“決着その1”
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「……う……あ……」
アッシュは混濁した意識のまま目を覚ました。
全身が痛み、身動きが取れない。
「……ぐっ……!」
周囲は暗く、目に映る物は瓦礫ばかりだ。
あの後、吹き飛ばされてそのまま背後に有った家屋を突き破ったのだろう。
「……ッ!」
そこで漸く意識がハッキリとして来る。
──自分はバルドゥークと戦っていた筈だ!
──盛大に失敗った!
──どのくらい時間が経った!?
──ライラは!?ナーロは!?
様々な事がアッシュの頭を駆け巡る。
このままジッとしている訳にはいかない。一刻も早くこの瓦礫から出なくては。
アッシュはそう思い、自分の身体を確認する。
「……グッ!?」
左腕に激しい痛みが走る。大楯を使用し、バルドゥークの攻撃を受けた左手だ。
何とか動かそうとするが、上手く動かない。恐らく折れている。
他の部位も痛みは有るものの、何とか動く事は出来る。大剣も手元に有った。
アッシュは確認を終えると、瓦礫を押し除けてそこから出ようとする。だが、瓦礫の多さと折れた左手が足を引っ張り、思うように出られない。すると──
──ガシッ──
誰かがアッシュの腕を掴んで、瓦礫の中から引き出そうとした。
そこでアッシュは理解した。師匠であるトカゲが助けに来たのだと。
そこまで時間は経っていないと思っていたが、どうやら予想以上に時間が経っていたらしい。
ライラとナーロは無事なのだろうか?師匠には最初にその事を──
「……良かった……殺したかと思ったぜ……」
「!!バルドゥー──」
──ゴウッ!!──
「グハッ!?」
地面に叩きつけられ、血を吐くアッシュ。
そう、アッシュを引き摺り出したのは、トカゲではなくバルドゥークだったのだ。
バルドゥークは痛みに悶えるアッシュに鷹揚な態度で近付いて来た。
「クックック……“戦神の鉄槌”。俺の使えるスキルの中では……最高威力の単一スキル技だ。……効果は……見ての通りだ。……さて──」
「グブッ!?」
バルドゥークはアッシュの両腕を踏み付け、そのまま腹部に腰を下ろす。
そして醜悪な笑みを浮かべると、アッシュに向かってこう告げた。
「何をするか……分かるよな……?」
「……ッ!!」
──ゴッ!──
バルドゥークは拳を振り上げ、アッシュを殴り付ける。
その威力はさして強くないが、それが自分を嬲る為なのだとアッシュは理解していた。
そして、バルドゥークはその感触を確かめた後、再びアッシュを殴り付けた。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
そしてバルドゥークはアッシュを殴り付ける度に愉悦に表情を歪める。
「グッ……!!」
「クハハハハハハッ!!良い様だなぁ!?……もう一つ……良い事を教えてやる。……どうやらテメェは……見捨てられたらしいぞ?」
「……ッ!」
それを聞いたアッシュは僅かに表情を歪める。
バルドゥークはその反応を見て心底楽しそうに笑った。
「クックック……。もう……約束の時間は……過ぎてる。……なのに……トカゲ野郎は……この場に居ねぇ……。……何故か分かるか?……野郎は……俺にビビって逃げたんだ!!……お前を……身代わりに寄越してなぁッ!!クハハッ!臆病者はどいつだ!?あぁ!?クハハハハハハッ!!」
そう言って再び狂った様に笑うバルドゥーク。アッシュはそれを見て、一言だけ言った。
「……テメェだよ」
──ゴスッ!!──
バルドゥークはアッシュの顔に拳を打ち込む。
そして、不機嫌そうに続けた。
「……状況も分からねぇのか……?テメェは……俺の機嫌を損ねりゃあ……死ぬ。それが分からない程馬鹿じゃねぇだろ……。ほら、命乞いでもして見せろ……。俺の気が……変わるかも知れねぇぞ……?」
「なら殺してみせろよ。臆病者」
「……!」
バルドゥークは再びアッシュの顔を殴り付けた。
「一々苛つく奴だ……!そんなに死にてぇなら……殺してやる……。だが、楽に死ねると思うなよ……?テメェは……生まれた事を後悔するぐれぇに苦しめて──」
「遅ぇよ師匠」
「!?」
アッシュの言葉に振り返るバルドゥーク。
しかしそこには誰も居ない。
「……嘘だよバーカ」
「……ッ!!」
バルドゥークは担がれた事に怒り、再び何度もアッシュの顔を殴り付ける。
「ぐッ……!!」
「はぁ……はぁ……。これでも……減らず口を叩けるか?……あ?」
「ぐはッ……!!……ぐッ……!!……やっぱりな……。だからお前は俺を殺さないんだ……」
「あぁ!?」
言葉の意図が分からず苛立つバルドゥーク。アッシュはそんなバルドゥークを冷めた目で見つめて続けた。
「……認めたくねぇけど、お前は凄い奴だ。力も技術も凄いし、スキルの使い方も上手い。それに、頭だって悪くない。……だから俺を殺さないんだろ?師匠が来た時に俺が死んでたら人質に使えないからな」
「……!」
アッシュの言葉に顔を顰めるバルドゥーク。アッシュは更に続けた。
