“ネームドスキル”
ーーーーーー
「……なんだテメェら……」
ジャスティスはそう言って二人の闖入者を睨みつける。
一人は蛇の毛髪と下半身を持つ女の魔物。
もう一匹は八つの頭を持つ巨大な蛇だ。
共にかなりの高位階に見える。
そこでようやくジャスティス自身も気付いたが、首から上は自由に動かせる。
どうやら体のみ拘束されている様だ。
ジャスティスの言葉を聞いたギュスターブが、二人が答える前に声を出した。
「グブッ!ラミア……貴様か……!!」
「ウフフ。久し振りね、顎髭の。でも私はもう“ラミア”じゃないわ。“メデューサ”に進化したし、名前も授かったの。貴方と同じでね?」
「……!」
闖入者はそう言うと、周囲に聞こえる様にこう続けた。
「改めてまして、私は“二つ名持ちユニーク”が一角、“大呑みのオルべ”が副官、“魔眼のミアラージュ”それでこっちが弟の──」
『“蛇鱗のスクアーロ”宜しくね、新しい父さん達』
そう言って二人の魔物はギュスターブとジャスティスに視線を向けた。
ジャスティスは二人の姿をしっかり見た後に言葉を返す。
「……そうか。テメェらが何者かは分かった。で、見ての通り取り込み中だ。俺様はコイツらをぶっ殺さないといけねぇ。テメェらみてぇなロリ蛇とデカ蛇には用がねぇんだ。死にたくなけりゃすっこんでろ」
「ろ、ロリ蛇ですって!?私の何処がロリなのよ!!このセクシーでグラマラスなボディが分からないの!?」
「あぁ?…………………………ごめん……」
「謝るんじゃないわよッッ!!なんで謝るの!?言い返しなさいッッ!!せめて言い返しなさいッッ!!」
『姉さんはロリなんかじゃないよ。セクシーでグラマラスだよ』
「復唱しないでッッ!!全然フォローになってないわ!!ガキ供が生意気な事言って!!私はそこの顎髭とほぼ同い年なのよ!?」
「なっ!?……じゃ、じゃあッ──…………………ごめん……」
「なんッッだったのよ“じゃあ”の後は!?しかもその後謝るなんてどんな酷い事考えたの!?」
『多分だけど“この先もずっとロリで特殊性癖相手にしか結婚とか出来ないんだろうなぁ。でも、ロリコンなんて絶対結婚相手にはしたくないよな。仮に結婚したとして娘が産まれたら最悪だわ。ずっと警戒してなきゃいけないし、愛情表現をしてても微笑ましいどころか悍ましいものにしか見えないもん。可哀想に……”って考えたんじゃない?』
「成る程な。テメェのユニークスキルは相手の心を読むものだな?」
『中々の洞察力だね……。だけどこれはユニークスキルじゃない。経験則と言うものさ』
「何若干シリアス調に話してんのよ!?てか正解だったの!?アンタそんな事考えてたの!?スクアーロも経験則とか言ってたけどどういう事よ!?」
「『……ごめん……」』
「謝んなァァァァァッッ!!」
ミアラージュは蛇の毛髪を掻き毟りながら絶叫する。
「……」
ジャスティスはその様子を見ながら彼女達に見えない様に小さく足の指を動かす。
若干は動く。だが、もう少し足りない。
ミアラージュが若干落ち着いて来たのを見計らい、ジャスティスは再び声をかけた。
「……んで、その大呑みの副官供が俺様達に何の用だ?殺す気ならもう殺そうとしてただろ。まぁ、出来るかどうかは別として」
「なんなのよそのギャップ……。……でも大した度胸ね。この状況下で怯え一つ無いなんて。貴方には聞きたい事がある。貴方達の群れに見た事も無い爬虫類系の魔物が居るでしょう?アレは雄なの?それとも雌なの?」
「……何でそんな質問をすんだ?それを聞いてどうする?」
「当然、もし雄ならアレにも父さんになって貰いたいの。経験上、同系統の獣型を父さんにすれば、産まれて来る弟妹達の能力もより高くなるからね」
