“もう一度”
ーーーーーー
『“質問”と“頼みたい事”?』
「ああ。先ず質問だが、レナの変身能力はレナ以外の対象にも使用可能か?」
『……ええ。一応ね。でも、どうして?』
「良かった。実は私の手駒の一人をレナに変えて欲しいんだ」
『……“頼みたい事”ってそれ?』
「ああ。私は恐らく龍王国に連行される。そしてそれを防ぐ為にレナを動かすと連中は想定している筈だ。多分だが、私を回収しに来たレナを私に使っている結界と同様のもので確保するつもりだと思う。それを逆に利用して、私の手駒を忍ばせる」
『……成る程ね。でもどうしてそんな真似を?』
「プレゼンだ。さっきも言った“交渉の手札”だが、私は“私の群れの連邦への加盟”を交渉材料にするつもりだ。宗主国としてでは無く、一国家として平等な条件でな。……ここ数ヶ月で色々と分かったが、私達の勢力は条件付きだが魔界でも上位の戦力だと推測出来る。レグナートの死がほぼ避けられない現状、戦力に不安の有る連邦は下手をしなくともバラバラに周辺の列強に飲まれる事になるだろう。だが、それを防ぎ独立と自治を保てる戦力が対等な立場で連邦に加盟するのはアバゴーラにとってもかなりのメリットがある。黒豹の連中が動くならこのタイミングしか無いし、それを私達が叩き潰す事でその有用性をアバゴーラに見せ付ける」
『……“条件付き”の条件って?』
「うん。森全体の統一。でもまだ全然統一出来てないの。今で良くて六分の一くらい」
『……びっくりする程の“獲らぬ狸”ぶりね』
「否定はしない。だが不可能だとは思っていない。私達ならそれが可能だ……」
『急にテンション変えるの止めてくれる?……まぁ良いわ。それでその手駒って?』
ーーーーーー
「……」
「……」
オルカルードと私は互いに無言で睨み合う。
オルドーフを殺したし、口では今の時点での敵対は避けると言っていたが、正直言って信用は出来ない。
他のオーク達と違い、コイツは死んでも私の配下にはならないと確信出来る。
しかしそれでも戦力的に極めて有用な為、命令回数をケチりつつ従えて来たのだが、今回はそれが仇となった。
……コイツには“支配を解除しない・させない”ってのを組み込んで無かったのだ……。命令回数が勿体無くて……グスン。
まぁ、過ぎた事は仕方ない。
今はコイツをどうするか……。
私がそんな事を考えていると、仕込んでいた手駒が追い付いて来た。
『グルォォォッッ!!』
『キュイィィッッ!!』
「「「!?」」」
黒豹達が騒めきながら空を見上げる。
そこに居るのは二匹のグリフォン。……そう、あの時の二匹だ。
二匹は息吹で連中を牽制しつつ、急降下して来る。
そして、その背中から三人のオーク達が降りて来た。
「ゲヒャヒャヒャ!!若様!!お待たせしました!!」
「すいません。グリフォンの速度が思ったよりも遅く、少し遅れました」
「この失態は働きにて雪がせて頂きます」
そう言ってオルカルードに膝をつく三人。
呼んだの私だよ?まぁ良いけど。
私はグリフォンと視覚を共有し、一定の距離を置いて追跡させていたのだ。
黒豹の連中に気付かれない様にスキルの効果範囲ギリギリで追跡させていたので時間的なロスが有ったが、こうして合流出来た以上問題は無い。
「……殺せ。この場に居る黒豹戦士団を一人残らずな」
「「「ハッ!!」」」
オルカルードの言葉に従い、黒豹達に襲い掛かる三人。連中も応戦するが、勝負にすらなっていない。その内全滅するだろう。
オルカルードはその様子を少し見た後、私に向き直り徐に口を開いた。
「……取り引きがしたい」
「取り引き?」
「この騒乱が収まった暁には我が配下達の支配を解け」
「!!」
こ、この野郎……!
足元見やがって!!
あの三人は全員将軍級に進化しており、尚且つ名前まで授かっている。
戦力的にも手放す気にはなれないし、手放してコイツと共謀されたらたまったものでは無い。それくらいなら殺した方がまだマシだ。
……まぁ良い。取り敢えず了承したフリをしといて、後でどうにかしよう。
「……分かった。善処しよう」
そう言って返した私だったが、オルカルードは更に続けた。
「妹に誓え」
「はぁ!?」
「……貴様の二匹の妹に解放を誓え。でなければそこで呆然としている亀を殺す」
「〜〜〜ッッ!!」
こ、こ、こ、このクソ野郎!!
言うに事書いて妹達に誓えだと!?しかもアバゴーラを殺す!?いっちゃん痛いとこばっかりやんけッッ!!
