龍に跨る少年
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「……終わった様じゃな」
『……グルルルル……』
「……我が王よ?どうされた?」
『…………アバゴーラ……か。……いや、すまない。この姿だとどうにも本能が強く出てな。血の匂いのせいで少し理性を失っていた』
「……その姿の時はなるべく近付かん様にするわい」
そう言ってアバゴーラは私から距離を取った。
どうやらザグレフの魔法が解けた事で中枢の制御を取り戻し、現状を把握して此方に来た様だ。
……何とか理性を取り戻せたが、少し危なかった。
この姿は強いのだが、どうにも凶暴過ぎる。
私はどうにか頭を切り替えると、アバゴーラに問いかけた。
『……満足したか?』
「うむ……。まぁ、もっと苦しめてやっても構わなかったがな」
『それは難しい。口の中に新鮮な肉が有るのに、あれ以上耐えるなんて無理だ』
「はは!流石我が王!豪胆なものじゃて!……アーケオスの奴も、多少は溜飲を下げたじゃろうて……」
そう言ってアバゴーラは軽く空を見る。
感傷に浸らせてやりたいが、現状はそうも行かない。
『……それで、結界はどうなった?』
「取り敢えず最外壁の結界は再展開出来た。これで余程の事が無ければ本隊の侵入は不可能だろう。じゃが、街に入り込んだ分に関してはどうにも出来ん。憲兵達も良くやってくれとるが、流石に殲滅には時間がかかるだろうな」
『それなら私が行こう。後々の種蒔きの為にも、少し目立つ活躍をする必要がある』
「その姿を晒すのか?」
『ああ。だが、“黒鉄のトカゲ”としては動かん。今回の事件でSランクに昇格する事だろうし、仮初の地位として使えそうだからな』
「……勝手に決めおって。まぁ手配はしよう。それで、どう動く?」
ーーーーーーー
「うわぁぁぁッッッ!!」
『チュウ!!チュチュッ!!チュウ!!』
騒乱のフィウーメを、アニベルは走る。(※アニベル……グリフォンの一件で拐われて、トカゲに冒険者登録をされた少年)
妹達は冒険者に誘導され無事に逃げる事が出来たのだが、途中いきなりグルンが逆走を始め、それを追いかけた結果見事にスロヴェーン兵に遭遇してしまったのだ。
グルンの誘導で何とか今は逃げれてはいるが、それも長くは続かないだろう。
なんせアニベルはたまたま調教師のクラスを持っただけのただの魔物だ。
屈強なスロヴェーン兵とは比べるまでもない。このままではいずれ追い付かれる。
そして追い付かれればどんな目に合うかは想像もしたくなかった。
──しかし、現在は残酷だった。
「げっ!?」
アニベルは思わず声を上げる。
グルンの誘導で来た場所が、袋小路になっていたのだ。
広さは有るのだが、アニベルが通れる様な道は無い。
「ぐ、グルン!!駄目じゃないか!!此処には逃げ場が無い!!」
『ファッチュー!!』
中指を立てるグルン。
駄目だ。言い争ってる場合じゃない。
何とか壁を登れないか見てみるが、それよりも先にアニベルに声を掛ける者が居た。
「……ぐへへ。これでもう逃げられねぇな?」
「!?」
スロヴェーン兵だ。
アニベルを見かけてから、ずっとしつこく追いかけて来る男だ。同族の獣人だが、何故かその視線に恐怖とは別の悪寒が走る。
「み、見逃して下さい!!僕にはまだ小さな妹が居るんです!!」
アニベルはそう言って土下座する。
我ながら情け無いが、この状況で出来る事は限られる。
反抗するのは最後の手段で、一先ずは媚びて助かる芽を探す。とは言え流石にこれで助かる訳は無いだろう。
そう思ったアニベルだったが──
「……良いぜ?」
「!?」
アニベルの予想に反し、スロヴェーン兵はそう答えた。
「俺にも息子が居てな。身内に寂しい思いをさせるのは可哀想だ。そうだろ?」
「はい!分かります!!そうですそうです!寂しい思いはさせたら駄目です!」
アニベルはそう言って必死に頷く。
妹と息子だと今一話の繋がりを感じられないが、否定するより肯定して媚を売った方が良い。
「……そうだろ?じゃあ慰めてくれるか?」
「はい!!……はい?」
スロヴェーン兵の意味不明な言葉に困惑するアニベル。しかし、その答えは驚愕と共にアニベルの視界に入って来た。
「さぁ、コイツを慰めてくれ……」
「はぁ!?」
──下ネタだった。
息子は息子でも、下ネタだった。
アニベルは一瞬唖然とする。だが我に帰ると慌ててそれを否定した。
「で、ででで、出来ません!!そ、そそ、それに僕は男です!!女の子じゃありません!!」
「分かってるさ。だから言ってるんだ……。分かるだろ?」
「ひぃ!?」
近付いて来るスロヴェーン兵とそのムスコ。
最悪だ。コイツそっちの魔物だったのか。これならいっそ殺される方が良かった。
そう思ったアニベルだったが、その直後、スロヴェーン兵の背後に巨影が迫る。
