“決着その2”
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「……ッ!!」
バルドゥークが目を見開く。
ザグレフとバルドゥークは共に行動し、そして同じチームに所属する関係だ。それをアッシュが知らない訳が無い。
それを理解しているバルドゥークは、アッシュの言葉に困惑したのだ。
アッシュはそんなバルドゥークの様子を気にも止めず、更に続けた。
「……お前は救い様の無い糞野郎だ。反吐が出るくれぇのな。……だけど本当に凄い冒険者だとも思う。付き合いなんぞ腐れ縁しか無いけど、それでもお前の凄さは骨身に染みるくらいに分かった。……だから分からないんだ。お前がザグレフを殺さない理由が」
「……どうして俺がザグレフを……殺さなきゃならねぇ。仲間同士で殺し合いをする……意味があるのか?」
「……“仲間同士”なら無いだろうな。……だけど、お前とザグレフは仲間じゃ無いだろ?」
「……!」
バルドゥークは鋭い眼でアッシュを睨む。
「……師匠とお前がやり合った時、確かにザグレフはお前の事を助けた。……だけど、あの時のアイツのお前を見る目は、まるで石ころを見る様な目だった。死にかけたお前に対して、心配や同情はおろか、しくじった事への苛立ちすら無い様なな。そしてお前がザグレフを見る目も、絶対に仲間に向ける様な目じゃなかった。師匠や俺に向けるよりもずっと怒りと憎しみを込めた様な、そんな目だった。……だから分かったんだ。お前達が仲間じゃないって」
アッシュにとって仲間とはノートの村の住民達であり、そしてトカゲ達だ。
その関係に多少の打算や妥協は有れど、それだけでは決して無い。それが分かっているアッシュにとって、ザグレフとバルドゥークの関係は仲間と呼べる様なものには見えなかった。
それを聞いたバルドゥークは口角を上げる。
「クックック……良く見てんじゃねぇか……」
「否定しないんだな」
「……ああ。……俺とザグレフは……仲間なんかじゃねぇ……。野郎とやり合った時から……俺はあのスカした面に鉄槌をブチ込むと決めてんだ……!!……クックック……テメェらを殺したら……次はザグレフの番だ……!」
アッシュの言う通り、バルドゥークはザグレフの事を仲間だと思った事は一度も無い。
かつて戦い、そして敗れた時からずっと命を狙って来たのだった。
そして今、バルドゥークはトカゲとの戦闘を経て進化した。
その膂力は進化前を大きく上回り、もし仮にザグレフとやり合っても遅れを取る事は無い。
しかしそれでもザグレフは油断出来る相手では無い。このゴブリンとトカゲを殺し、更に進化を遂げてから余裕を持ってザグレフを殺す。
そうバルドゥークは考えていたのだ。
しかし──
「……なるほどな。そう言って自分を騙してる訳か」
「!?」
アッシュの言葉に口籠るバルドゥーク。
アッシュはそんなバルドゥークを哀れむ様に見ると、溜め息を一つ吐いて続けた。
「……ザグレフはかなり頭が良い。師匠程じゃねぇと思うけど、それでもこうやって師匠を出し抜いて見せた。そんな奴がお前の考えに気付いて無いだなんて本気で思ってんのか?」
「……黙れ」
「お前にライラを拐わせたのも、師匠を挑発させたのもザグレフだろう?あの時の戦いを見て、お前が師匠に勝てるだなんて思う様な馬鹿だとは思えない。師匠の足止めと、ついでにお前の処分。それがアイツの狙いなんじゃねぇのか?」
「黙れ」
「……そして、お前はそんな事に気付かない程馬鹿じゃない。だから俺を殺さなかった。そして、捨て駒にされて、ゴミみたいに扱われて、それでもザグレフの側に居るのは──」
アッシュはそこで区切ると、バルドゥークの目を見て続けた。
「……アイツに心底ビビってるからじゃねぇのか?」
「黙れェェェェェェッッッ!!」
──ゴウッッ!!──
振われる鉄槌。
アッシュはそれを大剣で受け止め、そして再び鍔迫り合いとなる。
「何を良い気になって語ってやがるッッ!!ザグレフは俺が殺す!!あの面をぐちゃぐちゃにして、ションベンをかけてやんだよッッッ!!俺がビビってるだ!?そんな訳ねぇだろうがッッ!!」
「ならさっさと殺せば良いだろッッ!!それが出来ねぇからテメェは此処に居るッッ!!テメェはそうしてずっと自分に言い訳してろッッ!!負け犬野郎ッッ!!」
アッシュの大剣がバルドゥークに向かって傾く。
押し込まれるバルドゥーク。
だがバルドゥークは鉄槌の柄を斜めに逸らし、後方に飛び跳ねる事で窮地から脱した。
「逃がすかよッッ!!」
そう言って再び距離を詰めようとするアッシュ。
しかしその時、アッシュの動きが止まる。
「踏みしだけッ!!
