父と息子①
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『……っ』
『…………っく』
『ひっく、ひっく、うっ、うぇ……うぇ……』
『……どうした息子よ。何を泣いている?』
『と、父さん!?な、泣いてないよ!!わた……俺は父さんの息子なんだ!誇り高い戦士なんだ!だから泣いてなんか──』
『……見せるんだ』
『……』
『……母さんにされたのか』
『……違うよ』
『儂に嘘をつくのか?“戦士の約束”を破るのか?』
『うっ……』
『……この事で母さんの事を叱ったりはしない。だから儂に話すんだ』
『……うん。母さんにお裁縫してるのが見つかっちゃったんだ。それで母さんが“戦士の息子が女々しい真似をするな!!”って凄く怒って、それで……』
『……それでそんなに叩かれたのか』
『……うん……』
『……そうか……。……息子よ。母を嫌いにならないでやってくれ。あれは一族の長の系譜だ。お前を産んで暫くして病に掛かり、子を望めなくなった。だからどうしてもお前に多くを望んでしまう』
『……うん……』
『……息子よ。お前は戦士になりたいか?』
『え?あ、う、うん。なりたいよ、父さんみたいな誇り高い戦士に』
『嘘だな。お前は戦士になんてなりたくない。そうだろう?』
『そ、そんな事無いよ!!お、俺は父さんの息子だもん!!』
『本当か?儂はお前が生産職になりたいと言うのなら応援してやるつもりだったが……』
『本当!?お父さん!?』
『ハハハ!ほらな?』
『あ……』
『……息子よ。儂は出来ればお前に戦士になって欲しい。お前の母もそう思っている』
『……うん』
『だが、お前がそれを望んでないのは知っている。お前は優しい子だ。誰かを傷付けるのには向いてない。だから、儂はお前が好きな様にすれば良いとも思う。お前が本気なら、儂が母さんを説得してやろう』
『ほ、本当!?』
『ああ。……だがな、息子よ。例えどれだけ優しくとも、男には絶対に戦わないといけない時がある。その時は命を賭けて戦うと約束出来るか?それが出来ないなら、儂は応援出来ん』
『するよ!!絶対に約束する!!戦士の約束だよ!!』
『ハハハ!分かった分かった。だからそんなに飛びつくな』
『……それで、その“戦わないといけない時”ってどんな時なの?』
『それは──』
ーーーーーー
「テメェ……名は?」
そう尋ねられた顎髭のオークは答えに困った。
彼はそもそもユニークネームドでは無い。
ただユニークスキルを授かっただけの個体。始めから答えられる名前など無いのだ。
しかしジャスティスがそれを聞きたかった理由は理解出来る。
「……流石に死を覚悟したか……」
顎髭のオークはそう口にした。
ジャスティスは既に瀕死と言っても良い状態だ。
魔力を使い果たし、脇腹を穿ち、雷撃を受け、そして戦い続けた。
この場に居る全ての魔物の中で、最も重傷なのはジャスティスで間違いない。
周囲に倒れ伏しているオーク達よりも余程無残な有り様だった。
そんなジャスティスが死を覚悟し、そして命を奪うであろう自分の名前を知りたがるのは当然の事だと思ったのだ。
──しかし、ジャスティスは首を振った。
「ハッ!違えよ。ここまで手傷を負っちまったら、手加減が難しくなるから聞いてんだよ。……死なせちまうんならせめてテメェの名前くらい覚えときてぇからな」
それを聞いた顎髭のオークは激昂する。
「……貴様ッッ!!貴様等が今日だけでどれだけの戦士達を手にかけたと思っている!?その全てに名を聞く価値が無かったとでも言うのかッッ!!」
「……気付いてねぇのか?」
「……!?」
ジャスティスは無言で視線を下ろす。
それに釣られる様に視線を移した顎髭のオークだったが──
「うっ……」
「!?」
