奴こそが。
ーーーーーー
「投擲!!右翼から放てッ!!射線に掛かるなッ!!」
「「ハッ!!」」
顎髭のオークの指示と同時に、戦士達が一斉に動く。
左翼から。
これは顎髭のオークが開戦直後に使う手で、状況に応じて指示内容は違うが、初手のみ口頭で指示を出した方向の反対側から行動する様に徹底してある。
子供騙しの様な手だが、その効果は相応に有り、これまでも開戦直後に敵先頭部隊にダメージを与えて来た。
指示とは真逆の方向から投擲のスキルが乗った投石がジャスティス達に向かうが、しかし寡兵のジャスティス達には効果は薄く、それを躱して即座に反撃して来る。
「高位閃光だッッ!!」
「「「ハイ!親分!!」」」
「!?」
ジャスティスの言葉と同時に六匹のフェレットが強烈な閃光を放ち、オーク達は一時的に視界を失った。
“高位閃光”は一定時間発光状態を維持する魔法で、目眩しとしては高い効果を持つ魔法だ。
「チッ!」
失われた視界に思わず舌打ちをする顎髭のオーク。
しかし、同様の事態は幾度も経験している。
何人かは倒されるかも知れないが、総数の差を考えれば大したダメージとは言えない。
落ち着いて対処すれば問題は無いだろう。
そう思った顎髭のオークだが、しかしその直後、予想外の事態が起きる。
「「「レイジングテイル!!!」」」
「!?」
三匹のフェレットが閃光の中自分に近付き、攻撃を仕掛けて来たのだ。
足元から聞こえたその声に、顎髭のオークは咄嗟に無詠唱で防御スキルを発動する。
(“鉄壁”!)
顎髭のオークが使ったスキルは“鉄壁”と呼ばれるスキルで、自身の装備する盾のDF補正値を瞬間的に全身に付与するものだ。
顎髭のオークが二番目に得意とするスキルで、幾度もこれで命を救われて来た。
その直後、硬質な音と共に全身に衝撃が走る。
──キィィンッ!!──
「チッ!硬いです!!」
「もう一度やる?」
「そうしよ──」
「フゥンッッ!!」
「「「!?」」」
再度攻撃を仕掛けようとする三匹のフェレットに、戦斧を振るう顎髭のオーク。
三匹はそれを躱して後方に退がるが、彼はそれを追わない。
深追いしてジャスティスに迎撃されるのを警戒したのだ。
思ったよりも早い。フェレット達も油断して良い相手では無い。
顎髭のオークは閃光の収まった前方を向き、ジャスティスへと視線を戻そうとした。
「……!?」
──しかし、居ない。
前方に居るのは先程奇襲を仕掛けた三匹のみで、残る三匹とジャスティスが居なくなっていたのだ。
同じくジャスティス達が居ない事に気がついた部下が話し掛けてくる。
「閣下!奴等が消えました!!」
「……奴等まさか逃げたのでは?」
「いや……」
それは無い。“黒鉄のトカゲ”は兎も角、“白銀のジャスティス”はそんな小者では無い。
しかし、この場から消えたのも事実。
ならば──
顎髭のオークは小型盾と戦斧を掲げると、その二つを打ち付けスキルを発動する。
「“反響定位”!」
“反響定位”はパッシブでは無くアクティブの探知系スキルだ。
スキルレベルに応じてだが、発した音の届く範囲の隠密系スキルを強制解除し、対象の位置を特定する効果を持つ。
恐らく白銀達は閃光を放った瞬間、オーク達の認識が逸れた事を利用して隠密を発動させて身を隠したのだろう。
確かに一瞬戸惑ったが、タネが分かれば対処出来る。
周囲に響く金属音。そして、ジャスティス達が姿を現わした。
「なっ!?」
その光景にオーク達全員が驚く。
寝ているのだ。
戦場のど真ん中で。ジャスティスが。
暫く呆然としていたオーク達だが、我に返った顎髭のオークが指示を飛ばす。
「奴は負傷の回復を図っているッッ!!距離を詰めて畳み掛けろッッ!!」
「「ハッ!!」」
顎髭のオークの言葉に前方のオーク達が一斉に動き出す。
恐らく息子の持っていた“軽微再生能力”と同系統の回復系のスキルを有しているのだろうが、このまま回復などさせる訳が無い。
迫るオーク達をフェレット達は必死に牽制するが、しかし数に押し切られて後退し始める。
やがて先頭の一部がジャスティスを間合いに入れた。
「死ねぇぇッッ!!」
振り下ろされる戦斧。
このままいけばジャスティスは永遠に眠り続ける事になるだろう。
しかし──
「“雷撃・旋風脚”ゥゥゥッッ!!」
「「「グハァッッ!?」」」
迸る雷光。
即座に飛び起きたジャスティスのスキルによって、前方に居た数匹のオークが跳ね上がる。
ジャスティスはそのまま周囲のオーク達を薙ぎ倒すと、高らかに宣言した。
「よっしゃ!!もう治った!!死にてぇ奴から順番に掛かって来いや!!」
「「「流石親分!!」」」
ッんな訳有るかッッ!!
