六操浮斧
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──ゴォッ!──
幾度目かの攻防。轟音と共に棍棒が振り下ろされる。
地面は軽く抉れ、それがどれ程の威力かを伺わせた。
確かに相応には強い。しかしこの程度の威力なら脅威にはならない。
そう判断したジャスティスは身を翻し、そのまま棍棒のオークに向かって回し蹴りを放つ。
しかしその回し蹴りが直撃する前に槍のオークが割って入り、二人は同時に跳ね飛ばされた。
「……チッ」
ジャスティスは舌打ちをする。
踏み込みが浅くなり、威力が出なかったからだ。
「ハハ!……やっぱ凄え戦士だな。アンタ。スキル込みで防御は完璧だった筈なのに手が痺れてる」
「……俺から退けてから言えよ。とは言えその意見には俺も同意だ。アンタ凄え戦士だよ」
そう言って二人は起き上がる。
「ハッ!“戦士”なんて言葉で括るんじゃねぇよ。俺様はジャスティス。ジャスティス・ビーバーだ。それ以外の言葉なんざ俺様には釣り合わねぇ。まぁ、テメェらも見所くらいはあるぜ?もう少し修行すりゃ戦士を名乗れる様になるかもな」
「ハッハッハ!……俺らじゃ戦士は名乗れねぇってか」
「……言うじゃねぇか。流石に腹が立つが、認めさせてやるよ……」
そう言って二人は再び構える。
こうは言ったが、ジャスティスは二人の技量は認めていた。
──正直、かなりやり辛い。
格下なのは間違い無いが、二人はそれを理解した立ち回りなのだ。
常に二人で立ち回り、どちらか片方が攻撃を仕掛ける時は、もう片方はジャスティスの反撃に備える。
これまでまともな戦闘では格上ばかりを相手にして来たジャスティスにとって、勝負になる格下との戦いは初めての経験だった。
そしてもう一つ気掛かりな事が有る。
それは顎髭のオークの動向だ。
奴は周囲の配下を下がらせてからずっと二人だけに戦わせている。
かと言ってこれまでの様に指示を出すだけではなく、ジャスティス達の移動に伴って場所を変え、そして時折戦斧を構えているのだ。
何らかの狙いがあるのは間違い無いが、しかしまだ分からない。
ジャスティスが二人を攻め切れないのも、それが理由だった。
鬱陶しい事この上無いが、奴に向かおうとすればこの二人に隙を見せる事になる。
それなら速攻でコイツらを倒し、奴との一対一に持ち込んだ方が良い。
ジャスティスはそう切り替えた。
一瞬の間。
そしてそれを破ったのは二人のオークだった。
「「ウォォォッッ!!」」
武器を構えて迫る二人。
そして、スキルが発動する。
「“高速突き”ッッ!!」
先に攻撃を仕掛けたのは槍のオークだ。
高速突きは文字通りの高速の突きを繰り出すスキルで、ステラがジャスティスの脇腹を穿ったスキルでもある。
確かに威力は高いが、しかし攻撃が直線的な事と発動後のキャンセルが効かないというデメリットも在り、使い所が難しいスキル。
そんなスキルを初手で使ったという事は、つまり──
「“スマッシュクエイク”ッッ!!」
「!?」
掛け声と共に棍棒のオークが地面を叩き、その地点を中心に揺れが起きる。
“スマッシュクエイク”は打撃を加えた地点を中心に振動を起こすスキル。
そう、二人のオークは振動でジャスティスの動きを制限し、槍の一撃で仕留めようとしたのだ。
真っ直ぐジャスティスへと伸びる槍。このまま行けば直撃するだろう。
しかし──
──ガシッ!──
「「なっ!?」」
二人のオークは驚愕する。
「……手としてはそこまで悪く無かったぜ?ただ、遅過ぎる」
ジャスティスがその手に槍を掴んだのだ。
「……ッ!!」
「……じゃ、ケリつけるか」
そう言って掴んだ槍を蹴り上げ、二人へと迫るジャスティス。
二人の目にはジャスティスが槍を掴み止めた様に見えていたが、実際には少し違う。
ジャスティスが“高速突き”を見るのはこれが初めてでは無い。
初めてステラに撃たれた時もそうだが、それ以降も訓練していたステラが使うのを幾度か目撃している。
その為発動タイミングと効果距離を把握しており、丁度それが切れる場所を見計らい、半歩下がって手で掴んだのだ。
棍棒のオークが地面を揺らした事には多少の驚きは有ったが、しかし視線察知から狙いがジャスティス自身に無い事は読めており、踏み留まる事が出来た。
そもそも二人よりも格上であるステラの高速突きすら見切れるジャスティスにとって、搦め手を加味したとしても二人の攻撃は遅すぎたのだ。
これで至近距離から攻撃スキルを使用し、二人を沈める。
そう思ったジャスティスだったが、不意に槍のオークの視線が上に動いた。
──このタイミングで余所見だと?
