手話
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「……その首輪を下手に壊そうとすれば針が伸びる。貴様も腕に覚えが有る様だが、その針は“神鉄”で出来ている。死にたく無ければ無駄な足掻きはしない事だな」
「……“神鉄”?」
「……ステータス補正の干渉を受け付けない希少金属だ。物理的に防げない限り防ぐ事は出来ない。……と言うか貴様も知っているだろう?いいな、大人しくしていろ」
そう言い残すとアーケオスは部屋から出て行った。
いや、知らんけどね。トカゲ初耳。
私はあの後、アーケオスから手当てを受け、拘束用に金属の首輪と腕輪、足輪をされた。
どうやら目も潰れてると思っているらしく頻りに気にしていたが、アーケオスが目に触れようとした時は異様なまでに痛がったフリをしてたら消毒液らしきものをぶっ掛けて来て雑に包帯を巻かれた。
まぁ、最悪ポーションで回復させれば良いとでも思っているのだろうが、お陰で目が潰れていない事は隠せた。
これでまた一つアドバンテージが増えた。
そしてアーケオスが去ってから暫く待ち、私は先程と同じ様にネズミを一匹胃袋から出すとそのネズミから“視覚共有”を継承して外部との連絡を図る。
視覚共有は使用すると同時にテレビのワイプの様に視界の端に対象の視界が浮かぶ。
そしてその視界に意識を向けると、ある程度その視界のサイズを調節出来るのだ。
これだけなら連絡を取る事は出来ないのだが、前世の知識がある私は、これを有用な連絡手段として活用出来る様にしていた。
──“手話”だ。
と、言っても人間だった頃とそのまま同じ物と言う訳では無く、単語を動かした指の組み合わせと順番毎に振り分けた至極単純なものにしている。
それと言うのも、私自身が普通に手話が使える為、最初はそれを教えて運用しようと思っていたのだが、初めてネズミ達に手話を見せたところ、なんと教えてもいないのに手話の内容を理解してしまった為だ。
これは恐らく私がこの世界の言語を理解出来ているのと同様に神々の力による何らかの作用が有っての事なのだろうが、それだと今回の様に相手に知られたく無い状況下で使う事が出来ない為、結局この形で落ち着いた。
実際、この方法だと解読用の資料が無い限り何を伝えているのか理解出来ていなかった。
多分、生来の手話は言語の一つとして処理され、こちらは別の形で処理されているのだと思う。
因みに私はこの“手話”の作成後、約一週間掛けて完全に暗記した後で配下達に資料を渡しているので、解読用の資料が無くても流暢に意思を伝える事が出来る。
勿論マウントは取った。私は自己顕示欲と承認欲求が強いのだ。
私が手話を始めると、直ぐに解読用の資料を持っているフェレットから連絡が入った。
以降は手話の内容を会話として表現する。
『王様!?どうしたのですか!その姿!ボロボロじゃないですか!!定時連絡にも返事が無いし、みんな心配してたんですよ!?』
「すまん。敵に捕まって拷問されてたんだ。今も拘束されてる」
『はぁ!?翻訳間違い……いや、文脈的に合ってる!どういう事ですか王様!?』
困惑した様子でそう返したフェレット。
私は彼を宥める様に続けた。
「落ち着け。伝えた通りだ。予期せぬ遭遇が有り、アバゴーラの結界術で拘束されてる。だが既にいくつか対抗手段を見つけている」
『そうですか……ですがしかし……』
「心配するな。私は大丈夫だ。怪我は高位再生能力で復元出来るし、体力はともかくダメージ自体は明日までにはそれなりに回復するだろう。それに連中の目的もわかった。お前はアッシュの所に行って通訳をしてやってくれ。……アイツは解読用の資料が有っても間違えるからな……」
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『馬鹿じゃないの?』
「……」
ぐうの音も出ない。
