“違和感”
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私達はアッシュと別れた後、フィウーメの中心部に有るダンジョンの近くに来ていた。
その途中配下達から連絡が有り、レナが住民達の移動に成功したと伝えられた。
とは言え、崩落箇所が直った訳では無いので離れる事も出来ないが。
此処にはフィウーメの都市機能を維持する為の施設が有るらしく、ザグレフはそこで結界を操作しているそうだ。
「……妙だな」
暫く歩いていると、不意にアバゴーラがそう言った。
「……妙?」
「うむ。……ザグレフはクズだが頭は使える。少なくとも、手勢は控えさせていると思っておった。お主に対抗は出来ずとも、時間稼ぎや哨戒の役ぐらいなら出来るからな。しかし、ここに来るまで目立った妨害が無い。せいぜいスロヴェーン兵との散発的な遭遇だけじゃ。これではまるで──」
「“誘っている様だ”……か?」
「……うむ」
私の言葉に頷くアバゴーラ。
……確かに妙だ。龍王国の密偵であるザグレフなら、必要ならば本国から腕の立つ護衛ぐらい呼べた筈だ。
それに、思い返せばアイツの口振りは引っ掛かる。
「……」
「……ここで立っていても仕方あるまい。先へ行くべきでは?」
「……そうだな」
私はそう返すと、再び歩き始めた。
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「思ったよりも遅かったですねぇ?……バルドゥークさんのお土産、気に入って頂けましたか?」
私達が制御中枢に入ると、ザグレフがそう言って醜い笑みを浮かべた。
奴の背後には恐らく制御端末であろう黒い石柱と、それを囲む光壁が展開されていた。
アバゴーラはそれを見て顔を顰める。この手の魔法は知識も含めてさっぱりだが、相応に面倒な状態なのだろう。
「……土産?残念だったな。バルドゥークは私の弟子が倒した。ライラも無傷で救出している」
私はそう言いつつも周囲を警戒する。だが、視線察知にも強化嗅覚にも引っ掛かる物は無い。
私の探索系のスキルレベルを上回る隠密の使い手なら分からないが、恐らく手勢を控えさせている事は無い。
ザグレフは私の言葉に少しだけ不満そうに答える。
「……そうですか。あの間抜け……最後の最後で失敗るとは。貴方の吠え面が見れると期待していたのですがね」
「……クズとは言え、死んだ仲間に対する言葉がそれか?」
「ブフ!?ハハ!!ハッハッハッハ!!まさかまさか!!あんなゴミ、仲間では有りませんよ!アレはただの駒です。……臆病で、馬鹿で、そして腕が立つ。実に都合の良い駒でしたよ?まぁ、オルドーフさんは一応は同僚でしたがね」
ザグレフはそう言って芝居がかった仕草で顎に手を回す。
私は苛立ちから思わず拳に力が入るが、アバゴーラが小声でそれを嗜めた。
「……落ち着け。此処で奴と事を構えられては困る。此処はフィウーメの中枢だ。壊れれば修復には相当時間が必要になる。何とか別の場所に誘導して、そこで奴を仕留めるんじゃ」
「……分かった。だが、奴を乗せるには何か材料が必要だ。アバゴーラ、お前何か有るか?」
「……無いな。今更金で動く訳も無いじゃろうし、どうにか挑発でもして──」
「別に構いませんよ?」
「「!?」」
私達の会話にザグレフが割って入る。
私達は魔法での攻撃に対処出来る様に相応の距離をとっているし、施設の起動音も有る。普通に考えれば聞こえるとは思えない。
「……スキルでも使ったのか?」
「フフフ……。耳が良いだけですよ?それより、此処を離れるのは私も賛成です。私としても城壁結界の制御中枢を壊す訳には行きませんからね。一応、体面と言うものが有りますし」
「……体面、ね」
「ええ。この施設の城壁を隔てた向こう側に、ダンジョンへと続く広場が有ります。そこなら邪魔も入らず、そして壊れても支障は無い。そこで私と貴方の二人だけで決着を付けませんか?」
そう言って私を見るザグレフ。
私はその視線に、強い違和感を感じる。
「……」
「……提案としては悪くない。此奴の施した障壁は、術者が死ねば即座に解除される類いの物だ。儂が解けない事も無いが時間がかかる。崩れたターミナルの代わりを調整するのにも時間は必要だし、メリットは大きい」
私は頷くと、アバゴーラを残し、ザグレフと共に部屋から出た。
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