“魔導兵装”
ーーーーーー
「ザグレフッ!」
「ゴホッ!……ええ。“解析”」
ザグレフのロッドが光りを放ち、レナを包み込む。
そして暫くして光りが収まると、ザグレフはアバゴーラに向かって言った。
「“レナ・ツー・ベルナール”。“状態異常:支配”。ゴホッ!……スキルの詳細までは分かりませんが、強制系に属するスキルなのは間違い有りません」
予想通り、ナーロに使っていた解析魔法か。使えたら便利そうだ。
「……貴様、どういうつもりだ……!」
アバゴーラがそう言って私を睨みつけて来る。
まぁ、混乱するのも無理は無いだろう。とは言え本心を話すつもり等無い。
私は口角を上げて返す。
「無論、悪巧みだ。私達は最初からこの予定で動いていたからな」
「……」
私の言葉に更に視線を鋭くするアバゴーラ。私はそれに気付かないフリをしてレナの方向を向く。
「……私の為に良く来てくれた。お前の忠節に感謝するぞ?」
「黙れ。誰が貴様なぞに忠節を尽くすものか。これ以上ふざけたことをぬかせば今すぐにでも縊り殺すぞ」
そう言って私に殺意を向けるレナ。アバゴーラはレナの目をジッと見て、アーケオスに向かって小声でこう言った。
「……嘘は言っておらん。この者が此処に居るのは本意では無い。昨晩あやつに動きは有ったか?」
「いえ……。始終痛みに悶えていました。手足も痙攣していましたし、それ以外の動きは何も……」
分からないのは仕方がないが、それが連絡手段なんだよなぁ。みつを。
口元を隠さずに話しているのはやはり私が失明してると思っているからだろう。
お陰で薄く聞こえる声と口元の動きで何を言ってるかが容易く理解出来た。
……しかし、“嘘は言っておらん”……か……。
今までは奴の言葉通りに経験則からの判断だと思っていたが、それにしては随分と信頼度が高い様にも思える。
もしかしたら相手の嘘を見破る効果を持つユニークスキルなのかも知れない。
発動条件があるとしたら“相手の目を見る事”が有力だな。
私の時と今とで共通しているのはそこだし、視線には注意しておいた方が良いかも知れない。
私がそんな事を考えていると、アーケオスがアバゴーラに向かって聞いた。
「……どうなさいますか?現状が奴の思惑通りなら、それに乗るのは……。せめて目的を聞き出されては?」
「……」
アバゴーラは目を閉じ、少しだけ考えを整理している。そして再び目を開くと、アーケオスにこう言った。
「……時間が足りん。予定通りに出る。目的は獣車の中で聞き出そう。……留守は任せたぞ。アーケオス」
ーーーーーー
その後、レナと私はアバゴーラと同じ獣車に乗せられ、フィウーメから離れた。
因みにアッシュはナーロの護衛の為と言って残して来ている。
アバゴーラの一団は、六台の獣車で商隊を装い、黒豹戦士団はその護衛に偽装している。
と言っても、実際のところ黒豹戦士団の外見は何が変わったのか分からない。
どっからどう見ても堅気には見えない。ただの強盗団にしか見えない。まぁ、護衛と言う意味なら誰も襲って来そうには無いが……。
しかし──
「……」
「……」
「……」
──気不味い。
乗ってから半日程経つが、全員ずっと無言のままなのだ。
てっきりアバゴーラは獣車に乗ったら怒涛の質問ラッシュをして来ると思っていたのだが、それは無くジッと此方を見てるだけ。
レナは完全にソッポを向き、背中から憎悪と殺意を向けて来る。
まぁ、それも仕方のない事だが、そうは言っても気不味いものは気不味い。
「……そろそろか……」
「?」
私がそんな事を考えていると、不意にアバゴーラがそう口にした。
その直後──
──パァッ──
「!?」
私の体が光りを放ち、全身の負傷が完全に回復した。
「なっ!?」
突然の事に驚く私。
その様子を見たアバゴーラが口を開ける。
「……初めての様だな。それが“復活薬”の効果だ。その場凌ぎのポーションとは違い、内臓器官まで完全に回復させる効果が有る。その分効果の発動まで時間がかかる上に、破格の値段が付くがな。……もう目を開けても大丈夫の筈だ」
「……」
私はその言葉に従い、雑に巻かれた包帯を解く。
成る程、昨晩アーケオスにかけられた消毒液らしきものは“復活薬”とか言うポーションの上位互換品だった訳か。
通りで雑な手当てだった訳だ。ほって置いたら完治するんだし、別にそこに労力を割く必要は無い。
「……さて、何から話すべきか……」
アバゴーラはそう言って顎を摩る。
まぁ、そうは言っても聞きたい事は限られるだろう。
