スライム倒して300年
ーーーーーーー
『……まさかお前がそこまでやられるとはな……』
「……黙れ……」
私の言葉に怒りを隠そうともしないオルカルード。
しかしこれまでの様な威圧感は感じられない。
万全の状態ならば随分と印象も違った筈だろうが、こうなるとどうしようも無い。
今、私の目の前にはオルカルードとその配下達が居る。
オルカルードはその全身の至る所に酷い負傷を負っており、瀕死の重傷。
その背後に居る奴の側近達も同様に酷い有り様だった。
──ザグレフをペロり、そして市街地の大半のスロヴェーン兵達もペロッちまった後、最外壁の上から本隊の動向を見張らせていた配下達から急を知らせる連絡が有ったのだ。
そしてそれを確認する為に私も外壁へと登ったのだが、そこで見たのは傷付いたオルカルード達と、スロヴェーンの本隊がほぼ目前まで迫っているこの状況。
オルカルード達の実力ならばもう少し足止めが出来ると踏んでいたのだが、想定外の事態が起きたらしい。
私は本隊の先頭に立つ一匹のオーガに目をやる。
居並ぶオーガ達を見下ろす巨軀。
周囲を包む様に浮かび上がる赤黒いオーラ。
そして四本の腕と、そのそれぞれに持った四本の武器達。
話には聞いていたが、間違い無いだろう。あれが──
「……“鬼神王アイゼン”。スロヴェーンの国王じゃ」
『!』
私の思考を読み取る様に声を出したのはアバゴーラだ。
私は声のした方に振り向き、そこに居る三人に視線を向ける。
アバゴーラ、レナ、そして最後にアテライード・ドルレアンだ。
私はレナに話しかける。
『……無事に再会出来た様だな……』
「え、ええ……。て、言うかアンタがトカゲなのね……。変身スキルでも使ってるの?」
『ああ。“擬人化”と言って人型の魔物に変身出来るスキルがある。それでずっと変身していたんだ。この姿だと不便だからな』
「え、そっち!?じゃあ今のが本来の姿って事!?」
『そうだ』
「……!」
私の言葉に唖然とするレナ。アテライードも愕然と私を見ながら「マジティラノ……」とか言ってる。
なんか発音に馴染みが有るな。それとティラノとかこの世界に居んの?
……まぁ今はそんな事重要ではないか。
私がそんな事を考えていると、レナが話し掛けて来た。
「……それで、なんでこんな所で油を売ってる訳?ある程度片付いたって言ってもやる事は有るでしょ?」
『アレだ』
私はそう言ってアイゼンの方を尻尾で指す。
レナは其方に視線をやると、納得した様に頷いた。
「……成る程ね。そこそこ強そうじゃない。ザグレフと同じくらい?」
『……“そこそこ”では無くかなり強い。ザグレフはコンプレックスから自分の適性を無視した進化を遂げた挙句、進化したての全能感で墓穴を掘った。だがアイゼンは魔王としてその位階に馴染んだ強力な個体だ。ハッキリ言って今の私でも勝てるか分からん』
「へぇ?」
そう言って面白そうに笑みを浮かべるレナ。
正面切ってのステータスなら負けているとは思わないが、奴が持っている四本の武器はそれぞれにかなりの業物だろう。それに周囲を囲む兵力考慮すれば圧倒的と言って良い程に不利だ。
そしてオルカルード達の命を奪えたのにそれをせずに返したのは分かりやすいメッセージと言える。
強者で有るオルカルード達の戦力を、問題視していないと言う事なのだから。
私達の会話が途切れたのを見て、アバゴーラが口を開く。
「……しかしこれだけの群勢をどうやってフィウーメまで接近させたんじゃ?先発隊のタネは割れておるが、あれは小規模とは言え間違いなくスロヴェーンの主力部隊じゃ。黒竜の森を迂回して来たのなら、いくらアーケオスが隠そうとしても儂が気付かない筈が無いのじゃが……」
アバゴーラの言う通り、スロヴェーンの本隊は行軍速度を重視する為に先発隊と然程変わらない規模だ。とは言え周辺の都市国家に“目”と“耳”を持つアバゴーラが気付かない程の少数でも無い。だが、その理由を知っている事も私の足を止める原因の一つとなっていた。
『……迂回していない』
「……何?」
