“恋”
ーーーーーー
周囲に焦げた匂いが立ち込める。
スクアーロの鱗は黒く変色し、見るも無残な有様だった。
一撃。
ただの一撃で、勝負は決したのだ。
『……ゥゥッ』
スクアーロはそのまま掠れた声を上げて地面に倒れ伏した。
ジャスティスは両手のひらをはたく素ぶりをし、ミアラージュに向き直る。
「……勝負有りだな。まだやるか?やる気なら次は弱い連中から殺して行くぜ?」
「……いいえ。止めとくわ」
そう言って首を振るミアラージュ。
そしてジャスティスをジッと見つめて口を開く。
「成る程ね……。“月花光針体”だったかしら。雷光を身に纏い、絶えず明滅させる事で直接視認することが出来なくなってる。魔眼の発動には発動時に対象を正確に視認することが必要だから、その魔法を使われてたら魔眼の対象には出来ないわね。……魔眼使いに恨みでも有るのかしら?」
「“恨み”はねぇが“借り”が有る。その内返すつもりだから対策には余念がねぇのさ。……にしても随分とすんなり引いたな?もう少し粘るかと思ったが」
「時間の無駄だもの。私達の目的は戦力の増強なのに数が減らされたらたまったもんじゃないわ。それに、今の貴方を確保出来るだけの戦力は流石に連れて来てない。せめて顎髭くらい貰って帰りたいけどそれも駄目でしょう?」
「ああ。獲物を横取りしてぇなら力づくで来い。魔物らしくな。……それと、実はテメェの弟は殺してねぇ。素直に引くんなら、ポーションで回復して──」
「必要無いわ。行くわよスクアーロ」
『え?奇襲するんじゃ無いの?』
「!?」
その声が聞こえた直後、黒こげになったスクアーロの背中に亀裂が入り、中から無傷の状態のスクアーロが出て来る。
しかも先程より若干大きさを増しており、威圧感も強くなっていた。
「……ユニークスキルか」
「ええ。“脱皮”よ。効果は見ての通り。使用条件は教えないけどね。スクアーロ、弟妹達を回収して」
『了解』
スクアーロはそう返事を返すと、次々と周囲の蛇達を飲み込み始める。
ジャスティスが黙ってその様子を見ていると、先程のフェレットが小声でジャスティスに話し掛けて来た。
「親分、逃しても良いんですか?決闘の横槍なんて親分が一番嫌いな事なのに……」
「まぁ正直ムカつくし途中まではぶっ殺してやろうと思ってたが、状況的に奴等を削るのは不味そうだからな」
「と、言うと?」
「アイツが言ってただろう?“賢猿が動き出した”ってな。もし仮に蛇供の勢力を弱らせれば、賢猿は間違い無く蛇供を潰しにかかる筈だ。それで更に勢力を拡大されちまったら手が付けられなくなっちまう。可能な限りは今のパワーバランスを保ちたい。だから蛇供も諦めが早かったのさ。簡単に殺せる相手じゃないなら、放置する方がベターだからな」
「……“敵の敵は味方”ってヤツですか」
「そうだ。それにアイツら強いぜ?ガチでやり合って、その最中にもっぺん別の連中に横槍かまされたら最悪だ。ポーションにも限りが有るからな」
「成る程……」
二人がそんな話をしていると、蛇達の回収が終わったミアラージュ達が振り向いた。
「……じゃあ行くわね。今回は想定外な結果だったけど、アペティを倒したのが貴方で良かったわ。“白銀のジャスティス”。話の通じないヤツはこれ以上“二つ名持ちユニーク”には欲しくないからね。……ただ、言っておくけど私達が引くのは貴方に負けたからじゃない。デメリットを考えての妥協よ」
「ハッ!んな事分かってんだよ。胸糞悪いがな。だが、言っとくが俺様がテメェらを見逃すのもデメリットを考えての妥協だ。それは覚えとけ。……あと、アペティを倒したのは俺様じゃねぇ。テメェが言ってた馬鹿デカい爬虫類野郎だ。群の頭もソイツだよ」
