“再会”
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「つ、つえぇ……」
「なんだ……なんだこの化け物は!?」
スロヴェーン兵達は次々に驚愕を言葉にする。
彼等の目の前に居るのはたった一人の獣人の少女。
突如として現れたその少女は、敵味方入り乱れるこの場からフィウーメの住民達だけを救い出し、そしてスロヴェーン兵達を圧倒していたのだ。
ただ倒すだけなら容易い。
スロヴェーン兵の中でも、上位の実力を持つ者ならばそれが可能な者も居る。
──しかし、住民達を救うとなれば話は別だ。
「て、テメェ動くな!!」
「!」
そう言って声を張り上げる一人のスロヴェーン兵。
彼は子供を盾にし、その首に短剣を突き付けた。
「それ以上一歩でも動いてみやがれ!!このガキの首を切り裂くぞッ!!」
「おお……」
状況を変えそうなこの一手に、一部のスロヴェーン兵が声を漏らす。
しかし逆に大半のスロヴェーン兵は何も言わない。
前者と後者の違いは、早くこの場に着いたか後から来たかだ。
「……はぁ」
獣人の少女は軽くため息を吐く。そして呆れた様な顔で続けた。
「あんた達さ、他にやる事無い訳?それ何回目よ。何度も何度も同じ事して、結果は同じだったでしょ?いい加減学習したら?」
「ああッ!?何を言ってもやがる!!このガキがどうなっても──ぐぶッ!?」
直後、スロヴェーン兵の顔が弾ける。
獣人の少女の投げた石が彼の頭を砕いたのだ。
そして少女は凄まじい速さで子供の下に駆け寄ると、子供の視界を塞ぐ様に抱き込んだ。
「もう大丈夫。直ぐに皆んなの所に帰してあげる」
「う、うんッ!!」
そう言って笑顔を見せる子供に、獣人の少女……レナも笑顔を返した。
トカゲに頼まれて住民達の救出に来てどのくらい経つだろうか。
ただ蹴散らすだけなら容易いのだが、住民達を助けるとなるとかなり手間が増える。
先程の様に人質を取られる事も有るし、怪我をしている住民達も少なくない。
それでも何とか可能な範囲でこなしつつ、そしてその実力を見せつけて来たレナだったが、スロヴェーン兵達は実力差を理解した上で引かなかった。
この手のパターンは何度か経験がある。
大体こういう時は、時間稼ぎをされているのだ。
「グハハハッ!!この状況でガキを助け出せるとはなッ!!その身のこなし!!立ち回り!!確かに強者ッ!!しかしそれは雑兵が相手だから出来た事ッ!!」
「おお……!!」
突如響く笑い声と、それに騒めくスロヴェーン兵達。
そしてその視界の先には黒い皮膚に包まれた屈強なオーガが立っていた。
レナも初めて見る魔物だったが、恐らく特殊位階と呼ばれる魔物の突然変異体なのだろう。
「……あんたがコイツらの親玉?」
「如何にも!我はスロヴェーンが誇る“色鬼”が一人、“黒鎧のイスラ”!!市街地の制圧を任されておる!!」
「……ふぅん」
そう言って興味無さ気に答えるレナだが、その精強さに警戒を強める。
──強い。
体感では、トカゲやザグレフと同格の相手に見える。
周囲を囲むスロヴェーン兵達がレナの実力を前にしても逃げなかったのは、このイスラが控えていたからなのだろう。
やってやれない事は無いが、イスラとの戦闘中に住民達に手を出されたらかなり面倒な事になる。
仕方ない。多少魔力を使うが、手を使うしかない。
レナは術式を発動しつつ、イスラに話し掛ける。
「……それで、スロヴェーンの色鬼さんが私に何の用?」
「貴殿と一騎討ちがしたい」
そう言って口角を上げるイスラ。
「貴殿は強い。身のこなしもそうだが、何処か底が知れぬ強さを感じる。その様な強者を前に戦わぬは武人の恥!さぁ、返答は!?」
準備が終わったレナは再びため息を吐くと、呆れた様子で口を開いた。
「はぁ……。馬鹿じゃない?」
「……何?」
「“馬鹿じゃない”って言ってんのよ。武人とか一騎討ちとか言ってるけど、此処を何処だと思ってんのよ。ここはね、アンタも言った通り“市街地”なのよ。ここに居る魔物達もただの一般庶民。そんな魔物達を人質に取ったり略奪したりしてる様な奴が“一騎討ち”だの“武人”だの言う資格とかあると思ってんの?」
レナはそこで区切ると、左手の中指を立てて続けた。
「……名乗るなら“悪党”って名乗んなさい。三下」
「……その侮辱!!承諾と受け取るぞッッッ!!“大蛇隆”」
──ゴウッッ!!──
イスラが地面に向けて拳を振り下ろすと、地面が大きく揺れ、まるで蛇の様な形状で隆起する。
そしてその大地の蛇はレナに向かって迫り来る。
