“不意打ち”
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私とザグレフはゆっくりと通路を歩く。
さっさと移動したくは有るが、待ち伏せや罠を警戒するとどうしても移動は遅くなる。
私が周囲を注意深く観察していると、ザグレフが笑いながら話し掛けて来た。
「フフフ。そんなに警戒されなくても罠なんて有りませんよ。思いの外臆病者なんですねぇ?」
態々“臆病者”と言った辺り、冒険者としての私を挑発しているのだろうが、生憎と私はその程度で苛立つ事は無い。
「お前の言葉が信用出来るとでも?それに、私が生きて来た環境だと慎重さが無い奴から死んで行く。それをお前が臆病者と捉えるのは勝手だがな」
「……成る程」
私の言葉にザグレフは納得した様に頷く。
そしてこう切り出した。
「……まぁ、信用しろなんて言うつもりはありませんし勝手になさって下さい。それより最後ですし、少し話をしませんか?」
「内容に寄るな。命乞いなら聞くだけは聞いてやる。無様なお前を見るのは笑えそうだ」
「ハッハッハッハ!面白い冗談ですねぇ?その虚勢が何処まで続くかは後の楽しみにしておきますよ。……それで単刀直入に聞かせて頂きたいのですが、貴方は何者ですか?」
「Cランク冒険者だ」
「……その言葉に嘘は無いでしょうが、それだけでは無いでしょう?それなりに手を尽くしてみたのですが、どうにも貴方に関する情報が出ないのですよ。どう調べても裏が出ない。貴方は誰に従っているのですか?スロヴェーンと敵対している以上、“鬼神王”は外れるでしょうし、“不死王”ですか?それとも“草原王”?大穴で言えば“混沌王”でしょうか?ですがあの方は人間共の大陸を本拠地としていますから──」
「言った筈だ。私が王だと」
「……!」
私の言葉に驚いた様子を見せるザグレフ。
しかし私の顔をまじまじと見ると、再び納得した様子を見せる。
「……ここに至ってもまたそれですか。ふざけるなと言いたい所ですが……確かに貴方は誰かの子飼いになる様なタイプには見えませんね。……これまでの貴方の行動全てが、貴方の差し金だと本気で仰っているのですか?」
「勿論だ。その為にフィウーメには多くの配下達をばら撒いている。私達の目的はフィウーメ・バトゥミ自由都市国家連邦連邦議長、ドン・アバゴーラを配下に加える事。そして、それはお前達のお陰で叶った。それに関しては感謝してるぞ?」
「……それは重畳。まあ貴方の話を鵜呑みにしたとしても、肝心の連邦は風前の灯火ですよ?フィウーメが落ちればその崩壊は止められない。そしてアバゴーラ様もその責任を逃れる術は有りません」
「手は考えてあるから心配するな。自分が死んだ後の事なら尚更な」
「ハッハッハッハ!道化としては一流ですね!貴方の減らず口が聞けなくなると思うと残念ですよ!」
そう言って笑うザグレフ。
……変に上機嫌だな……。完全に浮ついている。
「……私からも聞いて良いか?」
「命乞いですか?聞くだけなら構いませんよ。貴方の命乞いは面白そうです」
「それも必要ならするかもな。ただ、それを見せる相手はお前では無い」
私はそこで区切ると、ザグレフの顔を見て続けた。
「……ザグレフ。“お前は”何を企んでいる?」
「……」
一瞬の間。しかし奴の目が揺らいだのが見えた。
「……ご存知でしょう?連邦を切り崩して龍王国に引き渡す事ですよ」
「それは“龍王国”の狙いだ。お前は違う」
「何を根拠に?」
「お前が私を拷問した時、龍王国に自分が殺される事を前提としていたからだ。……お前が何も考えて無いとは思えない」
「……」
私の言葉に黙るザグレフ。
そして徐にこう言った。
「……“健康で長生きをする”。それが私の野望です」
「冗談か?」
「本気ですよ。これ以上に無い程にね」
そう言って私を見るザグレフ。
その目には嘲りや侮辱といった感情は無い様に見える。
「……私は龍王国の商家で生まれました。生家は指折りとは言えずとも、相応に稼ぎの有る家柄で、私は恵まれた環境で生まれたと言えます。……ですが、生まれて直ぐに肺病にかかりましてね。何とか一命は取り留めたものの、私は肺機能の大半を失ってしまったのですよ」
そう言ってザグレフは自分の胸を掴む。
「……幼い頃は正に地獄でした。か細い息しか出来ず、まともに寝る事も出来ない。立ち上がり走り回るなんて以ての他。出来る事と言えばせいぜいベットの上で本を読むくらい。まぁ、お陰で“大魔導士”のクラスを取得出来ましたが、両親は私への興味を無くしてしまいました。当然ですよね?出来損ないの相手は時間の無駄ですし。……ですが、そんな私を気に掛けてくれる者も居ました。……弟です」
「……弟……」
「ええ。弟は優しくて良い子でした。両親から放置されていた私を気遣ってくれましたし、私が語る魔法の話を喜んで聞いてくれました。そして、自分が体験した楽しかった事を私にも聞かせてくれました……」
そう言って何かを懐かしむ様に天井を見上げるザグレフ。
コイツにも、肉親を想う情くらいは有るらしい。
そう思った私だったが、次の瞬間ザグレフは醜悪な笑みを浮かべ、そして続けた。
