保険
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“久し振りだ”
私はそんな感覚に囚われていた。
何が久し振りになのかは分からない。しかし兎に角久し振りな気がする。
私がそんな事を考えていると、不意に正面から声が聞こえた。
「──以上で手続きは完了です。お疲れ様でした」
「ああ」
私はその声の主……ラズベリルに返事をし、横に居る少年に声をかけた。
「これでお前も冒険者だな。アニベル」
「ははは……。みたいですね……」
乾いた返事をするアニベル。
彼はグリフォンの一件で獣車ごと攫われたベルの兄で、その名もアニベル。
正直言ってかなり悪ふざけみたいな名前で、初めて聞かされた時は“何故偽名を使うのか?”と質問したくらいだ。
しかしこれは正真正銘彼の本名。
そして今日は、そんなアニベルを連れて冒険者登録をさせる為にギルドに来たのだ。
「……にしても、トカゲさんがこのタイミングで新メンバーを入れるだなんて、余程の実力者なんですね。アニベルさんは」
「い、いえ、僕は──」
「ああ。凄腕だ。私は未だかつて彼程の“調教師”は見た事が無い。私でも倒せるか怪しい様な魔物を使役してる」
「本当ですか!?アニベルさん!!」
「あ、ははは。ま、まぁ……」
「凄い……!!」
アニベルは助けを求める様な目で私の方を見るが、私は知らぬ顔で押し通す。
まぁ、はっきり言って嘘だ。
アニベルはかけらほども強く無いし、そんな魔物も使役してはいない。
ただ、“調教師”のクラスを持っていて、尚且つ私に借りが在る人材と考えた時に最も都合が良かったのがアニベルと言うだけなのだ。
アニベルはラズベリルの質問攻撃に四苦八苦している。
まぁ、そろそろ助けてやろう。
「──ラズベリル。それくらいにしてやってくれ。“調教師”が使役してる魔物をバラすのはメリットも有るがデメリットも有る行為だ。規約通り、街に入れない場合は登録の必要も無いのだろう?」
「あ、す、すいません。つい……。仰る通りです。ただ、魔物を登録されない場合市街地での運用は違法になりますよ?大丈夫ですか?」
「あ、は、はい。大丈夫……です。入れたりするつもりは有りません」
「そうだな。非常事態でも無い限りアレを登録する必要は無いだろう。だが、コイツくらいは登録しておいたらどうだ?」
『チュウ!』
「!?」
アニベルとラズベリルが驚いた顔で私の手の平を見る。
そこには角の生えた一匹のネズミが居た。
ネズミはアニベルに飛び移り、肩まで登る。
「こ、この子は──」
私に視線を送るアニベル。
私は彼の代わりに続ける。
「“チューナーラット”の“グルン”だ。通信・連絡系のスキルが使える。……だよな?」
「は、はい!」
『チュウゥゥゥッッ!』
グルンは頷いて胸を張る。
グルンは私が連れて来ている配下の一匹で、ゴリの実子だ。
父親譲りの根性と頭を持っている。
因みにゴリの息子は今大体60匹くらい居る。アイツめっちゃモテるらしい。
「コイツで外に居る魔物と連絡を取り合っているんだ。万が一の時はコイツで呼び掛ければ良い。そうだな?アニベル」
「は、はい。そうです」
『チュウ!』
「そうなんですか……!」
再び感心した様子を見せるラズベリルと、困惑を強めるアニベル。
「……さぁ、アニベル。グルンを登録しておけ」
「は、はい」
アニベルは私に促されてグルンを使役獣として登録する為に書類を書き始める。
私はその間にラズベリルに小包を渡した。
「これは?」
「ナーロ様からライラ宛に贈り物だ。ライラの事だから断ろうとするかも知れないが、私が受け取る様に言ってたと伝えて貰えるか?」
「……分かりました。渡しておきます」
「助かる」
私たちがそんなやり取りをしていると、アニベルが書き終わったのか私に視線を向けて来た。
「……どうやら終わったみたいだな。ラズベリル。処理を頼む」
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「はぁ……。緊張しました……」
そう言って溜め息を吐くアニベル。
まぁ、事情をしっかり説明出来ないまま連れて来たから無理も無い。ここらできちんと話しておくか。
私は軽く笑って返す。
「ははは!すまない。とは言え、損をさせるつもりは無い。手付けだ。受け取ってくれ」
「……?」
アニベルは私が差し出した小袋を受け取る。
そして中身を見て慌てて私に返そうとした。
「こ、これ金貨じゃないですか!?しかもこんなに沢山!こんなの頂けません!僕はあの時の御礼のつもりでこのお話を受けたんですから!」