『私達は上空から奴等が此方に向かっているのを確認している。進路から考えて奴等は黒竜の森を通り抜けて此処まで来たんだ。流石のお前も森の中までは把握しきれないだろう?』
「……それはそうじゃが、黒竜の森を抜ける為には“二つ名持ちユニーク”の縄張りを抜けねばならん。それでなくとも人外魔境である黒竜の森で、あの規模の軍隊を戦闘可能な状態で通すなど不可能に近い筈じゃ」
『だが事実としてアイゼン達は此処に居る。……そして、奴の補助が有ればそれも可能だろう』
「“奴”って?」
そう言って私の顔を覗き込むレナに、私は苦虫を噛み潰した様な顔で答える。
『……“賢猿のスグリーヴァ”。黒竜の森に住まう魔物の中で、最大の勢力を誇る“二つ名持ちユニーク”だ……』
「!?」
私の言葉に驚くアバゴーラ。
そう、スロヴェーン兵達が抜けて来たのはスグリーヴァの縄張りで、最もフィウーメに近い南東の森だったのだ。
アイゼン達スロヴェーン軍をスグリーヴァが素通りさせる訳が無いし、スグリーヴァがスロヴェーンと何らかの密約を結んで今回の侵攻を補助したと考えるのが妥当だろう。
与した相手こそ違うが、目的は恐らく私と同じでフィウーメの物資と経済力。
アイゼンだけでも厄介なのに、更に厄介なオマケが付いている。
私が動けないのはそれが理由だった。
「……それで、どうする我が王よ」
そう言って切り出したアバゴーラに私は即答する。
『フィウーメを放棄する』
「!?」
私の言葉に驚くレナ。
アバゴーラは顎を撫でて考える素振りを見せるが、取り立てて驚いた様子は見せない。
「放棄ってどう言う事よ!?ここまで来て住民達を見捨てるの!?」
『……そうは言っていない。だがスグリーヴァの動向も分からない上に、正面切ってアイゼンとやり合うだけの戦力も無い。かと言って結界を盾に後手に回れば周囲を包囲され状況は更に悪化するだろう。だがアイゼンの目的がフィウーメなら、それを放棄して逃げれば制圧の為に兵力の大半を割く事になる。その間に何とかグインベリまで住民達を誘導し、体勢を整える』
「……!」
私の言葉に顔を顰めるレナ。
彼女も分かっているのだろう。私の言葉が言葉通りの意味では無い事を。
住民達を移動させると言ったが、私たちの手勢で実際に移動させる事が出来る人数などたかが知れてる。
異次元胃袋の限界まで住民達を入れたところで、最終的に総数はフィウーメ人口の十分の一にも満たないだろう。
私は結局レナの言った通り、住民達を見捨てる選択をしたのだ。
それを口に出来なかった理由は……個人的な感情だ。我ながら馬鹿馬鹿しいが、私自身住民達を見捨てたくないと思ってしまっているのだ。
だから結果は変わらなくても、それを口にする事が出来なかった。
……我ながら馬鹿みたいに甘くなったものだ。
……。
……いや、今は感傷に浸る場合では無い。一度口にした以上、後は行動するのみだ。損切りは早ければ早い方が良い。
『……アバゴーラ、準備を始めるぞ。奴等の注意を引ける手は有るか?』
「……そうじゃな。奴等の攻撃に合わせて結界の一部を弱っている様に見せ掛けるのが効果的じゃろう。そうすれば奴等はそこに戦力を集中させる筈じゃ。住民達の移動が始まれば此方の意図に気付く者も居るだろうが、それでも優先順位を考えれば割かれる人員は限られる」
『……それで行こう。それまでにフィウーメに居る子供達をなるべく一箇所に集めてくれ。私は収納系のスキルを持っている。総重量に制限が有るが、体重の軽い子供達なら大人よりも多くの人数が運べる。後は街に残す人員の選定だ。なるべく年嵩の者を──』
「貸し一つよ」
『!』
私達の会話を遮る様にレナが声を出す。
私は意味が分からずレナに聞き返した。
『……何の話だレナ?生憎と無意味な話をする気分では無いのだが』
「“貸し一つ”よ、トカゲ。これから私がする事は、とんでもなく高くつくわ。下手したら一生返せないくらいの貸しよ。だけど、アティを助ける事が出来たのは貴方のお陰も有る。だからそれを頭金にして貸してあげるわ。良い?」