「……お前にボコられて少し頭が冷めた。思い返したらお前は最初からずっと自分に有利な状況でしか動いてない。最初にやり合った時も女を盾にしてたし、師匠とやり合った時も、今も、人質を用意してから行動してる」
「……それは……テメェらが馬鹿なだけだろう?……自分に有利な状況を整えるのは……当たり前だ」
「……そうだな。それは師匠にも口酸っぱく言われてる。“付け入る隙があるならどんな手でも使え。そして、相手には使われると思え”ってな。……だけど、それとおんなじくれぇに言われてんだよ。“慎重さと臆病さの線引きを間違えるな”ってな。……そして、テメェのコレは唯の臆病だ」
──ゴッッッ!!──
再び振われるバルドゥークの拳。
「口だけは良く回るな……!だがテメェに何が出来る!?腕は折れ、全身ボロボロだ!!テメェはこのままゴミ屑みてぇに死ぬんだよッッ!!」
しかしアッシュは顔色一つ変えない。
「……気付かないのか?」
「あぁ!?」
「さっきからずっと俺の事を殴ってんのに、俺のダメージが薄い事にだよ。それと、“何が出来る”……か……」
アッシュはそこで区切ると、バルドゥークの目を見て続けた。
「──お前に勝てる」
──ゴウッ!!──
「!?」
次の瞬間、アッシュはバルドゥークを片手で払い退ける。
バルドゥークは体勢を立て直してすぐ様鉄槌を構えるが、その力強さに困惑する。
アッシュのステータスでは、バルドゥークの拘束を解く事など不可能な筈だった。
「テメェ……何で……!?」
「覚醒解放だよ」
「……!?」
「……俺の覚醒解放、“遅参英雄”は発動後十分間、全ステータスが75%まで低下する。そして、その間に取得した経験値に応じて一時的にステータスが跳ね上がるんだ。……お前が“戦神の鉄槌”とやらで俺を殺してたらこんな事にはならなかっただろうが、お前は師匠にビビって俺を殺さなかった。……お前の敗因はその臆病さだよ。バルドゥーク」
「……ッ!!」
バルドゥークがもし仮にアッシュを殺すつもりだったなら既に勝負は決していた。“戦神の鉄槌”をもう少しだけ深く打ち込めば、それで終わっていたのだから。
だがバルドゥークはトカゲが来た時の事を考え、アッシュを殺さない様に手加減をした。
それは、戦術としては正しい。
トカゲはアッシュの事を見捨てなかっただろうし、バルドゥークから見たトカゲは未だに油断出来る相手では無かったのだから。
しかし、その為にアッシュの遅参英雄は発動に成功した。瓦礫に埋もれ、発動までの時間を稼ぐ事が出来たのだ。
──そしてそれが、この戦いでのバルドゥークの最大の失敗だった。
「……舐めんなァァァッッッ!!」
バルドゥークは咆哮と共に鉄槌を振るう。
しかしアッシュはそれを片手で捌き、逆に斬り返す。何とか体勢を立て直して再度鉄槌を振るうバルドゥークだが、何度やってもアッシュは完全に受け切り、鍔迫り合いに持ち込まれた。
「……馬鹿なッ!この俺が……片手で抑えられるだと!?」
「……そうだな。“遅参英雄”でここまで強くなったのは俺も初めてだ。それだけお前との戦闘は俺にとって凄ぇ経験だったって事だろうよ」
「……図に……乗んなッッ!!」
──ゴッッ!!──
「グッ!?」
アッシュが苦痛に表情を歪める。
バルドゥークが鉄槌の柄を振り上げ、アッシュの折れた左腕に打ち込んだからだ。
バルドゥークはそのまま鉄槌を振り下ろすが、アッシュは右に逸れてそれを躱し、距離を取った。
「“エンチャントフレイム”」
「!?」
そして再びアッシュ大剣に炎が纏われる。
アッシュはそのままバルドゥークに向かって行き、大剣を振り下ろした。
「“ハイスラッシュ”!!」
──ザシュッ!!──
「……ッ!!」
バルドゥークが表情を歪める。
鉄槌で弾いて何とか軌道を逸らす事は出来たのだが、脇腹の一部を切り裂かれたのだ。
「……さっきは薄皮一枚だったが、今度は随分と深くなったな。次はその汚ねぇ面を縦に割ってやるよ」
「……」
アッシュはそう言ってバルドゥークを挑発する。
しかし、バルドゥークは逆にこの一撃で冷静さを取り戻していた。
「……ハッ……そのザマで良く言うな……」
「……」
アッシュの全身のあちこちから血が流れている。左手は完全に折れ、立っているのがやっとの様子だ。
脇腹に傷一つのバルドゥークと比べ、どちらがダメージが大きいかは火を見るよりも明らかだった。
「テメェは……戦神の鉄槌の衝撃波を……至近距離でくらってる。……加減したとは言え、中身も相当やられてる筈だ……。スキルだけでも押し切れそうなものを……態々魔法まで使ったのもその為だろう?明らかに勝負を急いでいる」
そう言われたアッシュは若干困った様子で答える。
「……腹が立つけど……その通りだ。正直言って……気合い入れなきゃ意識が飛びそうだ」
「クハハッ!!馬鹿かテメェ!!馬鹿正直に敵にそんな事を話すとはなッッ!!」
「……ああ。俺は馬鹿だからな。だから最後に一つだけ教えてくれないか?」
「良いぜぇ?命乞いは聞かねぇがな」
「……そうか。じゃあ聞かせてくれ」
アッシュはそう言うと、バルドゥークの目を見て続けた。
「なんでザグレフを殺さないんだ?」
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