捻じ伏せろッッッ!!
蹂躙せし暴虐の力ッッッ!!
“狂獣闊歩”ッッッ!!」
「!?」
響く解号と共に、バルドゥークの身体を赤黒いオーラが包む。
しかし動きが戻ったアッシュは、そのままバルドゥークへと向かい大剣を振るった。
「“ハイスラッシュ”!!」
──ザシュッ!!──
アッシュの大剣がバルドゥークを大きく斬り裂く。
バルドゥークは鉄槌の柄でそれを抑えて致命傷を避けるが、それでも相当なダメージだ。
アッシュは更に力を込めてバルドゥークにトドメを刺そうとするが、大剣が動かない。
「……!?」
困惑するアッシュ。バルドゥークはそんなアッシュに憤怒の形相を見せると、怒りの咆哮を上げた。
「……最悪だ……テメェみてぇなガキ相手に……本気を出させられるなんてなァッッッ!!」
──ゴウッ!!──
バルドゥークが鉄槌を振り上げ、アッシュは大きく後ろに弾かれる。
二人は体勢を立て直して再び斬り結び、そしてまた鍔迫り合いになる。
先程と同じ状況。こうなればステータスが高いアッシュの方が有利になる。
しかし、今度は逆にアッシュが押し込まれた。
「なッ!?」
「……俺の覚醒解放、 “狂獣闊歩”は発動後は魔法が使えなくなるが、その代わりに受けたダメージと、そして与えたダメージに比例して自身のステータスを跳ね上げる。……分かるか!?テメェが俺にダメージを与える程俺は強くなり、そして俺がテメェを追い詰める程に俺は強くなるッッ!!テメェの欠陥だらけの覚醒解放とは格が違うんだよッッ!!」
「なんだその糞強い効果は!!だからわざと斬られた訳か!!」
「そうだッッ!!それが分かったならヒキガエルみてぇに潰れてろッッッ!!」
そう言って更に力を込めるバルドゥーク。鉄槌は徐々にアッシュに向かって傾く。
しかし──
「“ギガフレイム”!!」
「!?」
次の瞬間、至近距離からアッシュが魔法を放つ。
バルドゥークは慌てて上体を逸らすが、躱し切れずに左半身を大きく焼かれ、そして更にアッシュが脇腹へと斬撃を入れた。
決して浅くは無い。そのどちらも受けるべき攻撃では無かった。
しかしバルドゥークはそれに怯まず鉄槌の柄をアッシュへと打ち込み、アッシュを弾き飛ばした。
「ウオォォォォッッ!!」
バルドゥークが咆哮を上げてアッシュへと駆け出す。
「“多重敏捷性強化”ッッ!!“多重重強化”ッッ!!」
対するアッシュは魔法で更にステータスを強化し、それを迎え撃つ。
──ギィンッッ!!──
幾度と無く繰り広げられる剣戟。
火花と血が周囲に舞い散り、その度に両者を苦痛が襲う。
だが、二人は一切引かなかった。互いに相手を殺す事。それ以外を考えていなかったのだ。
互角の攻防。
しかし、それも長くは続かない。
「ウオォッッッ!!」
「!?」
──ガインッッ!!──
振り上げられた鉄槌に弾かれ、大きく後方に飛ばされるアッシュ。
何とか起き上がろうとするが、上手く立ち上がれない。
「くそッ……」
このままなら確実に死ぬ。
そう思ったアッシュだったが、終わりは中々訪れない。
不審に思いバルドゥークの方を見たアッシュだったが、その様子に納得した。
「……ハァ……ハァ……ッ」
バルドゥークが血溜まりの中で跪いていたのだ。
幾ら覚醒解放でステータスが上がろうとも、ダメージ自体が無効化される訳では無い。バルドゥークも、既に限界だった。
アッシュは身体を引き摺りどうにか立ち上がる。
そして、それに応える様にバルドゥークも立ち上がった。