『……まさかお前がこの現状をどうにかしてくれると、そう言っているのか?』
「ええ」
レナはそう言って頷く。
『……』
確かにレナの協力が有れば街の住民達を無事に避難させる事も出来るかも知れない。
レナ自身相当な戦力であるのに加え、レナの双極夜天曼荼羅はレナの能力の及ぶ範囲であらゆる事象を再現する。
もしかしたら大規模瞬間移動の様な特殊な魔法を再現出来るのかも知れない。
とは言え、人間の切り札である神託者に借りを作るのは魔物として微妙な気もする。それに根拠は無いが、とても嫌な予感がするのだ。
この“借り”が後々凄い利息付きで請求される様な、そんな嫌な予感。
……凄くそんな予感がする。
『……』
「どうするの?」
『……アテライード救出祝いって事で無料にならない?』
「ならない、と言うよりそれ込みでの提案よ。私の所在が貴族院にバレる可能性も有るし、相当譲歩してあげてる。……で?この話受けるの?受けないの?」
『……』
こうしてる間にもアイゼン率いるスロヴェーン軍はフィウーメへと接近している。
正直嫌な予感が全く拭えない。だが、打つ手は他に無いだろう。
『……分かった。借りておいてやる。それで、私は何をすれば良い?』
「城壁の端に立って口開けといて」
『口?何の為にそんな真似を?』
「いいから!」
『わ、分かった……』
私はレナの言う通り、城壁の端に立って口を開けた。
するとアイゼンが此方に視線を向けたのが分かる。やはり相当な強者だ。ザグレフなど比較にならない。
レナはアテライードに声を掛ける。
「……アティ、久しぶりにコンボをかますわよ」
「ええ!?マジ!?疲れるから嫌なんだけど!?」
「いいから!」
「ええ〜!?」
アテライードはそう答えながらも、神器を取り出してレナに向かってかざした。
するとレナも双極夜天曼荼羅を周囲に展開させ、二人は詠唱を行う。
「双極夜天曼荼羅、“術式展開”」
「リヴァーオブサンズ、“術式展開”」
『!?』
アテライードの“砂時計”が上下を反転させると、レナが信じられない程の高速で何かを呟き出した。
そしてそれに合わせて私の前方に巨大な魔法陣が出現する。
意味が分からず困惑する私。
アイゼンも警戒を強めたらしく、奴の周囲を包む赤黒いオーラが激しく燃え立つ様な動きを見せる。
私は事情を知っていそうなアテライードに問い掛ける事にした。
『……アテライード、お前達は何をしている?』
「うわビックリした!急に話しかけないでよ!私魔術とか苦手なんだから!」
『すまない。だが状況が分からなくてな。あの様子だとレナには話を聞けないだろうし、何をしてるのか教えてくれないか?』
私の言葉に少し考える素振りを見せるアテライード。そして考えがまとまったのか口を開く。
「……まあ良いわよ。今私はレナの時間を加速させてるの。それでレナが魔術を発動させるのに必要な時間を大幅に減らしてるって訳。なんでもこの魔術を使うのには何時間も掛かるらしいからね。でもそんな事言ってられる状況じゃないでしょ?」
『……成る程な。それでレナが使おうとしているのはどんな魔術なんだ?』
「秘密」
『秘密ってお前……』
「まぁまぁ、良いじゃない。どうせ発動する時には見えるんだし!」
そう言って戯けるアテライード。しかしこれは多分教えて貰えないだろうな……。
アテライードは再びリヴァーオブサンズに目を向けると、そのまま私に話し掛けて来た。
「……ありがとね、ティラノ」
『礼ならレナに言え。お前を助けたのは私では無くレナだ』
「それは分かってる。そうじゃなくて、“レナを助けてくれてありがとう”って事。あの子が今笑えてるのは、貴方のおかげだと思うから」
『……助けたつもりは無い。利害関係の一致に過ぎない』
「ふふふ。それでも、だよ。……この子はね、“天才”だの“大魔女”だの色々言われてるけど、本当はただの女の子なのよ。無駄に才能に恵まれたせいで苦労が多いけどね」
『……』
「……向こうに居た時からそうだった。ずっと誰かに利用されて、逆らいたくても実家を盾にされて、必死に耐えて来たの。だから誰の事も信用出来なくて、ずっと冷たい顔をしてた。そしてそんな顔も気に入らないって言われてたわ」
