驚愕の事実
ーーーーーー
「……はぁ……」
私はため息を吐く。
アレから少しだけ待ってみたが、ジャスティスは助けに来てくれなかった。
……最悪だ。アイツは私を見捨てたのだ。
許せない。絶対に許せない。所詮は齧歯類と言う事か。
帰ったら慈悲の心で黙っていた驚愕の事実を突き付けてやろう。
イタチもフェレットもラッコも齧歯目じゃなく食肉目だ。お前の性癖は歪んでるんだ。ざまぁみろジャスティスめ。
「……さて、多少は頭も冴えてきたし、冷静に考えるか」
私はそう呟くと、頭の中を整理する。
先ず当面の命の心配は無い。
実際には違うが、連中は私が神託者を使役していると思っている。
何が目的かは分からないが、私を殺せば神託者が必要なその目的は達成出来なくなってしまう。
だから短期的に考えれば殺される事は絶対に無い。
よって、次に考えられる手はありきたりだが“懐柔”と“拷問”。
パターンとして考えられるのは、ザグレフ辺りが拷問に来て、適度に私をボロボロにした頃にアバゴーラが現れて優しい言葉を掛けて来る、と言った流れか。
ザグレフはアバゴーラに対して何か隠しているだろうが、私を拷問するなんて仕事なら嬉々として引き受けるだろう。
……拷問か……。
……正直ヤダ。痛いし。
我慢出来なくは無いだろうが、それでも痛いのは嫌いだし、どうにかして回避したい。
……。
よし、動こう。
そう考えた私は、自分の腕から鱗を一枚剥ぎ取ると、結界の外へ指で弾き飛ばした。
──カラン……──
すると、無事に鱗は結界をすり抜けて床へと転がった。
ふむ。私の一部ではあるが、鱗だけなら通り抜けれる訳か。
その後も何枚か鱗を投げたり、複数枚同時に飛ばしたりしたが結果は同じだった。
しかし私が出ようとしても1ミリも結界からは出られない。
次はもう少し大きな対象を使おう。
『しっぽ切り』
私は無詠唱でスキルを発動し、尻尾を胴体から切り離す。
しかし実際には身体と尻尾を明確に離したりはせず、手で持つ事で身体から切り離されていない様に見せている。
これは記録石の様な魔法道具で監視している可能性を考慮しての行動だ。
直接的な監視が無いのは視線察知で判断出来ている。
私はそのまま切り離した尻尾を結界へと近付ける。
そしてしっぽ切りの効果を使い、可能な限り自然な動きで結界の端へ触れた。
「……」
通り抜けた。
と、言っても側から見ていたら結界から出た様には見えないだろう。
私が尻尾を結界外に出したのは、その突端の僅か数ミリ程度。
だがその数ミリさえ私自身は抜ける事が出来なかった。
切り離した尻尾なら結界を通り抜けられると判断して良いだろう。
その事実に顔がにやける。
これで有用な攻撃手段が手に入った。取り敢えずこの事実は悟られない様にしなければならないな。
私はそのまま尻尾を手で押さえ、高位再生能力で接合させる。
そしてもう一つの検証を始めた。
『嘔吐』
今度は異次元胃袋に収めたチューナーラットを一匹出した。
しかし外に出した訳では無く、口腔内に収めた状態だ。
口は薄く開け、窒息しない様にしている。
『私の口から少しだけ尻尾を出せ』
『チュウ!』
私の指示に従って尻尾の先を出すネズミ。
私は顔を結界に近付け、顔を結界の外に出そうとする。
すると尻尾は難無く通り抜け、私の顔だけが結界に引っかかった。
……これなら出られそうだ。
アバゴーラ自身が“対象は限定される”と言っていたから検証してみたのだが、この結界は城壁のそれとは違って無条件で全ての対象を遮るものでは無い様だ。
まぁ、ステータスの差が無い私の尻尾が通り抜けられた事を考えると何が基準なのかは分からないが、しかし“私自身”で無ければ普通に通り抜けられるらしい。これなら脱出自体は容易い。