通訳が合流し、事の経緯をアッシュ達に説明したところ、レナが第一声でそう伝えて来た。
まぁ、酒場で酒を飲み、イキり散らした結果が現状なので批判は甘んじて受けるしか無い。
因み返信は遠距離会話を複数回経由して行っている。手話による暗号は私からの送信のみだ。
「……すまん。言い訳の一つも浮かばない」
『……黙って“作戦通りだ”とか言ってりゃ良かったのに……』
そう言ったのはアッシュだ。私も一瞬はそうしようと思ったのだが、しかし──
「……それをすればレナの信用を失うかも知れないからな。少し考えれば違和感に気付くだろうし、この先の話の信ぴょう性も薄くなってしまう」
『正解よ。メリットが有るにしても、流石に自分から捕まりに行く様なタイプだとは思って無いからね。……それで“この先の話”って?』
「……アバゴーラの目的が分かった。奴はレナがアテライード・ドルレアンに施している“時間凍結”で龍王国の現国王、“黒紫龍王レグナート”の延命を図っている」
『『!?』』
驚いた様子を見せる三人。いや、実際には見えないんだけど、そうネズミ達に伝えられた。
レナが疑問をぶつけて来る。
『……どういう事?なんでそんな話になった訳?』
「結論から言えば、拷問の最中ザグレフがゲロった事から推測した」
『……なんで拷問されてる側が情報引き出してんのよ……』
「勘とテクニックだ。前にも話したが、ザグレフは十中八九レナを襲った白龍と繋がっていると思っていた。だからレナから聞いた白龍の口調を真似て、“薄汚い黒猫など私の輝かしい未来には要らない。あれの処分は君に一任するよ”、と言ってやったんだ。そうしたら拷問は激しくなったが、ザグレフは必死になり過ぎてボロを出した。無論、その後は死ぬほどおちょくってやったがな」
『……あんたね、殺されてたらどうするつもりだったのよ……』
レナが呆れた様子でそう伝えて来る。無論、ネズミ達による再現だが、中々再現度は高い。
「安心しろ。その前に殺す準備は出来ていた。……それで、ザグレフは“光輝龍エルドゥール”の名を口に出した。エルドゥールは龍王国の第一王子で、“第八次人魔戦役”……人間共がスロヴェーンに侵攻して来た先頃の大戦の事だが、その戦役の時に龍王国からの援軍としてスロヴェーンへ送られていたんだ。レナが襲われた状況とも合致するし、レナを襲った白龍はエルドゥールで間違い無い」
『……そこまで分かってるって事はある程度予想出来てたって事よね?何で私に黙ってたの?』
「すまない。たしかに候補としては上がっていたが、確信出来る程の理由も無かったんだ。そもそも私自身、魔界に居る龍の個体数を把握出来ていないし、それに国際問題になりかねない状況で龍王国の第一王子が動くとも思ってなかった。ザグレフが口を滑らせたからこそ今の結論が出せたんだ」
『……まぁ良いわ。それで、なんで“龍王の延命”なんて結論に繋がった訳?』
「正直に言えば、それぐらいしか思いつかなかったと言うのが正確だ。……龍王国は王位継承権順で第一王子や第二王子と言った表現をする。そしてエルドゥールは父親と三人の兄を殺す事で“第一王子”へと成り上がったのだが、現龍王はそれを咎めてエルドゥールを排斥したんだ。スロヴェーンへの派遣も、そう言った経緯からエルドゥールが選ばれたと考えられる。エルドゥールが納得していないのは想像に硬く無いがな」
『なんで僕までこんな糞ヤバな話を聞かされてるんだが?』
「ナーロ、それはお前が主犯だからだ。そういう手筈になってる。……そして、現状に不満有り有りであろうエルドゥールだが、その実“黒紫龍王レグナート”に逆らう事は出来ない」
『どうして?』