『……やはり人間は下らんな。有能な者の足を引く事しか出来ない。レナもレナで甘過ぎる。そんなゴミみたいな連中に利用されるくらいなら、バレない様に殺すか親を連れて逃げるなりすれば良いだろう』
「それが出来ない子だから私はこの子と一緒に居るの。甘くて危なっかしてくてほっとけない。それは貴方も分かるでしょう?じゃなきゃ“ゴミみたいな連中”なんて言い回ししないもの。明らかに義憤が入ってるわよね?」
『……』
「ふふ。やっぱりね」
『……黙れ……』
アテライードは暫く笑ったあと、真剣な顔で私に向き直った。
「……レナからある程度事情を聞いたけど、私が目覚めて一番驚いたのはレナの表情が向こうに居た時よりもずっと生き生きとしてた事よ。そして、その理由が貴方達だって事も良く分かった。もしかしたら、本当の意味で立場を気にしなくて済む相手は貴方達魔物が初めてだったのかも知らないもの。……だけど、貴方がこの先レナを傷付ける様な真似をしたら……」
『真似をしたら?』
「──ぶっ殺す。絶対に許さない。分かった?」
『……分かった』
「よろしい。……っと、そろそろね」
アテライードがそう言うと、砂時計の最後の一粒が落ちる瞬間だった。
そして、レナの動きが元に戻る。
「──貴方達何を喋ってるのよ!トカゲ!口開けて立っててって言ったでしょ!?」
あ、そういやそうだった。
『……すまない。状況と意味が分からなくてアテライードに話を聞いていたんだ』
「ああもう!……まぁ良いわ。私が合図を出したらもう一度口を大きく開けてあのオーガに向き直って!」
『分かった』
レナはそう言うと、再び何かを呟く。
すると私の前方に展開した魔法陣が強く発光をした。成る程、これが合図だな。
私はレナの言う通り、アイゼンに向かって口を大きく開けた。
何をするのかは分からないが、これで状況が変わるとは──
──ゴォォォォッッ!!!──
『!?』
私が口を開けた次の瞬間、魔法陣から極大の光線が放たれた。
そしてそれはアイゼン目掛けて真っ直ぐに飛んで行く。
アイゼンはそれを見て「ゲッ!?」って聞こえそうな顔をして慌てふためく。
何とか気持ちを切り替えたのか、周囲に展開させた赤黒いオーラを集めて光線に対抗しているが、徐々に……いや、ゴリゴリとそのオーラは光線に削られて消えて行く。
──そして──
「ぐぎゃぁぁァァァぁァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!?」
周囲に響く大絶叫。
そして、その声が消えるとと共にアイゼンが完全に消え去った。
『…………ぁへ?』
呆然とする私。
──意味が分からない。
アイゼンは魔王だ。
魔界の中でも上から数える方が早い程の強者。
それが、神託者とは言え、年端も行かない少女の一撃で死んだのだ。
文字通りの瞬殺だ。
スロヴェーン軍も、突然の事態に状況が掴めないのか騒然としている。
アバゴーラとオルカルード達は「ゲッ!?」みたいな顔で固まっている。
多分、私も似たような顔をしているだろう。
私達の様子を見ていたレナが、徐に口を開いた。
「──“光剣ルメートル”。光線の範囲内の存在率を歪め、その範囲内全てを光に置き換える極大消滅魔術。これでスロヴェーン軍は引かざるを得なくなったわ。連中から見たらあのオーガを殺したのはトカゲに見えたでしょうし、交渉も簡単に行くんじゃない?」
それを聞いたアバゴーラは正気に戻ったのか、慌てて城壁内に向かって走り出す。
私も着いていくべきだが、どうしても。
どうしてもレナに一言言わなければならない。
「……どうしたのトカゲ?」
そう言って私の顔を覗き込むレナに向かい、私はこう言い放った。
『うあああああああああああああああ!!! 魔女様マジで強すぎですううううう!!!!!!!』
私の言葉に唖然とするレナとアテライード。
いや、この状況だと言わなきゃ駄目じゃん。
ーーーーーーーーーーーーーー