アバゴーラは暫くそうした後、思い付いた様に私に聞いた。
「……お前の目的はなんだ?」
「言っただろう?貴様を支配下に置く事だ」
「それは知っておる。しかし、それだけではあるまい?貴様が時折り通っておる“鍛治師のモーガン”は最近妙な仕事を他の工房に振っておる。粗雑な作りの刃を渡し、長柄に付けると言う雑な鍛治仕事をな。幾つか面倒な手順を踏み、別々の依頼人からの依頼という形にしてあるが依頼内容は明らかに同一のものだ。そしてその総数は1000件近くになる。明らかに一個連隊クラスの戦力が想定出来る依頼だ」
流石にそのくらいは調べるか。まぁ、予想通りだが。
取り敢えず私はシラを切ってみる。
「そうか。それは景気の良い話だな。だが、私は無関係だ。たまたまそんな依頼が入っただけだろう?」
「……嘘だな。その依頼は貴様がギルドに登録した当日に振り分け始められている。それに支払いもナーロの息がかかった商会が行なっていた。それで無関係とは考えられまい?」
「……フッ」
私は息を吐くと同時に肩を竦める。分かりやすい“降参”のポーズだ。
ただ、私がこんなバレバレの嘘を付いたのには理由がある。
それは、アバゴーラのスキルを検証する為だ。
アバゴーラの言う通り、“復活薬”とか言う薬はかなりの効果が有った。
ある程度ボロボロじゃないと不自然かと思い、程々に回復した所で高位再生能力を抑えていたのだが、問答無用でその全てが回復した。
この効果を考えるに、確かにその価値は軽んじれるものではないのだろう。
──しかし、それが引っかかった。
私を運ぶのなら、ザグレフの言った通り負傷させておいた方が都合が良かった筈だ。
確かに死なない様に加減するのは相応に難しいだろうが、アバゴーラの権力ならその程度は容易い。
にも関わらず、“失明からの回復”と言う交渉材料を切り捨ててまで回復させるのは、奴にとって旨味のある話とは思えなかった。
だが、それが奴のスキルの使用条件に必要ならば理解出来る。
奴は発言の後、私の目を注視していた。
自然な流れではあるが、私の視線察知には奴の視線の動きが、必ず目を見れる位置に動いているのが感じ取れたのだ。
それに獣車に入る前にも考えていたが、レナの時と私の時とで“相手が発言した後にその目を見る”という行動が一致しているし、もし仮にスキルなのだとしたらやはりそれが条件なのだと考えられる。
……そして、それなら私の目を回復させたのも、回復するまで会話が無かった事も納得出来るのだ。
──目が見えなければ、スキルは使えないのだから。
「……それで、それが事実だとしてどうするんだ?」
「無論モーガンを捕縛し、長柄の槍も押収する。連邦では申請無しの軍事規模の武器取引を認めていない。相応の刑罰を与える事になるだろうな」
「そうか。ならばその前にモーガン達を連れて帰るとしよう。有能な人材は幾ら居ても助かるし、丁度良い」
「……」
アバゴーラは再び私の目をジッと見つめる。この言葉に嘘は無い。モーガン達は嫌がるかも知れないが、最悪連れ帰るだけの手筈は整えていた。
「……フッ。冗談だ。“魔剣鍛治師のモーガン”は鍛治職人達の顔役だ。多少の事で目くじらは立てんさ」
そう言って顎を撫でるアバゴーラ。
嘘だな。私の反応を見て方針を変えたのだろう。
アバゴーラは再び口を開く。
「……だが、貴様がそう遠くない未来に相応の規模で事を構えようとしているのは事実の筈だ。武装の事だけで無く、食料や人材を集めているのも把握出来ておる。クーデターか建国か、はたまた国家規模での侵略か……。貴様が望む物は個が望む物としては途轍もなく大きなものだ」
「……そうだな。それ自体は否定しない」
「──ならば、儂がその後ろ盾となろう」
アバゴーラはそう言って私をジッと見つめる。
……どうやらこっちが本命らしい。
「……フン。前と言ってる事がさして変わらない。“報酬”が“後ろ盾”に変わっただけだろう?」
「確かにな。受け取り様にも寄るが、さして変わらないとも言える。……だが、言葉の重みは全く違う。ただ金や地位をくれてやると言う話では無く、貴様の行動の全てを、連邦議長の儂が肯定すると言っているのだ。……この意味が分からん貴様でも有るまい?」
「……」
「……儂を部下にしようとした貴様の事だ。この申し出が不快なのは理解出来る。……だが、“どちらが上か”などと言う些事な関係は相対的に移ろうものだ。この関係が永遠に続く訳でも無い。今はこの申し出を受け、そして改めて儂を手懐けて見せれば良いのでは無いか?……貴様にそれだけの器が有るのなら、それは容易い事の筈だ」
