス。これは別件だが、フェレットとラッコは齧歯類じゃない。実はネコ目だ」
「……は?え?このタイミングで何の話を……いやいやいやいや、待て待て齧歯類だろ!?似てるし!!なぁ、そうだろ!?ネズミの仲間だろ!?」
「……残念ながら違う。どちらかと言えば……ネコの仲間なんだ……」
「……なん……だと……!?」
驚愕の事実に愕然とするジャスティス。
私は落ち込む奴に近付き、そっと耳元で「お゛ぉ゛ん!きょうの朝ごはんは魚だに゛ゃあん!」と囁いてから再び自分の席に戻る。
──これは“ニャンちゅう”だ。
私は静まり返った部屋で再び口を開く。
「……話の腰が折れたが、会議を始める。ステラ、取り敢えず森の情勢について説明してくれ」
「……良くそんな直ぐに真顔に戻れますね……」
超余裕。
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