“半裸パンツトカゲ”
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「ハァ……ハァ……」
肩で息をする私。
体中のあちこちに火傷や切り傷の様な小さな負傷が有り、血と泥で汚れている。
「ハハハッ!随分とボロボロになりましたねぇ?初めの威勢はどうしたのですか!?ハハハハハハッ!」
そしてその様を見て高笑いするザグレフ。
あれから私とザグレフは死闘を繰り広げていた。
奴はやはり魔導師として一流で、後出しと通常の詠唱、そして無詠唱と覚醒解放を巧みに組み合わせて私の混乱を誘って攻撃をして来た。
腹が立つが、これ程の技術は正直言って驚嘆に値する。一応、全力でやっているがそれでもこの様だ。
とは言え幾つか制約は有るらしく、後出しの連射や無詠唱での後出しの発動は出来ず、その隙を上手く突いて奴の魔導書の宝石を残り二つまでに削っていた。
そして──
──パリィン──
「!?」
「……これで残り一つだな」
砕ける宝石。
直前の攻防で掠めた私の尻尾が、魔導書にダメージを与えていたのだ。
ザグレフは心底驚いた顔を見せる。
「……想像以上ですね。呪文教書を会得して以来、ここまで追い詰められたのは初めてですよ」
「それは単に相手に恵まれていただけだろう?」
「ハハ!それも実力ですよ。私は勝てる状況を作り、勝てる相手としか戦いませんからね。私が驚いたのは、それを前提としても認めざるを得ない貴方の実力ですよ」
「……随分と余裕を見せるな。だが、何か見落としていないか?私はまだ覚醒解放を──」
「使えないのでしょう?」
そう言って挑発的な笑みを浮かべるザグレフ。
そしてその表情は、どこかそれを確信している様に見える。
「……何を根拠にそんな事を言っているんだ?」
「ハハハ!いえ、根拠がある訳では有りません。経験則ですよ。私みたいにある程度名前が売れると、それなりに絡んでくる輩も増えるんです。そして、そんな連中の中には相応に実力が有る者も居て、その手の連中が似たような事を言うのですよ。使えもしないものを使える風に見せる。確かに有効な手段です」
「……経験か。論理的では無いな」
「だが外れでは無い」
「……」
「今言った連中も、今の貴方の様に余裕の無い顔をしていました。そして、私はそんな相手の顔を読むのが得意なんです。手は有る。だがそれは覚醒解放では無いし、今直ぐ見せれるものでも無い。違いますか?」
「……さぁ、それはどうだろうな?」
「おやおや流石にそれは教えて貰えませんか。まぁ、追々貴方を嬲りながら確認しますよ。フフフ」
そう言って笑うザグレフ。
言い回しを私に寄せているのは意趣返しのつもりだろう。その様子に私は思わず溜息が出る。
「はぁ……。……認めたくは無いが、やはり同族嫌悪だな」
「……はい?」
私の言葉に疑問符を浮かべるザグレフ。
私は奴の疑問には答えず、続ける。
「……昔一人の男が居た。その男は優れた能力を持ち、自らの望む未来の為に働き続けた。他者を蹴落とし、家族すら利用できるかどうかだけで判断し、自分の為だけに邁進した」
「合理的ですね。自分以外なんて結局の所は他人ですから、使えないなら切り捨てれば良い」
「……フッ……」
「……何がおかしいのです?」
「いや、本当に良く似ていると思ってな。結局その男は何も成せないまま死んだんだ。最後には誰も周りには居らず、一人寂しくくたばった。実に哀れな最後だったよ。もし仮にお前が私と出逢わなくても、お前も同じ結果になっただろうな……」
「……迂遠な負け惜しみですね。どの道此処で死ぬ貴方が私の最後を知る事は無い」
「いや、知ってるさ。お前は無様に私に命乞いをしながら死ぬ」
「……そうですか」
ザグレフは半ば呆れながらそう言う。
私の言葉を虚勢だと思ったのだろう。
そして、そのまま魔導書を自分の手で取った。
「“凶星禍渦”」
『……ウァァァァッッッ!!』
「!?」
ザグレフの言葉と共に、魔導書が悲鳴を上げる。
そして表紙の獣人の目から血涙が流れ出た。
正直言ってかなり禍々しい。まるで苦痛に悶えている様だ。
「どうです?美しいでしょう?これは解放極技。覚醒解放の奥義とも言える技です」
「……知っているさ。流石にそこまで悪趣味なのは初めてだがな」
「それは残念。私には魅力的に見えるのですがね」
そう言って魔導書を撫でるザグレフ。そして薄い笑みを浮かべながらこう続けた。
「凶星禍渦の効果は単純な魔法強化。これまで使っていた魔法が無条件で強化状態になります」
「奥義と言う割に特別な効果では無いんだな」
「ええ。ですが魔法と言う力はそもそもが応用力に富んだものです。シンプルな強化はそれだけで十分に奥義たり得る。それに、そこまでダメージを負った貴方には致命的な筈でしょう?」
「……かもな。だが表面的なダメージはともかく、こうして私は五体満足でいる。それにその宝石も残り一つだ」
「フフフ。では、五体満足では居られなくして差し上げますよッッ!!」
奴はそう言うと、魔導書を再び空中へと飛ばし、そして唱えた。
「“凍てつく悪夢”」
「!?」
次の瞬間、奴を中心に地面が凍り付いて行く。
先程の津波の水は既に引いている為、これは単体でその効果を持つ魔法の様だが、その速度は先程を遥かに上回る。
「チッ!!」
私は舌打ちしつつ後方に下がる。
何とか効果範囲外まで来たと思ったが、次の瞬間氷の表面がせり上がり、氷柱となって私へと迫って来た。
──ガインッッ!!──
硬質な音と共に私の左手へと当たる氷柱。
しかし私は硬化スキルを使用してダメージを防いだ。
が──
「!?」
左手が動かない。
私に当たった氷柱は、そのまま私の左手の表面を覆う様に広がって来ていたのだ。
「〜〜ッッックソッッ!!」
私はダメージを前提にして左手を強引に氷から引き剥がす。
鱗が剥がれて血が滲み出る。クソ痛い。オッスオラ悟空!オメェぶっ殺すぞ!