オルカルードは勝ち誇った顔で私を見ている。私がどう答えるか分かっているからだろう。
……妹に誓う以上、私はこの契約を破棄出来ない。
「……分かった。妹達に誓って解放する」
「……契約成立だな」
「ただし──」
私はそこで区切ると、オルカルードの目を見て続ける。
「お前も黒南風に誓え。“黒竜の森の騒乱が収まるまで私と事を構えない”と。黒南風は私に子供達を頼むと託して逝った。お前が私と敵対する事で、アペティの最期の願いが遠退くのはお前も望んでいない筈だ」
「……要求が増えていないか?我はフィウーメでの騒乱にしか言及していないが」
「分かっている。だから報酬も増やそう。私はオーク達全員の解放を妹達に誓おう。お前にとってこれ以上の報酬は無い筈だ。それとも、これでもアペティには誓えないのか?」
「……」
オルカルードは黙って私の目を見る。
そして深い溜息をつくと、再び私の目を見た。
「……誓おう。黒南風の名に於いて」
「“忠節大義”」
「!」
オルカルードが驚いた顔で此方を見る。
先程の私の言葉は支配の解除呪文であり、私が奴の配下達を解放したと理解した様だ。恐らくアペティから聞かされていたのだろう。
「……前払いだ。黒南風の名に唾を吐くなよ?」
「……是非も無い。貴様も違えるなよ」
そう言うとオルカルードも戦闘……もとい虐殺へと加わった。まぁ、数分で終わるだろう。
……さて、残る問題も中々大きいな……。
私はアーケオスの死体を抱いたアバゴーラへと近付く。
泣き腫らしたのか、その目は少し赤くなっていた。
「……少しは落ち着いたか?」
私はそう言ってアバゴーラに話し掛ける。
「……」
しかしアバゴーラから返事は無い。
無理も無い。今日だけで奴は色々失い過ぎた。
フィウーメ、地位と信用、そして息子。
その何れもが奴にとって失い難い物で、そして全て溢れていった。
とは言え、このまま腑抜けられていても困る。
「資本主義社会」
「……!」
アバゴーラの身体が若干ピクつく。
まだそれ以外の反応は無いが、私は更に続けた。
「それがお前の野望だろう?……連邦の住民や周辺国家の連中にはお前は聖人君子の様に思われている。まぁ、何も知らない連中から見ればお前は独占出来る筈の富と知識をばら撒いているんだ。そう見えるのも仕方ない事だろう。だが、私から見れば違う。お前のやり方は超長期的なスパンで考えられた魔物社会の資本主義化だ。民は肥え、知識も高まり、国は豊かになる。そして事実周辺国家もその恩恵を受け、どんどんと発展して行った。……連邦とお前無しではそれを維持出来なくなる程にな」
私がフィウーメに来て一番驚いたのは、その高い文明と文化レベル。そして、アバゴーラの底知れぬ野心だ。
弱肉強食のこの世界で、経済の力を使い、圧倒的な暴力に抗う。
それは、目に見える英雄譚よりも遥かに難しく、そしてどんな魔王よりも貪欲に見えた。
「……お前は剣と魔法のこの世界で、“価値観”を武器にして世界を支配しようとした。そして、それは半ば叶う所まで来ている。ここでそれを捨てるのか?……私と手を組めアバゴーラ。世界の半分をお前にやろう」
アバゴーラは此方を振り向く。そして、私の目を見て軽く笑った。
「……フッ。ここに至っても本気でそんな事を言うとはな……。……貴様が何者なのかずっと引っかかっておったが、漸く分かった。……貴様、転生者だな?」
「!?」
アバゴーラの言葉に驚愕する私。
アバゴーラはそのまま続ける。
「……かつて儂の秘書官だった男が貴様と同じく転生者だった。なんと言ったか……“ステイツのシカゴ”とか言う都市で金貸しをしていたそうだ。儂は其奴から経済を学び、それを“力”としたのだ。……“資本主義社会”なんぞ其奴からしか聞いた事が無い」
……成る程。妙にアバゴーラの考え方が近代的な訳だ。
時系列的におかしい気もするが、恐らく神々にとって時間なんて概念は容易く干渉出来る物なのだろう。
……しかしまさか私が転生者だとバレるとは……。
アバゴーラはアーケオスの死体を一撫ですると、静かに続けた。
「……だが、もうどうでも良い事だ。儂の野望はこれまでだ。……どの道今回の件で儂の未来は絶たれておる。後は静かに死を待つさ」
「……息子が死んでショックなのは理解出来る。だが──」
「息子では無い」
「!?」
アバゴーラの言葉に意味が分からず困惑する私。
アバゴーラは更に続ける。
「……儂は種無しなんじゃ。子供の時分に大病を患い、そこから子を作る事が出来んくなった」
「!?……だが、お前には四人の息子と二人の娘がいる筈だろう?息子は全員死んでいるらしいが……」
「政略結婚と取り引きの結果じゃ。体裁として必要だからそうしたまでで、全員儂の種では無い。息子供は使えん奴等ばかりで処分したがな……」