……ただ、そうなって来ると欲が出て来るな。
このまま逃亡するのはもったいない気がする。
折角目標だったアバゴーラが直ぐ近くに居る訳だし、このまま此処に居れば“支配”を撃ち込むチャンスはかなり有る筈だ。
拷問は嫌だが命の危険は低い訳だし、即時撤退は考えものかも知れない。
「……」
私は暫く考えるが、中々結論が出ない。
うーむ……。かなり悩むな。ハイリスクハイリターンだが勝ち目は十分に有る。
しかし拷問は嫌だし……。
『チュウ?』
おっといかん。口にネズミを入れっぱなしだった。取り敢えず胃袋に収めておこう。
そう思ってネズミを胃袋に入れた直後、背後からドアが開く音が聞こえ、そこから一人の男が現れた。
「ゴホッ!フフフ……。どうやら珍しくお悩みの様ですね?どうやって命乞いをするか考えているのですか?」
「いや、私が悩んでるのはどうやってお前を殺すかだ。衆人環視の下で命乞いさせるのも面白そうだし、野望の全てを潰して絶望の内に殺すのも面白そうだ。お前はどちらが好みだ?ザグレフ」
そう、そこに立っていたのは長身痩躯の黒豹の獣人。
“呪文教書のザグレフ”だった。
ザグレフは私の言葉に余裕の笑みを浮かべる。
「どちらも楽しそうですね。私ならその両方を採用したい。ただ、対象は貴方になりますが」
「ハハハ!出来ない事は口にするものじゃないぞ。それが出来ると本気で思っているのか?」
「フフフ……出来ますよ。……ゴホッ!貴方こそこの状況で良くそこまで虚勢が吐けますね。今の貴方は籠の中の鳥。いえ、“籠の中のトカゲ”でしょうに。……貴方は確かに強い。ですが正攻法ではその障壁は破れない。せめて魔法適性が高いなら破れたかも知れませんが、それも無い。……そして私はアバゴーラ様に貴方を好きにして良いと許可を頂いています。……御自分がどうなるのか、想像出来ましたか?」
そう言って再び笑うザグレフ。その笑みには嗜虐的な色が映っている。
どうやら予想通り拷問する気満々の様だ。
しっぽ切りを使えばこの距離なら奴を殺せるだろうが、それをしてしまえばアバゴーラに更に別の拘束手段を用意されてしまうかも知れない。
最悪の場合はそうするが、ある程度は諦めて拷問を受けるしか無さそうだ。
……とは言え、タダで痛めつけられる趣味は無い。
私は鷹揚な態度でザグレフに向かってこう言った。
「“薄汚い黒猫など私の輝かしい未来には要らない。あれの処分は君に一任するよ”」
「!?」
私の言葉にザグレフが目を見開く。
そして直ぐさま右手でロッドを掲げると、無詠唱で何らかの魔法を使用した。
詠唱が無かった為内容は分からないが、恐らく情報を遮断するタイプの魔法だろう。
光の円が部屋中に広がった後、ザグレフは再び口を開けた。
「ゴホッ!……貴方……どこまで知っていらっしゃるのですか?」
そう言って私を睨むザグレフ。
どうやら私の発言は奴にブッ刺さったらしい。
先程のセリフはレナから聞いた白龍を真似たものだ。
実際に会った訳でも無いし、内容も含めてかなり当てずっぽうだったが、ザグレフのこの様子を見るに中々的を射ていた様だ。
まぁ、確率は高いとは思っていたがこれで確定だ。
──黒豹戦士団は白龍と繋がっている。
「……“どこまで知っている”、か。私は何も知らない。今のセリフも適当な事を言っただけだぞ?」
私は正直に本当の事を話す。しかしザグレフにはそうは思えないだろう。
「ゴホッ!……その割には知った風な口振りでしたね。……貴方は何者ですか?」
「また随分と哲学的なことを聞くな。“自分が何者か”なんて事に答えを出すのは難しいが──」
「……黙れ」
──ドゴォッ!!──