「 や ら な い か ?」
『グロロ!』
「「えっ?」」
──パクッ!──
「ひぃ!?」
恐怖に腰を抜かすアニベル。
迫り来るスロヴェーン兵とそのムスコは、巨大な龍に咥えられたのだ。
「た、助け──」
──ブシュ!!──
慈悲も無く一瞬で閉じられる口。
そのまま龍は嬉しそうに咀嚼する。
そしてスロヴェーン兵を飲み込んだ龍はアニベルへと視線を落とした。
『……グルルル……』
──終わった。
アニベルは自分の終わりを確信した。
目の前の巨大な龍に命乞い等無意味だ。そして彼我の戦力差は蛇と蛙。いや、龍とただの餌だ。
抵抗など正に無駄な行為だろう。
だから──
『……!』
アニベルはスロヴェーン兵が落とした剣を手に持ち、黒い龍に向けて構える。
無意味だろうと、大人しく食われてやるつもりは無い。
食べようと口を開けたなら、その舌に剣を刺してやる。
アニベルは生きる事を諦めるつもりは一切無かった。
『……』
しかし龍はアニベルには何もせず、じっと此方を見ている。
困惑するアニベルだったが、そこでグルンが話しかけて来た。
『チュウチュウ!!チュチュチュウ!!チュウチュチュチュウ!!』
「ええッ!?こ、この龍が!?」
アニベルはグルンの言葉に驚く。
目の前の龍こそが、アニベルが冒険者登録をした時にトカゲに説明された“強力な魔物”だったのだ。
若干信じられないアニベルだが、グルンの言葉に従う様に目の前の龍が頭を下ろした。
『グロロ……』
『チュウチュチュチュウ!!』
「わ、分かったよ!!乗るよ!!乗れば良いんでしょう!?」
アニベルはグルンに促され、怯えながら巨龍の頭に乗った。
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市街地の一画に、避難所として用意された倉庫が有る。
ここは普段は物資の保管庫として扱われているのだが、非常時には独立した仕組みで結果を発動させる事が可能で、一部の住民達は此処に避難していた。
しかし、住民達の表情は明るくない。
周囲は既にスロヴェーン兵達に囲まれてしまっているのだ。
そして、恐らく結界を破ろうとしている魔導師達の姿も見える。
「お、お母さん……」
「大丈夫よ。もうすぐ助けが来るわ」
「……どうせ死ぬなら、アイツらの一人でも道連れにしてやる!」
「死にたくない……」
口々に不安の声を上げる住民達。
常駐軍や憲兵隊も助けに来てはくれたのだが、その戦力差から追い払われてしまった。
そして、次に助けが来るまで此処の結界が持つかは分からない。
住民達は神に祈る他無かった。
しかしその時、外から悲鳴が上がる。
「げぇっ!?な、なんだあの化け物!!ヤバいッ!!こっちに来る──ギャァァァ!!」
「「うわぁぁぁ!!」」
騒乱が巻き起こる屋外。
住民達が覗き窓からそこを見ると、何とそこには巨大な黒龍に跨り、スロヴェーン兵と戦う若者の姿があった。
スロヴェーン兵は必死に抵抗するが、その抵抗も虚しく瞬く間に蹴散らされていく。
その光景を呆然と見ていた住民達だったが、スロヴェーン兵を追い払った若者が此方に向かって叫んだ。
「み、皆さん安心して下さい!!スロヴェーン兵達は僕達が追い払いました!!僕はアニベル!!冒険者チーム“黒鉄”の調教師です!!」
「黒鉄……?」
「確か、黒豹戦士団とやり合ってた冒険者の名前じゃないか?」
「俺見てた!!黒鉄のリーダーがあの“鉄槌”を一撃で倒すのを!!」
「じゃあ……」
「助かったのか!?」
声を上げる住民達。
その様子を見た少年は、更にこう続けた。
「ぼ、僕達“黒鉄”は、グインベリ業主会の書記長であるナーロ・ウッシュ様より特命を受けてフィウーメへと参りました!!ナーロ様は自身の傘下である商人達の情報から“フィウーメで不審な動き有り”と見抜かれ、それに備える為に僕達を雇われたのです!!今回の一件はドン・アバゴーラ様の副官である“大罪人”アーケオスと、彼に雇われた黒豹戦士団が引き起こした事件なのです!!そして、この両者も僕達黒鉄がナーロ様のご指示の下、既に討伐いたしました!!アバゴーラ様はその責任を取られ、フィウーメの都市長、並びに連邦議長の職位から退かれました!現在、仮の処置としてナーロ様がその地位に就かれています!!安心して下さい!!皆さんの安全はナーロ・ウッシュの名の下に保証されました!!」
「“ナーロ・ウッシュ”……」
「……ナーロ様!!」
「「「うぉぉぉぉぉぉ」」」
住民達は、声を張り上げる。
先程までと違い、安堵と喜びに満ちた声だ。
暫くの間、ナーロ・ウッシュの名が避難所を埋め尽くした。
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エタる気は更々無いので安心して下さい。
また書けたら更新します。




