“呪文教書”
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「“呪文教書”」
「!?」
奴の解号と共に、濃紺の光が奴の前方に収束し、形を変えて行く。
そして現れたのは一冊の本。
四隅に淡い光を放つ宝石があしらわれ、苦悶に満ちた獣人の顔が表紙に描かれたおどろおどろしい魔導書だ。
“武装型覚醒解放”と言っていた以上、あの本には武器足り得る何かが有るのだろうが、この好機を逃すつもりは無い。
覚醒解放による硬直が終わって直ぐ、私はその本ごとザグレフを殴るべく拳を振り上げた。
しかし──
──ガインッッ!!──
硬質な音と共に、私の拳が止まる。
本の表紙で私の拳が止まったのだ。
そしてその直後ザグレフの頭上から炎が私に向かって放たれ、私は後方へと飛び退く。
「“ギガフレイム”」
『“多重障壁”』
「!?」
それと前後して、ザグレフとそしてあの魔導書から声が聞こえて来た。
これはまさか──
「“後出し”、ですよ。発動後に条件を満たせば魔法を即座に使用出来る私のユニークスキルです」
「……その本からも声が聞こえたが?」
私のその問いにザグレフは口角を上げる。
「ええ。この魔導書にもその効果が及んでいるのですよ。……我が武装型覚醒解放、“呪文教書”の効果は三つ。先ず、魔力の貯蔵。この本には私の最大MPの三倍まで魔力を貯蓄出来ます。二つ目は魔法の記録。私が学んだ全ての魔法は自動でこの本に記録されます。そして三つ目は魔法の発動です。この魔導書に記された魔法は、貯蔵された魔力を消費する事で発動する事が出来る。ステータス、そしてスキル効果も私と共有します」
「……要は魔力三倍のもう一人の自分と言う事か……」
「正確に言えば違いますが、まぁ似たような物ですね。コイツが私の二つ名、“呪文教書”の由来と言う訳ですよ」
そう言って魔導書を撫でるザグレフ。
その様子は自信と自負に満ちており、余裕を感じさせた。
確かにかなり強い覚醒解放だ。私の知る限りでジャスティス、ステラに続いて三番目くらいには強い。
しかし──
「……初手から覚醒解放とはな。切り札を最初に見せるのは弱いんじゃないか?」
「フフフ……。“優れた魔導師とは、強い魔法が使える者では無く必要な時に必要な魔法が使える者だ”。我が師ローガンの言葉です。貴方の物理攻撃は私にとっても脅威です。手を抜いて沈められては目も当てられませんからね」
「そうか。私は相当手を抜いてるが、お前に沈められる気はしないな」
「そうですか。……では、その油断。後悔させて差し上げますよッッ!!」
「!?」
ザグレフの声と共に、奴の前方から津波が巻き起こる。例によってMAT補正値の高い攻撃魔法だろう。
しかしあの津波の魔法は最初に迫り上がった分以上の水は発生しない。
つまり距離を取ればそれだけ水量は減り、威力はかなり下がる。
私は後方へと下がり、奴の出方を伺う。
しかし──
『“大津波”』
「!?」
背後から魔導書の声が響き、私を挟撃する様に津波が巻き起こった。
奴は一撃目の津波の中に本を忍ばせ、そのまま私の背後へと移動させたのだろう。
私は後方からの津波に巻き込まれ、身動きが上手くとれなくなる。
まぁ、次の手は前回と同じく凍結魔法だろう。
私は再び尻尾を打ち付けて水面から脱出しようと構える。
が──
「“地雷撃”」
「!?」
ザグレフの言葉と共に、奴の前方の地面から雷撃が生まれる。
そしてその雷撃は水面へと伸び、水中に居る私は感電して全身が硬直する。
そして更に魔導書からも声が響いた。
『“瞬間凍結”』
次の瞬間、魔導書を中心にして水が凍って行く。
「〜〜〜ッッ!!」
