父と息子②
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「……!」
「……どうした?俺様相手じゃ名乗れねぇとか抜かすつもりか?」
「……此処は……」
「あ?何寝ぼけてんだ?」
「……」
困惑する顎髭のオーク。
まさか夢だったのか?
一瞬そう思った彼だったが、直ぐにそれを自ら否定する。
その名は確かに自分に刻まれているのだ。
「……」
“名前を授かった”
その事実を噛み締める顎髭のオーク。
しかし今はそれを喜ぶ時では無い。
顎髭のオークは戦斧を構え、ジャスティスに向き直った。
──そして、その名を口にする。
「……我が名は……我が名はギュスターブ。“軍神イーノマータ”様より真名と恩寵を授かりし、誇り高き黒南風の戦士……!」
「え……!?」
「閣下……!?」
「そんな……まさか……!?」
ギュスターブの言葉に騒然とするオーク達。
ジャスティスはその様子に気付かず、口角を上げて応えた。
「ヒヒヒ!……俺様はジャスティス。“ジャスティス・ビーバー”。雷神ヴェイルヴァルガ様より真名と恩寵を授かりし気高き雷獣だ。……じゃあ、見せろよ」
その言葉にギュスターブも口角を上げる。
そして、深く息を吸い込み、唱えた。
「魂の咆哮よ!!
気高き戦士を呼び覚ませ!!
大地を揺るがす巨兵の力!!
“豪剛戦腕ッッ!!”」
──ゴオッ!!──
「!?」
次の瞬間、ギュスターブの背後の地面が隆起し、巨大な腕となって聳え立つ。
ギュスターブはその腕に向かって戦斧を放り上げる。すると戦斧はその腕に比例する様に巨大化した。
「……儂の覚醒解放“豪剛戦腕”は見ての通り巨大な第三の腕を作り出す力。この腕は装備された武器を、そのサイズに比例して巨大化させ、極めて高いステータス補正を加える。発動した場所から動けないという欠点はあるが……儂にそれが無意味なのは分かるな?」
「ヒヒヒ!当然!!」
ジャスティスは大きく後方に飛び退くと、笑いながら続けた。
「テメェの十八番は投擲スキルだもんなぁ?その腕でそいつを使やあ、そりゃあ凄え威力だろうよ。これでまだまだ楽しめそうだな?」
「……いや、これで終わりだ」
「!?」
ギュスターブがそう言うと同時に、背後の巨腕が戦斧を放り上げる。
すると戦斧は上空で黒いオーラを纏い、高速で回転し始めた。
「“煌黒浮斧”。儂の解放極技だ。効果は見ての通り、“強く”そして“早い”。お前との戦いを楽しみたいのは有るが、余り時間は掛けられない。お前を殺した後の事を考えないといけないからな」
「閣下……!」
「か、閣下!!」
オーク達が騒めき、その目が明らかに力を取り戻して行く。
それを見てジャスティスは笑いながら応えた。
「ヒヒヒ!!良いね、良いねぇ!!やっと殺し甲斐が出て来た!!本当なら俺様も覚醒解放で応えたいところなんだが、時間経過じゃ流石にそこまで回復してねぇ。だがまぁ、多少は回復している。本当だったらトカゲの野郎をブチのめすまで取って置きたかったんだが、こんな面白いもん見せてくれたんだ。……特別に見せてやるよ。俺様の切り札。“月花光針体”を!!」
──カッ!──
「!?」
ジャスティスの言葉の直後、凄まじい閃光が巻き起こり、オーク達は視界を失う。
やがてゆっくりと光が収まり、視界が戻る。
そこに居たのは“雷光”。
激しい放電と発光を繰り返す雷光が、一匹の獣の姿になっていた。
「……“切り札”か。その割には地味だな?先ほどの雷の鞭の方が余程強力に見えたぞ?」
「……」
ギュスターブの挑発にジャスティスは何も答えない。
その代わりに軽く手招きをして見せた。
「……フッ。確かにこれ以上言葉は要らぬか……」
そう言うとギュスターブも戦斧を構える。
背後の巨腕も、それに合わせて振り被る様な動きを見せた。
一瞬の静寂。
そしてそれはギュスターブの声で破られる。
「“煌黒浮斧”ッッ!!」
声と共に巨腕から戦斧が解き放たれ、さながら巨大な黒い円板の様になりジャスティスへと向かう。
そして、同時にギュスターブはスキルを使用する。