一瞬疑問符が浮かぶ。
本来ならこのまま決めるべきだ。
疲弊しているジャスティスは、長引けばそれだけ不利になる。それに二人同時に攻撃スキルで倒せるタイミングはそう多くないからだ。
しかしジャスティスは直感に従って槍のオークの視線を追った。
「!?」
──そこに有ったのは戦斧だった。
スキルによる補正を受けているのか、強いプレッシャーを感じる。
何故あんな場所にそれが有るのかはわからない。
しかし、このまま行けば直撃する。
「……レイジングテイルッッ!!」
ジャスティスは対象を変え、攻撃スキルを発動して戦斧を弾いた。
「なッ!?」
棍棒のオークを目掛けて。
顎髭のオークの視線はジャスティスを注視したまま動いていなかった。
そして戦斧が迫って来ていた角度は、顎髭のオークから見てジャスティスを中心に右上から左下にほぼ直線で向かうもので、普通に考えれば奴の攻撃である可能性は低い。
しかしこの場でこれ程の威力がある攻撃スキルを使えるのは顎髭のオークのみであり、奴が何らかのスキルでこの状況を作ったのは間違い無かった。
このまま何もしなければ、棍棒のオークは戦斧で倒れる事になる。
「……チッ」
顎髭のオークの舌打ちとほぼ同時に、戦斧が角度を変えて顎髭のオークへと向かう。
それを掴み取った奴を見て、ジャスティスは口角を上げた。
「……成る程な。投げた戦斧を操作するスキルか」
「「「……!」」」
それを聞いたオーク達は驚愕の表情を浮かべる。
顎髭のオークは軽くため息を吐くと、ゆっくりと口を開けた。
「……それを確認する為に弾いたのか。忌々しい程の才覚だな。そう、儂のユニークスキル“操作”は投擲を行なった対象を操作する効果を持つ。儂は投擲系統のスキルに特化した構築を持ち、そして極めた」
「ハッ!“極めた”たぁ大した自信だな。確かに喰らえば痛いかも知れねぇが、その程度の操作性なら普通の魔法でも出来る。ショボいユニークスキルだな」
「フッ……。それは否定出来んな。確かにユニークスキルの中ではかなり弱い部類のスキルだと儂も思う。だが、スキルは“武器”だ。そして武器は使い手次第でどうとでも化ける」
そう言うと顎髭のオークは戦斧を軽く上に投げた。
訝しげに見つめるジャスティスだったが、次の瞬間目を見張る事になる。
「……なっ!?」
顎髭のオークが次々と戦斧を取り出し、先程と同じように空中に放り上げだしたのだ。
その数は合計で六。その全てを宛らジャグリングの様に回している。
「“六操浮斧”。……これが儂の闘法だッッ!!」
「カッコイイイィィッ!!」
──ドガッ!!──
「ふぶッ!?」
「!?」
言葉と同時に顎髭のオークは戦斧を投げ、ジャスティスは槍のオークに後ろ回し蹴りをかました。
完全に不意打ちが決まり、槍のオークは膝から崩れ落ちる。
「き、汚ねぇぞ!!普通この流れで俺らを狙うか!?」
「黙れド三流!!隙を見せた方が悪ぃんだよッッ!!テメェも逝っとけッッ!!」
「〜〜ックソッタレッ!!」
そう言ってジャスティスは棍棒のオークに蹴りを放つが、棍棒のオークは必死でそれを防ぐと、ジャスティスから距離を取ろうとする。
直ぐさまジャスティスは追撃をしようとするが、しかし背後から戦斧が迫るのを感じて振り向いた。
「うぉりゃぁっ!!」
──ガィン!──
硬質な音と共に跳ね上がる戦斧。
ジャスティスが振り向きざまに蹴り上げたのだ。
「!?」
しかしジャスティスの目に再び斧が映る。
全く同じ軌道で二つ目の斧が飛んで来ていたのだ。
「ッッソがッッ!!」
振り上げた足を踵落としの様に振り下ろして迎撃しようとするジャスティス。
しかし戦斧は足が当たる直前で角度を変え、顎髭のオークに戻って行く。
「チッ!」
その直後、今度はジャスティスの真上、そして左右からスキルが乗った戦斧が迫る。
流石にスキル込みなら素手だけで対処するのは難しい。
ジャスティスは攻撃スキルで迎撃しようと身構えるが──
「“スマッシュクエイク”ッッ!!」
「!?」
掛け声と共に棍棒のオークが地面を叩き、ジャスティスの足元を中心に揺れが起きる。
「……“隙を見せた方が悪ぃんだよ”だったか?」
「〜〜ッッ雷神グテイルッッ!!」