「なっ!?アンタが王じゃないの!?誰にも従いそうに無いのに!?」
「別に従ってるつもりはねぇ。一緒に居ると色々面白ぇから一緒に馬鹿やってるだけだ」
「……ふぅん?……まあ良いわ。それじゃあ今度こそさよなら」
『じゃあね。ジャスティス。……次は殺すから楽しみに待っててね』
「おう。お前らも夜道に気を付けろよ」
その言葉を最後に、二人の蛇達は夜の森に消えて行った。
「……さてと」
ジャスティスはそう呟くと、ギュスターブに近付く。
ギュスターブは苦しそうに上半身を起こした。
「ゲホッ!ゲホッ……。ポーションか……。貴様、脇腹を刺した時も……それで回復したな?」
「ああ。流石に脇腹に穴が空いた状態で雷撃受けてたら死んでただろうしな。でも、ちゃんと教えてやっただろ?」
「……貴様……よくもヌケヌケと……」
「ハッ!神経太くなきゃ魔物なんてやってらんねぇよ。……だが、俺様はテメェらの戦いの条件は何一つ変えちゃいねぇ。そもそも俺様達が黒南風とやり合った時もポーションは持たされてた。ステラから状況は聞いてたんだろ?敵のど真ん中でわざわざ槍を誘導してカウンター系の魔法を使ってんだ。回復手段が無いと考える方が無理が有んだろ」
「グブッ……。……フン……狸が……。……ゲホッ!ゲホッ!!」
ギュスターブは激しく咳き込み、血を吐いた。
顔からは血の気が抜け、白んで見える。
もう先が短い事は明らかだった。
「閣下……」
オーク達が見守る。その最後を見届けようとしているのだ。
ギュスターブはどうにか再び顔を起こし、ジャスティスに告げた。
「……儂の負けだ……。殺せ」
「ヤダ」
「……」←ギュスターブ
「……」←ジャスティス
周囲を包む静寂。
ギュスターブはもう一度口を開く。
「……これ以上生き恥を晒すつもりはない。ゴホッ!ゴホッ!……勝者の義務を果たせ。分かるな?」
「ヤダ」
「……」←ギュスターブ
「……」←ジャスティス
周囲を包む静寂。しかし今度は長くは続かない。
ギュスターブは咳き込みながら怒りを露わにした。
「ゲホッ!ゲホッ!!貴様ふざけているのか!?」
「フザけてんのはテメェだろうがッ!!何一人で満足そうな感じで“殺せ……”とか言ってんだ!!乱入されてんだぞ!?無効試合だろうがッッ!!もっぺん最初からやるぞ!!」
「寝ぼけるなッッ!!ゲホッ!ゲホッ!!貴様が言った通り少なくとも儂は負けていた!!何処にもう一度する必要がある!?」
「有るに決まってんだろうがッッ!!テメェをボコった後でポーション使って全回復!!そんでフルパワーになった俺様がドヤ顔でネタバレした後にオーク供全員を超余裕で無双して“俺ツエェェェ”ってする流れだったんだぞ!?もっぺん最初からやって俺様を気持ち良くしてから噛ませ犬として死ねッッ!!」
「誰が死ぬかッ!!ゲホッ!ゲホッ!貴様が死ねッッ!!ゲホッ!!ゲホッ!!!」
そう言ったギュスターブ顔にポーションの入った瓶を投げつけるジャスティス。
瓶は割れ、ギュスターブの体が淡く光り、傷が治って行く。
「き、貴様!!これでは死ねんでは無いかッ!!」
「……先を見据えて掛かって来いよ……生きる為に戦って……生かす為に死ねよ……」
「ぶっ殺すぞ若造がぁぁぁッッッ!!」
「上等だ老いぼれがぁぁぁぁッッッ!!」
二人の魔物はそう言って殴り合いの喧嘩を始める。
「……これ、どうしたら良いんだ?」
「……さぁ?」
オーク達はただそれを呆然と見つめる事しか出来なかった。
ーーーーーー
「……ッ!?」
ステラはベットから飛び起きる。
意識が朦朧とするが、しかし胸の奥に強い焦燥感が有る。