「“超重投擲斧”!!」
ギュスターブの手から離れる戦斧。しかし戦斧は遠くへは飛ばず、ギュスターブの手から少し先で浮遊したまま小刻みに方向転換を繰り返していた。
ジャスティスはギュスターブの“操作”を単純な操作スキルだと誤認していたが、実際には少し違う。
ギュスターブの操作は確かに方向を変える事が出来るが、その時に起きる筈の推進力の減衰を一切起こさないスキルなのだ。
つまり、真反対の方向に進行方向を変えても一切飛距離や威力には影響しない。
ギュスターブはその特性を利用し、小刻みに方向変換を繰り返す事でこの状況を作り出したのだ。
そして、ギュスターブは戦斧と共に前方へと駆け出す。
ジャスティスは避ける。
ギュスターブはそう確信していた。
確かに“煌黒浮斧”は強く、そして早い。
しかし、ジャスティスがそれを甘んじて受ける程度の相手ではない事は分かりきっていた。
ギュスターブはジャスティスの事を、敵として信頼していたのだ。
そして、だからこそギュスターブは意図的に“煌黒浮斧”の角度を変え、ジャスティスに逃げ場を残していた。
ギュスターブの位置はジャスティスからは“煌黒浮斧”の影となって見えない。そして、そのまま視線を伏せて近づき、“煌黒浮斧”を避けたジャスティスに自身が最も得意とする超重投擲斧でトドメを刺す。
それがギュスターブの作戦だったのだ。
「!」
ギュスターブが視界の端に光りを捉える。
ギュスターブは視線を上げ、その光に向かって戦斧を向かわせた。
視線察知で気付かれただろうが、しかし背後は煌黒浮斧が塞いでいる。仮に紙一重で躱しても、操作で修正出来る。
雷光の獣に突き刺さる戦斧。
ギュスターブは勝利に顔を歪めるが、しかし──
──バリッ!──
「!?」
甲高い音と共に雷光の獣が消える。まるで、最初からそこには何も無かったかの様に。
その直後、背後から声が聞こえた。
「……逃げ場を残して誘導するってのは良かったが、残念ながら経験済みだ」
「……ッッ!!」
声がした方向に振り返ろうとするギュスターブ。
しかし、それよりも早くジャスティスのスキルが発動した。
「“稲妻アァッッ!!発電蹴りィィィィィィィイィィィ!!”」
──ドゴォォォッッ!!──
「グギャァアッッ!?」
凄まじい衝撃と共に、強烈な雷撃がギュスターブを襲う。
幾つもの骨がへし折れ、そのまま数メートル先まで吹き飛ばされた。
「グバッ!!グッ……!ゲボッ!!ゲボッッ!!な、何故だ!?ぎ、貴様いっだい何をじだ!?」
血を吐きながら疑問をぶつけるギュスターブ。
ジャスティスは余裕の態度でそれに答えた。
「……覚えてるか?俺らの初手を」
その言葉に、ギュスターブは目を見開く。
「……そうだ。俺様は“月花光針体”を使うと同時に隠密を使って隠れてたのさ。本来なら月花光針体は雷撃を体に纏わせたまま戦う魔法なんだが、そいつを切り離して囮に使った。……テメェはまんまとそれに向かって全力を尽くしちまったのさ。……後は接近して終いだ」
「……!!」
「……テメェの覚醒解放は強いぜ?まぁ、俺様の万雷千鎚程じゃねぇが、格上にだって通用する力だ。だが、それだけに維持する為の魔力も馬鹿にならない。それを理解したテメェは勝負に焦った。だからこんな単純な手にしてやられるんだ」
「……ぐッ!!」
ギュスターブは空を仰ぐ様に上半身を倒す。
全身のあちこちが痛む。まともに動く事も出来ない。
「儂は……儂は……負けたのか?」
「ハッ!それ以外のどんな風に見えてんだよ。まぁ、ぶっちゃけ最初から負けてたがな?俺様の前に立った時点で」
「……そう……か……」
ギュスターブはそう言うと、辛うじて動く右手で顔を覆う。
負けた。
負けたのだ。兵達を率い、真名を授かり、死力を尽くして尚、“白銀のジャスティス”には及ばなかった。
その事実に、顎髭のオークは言葉にならない言葉を漏らす。
「……ッ……」
──息子が自分の性別に悩んでいる事は最初から分かっていた。
幼い頃から男と遊ぶより女と遊ぶ事を好んでいた。