死んだと思っていた棍棒のオークが呻いたのだ。
意識は無い様だが、間違い無く生きている。
慌てて周囲を見渡す顎髭のオーク。
棍棒のオークだけでは無い。槍のオークも、最初に倒された投擲部隊の面々も、見える範囲でだが、誰も死んでいなかった。
「……ッ!!」
「……やっと気付いたのか。かなりキツかったぜ?殺し無しでテメェらを叩きのめすのはな。まぁ、手加減し切れなくて死んでる奴も居るかも知れねぇが……」
「……貴様ッッ!!貴様までもッッ!!貴様までもが我等戦士の“覚悟”を愚弄するのかッッ!!我等がどんな想いでこの場に立ったと思っている!?“命を賭けた決闘”という言葉は嘘だったのかッッ!?」
「……嘘な訳ねぇだろ。言いたかねぇが、現に俺様はこの様だ。部下達はまだ余裕が有るが、俺様が負けりゃ遠からず死ぬ事になるだろうな。だから、俺様達が命を賭けて戦っているのは嘘じゃねぇ」
「ならば何故殺さんッッ!?黒南風の戦士の覚悟を何故汲もうとせん!?」
「……テメェらのそれが“命を賭ける覚悟”じゃなくて、命を捨てようとしてるだけだからだ」
「「「!?」」」
オーク達の顔が歪む。
ジャスティスはその様子を見て、息を吐いて続けた。
「……テメェらがこのまま戦って、もし仮に俺様達に勝ったとして。それでテメェらに何が残る?」
「……!」
「……せいぜい自分本位な満足感ぐれぇしか残らねぇだろ。ダンジョンを無くし、食い扶持が無くなったテメェらが街から食料やら技術やらを引っ張って来てるトカゲと敵対すれば、どうあがいたって食っていけなくなる。いや、テメェらだけじゃねぇ。トカゲの判断次第では何の覚悟も無い女子供のオーク達だって同じ目に合うかも知れねぇんだ。……その時は他から奪うしかねぇが、テメェらはそれが出来るとも思ってねぇ。テメェらは勝っても負けても死ぬつもりでしか行動してねぇんだ。これの何処に“命を賭ける覚悟”があるんだ?テメェらがしてる事はただの“自殺”だ……そんな奴等殺したって、面白くねぇだろ」
それを聞いた一匹のオークが声を上げた。
「だ、黙れッッ!!貴様に我等の何が分かるッッ!?我等が……我等がどんな想いで王に仕えて来たのかッッ!!」
「……知るかボケ。俺様はアペティの野郎とは戦ってねぇし、テメェらとアペティがどんな関係だったのかも知らねぇんだ。……だがな、アペティなら今のお前達を見て何て言うと思う?俺様には分からねぇ。だけどお前達には分かるんだろ?」
「「……ッ!!」」
ジャスティスの言葉に動揺するオーク達。
「……別に俺様達やトカゲの野郎を殺そうとするのは構わねぇ。寧ろ影でグチグチ言って何もして来ねぇカス供よりよっぽどマシだ。全員かかってこい。全員返り討ちにしてぶっ殺してやる。……ただなぁ、どうせ殺すつもりなら、せめて“先”を見ろ。死ぬつもりで殺しに来るんじゃねぇ。テメェらも一端の“男”ならな……」
ジャスティスはそう区切ると、周囲のオーク達を見渡してこう言った。
「生きる為に戦って、生かす為に死んでみせやがれ」
「「……ッ!!」」
オーク達は何も言い返せず立ち尽くす。
何一つ、返すべき言葉が見つからなかったのだ。
周囲を包む静寂。
そんな中、顎髭のオークだけが絞り出す様に声を出した。
「……言葉だけで……誰が止まれるものか……!!」
──その通りだ。
ジャスティスの言葉は正しい。
この戦いがどう転ぼうとも自分達に待ち受けるのは“死”以外には無い。
自分達にはトカゲの様に振る舞う事は出来ないし、他の二つ名持ちユニークから縄張りを奪えるだけの戦力は無い。だからこそバレても構わないと思って行動していた。
だがそれでも納得出来無い。
止まれる訳が無い。
この衝動を、そんな程度の事で抑えられる訳が無い。
だからこそ武器を取ったのだ。