負傷しつつも何とか窮地を脱した私だが、その間に魔導書が私の後方へと周り込み、そして次の瞬間光弾が私へと飛来する。
──ゴウッッ!!──
「グッ!?」
背部に直撃する光弾。
確かに想像していたよりもかなり痛かったが、HPの補正が効いている上、頑丈な鱗に覆われている為そこまでのダメージは無い。
これならば切り返せる。
私は即座に魔導書を殴ろうと接近したが、その時ザグレフの視線が動く。
「!」
「“斬烈光”」
ザグレフの詠唱と共に私に向かって光の刃が伸びる。
私は寸前で踏み止まりその軌道から逸れるが、光の刃はそのまま私の横を通り過ぎて魔導書へと突き刺さる。
かに見えた。
──ギュインッッ!!──
「!?」
直後、魔導書の前方に光の障壁が現れ、迫り来る光の刃を反射させる。
『“魔法反射”』
前後する様に詠唱する魔導書。危険を察知した私は、尻尾を地面に突き立てて引き寄せる様にして緊急回避したが、射線に残った尻尾が切り離された。
「グアッ!?」
私は声を上げる。
だがジッとしてはいられない。ザグレフの視線はまだ私に向けられている。
その視線を見極め、軌道から逸れなければ──
「“宵闇の黒球”」
「!?」
ザグレフの詠唱と共に、その周囲を無数の黒球が浮かび上がる。
その数はざっと見ても百に近い。
そしてザグレフは口角を上げてこう言った。
「……視線察知は便利なスキルだとは思いますが……避けられなければ何の意味も有りませんよ?」
「〜〜〜ッッ!!」
次の瞬間、私に向かってその無数の黒球が迫って来た。
私は即座に自分の装備を全て破り捨て、パンツ一枚になる。
すると途端に身軽になった。
これは隠し球の一つで、私に掛かっていたマイナス補正を無くす為の行動だった。
私は完全な獣型の魔物だ。亜人型の魔物と違い、武器装備で補正値は付かない。
それ所か、武器防具等を装備する事でステータスにマイナス補正が掛かる。
それ故に防具を脱いだ事で減少していたステータスが元に戻り、身軽になったと言う訳だ。
私はそのまま俊敏性の強化魔法を使用し、奴の魔法と相対する。
降り注ぐ黒球。
何とか躱し続けるが、それを見ていたザグレフが不意に笑う。
「フフフ。学びませんねぇ?先程貴方の尻尾を切ったのが何だったのか……お忘れですか?」
『“魔法反射”』
「!」
背部から響く魔導書の声。
振り向くと、そこには先程の光壁を大きく広げた魔導書が有った。
無数の黒球は光壁を前にして留まり、そして私に向かって飛んで来る。
私は即座にザグレフに向かって走り出した。
「ハハハッッ!!破れかぶれの特攻ですか!?そんなものをまともに受ける訳が無いでしょう!!“宵闇の訪れ”!!」
──ブワッ!!──
その瞬間、ザグレフの前方から黒い煙の様なものが巻き起こる。
勿論、ただの煙の訳が無い。毒か酸か、あるいはもっと質の悪い何かか。
このまま突っ込めば相当なダメージを覚悟する必要があるだろう。
──このままならば。
「なっ!?」
ザグレフが驚愕の表情を浮かべる。
その瞬間、ザグレフを包んでいた黒煙が消えたのだ。いや、それだけでは無い。私の背後から迫っていた黒球も消えて無くなっていた。
「まさか!?」
ザグレフが視線を私の背後に移す。
そこには、私の切り離された尻尾に打ち据えられ消えて行く魔導書が有った。
私はそのまま強化魔法を使用し、ザグレフへと接近する。
そして──
「知らなかったのか?……トカゲの尻尾は切れるんだよッッッ!!」
──ドゴォッッ!!──
「!!」
私の拳がザグレフの腹部に刺さる。
バルドゥークを一撃で沈めた渾身の拳撃。生粋の魔法職であるザグレフなら、間違い無く死ぬ程の威力。
私は勝利を確信していた。
だが──
「……それが隠し球ですか。多少は驚かされましたが……大道芸レベルですね」
「!?」
ザグレフは平然とそう口にした。
私が振り抜いた拳は、ザグレフの強靭な腹部で完全に止まっていたのだ。
意味が分からず困惑する私。
「……フフフ。遅かったと言ったでしょう?私は既に、“魔王降誕”を終えている」
次の瞬間、振り抜かれたザグレフの強靭な拳に、私は吹き飛ばされていた。
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