“遅参英雄”
ーーーーーーー
──ライラはナーロの事が嫌いだ。
どのくらい嫌いかと言うと、ナーロと手を繋ぐか牛の糞に手を突っ込むかの二択を迫られた場合、躊躇なく頭から牛の糞にダイブするくらいに嫌いだ。
ライラとナーロの出会いは二年程前になる。
当時ライラは、父の仕事の上得意であるナーロのグインベリ業主会書記長就任一周年の祝賀会について来ていた。
本来ならそんな場所に呼ばれる様な立場には無いのだが、主催者のお気に入りの冒険者の娘だと言う事。
そして、そういったフォーマルな場に慣れていない父からの頼み。
更に金待ち・権力者が山ほど集まり、結婚相手を探すのに申し分の無い環境と言う条件が揃い、ライラはこうしてこの場に来たのだ。
当時のライラはまだ14歳で、大人として扱われるにはもう一年程足りないが、それでも既に抜きん出た容姿を持っており本人もそれを自覚していた。
“なんとしても有力者とコネを作り、最高の男を捕まえる”
そう意気込んでいたのだ。
しかし、結果は散々なものだった。
「ガッハッハ!美しいお嬢さんだのう?……幾らだ?ん?」
──死ね。
「ぼ、僕はこんな僕でも好きで居てくれる人を探してるんです!お金じゃなくて、僕を見てくれる人を!」
──それを何で初対面の私に言うの?それって自分の事を良く知っている人に言うんじゃないの?因みに今のところ金以外の魅力は感じない。
「……凄い人達ばかり寄ってくるね。どうだろう、このパーティーの間だけ恋人のフリをしない?僕も煩わしい女性が多くてね」
──まつ毛が長い。切れ。
無論口には出さないが、始終こんな調子でライラにとって“良い男”の基準に満たない男ばかりウヨウヨと言い寄って来たのだ。
ハッキリ言ってウンザリだ。
ライラは男性に対して選別的な思考をしている。だがそれは自分が尽くす相手を妥協したくないという思想の下に行われている。
飾りの様に扱われ、チヤホヤされるだけの女になるつもりは無い。愛する人を支え、そして尽くして添い遂げるのだ。
その為に相手は尊敬出来る相手でなければならない。
しかし現実は厳しい。この調子ではこの場に生涯の伴侶は居ないだろう。
「……はぁ……」
「んん?なんだライラ、良い男は居なかったのか?」
ライラが溜め息を吐くと、父であるバドーが嬉しそうに話しかけて来た。
「……居ないわよ」
「そうかそうか!!居ねぇか!!はっはっはっは!」
そう言って高笑いするバドー。
何がそんなに嬉しいのか。実の娘が婚活に困っているのに。
ライラの“伴侶”の基準の一つに、このバドーよりも総合的な評価が上というものが有る。
無論、凄腕で知られるAランク冒険者の父を腕っぷしで倒す事など期待していない。
容姿、経済力、社会的地位、人間性を総合的に評価し、それで父を超える事が出来れば良い。
しかし実際のところ父であるバドーはかなり高いハードルだ。
好みは別れるが、男らしくワイルドな風貌。
委託攻略による安定収入と、これまでに稼いで来た資産。
相応に切れる頭。
不躾だが家族想い。
客観的に見ても好条件だ。母が惚れるのも分かる。
ライラは口には出さないが父を尊敬していた。そして、そんな父を射止めた母も。
「……それで、何の用なの?ナーロさんと仕事の話をするんじゃなかったの?」
父は先程まで主催者であるナーロに呼ばれて仕事の話をしていた筈だ。まだスケイルノイズの他のメンバーはナーロの側に居るし、中座して来たのだろう。
ライラの問いにバドーは後頭部を撫でながら答える。