「単純な彼我の戦力差だ。レグナートは魔界に於いても“最強”と名高い魔王。しかも交友関係も幅広い。有名所で言えば、賢馬の王、“草原王オルフェーヴル”。迷宮都市メディナの特級探索者、“獄茸のベルベイズ”。そして、フィウーメ・バトゥミ自由都市国家連邦の老獪、“ドン・アバゴーラ”とな。クーデターを起こそうにも戦力と財力で圧倒的に劣るエルドゥールの味方をする者は少ない。人間のお前には想像し辛いかも知れないが、強大な力と長命な寿命を持つ龍族の統治体制は人間共のそれと違って極めて磐石なんだ。だが──」
『“もし仮に龍王の身に何かあったのなら、その限りでは無い”』
「……そうだ」
そう返すと返信が来るまで少し間が空いた。レナも考えているのだろう。
そして再びレナから返信が入る。
『……それで?』
「……エルドゥールの排斥を決めた時、レグナートは後継として遠縁の姫君を指定した。通常ならそれは認められる事では無いのだが、エルドゥールの一件で王族間で殺し合いが起きてしまった事。そしてレグナートが絶対的な権力を有している事でそれが認められたんだ。だが、レグナートは壮年期の後半とは言え、龍族の平均寿命を考えればまだ100年くらいは現役の筈だ。エルドゥールの一件でこれ以上同様の被害が出る事を嫌ったとも取れるが、何らかの理由で自分の死期を悟ったレグナートが王国の混乱を避ける為に結論を急いだとも取れる」
『……それで、レグナートからその連絡を受けたアバゴーラが暗躍してるって事?』
「いや、それは無い。確かにレグナートとアバゴーラは深い交友関係にある様だが、アバゴーラは自分の欲望に忠実な魔物だ。事前に分かっていたなら龍王国を切り捨てて上手く立ち回っていただろうさ。……しかし、この件での奴の立ち回りはそんな方向性では無いし、余りにも御粗末過ぎる。ハッキリ言って場当たり的な対処に追われてる様にしか見えない。だが、もし仮に現状が奴にとって想定外であり、そして対処出来る時間が限定されるのだとしたらある程度納得が行く。そしてそれだけの事態として考えられるのは、やはり龍王の身に何かあった事ぐらいしか思い浮かばなかったんだ」
『成る程ね……』
そう言って納得した様子を見せるレナ。しかし今度は黙って聞いていたアッシュが口を開いた。
『……でもよ師匠。龍族って殺されるか寿命ぐらいでしか死なねぇんだろ?何でも、龍の血は病を跳ね除けるとかなんとか……。なのになんで龍王は死に掛けてるんだ?怪我ならポーションやらスキルで治るだろうし……』
「それは私にも分からないな。消去法で今の結論に至っただけだし、詳細までは流石に……。だが、“龍の血が病を跳ね除ける”と言うのは私も聞いた事が有るが、それが真実かどうか迄は分からない。もしかしたら極端に免疫系が強くて病気に掛かり難いというだけかも知れないし、長寿の龍を指して言った比喩的な言葉というだけかも知れない。まぁ、これ以上は憶測にしかならないし、結局理由は分からないな」
『ふーん……』
『私が知ってるわ』
「『『!?』』」
レナの言葉に驚く私達。
私はレナに問い掛ける。
「……どういう事だ?何故レナがそんな事を知っている?」
『……貴方の言う“黒紫龍王”は、私達の大陸では“暗黒龍”って名前で知られているわ。そして暗黒龍は今から40年程前に先代の神託者の一人である、“ゲオルグ・ディ・ローライト”と戦っているの。ゲオルグは生命の力を司る神器、“天命天羅”の使い手で、歴代でも最強候補に上がる程の神託者。そして、そんなゲオルグと暗黒龍の戦いは英雄譚にもなってる程有名な逸話なの』
「……前から薄々思ってたんだが、レナは勇者とか英雄とか好きなの?」
『んべっ!べ、別に普通よ!暗黒龍と千見の勇者の戦いなんて、こっちじゃ子供でも知ってるわ!普通よ普通!!常識!』
好きなのね。
『と、兎に角!暗黒龍とゲオルグの戦いは最終的には引き分けで終わるわ。だけど、ゲオルグはその戦いで神託者としての力を失い、現役を退いてる。そして、ゲオルグが最後に放った術は、天命天羅の力で対象の命を削り取るものだったそうよ』
「……そこまで英雄譚で語られているのか?」
『いいえ。これは本人に直接聞いたの。孫はアレだけど、本人は尊敬出来る人だったから』