このままここに居てはいけない。早く行かなければならない。
私は何を──
「……起きられましたか。もう全て終わりましたよ、姫様」
「!?」
ステラは声がした方を見る。
そこには椅子に腰掛けたスカーの姿が有った。
その姿を見てステラの意識がはっきりとする。
「……ッ貴様ァァァァァッッッ!!」
──ゴスッッ!!──
「グブッ!?」
激昂してスカーに殴り掛かったステラ。
ステラはそのままスカーの胸倉を掴み上げた。
「殺すッ!!殺してやるッ!!よくも!!よくも爺達を死なせたなッ!!」
空の向こうが明るくなっている。
それに此処は間違いなく自分の部屋だ。手遅れな程に時間が経っているのは明らかだった。
──止める事が出来なかったのだ。
ステラはそのまま数発スカーを殴り付けるが、しかし力が抜けスカーにしなだれかかる。
「は、放せッ!!……ぐっ!うっ……うっ……」
「……そうも行きませんよ。まだオオネムリバチの毒がしっかり抜けきってませんからね。もう少し休んでください」
「ふざけるなッッ!!貴様が……貴様が居なければ爺達を止められたかも知れなかった!!貴様なんかに気遣いされる覚えは無いッッ!殺してやるッッ!!絶対にッ!」
それを聞いたスカーは深い溜息を吐く。
「……はぁ。私を殺すのは構いませんが、一度外を見て頂けますか?」
「何を言って──!?」
ステラがそう言いかけた時、彼女の視界の端に信じられないものが映った。
ーーーーーー
「良いんですかぁ?大将!こんなに酒飲んじゃって!!」
「ギャハハハハハハ!良いぞテメェら!!もっと飲め!!この酒はトカゲの私物だから物資に影響はねぇ!!トカゲが帰って来たら笑える顔を見せてくれるだろうぜ!!」
「なんと!あの忌々しい黒鉄の物なのですか!?ならば是非とも飲み干さねば!!」
「ギャハハハハハハ!」
ーーーーーー
「……!?」
ジャスティスと戦士達が酒を酌み交わしていたのだ。
その中には不機嫌そうな顔で酒を飲むギュスターブの姿も有る。
意味が分からず困惑するステラ。
スカーはステラをベットの上に座らせると、ゆっくりと口を開いた。
「……“休戦”だそうです。もうかれこれ二時間近く騒いでますよ」
「……どう……して……」
「……あの後、ジャスティス殿が現れ、閣下達に決闘を挑まれたのです。先王陛下との戦いを再現する為に魔力を使い切り、姫様の槍で脇腹に穴を開けてね。そして見事閣下を打ち倒されたのですが、その直後に“大呑み”の副官達が乱入して勝負が有耶無耶になったのです」
「……それで休戦を……?」
「ええ。賢猿との抗争が片付いてから再戦を考えるらしいですよ。……とは言え、閣下がもう一度ジャスティス殿と戦う事は無いでしょうね。閣下自身は負けを認めていらっしゃいましたから」
「……そうか」
ステラはもう一度外で騒ぐジャスティス達に視線を送る。
樽に頭を突っ込んで酒を飲むオーク。
それを見て笑い転げるジャスティスとフェレット達。
不機嫌そうな顔をしつつ、何処か楽しげにしている爺。
絶対に見れないと諦めていた光景が、そこには有った。
「……ん?」
「──ッ!?」
不意にジャスティスと視線が合う。
ステラは思わず視線を下ろした。
頬が火照り、顔が赤くなる。
心臓が高鳴り、胸が熱くなる。
もう一度視線を上げようとしたステラだが、出来なかった。
見れないのだ。ジャスティスが。
嫌いだから見れないのでは無い。
もう一度ジャスティスを見れば、自分を抑えきれる自信が無かったのだ。
──今すぐ、その胸に飛び込みたい。
ジャスティスにブタ面と言われてからずっと意識していた。