「……いやぁ〜、話の流れでライラの事を自慢したらよ。ナーロさんが興味を持っちまって連れて来てくれとか言い出してな……」
「はぁ!?折角他の人に気を取られてる隙に挨拶を済ませたのに、わざわざ自分で掘り返した訳!?アイツだけはマジで無理って言ったでしょ!?」
「いや、悪い!!でも上得意なんだ!!何とか付き合ってくれ!!後で何でも買ってあげるから!!」
「私が何言ってももう手遅れでしょ!!何も買わなくて良いし付き合ってあげるけど、この事で出る不利益は全部お父さんが責任とって対処してよ!!分かった!?」
「分かった!すまない!!」
そう言って頭を下げるバドー。
父は基本自分に甘いが、その分自分の事になると周りが見えなくなる所がある。
今回もどうせ綺麗所の話しから、私の自慢話を繋げたのだろう。
正直こういう所は本当にウンザリする。兄達と同じ様な扱いをしてくれた方がストレスが少ない筈だ。……とは言え、こうなれば仕方ない。
ライラは気を取り直し、ナーロの前に立つ。
「……ジャバザハット……」
「ん?何か言ったんだが?」
「いえ別に……」
しかしその容姿に、思わず昔読んだ絵本の怪物の名を口にしてしまう。
醜く弛んだ体。
引き延ばされてカエルの様になった顔。
まるでハムみたいな尻尾。
本当に最悪だ。連邦でも指折りの権力者だが、それを補って余りある程醜い。
彼を見たのは今日が初めてだったが、最初は蜥蜴人だとすら分からなかった。
喋り方もキモいし、見た目もキモいし、親のコネと権力で得た地位で偉ぶるし本当に最悪。
それがナーロに対する第一印象だった。
ナーロはライラの事を上から下まで見ると、イヤらしい笑みでこう言った。
「特別にお前の事を抱いてやっても良いんだが?」
──は?
ライラは一瞬ナーロが何を言っているのか分からなかった。
──この醜い豚が?
──この私に?
──抱いて……やっても良い?
「……すいません。物理的に無理です」
「……へっ?」
ライラの言葉に完全に惚けるナーロ。
そしてようやく言葉が飲み込めたのか、慌てた様子で続けた。
「ぼ、僕はナーロ・ウッシュ!!バトゥミの“商船王”バーロ・ウッシュの息子にして、グインベリ業主会の書記長なんだが!?」
「そうですか。それで?」
「それでって……!!」
ライラの言葉に戸惑うナーロ。
ライラはそんなナーロにとどめを刺す様に告げる。
「貴方の相手なんか絶対に嫌です」
「ぼ、僕を袖にするんだが!?」
「はい。その通りです。貴方の発言は初対面の女性に対して余りにも失礼です。まぁ、魔物ですから別に“女性を物の様に扱うな”なんて言いません。ですが“まだ自分の物になってない物”をぞんざいに扱うなんて、商人としての器が知れますね?それでは失礼します」
「〜〜〜〜〜ッッ!!」
顔を真っ赤にするナーロを尻目に、さっさと歩き出すライラ。
ナーロはそれを呼び止めようとするが、それよりも先に爆発する人物が居た。
「て、テメェ俺のライラに向かって何言ってんだ糞ゴミがぁぁぁァァァッッ!!」
「「「!?」」」
そう、父であるバドーだ。
そのままバドーはナーロに掴み掛かろうとするが、チームメンバーはそれを遮る。
「落ち着けバドー!!」
「バーロの旦那の息子だからって甘い顔してやってたが図に乗るんじゃねぇぞ糞がぁぁぁッッ!!ブチ殺す!!殺してやる!!」
「止める!バーロさんも居る!!恩義を忘れたの!?」
「うるせぇぇぇッッ!!それとこれとは別腹なんだよぉぉぉッッ!!」
「なにそれッッ!?」
騒然とする会場。尚もバドーは大暴れをし、仲間達を押し除けてナーロへと迫ろうとする。ナーロは腰を抜かして逃げ回り、警備まで動き出した。