内心ツッコミを入れざるを得なかった顎髭のオークだが、直ぐに冷静に考える。
あの破壊力は確かに負傷を感じさせないものだったが、流石に回復時間的にハッタリだと分かる。
それより気になるのは──
「……貴様、魔力が尽きたのでは?」
ジャスティスがスキルを発動した時、周囲を巻き込む様に雷撃が発生していた。
そしてこの手のスキルは魔力消費を伴う場合が殆どなのだ。
ジャスティスが嘘をついたとは思えないが、タネが分からない。
それを聞いたジャスティスは口角を上げて答える。
「ああ。尽きてるぜ。……だが、俺様が持つ四つのスキル。“ノーマルスキル:雷神の庇護”、“EXスキル:雷神の加護”、“ユニークスキル:雷神の恩寵”、そして、“オリジンスキル:雷神の寵愛”の同一報酬で通常のスキルにも無条件で雷撃を付与出来んだよ。因みに俺様に名前をくれたのも雷神ヴェイルヴァルガ様だから、並みの威力じゃないぜ?」
「……神の名を冠するスキルを四つも所持している上に、その神に名前を授かったのか……。ハッタリだと思いたいが、此方はハッタリでは無いだろうな……」
「あ?俺様がハッタリなんぞいつついた?」
「フハハ!分かりやすいな。会話で時間を稼ぎ、傷の回復を図っているのだろう?派手な技を使っていたが、それが逆にお前の状態を教えてくれた。お前は最大の攻撃を放つ事で我等を警戒させ、短期的ではあるだろうが膠着状態になる事を望んでいる」
「……勝手な思い込みだな。さっきも言ったが、怪我はもう回復してる」
「そうか。まあどちらでも良い。ただ、お前が回復目的で会話していると思ってる儂が何故こうして会話に付き合ってると思う?」
「……あ?」
「我等にも準備が必要だったからだ。やれッッ!!」
「!?」
ジャスティスは顎髭のオークの言葉に身構える。
その反応は特定の方向からの攻撃を警戒しており、その事実から顎髭のオークはジャスティスのスキルの一つを見破った。
──間違い無く“視線察知”を持っている。
事実ジャスティスが身構えた方向には、隠密を使用した配下が居り、奇襲可能な状態で待機させていた。
視線察知を持っていなければ、この反応は出来ない。
だが、顎髭のオークの狙いは別にあった。
「──ッしまッ!?」
ジャスティスの顔が驚愕に染まる。
一匹のフェレットの背後から三人のオーク達が現れたのだ。
「「「!?」」」
ジャスティスに遅れてその存在に気付くフェレット達。
ジャスティスは慌ててフェレット達の下に向かおうとするが、その直後、ジャスティスを衝撃が襲う。
──ゴッ!!──
「グハッ!?」
「“暗殺者の一撃”」
そう、先程ジャスティスの近くに潜んでいたオークだ。
彼は咄嗟に態勢を崩したジャスティスの隙を見逃さなかったのだ。
ステータス差の為に傷を負わせる事は出来なかったが、その一撃に大きく飛ばされて蹲るジャスティス。
フェレット達は奇襲を躱して逆にオーク達を倒したが、ジャスティスは蹲ったままだ。
ジャスティスに追い討ちをかけようとするオークだったが、顎髭のオークから指示が入る。
『下がれ。大技が来るぞ』
オークはその指示通りジャスティスから距離を置いた。
これは顎髭のオークが持つクラススキル、“司令”の効果で、一方的だが広範囲かつ多数を対象とした指示を出せる。
また、口を動かさずに指示を出せる為読唇による看破も防ぐ事が出来た。
「雷神グテイルッッ!!」
直後、放電を伴ったジャスティスの尻尾が周囲を襲う。
しかし既にオーク達は居らず、その攻撃は空振りに終わった。
「チッ!」
舌打ちするジャスティスだが、しかし顎髭のオークは手を緩めない。
寧ろ此処からが本番だ。
『“女郎蜘蛛の計”』