その顔にキスがしたいと言われて嫌だと思えなかった。
黒南風の死と共に押し込めていた想い。
今まで自分には無縁だと思って来た想い。
それが、どうしようもなく溢れてくる。
「……そうか。私は、ジャスティス殿の事が好きなのだな……」
「なっ!?」
自分の想いを口にするステラ。スカーは驚愕の表情を浮かべるが、ステラはそんな事かけらほども気にならなかった。
“恋はするものでは無く落ちるもの”
これは今は亡きアペティの言葉だ。
初めて聞かされた時はどういう意味か分からなかったステラだが、今となってはその意味がよくわかる。
この想いは、自分でどうにか出来るものではないのだから。
「……ジャスティス殿……」
ステラは意を決して視線を上げる。
するとジャスティスは真っ直ぐに自分の事を見つめていた。
ステラはもう、自分の事を抑えるのを諦めた。
「……行ってくる」
スカーにそう告げると、ステラは屋敷を飛び出した。
「姫様!?」
スカーはステラを止めようとしたが、ステラはそれに気付きすらしなかった。
「ジャスティス殿!!」
屋敷を出たステラはジャスティスに向かって叫ぶ。
ジャスティスは両腕を広げてこう応えた。
「ステラか……。良いぜ。俺様は来るもの拒まずだ。……来いよ」
「ジャスティス殿……!!」
ステラはジャスティスに向かって走り出す。周囲のオーク達は複雑な顔でそれを見ているが、ステラはそれに気付きはしない。
ーーーーーー
「……良いんですか?閣下。姫様を止めなくて」
「フン。儂が口出しする様な事ではあるまい。……それに、一生嫁に行かないよりはあんな馬鹿でもマシというものだ」
「……ツンデレですね……」
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一歩。
また一歩。
ステラは想い人へと近付いて行く。
種や立場の違いなど些事な事だ。私とジャスティス殿なら乗り越えられる。
今すぐ、その胸に飛び込んで──
「気高き雷獣よ!!
偉大なる汝の咆哮を我が身に宿せ!!
大地を穿ちし雷槌の力ッッッ!!
“万雷千槌ッッッ!!”」
瞬間、天空より撃たれた雷がジャスティスの身を包んだ。
そしてジャスティスの全身から力の奔流が迸る。
「……え?あれ?」
「“極雷ッッッ発電蹴りィィィィィィィィッッッ!!!”」
な
に
そ
れ
?
──ステラは強烈な雷撃と蹴りを受け、10メートル以上吹っ飛ばされた。
全身の至る所の骨が折れ、そのまま意識を失う。
ジャスティスはそんなステラを見て、高らかに宣言した。
「ッシャーッッ!!俺様最強ォォッッ!!」
「「「何やっとんじゃあァァァァァッッ!!」」」
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──以下はその後に行われたジャスティスへの聞き取りで彼が語った事だ。
“あの時、視線を感じて振り向いた。そしたらステラが顔を真っ赤にしてこっちを睨んでいた。それで俺様は察したね。“あ、コイツも俺様の事を殺す気なんだな”って。案の定、ステラは俺様を殺す為に飛び出して来た。だから返り討ちにしてやったんだ。確かに凄い気迫だったが、それでも武器無しで勝てる訳ねぇだろ。ステラ。次は槍を持って来い”
ステラはその話を聞いて、黒南風の言葉を思い出した。
“恋はままならぬもの”
初めて聞かされた時はどういう意味か分からなかったステラだが、今になってその意味がよくわかった。
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イエェェェェィ!!ジャアスティィィィィィスッッ!!