「グッ!?」
ザグレフのロッドが輝き、衝撃波が私を襲う。
私は結界の光壁に打ち付けられ、ダメージを受けた。
……思ったより痛い。結界のせいで衝撃を逃せない為だ。
ザグレフは咳を一つすると、再び私に問い掛ける。
「ゴホッ!……“衝撃波”。その結界は魔法による干渉は弾きますが、魔法により発生した干渉は通します。例えば、先程の衝撃波の様にね。分かりますか?私は一方的に貴方を嬲れるのですよ。……もう一度聞く。貴様は何者だ?誰からの命令で動いている?」
「それは勿論私自身だ。私は私以外には従わない。あ、いや、婚約者は別だがな。まぁ、この件は婚約者に言われた訳じゃないから、命令したのは私──」
──ドゴォッ!──
「グッ!?」
再び私を襲う衝撃。しかも今度は熱も加わっている。
「ゴホッ!……火炎弾。冗談を聞きたい気分じゃない。あのナルシストがそう言ったのか?貴様に私を始末する様にと、そう言ったのか?」
「グブッ!……は、ハハハ!何を言ってる?貴様を始末すると言ったのは私だろ──」
──バリィィッッ!!──
「グゥッ!?」
今度は雷撃だ。生粋の魔法使いタイプの敵は初めてだが、中々器用な事をする。
「“招雷光”……ゴホッ!話さないなら話さないで構いませんよ?私が楽しむ時間が伸びるだけですから。話せば楽に殺して差し上げます」
「……そうか。なら、長くなりそうだし、トイレに行っても良いか?」
「……その余裕がいつまで持つか確かめてやる」
ーーーーーー
ザグレフはそのまま様々な魔法を使い、私を痛めつけた。
急所や重要機関は上手くカバー出来ているが、それでもかなり痛い。人間だった頃ならとっくに死んでるだろう。
暫く私を痛ぶった後、ザグレフは息を整えながら再び口を開いた。
「はぁ……はぁ……ゴホッ!“召喚術:雷”。……状況が分かっていない様だな。次は目を潰す。貴様は何者だ?エルドゥールに雇われたのか?だが私は職務に忠実な筈だ。少なくとも利用価値は示している。それなのに何故処分を決めた?いずれそうなるとは思っていたが早過ぎる。本国で別の動きがあったのか?」
「……“光輝龍エルドゥール”……龍王国の第一王子か……」
「……?」
私の言葉に訝しげな表情を浮かべるザグレフ。何故分かりきった事を口にしたのか分からない様だが、私が事態を理解したのはたった今だ。
「……エルドゥールは父親と三人の兄を殺して第一王子へと成り上がった。龍王国では正当な理由が有れば決闘が認められているが、現龍王“黒紫龍王レグナート”はエルドゥールの横暴を許さず排斥を決め、そして後継として遠縁の姫君を指定したのだとか……。……ようやく分かった。連邦は龍王国の庇護国家だが、その実態はアバゴーラとレグナートの深い友誼に根差している。もし仮にレグナートに何かあれば、連邦はどうなるか分からない。……アバゴーラは龍王国の御家騒動に巻き込まれてこんな真似をしているんだな」
「……!!」
ザグレフの顔が歪む。
自分がやらかした事に気が付いた様だ。
「グフッ!……は、ハハハ!エルドゥールは言ってなかったのか?“神託者とやり合った”と。私は神託者から話を聞いただけで、実際には何も知らなかった。……それなのに下らないハッタリに焦って随分と口を滑らせたな?ハハハハハハッ!」
まぁ、本当の所レナに話を聞いてからある程度“白龍候補”には当たりは付けていたのだが、こう言った方がコイツには効くだろう。
そう思った私だったが、効果は私が思ってたよりも出てしまった。
「……ゴホッ!“魔法強化”、“魔力強化”」
ザグレフの詠唱と共にロッドが光を放つ。見たところ魔法強化系の魔法らしい。
……これは流石に不味そうだ。私は直ぐに目を閉じ、そして瞼にコカトリスの魔眼を使用する。