「──だから、縊り殺してやりましたよ」
「……!」
奴のその言葉に、思わず拳に力が入る。
しかしザグレフはそれには気付かない。いや、気付いていても気にならないのだろう。
「私が……私がどれ程の苦しみを味わって来たか……!それを無邪気に“外を走った”だの“川で遊んだ”など平気でのたまいやがってッッ!!ただただ健康に生まれただけのゴミが!!私が出来ない事をして安寧に暮らすッッ!!誰がこんな不条理を許せるものかッッ!!だから殺してやった!!アイツが眠った時に両手足を縛り付けて枕を顔に押し当ててやった!!ハハハハハ!!爽快でしたよ!?息が出来ずに苦しみ抜いて死ぬアイツの哀れな様はねぇ!?ハハハハハッッ!!」
そうして狂った様に笑うザグレフ。
その様子に悔恨の念などかけら程も感じない。
奴は間違いなく弟を殺した事に、愉悦以外の感情を抱いていないのだ。
一頻り笑い終わると、ザグレフは更に続けた。
「ふぅ……失礼。あの時の事を思い出すとどうしても笑いがこみ上げて来てしまいましてね。……そうして弟を殺した私でしたが、そこで嬉しい誤算が有りました。何だか分かりますよね?」
「……“進化”だろ」
「フフフ……。ええ。そうです。弟を殺し、経験値を得た私は進化したのです。魔力量も魔法攻撃力も格段に上がりました。ですが私が一番嬉しかったのはこの肺が少しばかり強くなった事でした。走り回る事は出来ませんが、少しなら外に出る事も出来る様になった。ああ、弟の死は勿論事故として処理されてますよ?両親もまともに動けない私では弟を殺せないと思っていたらしく、疑われすらしませんでした。……お陰で両親を殺すのも簡単でしたよ」
「……」
「……ただまぁ、両親を殺したタイミングが悪かった。その当時、両親は黒紫龍王レグナート様より仕事を頂いていましてね。背景を探る為に本格的な調査が入り、それで私の悪行は露呈してしまったのです。……ですが、レグナート様は私の仕事ぶりを気に入られましてね。そこからあの方に密偵として支え、今に至ると言う訳です」
「……成る程な。お前は最初から龍王国側だった訳か」
「ええ。でなければそう簡単にSランクにはなれませんよ。私の昇格の切っ掛けとなったユニークネームドの討伐や、連邦での背景は全て龍王国が用意した物です。アバゴーラ様も疑ってはいたでしょうが、確信出来る程の材料は無かった筈ですよ」
「……それで?そんなお前が何故龍王国から命を狙われていると思ったんだ?」
「それは単純。黒紫龍王レグナート様が崩御されたからです」
「……ほぅ?」
「私もそれなりに苦労人でしてね。自業自得とは言え、散々な汚れ仕事を仰せつかってきました。殺しも不正も工作も、ね。レグナート様は清濁織り交ぜる真の魔王でしたが、その後継候補たる光輝龍エルドゥールは潔癖でしてね。レグナート様に憧れているご様子ですが、龍王国の恥部を知る私を長生きさせるつもりは無いでしょう。そして、お誂え向きに今回の仕事です。私を処分するつもりでもおかしくは無い」
「……それに加えて自分に与えられたアーケオスの処分の命令。確かに挑発に乗るだけの材料は揃っていたな」
「はい。貴方程の実力なら刺客と捉えられても仕方ないでしょう?なんせ身に覚えが有るんですから」
「まぁな……」
「それで今回の私の目的ですが──っと……。話はここまでの様ですね」
「!」
ザグレフがそう言うと、視界の先に広場が見えて来た。
「……結局良い所で話が終わったな」
「ええ。ですが私の目的なら直ぐに分かりますよ。寧ろ、貴方がそれを体験する最初の相手ですよ」
そう言って自信あり気な顔を浮かべるザグレフ。
「そうか。楽しみにしておく」
私はそう返し、更に進む。
私達はそのまま広場に出て距離を取り、そして向かい合った。
「……さて、やるか。……だが、最後に一つ聞いて良いか?」
「ええ。どうぞ?」
「お前のクラス、“大魔導師”とか言ったか。どんな魔法が使えるんだ?私は“多重敏捷性強化”や“多重重強化”辺りが使えるが、そのクラス限定の魔法なんかも有るのか?」
「……最後の質問がそれですか?流れをぶった斬っている様に思えますが……」
「ああ、確かにな。だが、実は答えは最初から期待してない。唯の不意打ちだからな」
「何を言って──」
──ゴウッッッ!!──
「!?」
ザグレフの顔が驚愕に染まる。
私が圧倒的な速度で奴に接近したからだ。
私は先程の質問をした時、質問のフリをして多重敏捷性強化と多重重強化を、実際に発動していたのだ。
奴は純粋な魔法職だ。この速度と距離なら反応も出来ずに決まる筈。
しかし、次の瞬間ザグレフと私の目線が合い、そして、私の動きが止まる。
「……随分とせっかちですねぇ?ならば見せて差し上げましょう。我が武装型覚醒解放を。
知を求め、そして至りし者よ
汝の知を結実せん
真理を求めし魔導の力
“呪文教書”」
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今年の更新はこれで最後になります。
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