そう言って葉巻へと手を伸ばすアバゴーラ。私は黙ってその様子を見る。
──正直、悪くない。
昨晩は酒に飲まれてイキり散らしたが、冷静になって考えればメリットはかなり大きい。
アバゴーラは周辺国家の物流を実質的に支配している。
そのアバゴーラが後ろ盾となれば、その流通経路が使用可能となり、黒竜の森を統一することも、そして統一後の統治に関しても極めて有利になる。
それに“支配”は抜け道の有るスキルだ。
命令に従いさえすればそれ以外の行動は制限出来ず、そしてその命令さえも解釈の違いや過程を変える事で術者の意図しない結果を招く事が出来る。
事実私達やあの将軍級のオークもその特性利用して黒南風を出し抜いたのだから。
無論、それを防ぐためにアバゴーラへの命令は徹底的に詳細なものにするつもりだったが、アバゴーラ自身が率先して私の目的を補助するのならばその必要も無くなる。
しかし──
「……随分と追い詰められている様だな。そこまでしてレグナートを生かしたいか……」
アバゴーラの申し出は奴にとって相当なリスクの有る内容だ。
私自身は相応の能力を持っているつもりだが、現状はこの広い魔界に於いて只の有象無象の一人に過ぎない。
少なくとも、“かのドン・アバゴーラ”が投資先として選べるだけの土壌は無いと断言出来る。
だが、アバゴーラはそれを押し切ってでも“公的に支援する”と言った。
目先の損失に目をつむり、先々の利益を望んだのだろう。
──と、そう思った私だったが、次いで放たれたアバゴーラの言葉に驚愕する事になった。
「……知っておったのか。いや、知らされたのか?まぁ……どちらでも良い。その通りだ。今レグナート殿に死なれるのは困る。レグナート殿は一国の王と言うだけで無く、魔界を束ねる盟主たり得る方だ。先頃の人間供の侵攻は退ける事が出来たが、アレは言ってみれば先発隊の様なものに過ぎんだろう。……人間供が作り出した“魔導兵装”とか言うオモチャはそれだけの力を持っていた。その力を見せ付けられたスロヴェーンは退路を求めて連邦の領地と富を狙い、そしてスロヴェーンがそれを手にする事を嫌う列強もまた連邦を狙いだしておる。……馬鹿な話だ。それを最も喜ぶのは薄汚い人間供だと言うのに、魔物同士で殺し合おうとしておる。それを諌め、まとめ得る方はレグナート殿以外には居らん。魔界を救う為にはレグナート殿に生きていて貰わねばならんのだ」
「……ッ!!」
コイツ……私欲だけで動いていた訳じゃないのか……!!
それに……“魔導兵装”だと……!?んな話レナもしてなかったぞ……!!
「……どうした?驚いた顔をして」
「!」
私が新しい情報に混乱していると、アバゴーラがそう言って話しかけて来た。
咄嗟の事で顔が作れず、アバゴーラにそれを見透かされてしまう。
「……フッ。情報規制はされておるが、当然知っておるものと思っておったのだがな。……“魔導兵装”は人間供が使う魔術が込められた鎧だ。スロヴェーンとの戦で100体程投入されておったが、その100体にかなりの戦力が削られておる。あの戦は“魔導兵装”を背景として一部の王侯貴族が暴走して起こした戦争なのだ」
「……それ程の物なのか……」
「少なくとも儂は驚異だと感じた。そしてスロヴェーン王も同様だろう。確かに強い魔物ならば倒す事は容易だが、問題は魔導兵装を使っているのが只の雑兵だと言う事だ。もし仮にアレが一般兵全員に渡っていればあの戦の勝敗は逆のものになっておった筈だ。そして次の侵攻ではそれが現実のものになるやも知れん。……それを作り出したのが、あの“千見のゲオルグ”の孫だと言うのも皮肉な話だがな……」
そこまで言って葉巻に火をつけるアバゴーラ。
……想定してたよりもずっと厄介な状況だ。ここで“トーマ様”か……。
私のこれまでの計画は、全て魔界が安定している事を前提としていた。
スロヴェーンと人間供との戦争が終わり、領土意欲を増した列強達が動き出す。
そこに食い込み貪る事で、魔界掌握の足掛かりを作るつもりだったのだ。
──だが、アバゴーラの口振りは違う。
アバゴーラはスロヴェーンが欲望を原動力としているのでは無く、人間達に怯えてるのだと言っている。いや、スロヴェーンだけでは無い。アバゴーラ自身もそうなのだろう。
杞憂だと切り捨てたい所だが、レナから聞く限り、トーマの持つ認識改変能力は極めて凶悪だ。何が何でもトーマの行動が都合良く解釈されるその力が有れば、アバゴーラの言う通り次の侵攻で人間達全員が魔導兵装とやらを装備していたとしてもおかしくない。