指示を受けたオーク達が一斉に動き出す。
“女郎蜘蛛の計”とは顎髭のオークが作った投擲指示の一つだ。
対象を前方に置き、灘らかなV字を描く様に展開した投擲部隊が一斉に投擲を繰り返す。
こうする事で格子状の射線が形成され、範囲内に継続的かつ回避困難な攻撃が可能となるのだ。
視線察知は確かに利便性の高い探知系スキルだが、攻撃が来る方向が分かっても対処出来なければ意味は無い。
ジャスティス達は次からは次に飛来する投石を必死に躱す。
確かに一撃一撃は連中のステータスから考えて大したダメージにはならない。
それは先程の“暗殺者の一撃”からも読み取れる事だ。
しかし体力はそうはいかない。
魔力は尽き、脇腹には大きな負傷が有る。
この状態で回避行動を続ければ、如何に強大なステータスを持つジャスティスでもやがて力尽きる。
そして、そこを突いて精鋭達でトドメを刺すのだ。
“白銀のジャスティス”は間違いなく強い。
ポテンシャルだけで言うなら、既に二つ名持ちユニーククラスと言っても過言では無いだろう。
しかし、経験が足りない。
奴は誤認しているのだ。
我等“黒南風の戦士”は“個”の集まりでは無い。我等全員で“黒南風の戦士”と言う一匹の巨大な魔物なのだ。
それを理解出来ぬ奴に、我等が負ける筈がない。
そう思い獰猛な笑みを浮かべた顎髭のオークだったが、その直後、ジャスティス達が新たな動きを見せた。
「……?」
ジャスティスを中心に三匹のフェレットが囲み、そして残る三匹が飛来する投石を防ぎ出したのだ。
確かにそうすればジャスティス達四匹は休む事が出来るだろうが、しかし迎撃する三匹の負担は半端な物ではなくなる。
それが分からない奴ではない筈──
「「「ハイ・ライトニング!!」」」
「!?」
顎髭のオークは驚愕する。
中央に居た三匹のフェレットがジャスティスに向かって雷撃を放ったのだ。
「グゥッ……!」
苦痛に顔を歪めるジャスティス。
何をしている!?
困惑する顎髭のオークだったが、しかしその直後、ジャスティスは両手を掲げ、自分に放たれた雷撃を集め出した。
やがて、雷撃は大きな光球へと姿を変える。
『ッ!不味い!!全員防御を──』
「“極星雷光鞭”ッッ!!」
──ゴォォォッッ!!──
ジャスティスから伸びる巨大な雷撃の鞭が、投擲部隊のオーク達を襲う。
オーク達は防御しようとするが、しかしその威力を前に成す術が無い。
目がくらむ程の閃光の後、顎髭のオークが視界を戻すとそこには凄惨な光景が広がっていた。
「……ッ!!」
──全滅だった。
投擲部隊の全員が、大地に倒れ伏していたのだ。
辛うじて生きてはいる様だが、戦線に復帰する事は絶望的だ。
あの一撃で、三分の一に近い兵力を失ったのだ。
だが、ジャスティスも無傷ではない。
全身から煙が上がり、純白だった体毛もあちこち焦げている。
当然だ。如何に耐性が有るとは言え、強力な雷撃魔法を至近距離で直撃しているのだから。
脇腹の刺し傷も加味すれば、下手をすれば死んでいたかも知れない。
しかし──
「……へへへ……。良い感じだ。盛り上げてくれんじゃねぇか“黒南風の戦士”。これだから……戦いは辞められねぇ……!!」
ジャスティスは笑う。心底楽しそうに。
それを見た顎髭のオークは背筋に氷柱を突き立てられた。
理解出来ていなかったのは自分の方なのかも知れない。
奴が、奴こそが。
奴こそが“白銀のジャスティス”なのだと──
「……」
顎髭のオークは無言で背後に視線を送る。
そこに居るのは二匹の男爵級のオーク。
それぞれが槍と棍棒を手に持ち、精強さを感じさせた。
「……身体を温めておけ。奴を消耗させてから我等三人で仕留めるぞ」
ーーーーーー