成る程。やっぱ好きやん。
「……まぁ、これで決まりだな。レグナートはゲオルグとの戦いで命が削られた事を秘密にしていたのだろう。そしてアバゴーラは何らかの理由でそれを知ってしまった。今の魔界の勢力バランスは、軍事では龍王国が。経済では連邦が主体となって保っている。もし仮に今レグナートが崩御したとすれば、周辺の列強達は間違いなく連邦を奪いに来るだろう。アバゴーラのやり方はレグナートとの関係を前提にし過ぎている。仮に龍王国を切り捨てるにしても相当な時間が必要になるし、次の宗主国の選定も相当難題だ。だから奴は形振り構わずレグナートを延命させようとして、その可能性をレナに見出したんだ。……因みになんだが、実際のところレナの“時間凍結”でレグナートの死期をズラす事は出来るのか?」
『出来なくはないけど、アバゴーラが望む程の時間は稼げないでしょうね。そもそも“時間凍結”はアティ……アテライードの“リヴァーオブサンズ”の力を私が強引に使って発動させてるものよ。元々不安定な術式だし、維持する為の魔力消費も激しい。アテライードに掛けた術も、もうそこまで持たないと思うし……』
「そうか。……じゃあどの道このままだとレグナートに先は無い訳だ。ハハハッ」
私はそう言って口角を上げる。先々を考えればこれは中々の朗報だ。
それを聞いたレナが訝しげに声を出す。
『……随分と嬉しそうね。魔界の一大事なんでしょ?』
「まぁな。……だが、時代が動くのは止めようが無い。それならばその渦中に居れた事を最大限利用すべきだろう?しかも龍王なんて目の上の最大のタンコブが消えるんだ。一端の魔物ならば野心が昂ぶるさ」
『……分からないわね。平和に生きられればそれが一番良いのに』
「“人間”と“魔物”は違う。人間のお前には一生分からない感覚かも知れないな。……とは言え、私も昔はそう思っていた。婚約者達と一緒に平穏な暮らしが出来るなら、例え小さなトカゲのままで一生を終えても構わないとな。……だが、平穏に暮らしていた私達の家族は、ある日突然皆殺しにされた。なんの前触れも無くな。現状を維持し、平穏に暮らして行く為には最大限の努力が必要だとそれで学んだんだ。だから私は私が望む平穏の為ならどんな事でもする。その為なら他の全てを犠牲にしても後悔しないだろう」
……あの時の恐怖は今思い出しても身震いしてしまう。もし仮に妹達が死んでいたとしたら……。想像するだけでも目眩がする。
私の言葉を聞いたレナが言葉を返した。
『……なんか、英雄譚のラスボスみたいな台詞ね。今の内にアンタを殺した方が良い気がして来た……』
「──タスケテ──」
『ブフッ!?』
『本当に殺すわよ?』
「止めてくれ。冗談だ」
ネズミ越しなのにかなりの殺気を感じた。トカゲ怖い。
『……それで、目的が分かったとしてどうするの?交渉の手札が無いのは貴方も分かったでしょう?』
「いや、別の手札が有る。私次第だが、アバゴーラにその利用価値を見せ付け、交渉の場に引き摺り降ろしてやる。その為にレナに質問とその返答次第で頼みたい事が有るんだ。聞いて貰えるか?」
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翌朝早く、私はアーケオスに連れ出された。
昨日の夜から何も食べてないのでお腹が減ったと主張したのだが、朝食は貰えなかった。トカゲ悲しい。クスンクスン。
……だがまぁ、コイツらのこんな顔を見れたので気分は頗る良い。
「「「……ッ」」」
アーケオス、アバゴーラ、ザグレフの三人は目の前の光景に呆然としている。
まぁ、無理も無いだろう。そこには──
「……言われた通り連れて来たぞ。これで良いんだろ?師匠」
そこには、両手を拘束され、首輪をしているレナの姿があるのだから──
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