思ったよりも大事になってしまったが、ナーロもこれで諦めるだろう。
その時のライラはそう思っていた。
ーーーーーーー
「……何よコレ!?」
「……すまん……」
そう言ってバドーは頭を下げる。
ライラの目の前には巨大なワイバーンの剥製が有った。
あの後、惨状を見兼ねたナーロの父であるバーロ・ウッシュが場を収めたのだが、バーロはライラとナーロのやり取りを見てライラをいたく気に入り、非公式ではあるが正式にナーロとの交際を申し込んで来たのだ。
どんな内容かは分からないが、父はバーロ氏に恩義があるらしく、その申し出を無碍には出来ず結局ライラに話が回って来た。
ライラは本人とバーロの前で、“本気で口説こうと思うなら自分の力で口説いて見せろ。一端の商人なら仕入れくらい自分でしろ”と啖呵を切り、何とかその場を凌いだのだが、次の日からプレゼントの猛攻を受ける事になってしまう。
それも何とかバドーに言付けて返させたのだが、今度はこれだ。
「なんでプレゼントを返しに行ってこんなの貰って来るのよ!?うちの何処にこれを置くの!?」
「い、いや、“うちの娘にあんな安物寄越すのか!!”って言い包めて返したんだけど、まさかこんなもん送って来るとは……」
「馬鹿なの!?」
「す、すまん……」
「〜〜ッッ!!」
思わず頭を抱えるライラ。良く見ると剥製の足に手紙が貼ってあった。
“今まで安物ばかり送ってすまなかったんだが。これは僕のコレクションの中で一番高価な物なんだが。これが僕が君に送れる最高のプレゼントなんだが”
「……どこが最高なのよ……」
ライラは項垂れるしかなかった。
その後、どうにかワイバーンも返す事に成功したライラ。“プレゼントは価値じゃなくて想いを込めるもの”と伝えたのも効いたのか、それ以降は高価な贈り物は無くなった。
とは言え愛のポエムだの手作りの花瓶だのが増え、ライラは貸し倉庫を借りる羽目になってしまった。無論、料金はバドー持ちだが。
その後もライラとナーロの関係は細く続く。
噂を聞き付けた他の有力者からのアプローチ等も増え、ライラとしてはメリットが無かった訳では無いが、それでもやはりナーロの印象は“物理的に無理”のままだ。
浮世離れした感性は合わないし、何より見た目が酷過ぎる。
父であるバーロはかなりの美丈夫なのに、何を間違えてこんな化け物になったのか。
ライラはナーロの事が嫌いだ。
求愛されるのは本当に迷惑だし、近くで呼吸されるのも嫌だし、視界に入るのも嫌だし、キモい手でこねくり回して作られた花瓶とか送って来るのもキツいし、ポエムを書いた紙に手汗で歪んだ跡が有るのもキツい。兎に角ひたすら嫌いだし、何だったら生きてるのも嫌いだ。
ライラはナーロが嫌いだ。
だから──
「……だからもう逃げて下さい!!ナーロさんッッ!!」
ライラは泣きながら絶叫する。
目の前にはボロボロになったナーロが横たわっていた。
服は破れ、所々鱗は剥がされ、尻尾は千切れ、腕は折れている。
しかしナーロはライラの言葉に首を振る。
「ふふ……愛しのライラちゃんのお願いだけど……それだけは聞けないんだが……グブッ!?」
「ナーロさんッッ!?」
バルドゥークに蹴り飛ばされ転がるナーロ。
バルドゥークはそんなナーロを見て笑う。
「クハハ……醜い豚だ……。残念だったなぁ?“愛しのライラちゃん”は……もう俺の物だ」
「ふ、ははは……。ば、馬鹿なんだが?お前……」
「……あ?」
ナーロはそう言うと、身体を引き摺り起こして必死に立ち上がる。