数舜の間を置き、ジャスティスは攻撃スキルを発動する。
──ガィンッッ!!──
弾かれる三振りの戦斧。
流石のジャスティスもこの攻防には肝を冷やしたが、しかし何とか間に合った。
棍棒のオークも直撃とは行かないが、スキルの放電に巻き込まれて相応のダメージを受けている。
結果としては寧ろ上々──
「……ッッ!!」
──そう思ったジャスティスだったが、その視界に飛来する戦斧が映る。
それはこれまでで最も強いプレッシャーを感じさせるもので、直撃すれば軽視出来ないダメージを受ける事になるだろう。
そして、それは避けられない。
戦斧は、倒れ行く棍棒のオークの背後から迫っていたのだ。
──ザシュッ!!──
「ぐッッ!!?」
右の肩口に戦斧が突き立てられ、大きく出血するジャスティス。
咄嗟に体を捻る事で致命傷を避ける事は出来たが、しかしかなりのダメージだ。
ジャスティスは刺さった戦斧を掴むと、地面に落として踏み砕き、二人のオークを交互に睨んだ。
「……やるじゃねぇか……。ド三流は取り下げてやる。今日からテメェらは“二流戦士もどき”だ」
「っててて……。……あーくそ。放電だけで死ぬかと思った。……しかし評価が辛くねぇか?」
「ハッ!これでも糞甘い評価だ。ゴチャゴチャ言ってねぇでさっさと構えろ」
「……ブレないねぇ」
棍棒のオークはそう言ってジャスティスを警戒しながら距離を取る。
隙が有れば沈めてやろうと思ったのだが、流石に学習したらしい。
棍棒のオークはジャスティスを挟み、顎髭のオークと向かい合う様に立つ。
中々いやらしい位置だ。二人同時に仕留める事は出来ず、そしてどちらを攻めようとも背後からの攻撃に注意をしなければならない。
それに右肩のダメージもかなり尾を引いている。さっきから上手く右腕が上がらないのだ。
全くもって本当に──
「……本当に面白れぇなぁ?ヒヒヒ」
「……まだ笑うのかよ……」
「……」
三人は構える。
そして、最初に動いたのはジャスティスだった。
「!?」
ジャスティスは顎髭のオークを背にし、棍棒のオークに向かって走り出す。
顎髭のオークはジャスティスの背中を目掛け、残る五振りの戦斧全てを投げた。
「“投擲”、“投擲斧”、“重投擲斧”、“多重投擲斧”、“超重投擲斧”」
高速でジャスティスに向かう五振りの戦斧。
ジャスティスは跳び上がると攻撃スキルを発動する。
「雷神テイルッッ!!」
ジャスティスの攻撃に弾かれる二振りの戦斧。
残る三振りは直前で角度を変え、それを躱した。
ジャスティスはそのまま棍棒のオークに向かうが、戦斧も再度角度を変えてジャスティスへと向かう。
迫る三振りの戦斧。
ジャスティスはその戦斧に対して──
何もしない。
「「!?」」
──ガガッ!!──
ジャスティスの背中に当たる二振りの戦斧。
白銀の毛皮が大きく裂け、血が吹き出す。
残る一振りがジャスティスに迫った時、ジャスティスは四本の尻尾を盾の様に構え、それを受けた。
ジャスティスが尻尾で受けたのは、最も補正値の高い“超重投擲斧”が乗った戦斧。
ジャスティスの尻尾は三本が千切れ、最後の一本も深く傷が入った。
しかし──
「ヒッ……」
棍棒のオークは思わず声を漏らす。
拳を振り上げたジャスティスが、直ぐ目の前まで来ていたからだ。
──ゴウッッ!!──
「!!!」
振り抜かれたジャスティスの拳。
棍棒のオークは声も出せずに地面へと倒れた。
「……流石に……糞痛ぇな……」
ジャスティスはそう言うと地面に転がっている三振りの戦斧を砕く。
そして顎髭のオークへと振り返り、こう聞いた。
「テメェ……名は?」
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ジャスティス達の決闘を、遠くから見る者達が居る。
一人は蛇の様な頭髪と人の上半身、そして蛇の下半身を持つ魔物。
もう一匹は八つの頭部を持つ巨大な蛇の魔物だ。
『姉さん。良い所に出くわしたね。どうする?』
「勿論頂くわよ。あのビーバー、良い父様になりそう」
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