「……随分とへばってるな……。ッ!……その様じゃザグレフどころか俺も殺せねぇんじゃねぇのか?」
「……何を寝言言ってやがる。……こんな擦り傷で……俺が沈む訳がねぇだろ……」
「……ははッ!」
「……クックック……」
二人は互いに笑う。お互いの限界を共に理解していたからだ。
暫く笑った後、バルドゥークは鉄槌の柄の先を両手で掴み、構えた。
「……これ以上テメェに……時間を掛けるつもりはねぇ……。……今度は加減無しに……捻り潰す……」
それを聞いたアッシュは、大剣を正面に構えて応える。
「……奇遇だな。俺もこれ以上お前とやり合うつもりはねぇ……。来いよ。“魔剣デカログス”の最強の一撃。今こそ見せてやる……」
数俊の間。
先に動いたのはバルドゥークだった。
「ウルラァァァァッッ!!」
高速で鉄槌を振り回し、加速するバルドゥーク。
そして、スキルを使い鉄槌を解き放つ。
「“多重投擲鎚”ッッ!!」
轟音と共にアッシュに向かう鉄槌。
多重投擲鎚は投擲鎚の上位スキルだ。
投擲した鉄槌にSTR補正を加えるもので、全力で放たれた時の威力は先程の比では無い。
しかし先程と同じく距離が有る為にアッシュは余裕を持って躱し、そしてスキルを発動させた。
「“喰らえ”。デカログス」
次の瞬間、アッシュの大剣から黒い炎が吹き上がる。
これは魔剣に込められたスキルの一つで、使用者の魔力を喰らい、それに応じた補正値を斬撃に加算する。
アッシュは全ての魔力を魔剣に注ぎ、バルドゥークを待った。
「“呼出”ッッ!!竜骨砕きッッ!!」
大きく弓形にしなるバルドゥーク。
そして、互いの最強の一撃が放たれる。
「戦神の鉄槌ァァァァァァッッ!!」
「“断ち切れ”ッッ!!デカログスッッッ!!」
──ゴウッッッ!!──
轟音と共に両者の武器が激しくぶつかり合い、火花を散らす。
だが、即座に決着が付く事は無い。両者の攻撃が極めて拮抗しており、ダメージ計算が繰り返されているのだ。
「ウォォォォッッ!!」
「ウラァァァァッッッ!!」
二人は咆哮を上げ、互いに力を込め続ける。
──そして、遂に拮抗が崩れた。
「!?」
アッシュの顔が驚愕に染まる。
バルドゥークの鉄槌がアッシュの魔剣を押し始めたのだ。
バルドゥークの覚醒解放、“狂獣闊歩”は、被ダメージと与ダメージで補正値が決まる。
その効果は発動中は継続し、この膠着状態で出血するバルドゥークのダメージが、僅かばかりステータスを底上げしたのだ。
「ウルラァァァァッッ!!」
──ギィンッッッ!!──
バルドゥークの鉄槌が、アッシュの魔剣を跳ね除ける。
それとほぼ同時に、互いのスキルが消えた。
「これで……終わりだァァァァァァッッッッ!!」
そのままアッシュの胴体に鉄槌を向かわせるバルドゥーク。
ステータス差は僅差だが、それでもここまで崩れた体勢からではアッシュがまともに剣を振るう事は出来ない。下手に防御した所で、その防御ごと崩せる。
勝利を確信し、口角を上げるバルドゥーク。
しかしその時、アッシュの顔を見たバルドゥークは困惑した。
──笑みを浮かべていたのだ。
アッシュが自分と同じく、勝利を確信した笑みを。
アッシュはそのまま口を開き、そして唱えた。
「──“追従せよ”デカログス」
──ゴオッッッ!!──
再び黒炎を纏う魔剣。
そして崩れた体勢のまま振るわれた魔剣は、バルドゥークの渾身の鉄槌を容易く弾き飛ばし、その命に突き立てられた。
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