そう言って乾いた笑いを見せるアバゴーラ。その顔には覇気は無く、連邦の長にはまるで見えない。
「……何故それをアーケオスに伝えなかった?」
「……あの状況でそれを此奴が信じたと思うか?苦し紛れの言い訳にしか思うまいて。それに──」
アバゴーラはアーケオスに視線を下ろす。
「……此奴の母と恋仲であった事は事実じゃ。エレナは賢く、そして野心的な女じゃった。自分の武器を良く理解しており、それを使うのに長けておった。……じゃから愛人以上の地位を欲しがったのじゃろうな。“子を授かった”と聞いて激昂した儂に、真顔で“貴方の子です”と言っておったわ。本当に大した女じゃった……」
「……個人的にはクソ女だと思うんだが……」
「ハハッ!儂もそう思っとったわ」
アバゴーラはそう言って笑う。
「……じゃが、不思議と嫌いにはなれなんだ。他にも男は居ったんじゃろうが、儂に心底惚れとったとも思っとったしの。じゃから儂はあの手紙を受け取った時、直ぐにエレナの下に向かった」
「!?ならどうして!?」
「……単純な配送ミスじゃ。他の荷や手紙に紛れて上手く送れなかったのじゃろう。儂が闘技都市に行った時にはその手紙から一年が過ぎとって、書かれた住所には既にエレナ達は居らんかった。そしてそこの住民に二人とも死んだと聞かされ儂もそれを信じた。……その帰りじゃ。アーケオスに会ったのはな」
「……!」
「初めて会った時は気紛れに拾っただけじゃった。エレナの息子とは思わず、ただの浮浪者のガキを拾ったつもりだった。じゃが、此奴は優秀でな。見る間に知恵を付け、術を身につけ、気付けば儂の右腕になっておった。使えん息子共とは比べ物にならん程じゃった……」
アバゴーラはそう言ってアーケオスの死体を撫でる。
「……じゃが、その結果がコレじゃ。此奴に知識と術を授けたばかりに儂は全てを失った。……こんな事なら拾うんじゃなかったかのぅ?」
「……問題は拾った事では無いだろう。その後の立ち回りとフォローが下手過ぎたからだ。大体、お前は嘘を見破るスキルを持っているのだろう?それをコイツに使っていれば今回の事は防げた筈だ」
「……賢しいの。気付いておったのか。じゃが、儂のスキルはそこまで強力なモノでは無い。アクティブスキルじゃし、直近の発言に嘘が含まれてるかどうかが分かるだけで何処が嘘だったか迄は分からん。ザグレフの様に始終嘘を付いてる様な奴には効果は無いし、発言の内容を対象が真実だと認識しておれば意味は無い」
「それを補うだけの経験は有っただろう?それに、四六時中一緒にいる相手なら確度も段違いだった筈だ。何故アーケオスに使わなかった?」
「……確かに。何故儂は使わなかったんじゃ……?」
心底不思議そうに空を見上げるアバゴーラ。
惚けている訳では無い。本気で理解出来ていない様に見える。
そして──
「ふ、ハハッ!ハハハハハ!!こりゃ傑作じゃ!!ハハハハハ!!」
何かに気付いたアバゴーラはそう言って笑い出した。
「……何がおかしい?」
「ハハッ……だってそうじゃろう?この儂が──」
「……!」
「……此奴にだけは、スキルを使った会話をしたく無かっただなんてな……ハハッハハハハハ……ッッ」
そう言ったアバゴーラの両目からは、涙が溢れている。
アバゴーラはそのままアーケオスを強く抱きしめて蹲った。
……アバゴーラはアーケオスを“息子では無い”と言った。
そして事実アバゴーラとアーケオスは親子関係には無いのだろう。
しかし、この光景を見た者ならば誰一人としてそんな印象を抱かない筈だ。
──アバゴーラとアーケオスは、間違い無く“父”と、そして“息子”だったのだ。
「……アバゴーラ。お前とアーケオスがどんな関係だったとしても、ソイツがした事は許せる様な事じゃない」
「……じゃろうな」
「アーケオスはお前に対する不信と怒りだけでフィウーメを危機に晒している。数万を超える住民達は、お前達の下らない親子喧嘩に無理矢理付き合わされているんだ」
「……知っておるわい」
「お前も、お前の息子も、どちらも私の目的を台無しにしてくれた糞ったれだ。お陰で頭を抱える羽目になった」
「……貴様も大概自分本位じゃな。まぁそれでこそ魔物だが……」
「──その上で、もう一度言おう」
私がそう言うと、アバゴーラは顔を上げて此方を見る。
「私の部下になれアバゴーラ。私にはお前の力が必要だ。私の部下になれば、世界の半分をくれてやる。そして──」
私はそこで区切ると、アバゴーラの両目をしっかりと見て続けた。
「……ザグレフを苦痛と絶望の内に殺してやる」
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