「……お、お前みたいな小物に出来るのは、せいぜい無理矢理ライラちゃんに迫る程度なんだが……。そんなもんで手に入るくらいの女なら、とっくにどうとでも出来てるんだが……」
「……無理矢理だろうが……何だろうが……手に入れれば同じだろう……。自分がヤれなかった負け惜しみか?」
「……違う」
「……違う?」
「僕は連邦でも指折りの権力者なんだが。評議員には入れて無いけど、それでも僕を軽視出来る奴は連邦には居ない。なんの後ろ盾も無い小娘一人、囲うだけなら簡単なんだが……」
「なら何故そうしなかった?」
「それだと僕の欲しい物が手に入らないんだが……!」
ナーロはそこで区切ると、息を深く吸い、そしてバルドゥークを睨み付けて言った。
「……ライラちゃんの最も美しい所は、顔やスタイルの良さなんかじゃない!!妥協も打算も許さない、その高潔な“心”なんだが!!それは体だけ手に入れたって絶対に手に入らない!!僕はナーロ・ウッシュ!!バーロ・ウッシュの息子にして、グインベリ業主会の書記長!!これまで本気で欲っした物で手に入らなかった物は何一つ無い!!そしてこれからも欲しい物は絶対に手に入れるッッ!!ライラちゃんの心を手にするのは絶対に僕なんだがッッ!!」
「……ッッ!!」
ライラの両目から涙が溢れる。
──ライラはナーロの事が嫌いだ。大嫌いだ。
首が太過ぎて無くなってるし、顔は引き延ばされてヒキガエルみたいだし、両腕は肉が余り過ぎて腕と言うよりか先端に五本の触手が付いてる別の生き物みたいだし、お腹はだるんだるんだ。
見た目だけでマイナス100点。他のスペックがどれだけ優れていても、それだけで恋愛対象にはならない。
ライラは男に妥協しない。生涯の伴侶には、見た目も中身も完璧を求める。
片方がどれだけ良くても、それは揺るがない。
揺るがない、筈なのに。
「……いい加減……うぜぇッッ!!」
「グブッ!?」
再び蹴り飛ばされ、地面に転がるナーロ。
バルドゥークはナーロに近付き、鉄槌を大きく上段に構える。
「意味わかんねぇ事ベラベラ並べやがって……どの道これで……テメェは終わりだッッ!!」
振り下ろされる鉄槌。
「!ま、待って──」
ライラはバルドゥークを止めようと声を出した。だが、間に合わない。
思わず目を閉じてしまうライラ。
しかしその瞬間、その場の三人の動きが止まる。
そして──
「力の灯火よ!!
歩みを糧とし大火と成れ!!
覚醒の力!!
“遅参英雄”!!」
「「「!?」」」
響く解号。
ライラは声の聞こえた方向を見る。
そこには、こちらに向かって走るアッシュの姿が有った。
「チッ!……“解放硬直”か!……だが、そこからじゃ間に合わねぇ!!」
そう言って再び鉄槌を振り上げるバルドゥーク。
しかしアッシュはそれが振り下ろされるよりも早く剣を構え、そして吠えた。
「“吠えよ!!”デカログスッッ!!」
──ゴウッッ!!──
「!?」
迫る衝撃波を交差させた両腕で受けるバルドゥーク。
そして振り下ろされた剣を鉄槌の柄で受け止め、アッシュを睨み付けた。
「……あのゴミの魔剣か……。奇襲を狙ってた様だが……バレバレだったぜ?……それに残念だったな?テメェの攻撃じゃ身動ぎ一つしねぇ……」
「そうだな。だけど後ろ見てみろよ。テメェは動かなくても、ナーロは吹っ飛ばされてるぜ?」
「……!」
バルドゥークは後ろを一瞥し、憤怒に表情を染める。
そう、アッシュの先程の一撃は、ナーロを救う為のものだったのだ。
「……舐めた真似しやがって……挽き肉にしてやるッッ!!」
「やってみろやクソ野郎ッッ!!」
ーーーーーーー