「……さっきから“父さん父さん”意味がわかんねぇよ。大呑みとやらと俺様達を交尾させてぇのか?生憎とそこまで守備範囲広くねぇんだよ。せめて可愛い雌のウサギとかフェレット、ラッコなんかならイケるがな」
「ふふふ。あら残念ね?でも、別にそんな心配はしなくても良いわ。大人しく食べられてくれればそれで良いのよ。たったそれだけの事で数百を超える弟妹達の父さんになれる。……それが母様の持つネームドスキル、“繁殖王ドゥヴロブニク”の力よ」
「……ネームドスキル?」
「ええ。“ネームドスキル”はオリジンスキルと同格の高位カテゴリースキル。母様の話だからイマイチ要領を得ないけど、なんでも異世界の魔王をモチーフにした力を持つスキルらしいわ。“繁殖王ドゥヴロブニク”の持つ力は二つ名の通り“繁殖”。雄を喰らう事で、その雄のスキルやステータスを強く引き継いだ子供達を大量に産み出す事が出来る。……それが私達が貴方達を“父さん”と呼んでる理由よ」
「……成る程ねぇ。色々謎だった部分が漸く分かったぜ。通りであの蛇もあんなに優遇されてた訳だ。でも、どうしてこんな無茶を?副官クラスっつってもたったの二匹で他のユニークの縄張りに入り込むなんてのは無謀だと思うぜ?」
そう言ってジャスティスは背後を顎で指す。
そこには武器を構えて威嚇するオーク達の姿が有った。
しかしそれを見たミアラージュは薄い笑みを浮かべる。
「あら、心配してくれるの?流石私達の“父さん”ね。……でも大丈夫。スクアーロ、見せてあげなさい」
『うん。“嘔吐”』
──ゾァァァァァッ──
「「「!?」」」
スクアーロが八つの口を大きく開くと、そこから大小様々な蛇達が溢れ出る。
蛇達はオークの群れを囲む様に広がり、瞬く間に包囲を作り上げた。
慌てた様子を見せるオーク達だが、すぐ様蛇達に向き合って陣形を整えた。
「……成る程な」
「“異次元胃袋”。本来なら食料の保存や持ち運びに使うスキルだけど、こんな使い方も出来るの。……貴方達甘いのよ。ここは黒竜の森よ。腐肉漁りには警戒しないとね」
「ああ。全くその通りだな」
「……」
この状況下でも全く動じないジャスティスを前に、ミアラージュは訝しげな表情を浮かべた。
「……随分と余裕ね。状況、分かってる?」
「分かってる分かってる。んで、食われる前に聞いときたいんだが、どうやって近付いた?俺様は視線察知を持ってるのに気づかなかったぞ?」
「……“ピット器官”よ。これはスキルでは無く、種として備わった生態。私達蛇は温度で獲物を探す事が出来るの。私の持つ“千里眼”のスキルで視線察知の効果範囲外から貴方達を視認し、そこから隠密とピット器官を使って接近したのよ」
「成る程ねぇ。……最後に聞きてぇんだが、どうしてここまでして戦力を欲しがる?テメェらが寡兵で此処に来た訳じゃねぇのは分かったが、その分本来の縄張りは手薄になってる筈だ。……そのリスクを負うだけの理由があるんだろ?」
それを聞いたミアラージュは一瞬だけ眼を見開く。
そして何かを考える素振りを見せてから答えた。
「……“賢猿”よ。ここ最近連中の動きが活発になって来てる。あの糞猿、どうやら本気でこの森を獲るつもりらしいわ。だけど私達の一族は奴が掲げる“秩序在る世界”とやらは受け入れられない。だから無理をしてでも戦力の増強が必要なの。……貴方達の決闘を邪魔したのは悪かったと思ってる。だけど、そうも言ってられないのよ。……貴方の質問に答えてあげてるのも、それが理由……」
そう言ってミアラージュはジャスティスから視線を逸らす。
その素ぶりは若干の後ろめたさを感じさせた。
それを見たジャスティスは深い溜息を吐く。
そしてミアラージュに向き直ってこう言った。
「……命拾いしたな。後少し遅けりゃテメェら皆殺しだったぜ?」