レナは直ぐに回避しようとするが、足場が崩れて少しだけまごついてしまう。
「ガハハッッ!!“大蛇隆”は対象周辺の地面を喰らい成長する大地の蛇!!攻撃と絡め手を一つにする単一スキル技だ!!」
「解説どうもッッ!!」
レナはそう返すと、大地の蛇の上に飛び乗った。
「!?」
中々便利な技だ。だが、足場が揺らごうとも攻撃の要である大地の蛇自体は崩れたりしない。
レナはそのまま蛇伝いにイスラに駆け寄ると、仕込みを終えた右手を振りかぶる。
「馬鹿めッッッ!!この我に膂力で挑もうとはッッッ!!」
そう叫んでそれに応えようと右手を振るうイスラ。
しかし、次の瞬間──
──ゴリュッ!!──
イスラの上半身が弾け飛ぶ。
レナの右手がイスラの右手を捉え、そしてそのまま下半身を置き去りにして上半身ごと砕いたのだ。
即死。
この場に於いて圧倒的な強者の一人であった筈のイスラは、ただの一撃で散った。
レナは右手を元に戻すと、呆然とするスロヴェーン兵達に振り向いた。
「……で?次は誰が死にたい?」
「「「う、うわぁぁぁぁッッッ」」」
蜘蛛の子を散らす様に逃げ出すスロヴェーン兵達。
精神的支柱であったイスラが倒された事で堰が切れたのだろう。
レナが放ったのはシンプルな右ストレートだ。
ただし、双極夜天曼荼羅の力で本来の自分の右腕を再現し、その上で強化魔術を施しているが。
それだけでイスラを砕いたのは、単純にそれだけのスペックをレナが持っているから。
黒豹に追いかけ回されていた時と違い、しっかりと休む事が出来ていたレナにとって、多少の消耗を前提とすればこの程度は容易い事だった。
レナは子供を住民達の所へと向かわせる。
するとその様子を見ていた一匹の魔物が声を掛けて来た。
「……まさかあの黒鎧を一撃で屠るとはの。末恐ろしい化け物じゃ」
レナが振り返ると、そこに居たのは仕立ての良いタルマをした亀人だった。
「……貴方は?」
「……この場で名乗るのはちと面倒が多いの。我が王より伝言を頼まれておる。“約束を果たす時だ。コイツに付いて行けばお前の親友に会える”」
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「……ここじゃ」
そう言った亀人……アバゴーラにレナが案内されたのは、質素な部屋だった。
本は並んでいるが、目に付く様な調度品は無い。
しかし部屋の片隅に白いシーツに覆われた何かが有る。
一見すると何かの彫像を包んでいる様に見えるが、レナはそれが何なのか一目で理解していた。
アバゴーラはシーツの端を持つと、雑に引き下ろす。
「……ッ!!」
レナは思わず息を呑む。
そこに有るのは……いや、そこに居るのは間違い無くレナの親友であるアテライード・ドラレアンだった。
レナはアテライードに駆け寄ると、直ぐ様術式を展開する。
「双極夜天曼荼羅、術式展開」
レナの言葉と共に、アテライードの神器であるリヴァーオブサンズが姿を現す。
過度な装飾の施された砂時計は、ゆっくりと上下を逆転させ、そして砂を流し始めた。
「……」
あれから随分と経った。
あの時はアテライードを守るために必死で、そしてアテライードを見失ってからは取り戻すのに必死だった。
ずっと一人で魔界を歩き回り、戦い続け、疲弊していった。
そしていよいよ諦めかけたその時、トカゲと出会ったのだ。
最初の印象は最悪を通り越していたが、こうして……少なくともレナとしては“友人”と思える様な関係になるのだから世の中分からないものだ。
……思ったよりも悪くなかったのかも知れない。
レナはそんな風に考えていた。
やがて、リヴァーオブサンズの最後の一粒が落ちる。
「──ってそれ私の神器じゃん!!レナ!!あんた何するつもりよ!?……へ!?何!?ここ何処!?あの龍は何処!?亀!?亀いんじゃん!!デカッッッ!!──!?」
混乱するアテライード。
無理も無い。時間が止まっていた彼女にとって、現状は何の前触れも無く場面が変わった様に見えている筈だ。
レナもそれは分かっている。だから、説明しないといけない。
だけど──
──ボフッ──
「……レナ?」
レナはアテライードに飛び付く。そして──
「……うわぁぁぁん!!アティ!!アティ!!!うわぁぁぁぁぁぁァァァァァァッッッ!!」
今までの想いが溢れ出て、アテライードの胸で嗚咽を漏らして泣き出した。
「……わけ分かんないけど……ま、いっか」
アテライードはそう言うと、レナが泣き止むまでずっとその頭を撫でていた。
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