それにどれだけ取り繕っていても、先王を見る目が恋をする乙女のそれだったのだ。
王妃に言い寄る先王を切なそうに見る息子を見て、女に産んでやれてればと何度も思った。
息子は女として生きられず、戦士として生きる事を決めた。
息子の力を知る周囲は喜んだが、自分はそれが納得出来なかった。
息子の何を知っていてそんな事を言うのか。
どれだけあの子が優しいのかを知っているのかと。
だから街に送り出した。
なんのしがらみも無い街で、平和に暮らして欲しかった。
“もう帰って来なくとも良い”と、少なくない金も持たせた。
しかし息子は帰って来た。周囲の期待に応える為に帰って来てしまったのだ。
“お金はこの生地を買う為に使い果してしまったわ”
そう言って戯けた息子の寂しそうな顔を、見逃したりはしなかった。
「……ッグ……」
何が悪かったのか。どうすれば息子は死なずに済んだのか。
本当は分かっている。
自分があんな約束をしたからだ。
自分があんな約束をしなければ、息子はもっと自由に生きられた。
女にしてやる事は出来ないが、望んだ未来を歩ませてやれた。
あの約束は、心優しいあの子には重過ぎたのだ。
息子は自分との約束を守り、王を守る為に戦士となった。
そして王となったその後も、最後まで約束を守り通し、そして死んだ。
それなのに自分はこうしてまだ生きている。
息子とあんな約束をしておきながら、生き長らえている。
息子は約束を守ったのに、自分は守る事が出来なかった。
あの時何を言われても、自分が付いて行くべきだった。
それを息子が望まなくても、付いて行くべきだったのだ。
「すまない……アペティ……儂は……最後の最後で……」
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『……それで、その“戦わないといけない時”ってどんな時なの?』
『……“本当に大切な誰かを守る時”だ。……その時は、命を賭けて戦うと約束出来るか?』
『……うん!絶対に、絶対に守る!戦士の約束だよ!!』
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「……愛する我が子を守る為に……戦ってやれなかった……ッ!!」
ギュスターブが嗚咽を漏らし、その頬が濡れる。
幾ら抑えようとしても次から次に溢れ、そしてこぼれ落ちて行く。
そこで漸くギュスターブは気付いたのだ。
何が自分を突き動かしていたのかを。
自分は黒南風の戦士で有り続けたかったのでは無い。
心優しい我が子を守れる、一人の父親で在りたかったのだと──
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「……ぐっ……」
ジャスティスが膝をつく。
それを見たフェレットの一匹が心配そうな顔で近付いて来た。
「親分!大丈夫ですか!?無理し過ぎですよ!!」
「っててて……。しゃーねぇーだろ。それよりお前の分をくれ。俺様の分はとっくに使っちまったから、流石にこのまま残りをブチのめすのはシンドイ」
「ちょ!?まだやる気なんですか!?」
「ったりめぇだろ。ギュスターブの野郎もちゃんと先を見据えて殺しに来たんだ。俺様もちゃんとぶっ殺してやらねぇとな。とりあえずアイツにトドメ刺して残りのオーク供も全員ぶっ殺す」
「お、親分……情け容赦無いですね……」
「あぁ?何言ってんだ?殺す気で来たんだから殺すのは当たり前だろ。それに見てみろよあの面構え。今の連中は殺し甲斐があるぜ?」
「あぁもう!親分と来たら──」
『──それは困るな。彼も僕達の父様になって欲しいから』
「「!?」」
不意に聞こえた第三者の声。
咄嗟に振り返るジャスティスだが、その直後、体の自由が奪われる。
これは──
「……“バジリスクの魔眼”。初体験かしら?効果は体感しての通りよ。初めまして。白銀のジャスティス」
『そして迎えに来たよ?新しい父さん達』
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