「……?何を言って──」
──パリィンッッ!!──
「!?」
ジャスティスの言葉とほぼ同時に陶器の瓶が飛来し、割れた瓶からジャスティスの体に液体が降り注ぐ。
伏兵として隠れていたフェレットの一匹が投げつけたのだ。
その直後、ジャスティスの体が淡く光り、見る間に回復して行く。
そう、スーヤの作ったポーションだ。
「まさか“ハイポーション”!?スクアーロ!今すぐコイツを“胃袋”に入れなさい!!早くしないと──」
「“月花光針体ッッッ”!!」
「!?」
ジャスティスの言葉と共に閃光が巻き起こる。
光が収まりミアラージュ達が視線を戻すと、そこには少し離れた場所でフェレット達からの雷撃を受けるジャスティスの姿があった。
「……な、何故動ける!?私の魔眼の効果はまだ終わって無い筈よ!?」
「……“魔眼耐性”だ。無効化したり解除したり出来る程じゃねぇが、拘束されてても多少身じろぎしたり、効果時間をズラしたりするくらいは出来る。話を引き伸ばしたのはその為だ」
「ッ!スクアーロッ!!」
『任せて姉さん!!』
インターバル時間が明けないミアラージュの代わりにバジリスクの魔眼を発動させるスクアーロ。
しかしジャスティスは平然と動き、そして唱えた。
「気高き雷獣よ!!
偉大なる汝の咆哮を我が身に宿せ!!
大地を穿ちし雷槌の力ッッッ!!
“万雷千槌ッッッ!!”」
瞬間、天空より雷がジャスティスに降り注ぎ、激しい力の奔流が生まれる。
──“充電”
それがジャスティスの持つ二つ目のユニークスキルだ。
投擲部隊を全滅させた際にも使用したが、このスキルには雷撃を受けた分だけ魔力を回復させる効果がある。
無論その分ダメージを受ける事にもなるが、ジャスティスは高い雷撃耐性を有しており、高効率で魔力を回復する事が出来た。
そして、そのダメージ自体もスーヤのポーションで回復する事が可能だ。
スーヤのポーションは作成数と所持数に厳しい上限が設定されているが、それ以外のデメリットは存在せず、ほぼノーリスクで使用することが出来る。
“ポーション”でのHP回復。
“充電”によるMP回復。
この二つの回復手段によりジャスティスは極めて高い継続戦闘能力と、相手の想定を根底から覆す程の奇襲性能を手にしていた。
そして、それこそがトカゲが黒竜の森を留守に出来た最大の理由だったのだ。
『何故魔眼が効かない!?』
疑問を口にするスクアーロ。
しかしジャスティスはそれには答えずミアラージュに向かって構え、そして魔法を放った。
「“赫帝雷光鞭ッッ!!”」
「!?」
轟音と共にミアラージュへと伸びる雷の鞭。
しかしスクアーロがジャスティスとミアラージュの間に体を挟み込み、その雷撃を受けた。
「スクアーロ!?」
『大丈夫だよ姉さん!僕には“完全雷撃耐性”がある!この魔法がどんなに凄まじい威力だとしても、それが雷撃である以上僕には通用しないッッ!!』
そう言ってミアラージュの盾になったスクアーロだったが、しかしその直後──
『──ッ!?』
スクアーロが表情を歪める。
最初は僅かばかりの変化だったが、徐々に苦痛に悶え始めた。
『……ぐっ!?な、なんだ!?何故痛みが……!?僕には雷撃は効かない筈……!?ぐっ……ぐぅ……!?』
「……状態異常だ。赫帝雷光鞭には攻撃と耐性降下の二つの効果があんだよ。その昔テメェらの兄弟にゃあ世話になったからな。どうせテメェも耐性持ちだと思ってたぜ」
『そ、そんな馬鹿なッ!?ぐっ……!?うぐぅ……!?ぐ、グギャァアッッ!!』
「スクアーロッッ!?」
激しい雷光と共に絶叫をあげるスクアーロ。
やがて光が収まり、ミアラージュが視界を取り戻すと、そこには黒こげになったスクアーロの姿が有った。
ーーーーーー