私は脱出しようとするが、雷撃によってそれが阻まれる。
仕方ない。手札を切るか。
私は雷撃魔法の一つである“ビットボルト”を尻尾経由で地面へと放つ。
すると途端に雷撃による影響が無くなった。
これはジャスティス対策として修練して来た魔法で、電流の流れを地面に向けて作る事でダメージを減らす言わば魔法で作るアース線だ。
身動きが取れる様になった私はそのまま移動用スキルであるハイジャンプを使用し、空中へと脱する。
ザグレフは当然それを予期しており、私に向かって杖を構える。
が──
「“息吹”ッッ!!」
「!?」
私は口を大きく開けて吠えた。
ザグレフは即座に前方に障壁を展開し私の攻撃に備えるが、しかし息吹は放たれない。
「……“スキル反射”」
ザグレフの言葉と共に障壁が消える。
“後出し”を使用して発動した為に詠唱が前後した様だ。
私は極めて冷静なフリをしてこう言った。
「やはり反射系の魔法が使えたのか。警戒して良かった」
「……それを見越して直前で止めた訳ですか。随分と勘の良い事で」
そんな訳無いじゃん。何?反射系の魔法って。
私が息吹を撃たなかったのは単純にスキルの発動条件を満たしていなかった為だ。
私の息吹は足が地面に触れていないと発動出来ない。
それでも息吹と叫んだのは奴の追撃を防ぐ為のフェイクだった訳だが、お陰で奴の手札が一枚割れた。
「スキルの反射か……。その手の魔法が有るのは知っていたが、実際にそれ見るのは初めてだな。だが、魔法は効果が強ければその分魔力の消耗も激しい。攻撃に防御にと随分と派手に魔力を使っているが、それでどれだけ持つんだ?」
当然ハッタリで知識としても無かった。字面で適当言ったら当たっただけ。
「フフフ。御心配無く。少なくとも貴方が死ぬまでは持ちますよ」
「そうか。なら“息吹”」
「“スキル反射”」
私の声と共に黒鉄の礫がザグレフへと向かい、ザグレフの前方には光の障壁が展開される。
だが、今回の息吹は先端を丸くし、威力もかなり抑えている。
そのままザグレフへと迫る息吹だが、その動きが遅延する。
「!!」
ザグレフが目を見開く。当然“コカトリスの魔眼”だ。
遅延した息吹は、ザグレフの障壁の効果時間が終わったと同時に奴へと迫る。
私はそれを追う様に奴との距離を詰めるが、しかしザグレフはそれを見て笑う。
『“スキル反射”』
そう、ザグレフは魔導書を呼び寄せていたのだ。
魔導書の音声と共にザグレフの前方に再び障壁が展開され、私へと跳ね返る息吹。
私の読み通りに。
「!?」
ザグレフの目が驚愕に染まる。
私は飛来する息吹を正面から受けるが、そのまま前進して拳を振りかぶったのだ。
私はザグレフの視線の動きから奴の狙いを把握。そして意図的に威力を下げた息吹を放つ事でこの隙を作ったのだ。
私はそのまま拳をザグレフ……では無く、魔導書へと打ち込む。
「なっ!?」
──パリィンッ!!──
すると、硬質な音と共に四隅に有る宝石の一つが割れた。
ザグレフは慌てた様子で魔導書を下げ、私と距離をとった。
「……やはりソイツに攻撃されるのは困るのか。もし仮に攻撃が無意味なら、最初に魔法を使ってまで防御する必要は無かった筈だからな。私の配下に分身を作り出すタイプの覚醒解放の使い手が居て、そいつは分身が破られると全HPとMPの70%を失う。……お前の場合はどうなるんだ?」
「……さぁ?どうでしょうね」
「流石にそこは教えてくれないか……。まぁ、後はお前を嬲りながら確認するさッッ!!」
私は再び高速でザグレフへと接近した。
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