“変態と変態の弟子”
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「ハァ……ハァ……!!」
「オイ!!し、師匠ッ!!待てッッて!落ち着け!!オイ!!──まっ──!!」
私は息切れしながらもひたすらに走る。
本来の姿ならもっと早く走れるが、しかし余りにも目立ち過ぎる。不用意に敵に情報を与えない為にも、この姿でいる方が無難だ。
「ハァ!ハァ!!」
アッシュは既に見えなくなった。
奴のステータスと装備なら追い付けると思うのだが、何故か居ない。しかし今の私にはそれを気にしている余裕は無い。
この匂い……間違いない……!
私は切れた強化魔法をかけ直し、全力で匂いの下にかける。
早く!早く!!早く!!
一分、一秒、いや、例え刹那の時間だろうと急がねばならない。
──そして、遂に私は匂いの下に辿り着き、そして叫んだ。
「キュー!!クク!!」
『『にぃに!!』』
クンカクンカクンカクンカくんくん!クンカクンカクンカクンカくんくんくんくん!!クンカ!!クンカクンカクンカクンカクンカくんくんくんくんくんくん!!クンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカ!!クンカクンカ!!すぅーはぁーすぅーはぁー!!クンカクンカクンカくんくんくんくん!!クンカクンカクンカクンカくんくん!クンカクンカクンカクンカくんくんくんくん!!クンカ!!クンカクンカクンカクンカクンカくんくんくんくんくんくん!!クンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカ!!クンカクンカ!!すぅーはぁーすぅーはぁー!!クンカクンカクンカくんくんくんくん!!クンカクンカクンカクンカくんくん!クンカクンカクンカクンカくんくんくんくん!!クンカ!!クンカクンカクンカクンカクンカくんくんくんくんくんくん!!クンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカ!!クンカクンカ!!すぅーはぁーすぅーはぁー!!クンカクンカクンカくんくんくんくん!!
……ぁぁ……!この匂い……!最&高ッッッ!!
──そう、私は一秒でも早く妹達と会いたかったのだ。
レナ達と別れた後、私達はその足で黒竜の森へ帰る事にした。
そして帰るにあたり、フィウーメの政治面はナーロとアバゴーラ、そして支配した有力者達に任せ、治安に関してはアニベルとグリフォン親子に任せたのだ。
治安に関しては無論、憲兵や兵士達も居るのだが、どうにもそれだけだと住民達の不安感が拭えないらしく、黒鉄の存在は精神的な支柱として必要だった。
しかし私達やレナは当然フィウーメを離れる訳だし、残せれる人員はアニベルしか居ない。
アニベルは必死に拒否しようとしていたが、困った事が有ればアバゴーラに言えと言って置いてきた。
まぁ、ライラやラズベリル、スケイルノイズのメンバーにもそれとなく見て貰う様に頼んでおいたし、連絡用の配下達も居るので大丈夫だろう。
多分。
……そして私は遂に妹達の居る黒竜の森へと帰って来たのだ!
もうかれこれ数ヶ月は二人に会っていなかった。そしてそれは余りにも長く私の心を乾かせていた。
確かにフィウーメでは色々な出会いが有ったし、それも素晴らしかったと思える。
だがしかし!!今こうして妹達と再会出来た感動に比べれば、その全てが無価値にすら感じるッッ!!
「あぁ……!あぁ!!二人とも!!会いたかった!本当に会いたかった!!寂しかったぞ!!元気だったか!?」
我ながら何と語彙の無い事か。これでは私の想いは伝え切れない。
しかし、こんな私の言葉に二人の妹は驚愕の言葉を返してくれた。
『うん!元気!!キューもにぃにに会いたかった!!大好き!!』
『ククも会いたかった。にぃに大好き』
「はぅ!?」
会いたかった……!?大好き……!?だ、だ、大好きだと!?
私の中に凄まじい感動が巻き起こる。
この感動は言葉では言い表せない。
二人の妹は、こんな私と会いたかったと。そして、大好きだと言ってくれたのだ!!
「キュー!!ククッ!!」
私は即座に二人のグルーミングを始める。
ペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペーロンペーロンペロペーロンペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペーロンペーロンペロペーロンペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペーロンペーロンペロペーロンペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペーロンペーロンペロペーロンペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペーロンペーロンペロペーロンペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペーロンペーロンペロペーロンペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロぺろんぺろんぺろりんちょ!!
嗚呼……!何という至福の時間……!!