無論、材料調達や製造時間を考慮すれば数年以上かかるとは思うが、それでも魔物同士で国取り合戦をしている余裕は無い筈だ。
……私を含めて。
私は少し考えを整理してから口を開く。
「……仮に、レグナートを延命させたとしても時間凍結をした状態では只のハリボテだ。それに何の意味がある?」
「生きているだけで良い。レグナート殿との盟約は、レグナート殿が死ぬまでは有効だ。連邦に他国が攻め入れば龍王国が盾となってくれる。その前提こそが連邦を守っている」
「……時間凍結の効果が宛にならないとしたら?年単位で維持する事は不可能だとしたらどうする?」
「……その僅かな時間を使い、何とか次の侵攻に向けた協力体制を作るしかない。レグナート殿には調印の時にだけ表に出て貰い、盟主となって頂く。……口で言う程容易い事では無いがな」
「ザグレフ達はどうするつもりだ?」
「無論、始末する。と言うより、そもそもこの移動がザグレフ達黒豹戦士団を始末する為のものだ。私はザグレフの強制系スキルに操られており、機転を利かせた国軍によって黒豹戦士団は討伐される」
「……雑なカバーストーリーだな。それにザグレフ達を軽視し過ぎていないか?」
「安心しろ。端的に説明しただけで相応の背景を組み込んだ内容だ。それに任務に当たる部隊は連邦の軍でも指折りの精鋭。儂の結界術と合わせれば多少の実力差など取るに足らん」
「……」
アバゴーラの邸宅に居るであろうアテライードも必要なのだと説明すれば解放して貰えるだろうし、レナも協力してくれるかも知れない。
少なくとも、一旦裏取りをする為にレナに会った方が良い。
私がそう思い、アバゴーラにそう伝えようとしたその時、奴の顔が驚愕に染まる。
「……?」
「……馬鹿な……魔力導線が切れた……!?」
なぁに?魔力導線って?
アバゴーラが意味の分からない言葉を口走ったその直後──
──ドゴォッッ!!──
「「「!?」」」
轟音と爆風と共に、私達が乗っていた獣車が大破した。
「クッッッ!」
そのまま大きく弾き飛ばされた私達だが、私は自由が効く尻尾で上手く受け身を取り、レナも普通に受け身を取って無傷だった。
唯一アバゴーラだけは受け身は取れていなかったが、なんと甲羅の中に手足と頭をしまいこんで転がっていた。
流石亀。まぁ、あの分なら怪我は無いだろう。
アバゴーラが起き上がろうとモソモソしてる間に、私はこの事態を引き起こした張本人を睨み、口を開いた。
「……お前にしては随分と分かりやすい行動を取ったな。どんな言い訳を聞かせてくれるんだ?ザグレフ」
そう、言わずもがな、私の視線の先に居るのは、切り立った高台に立ち此方にロッドを向けたSランク冒険者。
“呪文教書のザグレフ”だった。
ザグレフは私の言葉に口角を上げて答える。
「ゴホッ!……ふぅ。言い訳などするつもりはありませんよ?貴方方を始末する段取りが終わったので、こうしてご挨拶をさせて頂いただけです」
「ハハハ!良いな。分かりやすくて。……それでどんな手で私を殺す気だ?」
「フフフ。それは秘密ですよ。ですが、その前に一つ見世物が有ります。……さぁ、出番ですよ」
「!?」
ザグレフの言葉に誘われる様に現れた人影。それはアバゴーラに留守を任された筈のアーケオスだった。
そこでようやく起き上がったアバゴーラが怒声を上げる。
「アーケオス!?貴様何故ここに居る!?留守を任せるとそう言ったであろう!?」
「……ええ。ですが、あのまま屋敷に居たら殺されるかも知れませんからね。申し訳ありませんが、避難させて頂いたのです」
「避難!?貴様何を言って──」
そこまで言いかけてアバゴーラが動きを止める。
何事かと思い奴の視線の先を追った私だが、その先の光景を見た時、私も同じ様に固まってしまう。
「……馬鹿な……!!」
私達の視線の先。
そこには遥か遠方のフィウーメの城壁と、そこから立ち昇る煙りが写っていた──
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〜分かりやすいまとめコーナー〜
トカゲ「人間達との戦争もひと段落して、その上龍王が死ぬ。群雄割拠の魔界にワイも食い込むで!!」
アバゴーラ「ひと段落してへんで。次の侵攻の方がヤバいで。魔導兵装はヤバいんやで」
トカゲ「ファッッ!?なんやそれレナに聞かな!!」
アーケオス「フィウーメ燃えてるで」
トカゲ&アバゴーラ「「ファッッ!?」」