「ハッ!……誰がテメェらを止めてんだよ?俺様はテメェらが身の程知らずにも俺様に勝てると思い上がってんのがムカついたからボコってるだけだ。殺さねぇのも殺したってつまんねぇからだ。ごちゃごちゃ言ってねぇでかかって来いや」
「……貴様がそれを言うのか?随分と饒舌だったと思うが?」
「間抜けか?時間稼ぎだよ。俺様には“高位再生能力”がある。会話が伸びりゃあそれだけ回復出来んだよ。“お説教”はその為だ。お陰でかなり楽になった。もうつまんねぇ話はする必要がねぇ」
「……貴様……」
ジャスティスはそう言って口角を上げる。
それを見て顎髭のオークも思わず口元が緩むのを感じた。
本当にどこまでも真っ直ぐな男だ。
腹立たしいが、この男の言葉に嘘は無い。
──嘘は無いのだ。
「……もう一度聞いてやる。テメェの名は?」
そう言って構えるジャスティス。
この後に及んでもその闘志はかけらほども揺るがない。ただ真っ直ぐに顎髭のオークを見つめている。
「……」
しかし彼には答えるべき名前が無い。
“名前は真の戦士のみが授かる事が出来る”
それはオーク達に伝わる言葉だ。
真に気高い戦士のみが神より名前を授かれるのだと言われており、顎髭のオークも若い頃は名前を欲して戦っていた。
しかし顎髭のオークがそれを授かる事は無かった。
戦場で名乗りを上げる彼等を羨んだ。
年若く名前を授かる者達に嫉妬した。
口に出す事は無くとも疑問に思った。
“自分は真の戦士の筈だ”と。
しかし顎髭のオークはこの時、初めて違う感情を抱いていた。
──恥じたのだ。
この男を前に、名乗る名前を持たない自分を。
“白銀のジャスティス”に名乗れぬ自分を。
彼は心の底から恥じた。
瞬間、彼の視界が一変する。
ーーーーーー
「!?」
そこは何も無い白い空間。
白い地平と、そして白い空が何処までも続いている。
影一つ無い、白い世界。
「……ここは……」
『此処は“狭間”。お前達の世界と薄皮一枚隔てた世界。薄皮一枚、我等に近い世界』
「!?」
聞こえた声に、顎髭のオークは振り向く。
そこには何かが居た。
「……ッ!?」
しかしそれが何かは分からない。見えてはいるが、理解出来ないのだ。
まるでちっぽけな蟻が、数億を超える軍勢の所作の全てを、そのちっぽけな頭と視野で把握しようとしている様な、身の程を知らない違和感。
これは──
──ま──さか──
────あ──れ────?
───
『目を閉じよ』
「!?」
薄れかけた意識が、その一言で自我を取り戻す。
顎髭のオークは言われた通り目を閉じ、そして跪いた。
この存在は、そうすべき存在だと即座に理解したのだ。
『ふむ……。無駄に言葉を交わすには無粋な状況だが、一応名乗っておこう。私は“軍神イーノマータ”。貴様等の概念で言う、“神”とやらに近い存在だ。……まぁ、その程度の存在では無いが、貴様等が理解出来る範囲ではそれが最も近い表現になる』
「……軍神イーノマータ様……」
『そうだ。まぁそれもお前達が混乱しない様に名乗る記号みたいなものだが、そう記憶しておくと良い。……さて本題だが、私がお前に“力”と“名”を与えよう』
「!?」
『ふふふ……。“名乗れぬ事が恥ずかしい”、か。久々に聞いた。だが、お前の敵は強い。お前程度では、手傷を負った奴にすら勝ち目は無い。だから私がお前に力を与える。結果の分かった勝負など面白く無いからな』
そう言うとイーノマータは顎髭のオークに触れる。
『力の名は“オーバーアームスロー”。使い方はお前が既に知っている。そして名前だが……。……フッ。お前の口から奴に教えてやれ』
その言葉の直後、彼の視界が再び一変した。
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