「いや、受け取ってくれ。お前が居てくれるだけで相当助かった。それにこれから少し大変な頼みをする事もあるかも知れない」
「ま、まさか犯罪ですか……?」
「……さぁ?」
「か、返します!!今回は別の意味で返します!!」
「ははは!冗談だ。冗談」
私はひとしきりアニベルを宥めてから再び口を開く。
「……私がお前に頼みたいのは、万が一の時にこの街を守る事だ」
「そ、そんな事出来ませんよ!?僕はただの調教師です!トカゲさん達みたいに強くありません!!」
「分かってる。必要なのはお前じゃない。お前の肩書きだ」
「……え?」
「お前はギルド(※アバゴーラサイド)にとっても黒豹にとっても一切の事前情報が存在しない相手だ。グリフォンの一件は調べれば簡単に分かるだろうが、逆に混乱する事だろう。その一連の流れが仕込みだったのか、偶然だったのかが分からないからな。だから連中は徹底してお前の事を調べる筈だ。しかし当然何も出て来ない。だが何も無いとは思えないから人を割かざるを得ない。まぁ、こっちはただの嫌がらせだな」
「は、はぁ……」
「……それで次が本題だが、ラズベリルに説明した事は嘘では無い。グルンは極めて強力な魔物と連絡が取れる。そして、お前には万が一の時にソイツを使役してる振りをして欲しいんだ」
「え!?」
「安心しろ。ソイツは余程空腹でなければ大人しく言う事を聞く。……空腹時はかなりヤバいが、その時は肉屋か市場で肉か魚を食わせてやれ。……それで、もし仮に街で騒乱が起きて収集がつかない場合、私の判断でソイツを街に放す事になるが、その時にソイツ一匹で動かせば要らぬ誤解を招く可能性がある」
「……それで、僕がその子を制御している様に見せると言う事ですか。“新進気鋭の黒鉄の調教師”が」
「そう言う事だ」
まぁ、ぶっちゃけその魔物とは私の事だ。
自分で言うのもなんだが、相当凶悪な外見で、実際に凶暴な性質がある。
獣型の魔物全般に言える事だが、知性の有無とは別に獣としての衝動が強い様だ。
姉さんとかはそもそも腐植食性(※動植物が微生物によって分解・変質された物を主食とする食性。ヤスデ姉さんの場合、腐葉土やキノコが好き)だから比較的大人しいが、私の様なバチコリ肉食系の魔物はかなり凶暴になる。
それは時には理性を凌駕する程で、分配を忘れて獲物を食い荒らしてしまった事がある程だ。
そういった面で考えても、擬人化を手に出来たのは幸運だった。
この姿だと燃費も良いし、衝動も極めて小さくなるからな。
「……まぁ、先ほども言ったがこの話は万が一を想定しての話だ。基本的にはそんな事態になるとは思えない。だが、保険は必要だ。どうしても嫌だと言うなら他を探すが……」
「……いえ、受けさせて頂きます。ただ、一つ条件があります」
「条件?」
そう言うとアニベルは再び私に金貨の入った小袋を突き返した。
「……これは受け取れません。僕は恩を返す為にこの話を受けたんです」
「……そうか」
私は素直にその小袋を受け取る。
……なかなか気持ちの良い奴だ。その内良い男になるだろう。
「……じゃあ、今日はこのくらいにしておこう。私はこれから一杯呑みに行くが、アニベルも来るか?」
「いえ、僕は妹を見てやらないといけませんから、これで失礼します。……すいません。誘って下さったのに」
「何を言う。妹を見る為なら例えどんな事が有っても帰るのは当然だ。例えそれで数億の命が失われる結果になっても、妹を見る為なら仕方ない。妹こそ至高。妹の爪の垢すらその他全ての命に勝る」
「すいません。怖いです」
怖くないよね?普通だよね?
そんなこんな話をしながら歩いていると、十字路に差し掛かかり、アニベルが立ち止まった。
「では、僕はこれで失礼します」
「ああ。……そうだ、これを受け取れ」
「?」
私は小袋から金貨を一枚取り出し、指で弾いてアニベルに渡す。
「……これは」
「小遣いだ。ベルに何か買ってやれ」
「でも……」
「どの道私はこの金は今日で使い切るつもりだ。気分の良い金で飲む酒はうまいからな。……飲んだくれのゲロにするより、妹が喜ぶ物の一つにでも変えてやった方が良い。そうは思わないか?」
「……はい!」
アニベルはそう言って笑顔を浮かべると、深くお辞儀をしてから走って行った。
さて、では言葉通り一杯引っ掛けに──
「……何してる?」
『チュウ!』
「“チュウ!”じゃない。何胸を張ってる。お前はまだ未成年だろ?酒はやらん。さっさとアニベルを追いかけろ」
『……チッ!』
聞こえてんぞ。
グルンは隠密を使い走り出す。
さて、今度こそ酒を呑みに行こう。
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