その直後──
──ゴォオオッッ!!──
「グギャアアァッッッ!?」
私の眼前で魔法が炸裂した。
私は思わず顔を覆う様に手を当てるが、そこには普段の硬質な感触は無く、生肉に触れている様な嫌な触り心地が有る。
顔が熱い。まるで火がついた様だ。
「グゥッ!……グッ……!」
「ゴホッ!……“召喚爆撃”。次は目を潰すと言わなかったか?知能が低過ぎて私の言葉が理解出来なかったのか?」
「グッ……!グッハハハハ!痛いのに笑わせないでくれ!グッ……!参考までに聞きたいんだが、知能が低いのはどちらだと思っているんだ?ハハハハハハハハハッッ!!」
「黙れッ!」
ザグレフのロッドが再び光る。
私は発生した衝撃波に再び弾かれるが、しかし笑いは絶やさない。
「ゴホッ!……“衝撃波”」
「ハハハ……ハハハッッ!!ザ、ザグレフ、もう一つ分かったぞ?」
「あ?」
「き、貴様のユニークスキル……恐らく、“後出し”だな?ッ……貴様の魔法の発動は余りにも早すぎる。……だが、発動後に必ず呪文の詠唱を行なっていた。おかしいと思っていたんだ。無詠唱の魔法発動なら詠唱は必要無いし、明らかに無詠唱の魔法発動よりも早い。だが、それがユニークスキルの効果なのだと考えれば納得が行く。馬鹿みたいに使ってるから見破られるんだよ。フハハハハハハッッ!」
「ゴホッ!……分かった所で貴様に何が出来る。檻に入れられ、視力を失い、満足に身動きも出来ない貴様にな」
「ハハハッ!そうか当たりだったか!いや、魔法道具の可能性も有ったんだが、そこは判断出来てなかったんだ。教えてくれてありがとう」
「……ッ!」
ザグレフは再び魔法を発動させる。
何度も何度も何度も。
そして私はその度に笑い続けた。
「ハハハッ……ハハ……ハハハハハハッ…………!」
「……いい加減耳障りだ。もう良い。死ね」
そう言ったザグレフのロッドが強い光を放つ。
これまでで最大の発光で、それに合わせて奴のローブの金糸も光を放つ。
流石にこのダメージは看過出来ない。……仕方ない。殺すか。
私はそう思ってしっぽ切りを発動させようとしたが、その時第三者が部屋に入って来た。
「何をしているザグレフッッ!!」
「「!?」」
そこに入って来たのは、私をここに連れてきたアーケオスと呼ばれていた年若い亀人だ。
恐らく先程ザグレフが使った魔法で此方の様子が分からなくなり、アバゴーラに言われて様子を見に来たのだろう。
アーケオスはザグレフから私を遮る様に立つと、ザグレフに向かって怒鳴り付けた。
「今コイツを殺せば神託者を御する事が出来なくなる!そうなれば神託者がどう動くか分からん!!それが分からん貴様では無いだろうがッ!?」
「ゴホッ!……別に構わないでしょう?どの道遅かれ早かれですよ」
「ザグレフッッ!!」
アーケオスはザグレフの言葉を遮る様に声を張り上げると、直ぐ様私へと振り向いた。
しかし──
「……」
「……気を……失っているのか……」
そう言って安堵の声を出すアーケオス。
無論そんな訳は無い。狸寝入りだ。会話の内容が面白そうだったので黙ってみたのだ。
しかしザグレフは鼻息を鳴らす。
「フン……。どうせ狸寝入りですよ。ですから殺しておきましょう。そうすれば──」
「黙れ。誰が貴様の雇い主かを忘れたのか」
「……」
ザグレフはアーケオスの言葉に苛立ち、暫くの間アーケオスを睨みつける。
しかしため息を一つ吐いて肩を竦めると、私達に背を向けた。
「ゴホッ!……仰せのままに。ですが、ソイツを回復させないでください。そのままの方が運び易いですから」
ザグレフはそう言い残すと、そのまま部屋から出て行った。
ーーーーーー