……私が昔読んだ小説で、義理の妹や娘や姉、一周して持ち主や飼い主を見守りつつも若干の劣情を向けられたり向けたりする小説が有った。
その時、それを読んだ私はいつもこう思っていたのだ。
“コイツどんな神経してんだ?”と──
どの小説も大体最後には主人公はする事する訳だが、その前に無駄な葛藤があったり、相手側からの強烈なアプローチで主人公がやれやれとか言いながら応じる訳なのだが、ハッキリ言ってそこが一番気持ち悪かった。
どーせ肉親に近い相手とする事するのに、言い訳じみた葛藤や向こうからのアプローチで自分は変態ではなくまともだと見せようとしてるのが浅ましく、醜く感じていたのだ。
まぁ、なんやかんやで最後まで読んでいた訳だが、結局その場面だけは受け入れる事は出来なかった。
しかし──
『『にぃに!!』』
……しかし、今なら彼等の気持ちが分かる!!
こんなに……こんなに可愛かったら、変態にも変質者にもなっちゃうよねぇ!?変態の先輩方!!寧ろ皆さんは耐えてた方だよ!!ごめんね!?気持ち悪いなんて思っちゃって!仕方ないよね!!
私はもう限界だ!!いざ!!変態達の仲間入りを──
『落ち着きなさい坊や』
──ドゴォッ!!──
「ぐぶっ!?」
直後、私は轟音と共に何かに弾かれる。
そこに居るのは異形。
太く長い巨体に、無数の足。その外殻は艶やかな光沢を放つが、決して美しいという言葉は浮かばない。多足亜門ヤスデ綱に属する節足動物に似た魔物。
──そう、ヤスデ姉さんだ。
ヤスデ姉さんは私を一瞥すると擬人化を使い、妹達を拾い上げる。
「……駄目よ。キュー、クク。坊やを誘惑したら」
『やだ!キューはにぃにが大好きなだけ!!』
『ククも大好きなだけ』
「それは分かってるわ。……だけど、“交尾許可”の体勢はやり過ぎよ?本当に坊やに襲われたらどうするの?」
『『交尾する!!』』
「……それが駄目なのよ。貴女達はまだまだ小さいんだから、物理的に無理なのよ?……それに、簡単にさせる女は飽きられるのも早いわ」
『『飽きられる……!?』』
姉さんの言葉に驚愕して悶える二人。姉さんはそれを見た後ゆっくりと私に近付く。
「……相変わらず妹達を前にすると自制が効かなくなるわね。小鬼の坊やが呼びに来てくれなかったらもう少し遅れてたわよ?」
姉さんはそう言ってチラリと背後に視線を向ける。そこにはアッシュがドヤ顔で立っていた。
……そうか。追い付いて来ないと思ったら、姉さんを呼びに行ってた訳か。確かにアッシュでは私を止められないかも知れない。……よし、ドヤ顔がイラついて来た。
「ドヤァ……」
口に出すな。誰に仕込まれたんだそんな事。
私はアッシュを殴った後に姉さんに向き直る。
「……すまない姉さん。助かったよ。どうにも動物的衝動が上手く抑えられないんだ。魔獣型の魔物はここが欠陥だな。理性は有れど、衝動が勝る」
「私はそうでも無いんだけどね。まぁ、ここら辺は種族差もあるでしょうね」
「確かにそうだな。肉食と腐植食性だと流石に相当違うか……。アッシュも良くやった。助かったぞ」
「行動と言動が一致しないんだけど?せめて俺を踏み付けてる足を退かしてから言ってくれない?すげぇ痛いんだけど」
こんなに感謝してるのに?
アッシュは私から解放されると、土埃を払いながら切り出した。
「ったく。……だけど、もう少しどうにかなんないのか?」
「踏み方が浅かったか?」
「ちげーよッ!何人をドMの変態みたいに言ってんだ!!妹達の事だよ!!……師匠はふざけるのが好きだけど、決める時は決めるしカッコいいと思う時も有る。だけど妹達との接し方は正直言ってどうかと思うぜ?家族同然に暮らしてた相手にその……なんと言うか、そういう事をしたくなるのは正直俺はわかんねぇよ」
成る程。客観的に見ればそう感じるのも仕方がない。
ここで“私と妹達は種としてそういう習性が有る”と説明するのは簡単だが、種族が異なるアッシュには理解が難しいかも知らない。
だが私に抜かりは無い。完璧な回答を持っている。
「なんだそんな事か。私は変態だから当然だ。お前は変態の弟子なんだ」
「ぁ……うん……」
アッシュの元気が無くなった。
私は落ち込んでるアッシュの肩に手を置き、耳元で「お前は変態の弟子なんだ……」と二回目を言った後で姉さんに向き直る。
「……挨拶が遅れてすまない姉さん。只今戻りました」
「ふふふ。はい。お帰りなさい」
「ああ。ところで姉さん。状況と情報を共有したいから、これから群れの有力者を集めて会議を開きたいと思ってるんだが、姉さんも来てくれないか?」
「いいわよ」
「……珍しいな。いつもなら大概嫌がるのに」
「まぁ、久しぶりに帰って来た弟のお願いですもの。それに……面白いものが見れそうだし」
面白いもの?
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