そのうち
ーーーーーー
「なぁ師匠。師匠とジャスティスってどっちが強いんだ?」
夕食を済ませた後、アッシュが不意にそう言って話し掛けて来た。
レナも興味があるのか、その話に入って来る。
「“ジャスティス”って前に話してた人?貴方達の群れで最強の魔物で、アッシュの恋の好敵手とか言う」
「恋の好敵手って何だよ!!俺は別にアイツの事が好きな訳じゃねぇし、アイツだってジャスティスの事なんざ好きじゃねぇ!!」
「ほほぅ?思ったよりもウブな反応ね?自分でも自覚してはいるけど、それを弄られるのが嫌。そんな若々しいプライドを感じるわ。ほれ、お姉さんに話して御覧なさい?」
「誰が“お姉さん”だ!!テメェだってションベン臭ぇガキじゃねぇか!!大体今話してんのはジャスティスと師匠とどっちが強いのかって話なんだよ!!」
机をバンバンと叩いて憤慨するアッシュ。
レナは肩を竦めてこちらに視線を向ける。どうやらアッシュを弄るよりも私の答えが気になる様だ。
私は少し考え、アッシュの質問に答える。
「……ジャスティスだ」
「!?」
驚いた顔をするアッシュと、感心した様な表情をするレナ。
「驚いたわね。てっきり貴方が一番強いんだと思ってた。だって群れのボスは貴方な訳でしょ?」
「私は別に最強だから群れを統べている訳では無い。適性が最も高い事と成り行き。そして私自身が望んでいるから今の立場に居る」
「で、でもよ!師匠はジャスティスの奴に勝った事が有るんだろ!?」
そう言って私に詰め寄るアッシュ。
「……顔が近い。勝ったのは勝ったが、アレは運が良かっただけだ」
「運?」
「そうだ。私とジャスティスは共に最下層に近い位階から進化して来た魔物だ。そして、位階は下がれば下がるだけ野生動物としての側面が強く出る。私はスモールリトルアガマと言う真社会性を持った魔物の雄として生まれたが、このスモールリトルアガマには変わった習性があって、繁殖期になるまでの一定期間、雄が番いとなる雌を養うんだ。まぁ、分かりやすく言えば雄は衣食住の世話をして、雌は交尾に備える」
「……貴族社会の令嬢みたいね」
「似たようなものかも知れんな。そして、そんなスモールリトルアガマの雄として生まれた私は、当然ながら生きる為に狩りをしなければならなかった。それも妹達の分までな。幸い私はユニークモンスターとして生まれ、高い知能とユニークスキルを持ち合わせていたからさして苦労はしなかったが、それでも戦闘経験は否応無しに増えた。対するジャスティスはボルトラットと呼ばれるハーレムを形成する魔物として生まれたが、このボルトラットはスモールリトルアガマの雄とは違って集団で狩りをする。つまり、ジャスティスは私と会った時点では、戦闘経験もステータスも遥かに格下だったんだ」
「……!!」
「ふーん」
「……まぁ、奴が卑怯な手段で私に不意打ちを仕掛けたりしたのもあるが、その条件でもかなり苦戦させられた。今じゃその戦闘経験の差も無くなり、精々ステータスぐらいしか有利が取れてない。一方的な負けは無いが、恐らく十回戦えば九回は私が負けるだろう。……事前準備無しならな」
「で、でも師匠は頭も良いし──」
「ジャスティスも頭は良いぞ?いや、寧ろ私よりも頭は良いだろう。私はユニークモンスターとして持って生まれた“経験”と“知識”を使うが、奴は持って生まれた“知能”と“閃き”を使う。賢い者とは知識を持つ者を指す言葉では無く、知恵を生み出せる者の事だと私は思っている。私の基準で言えば、間違い無くジャスティスの方が頭が良い」
「……!!」
「……随分と評価してるのね、そのジャスティスって奴を」
「そりゃあな。アイツが居なければこうしてフィウーメに来るなんて選択肢は最初から無かった。ジャスティスが居るからこそ留守に出来たんだ。奴は間違いなく“天才”だ。私は自分の事を優秀だと評価しているが、所詮は凡才の域を出ない。私とジャスティスでどちらが強いかと言われれば、ジャスティスで間違いないだろう」
「──ざっけんなよ師匠!!さっきから聞いてりゃアホみてぇにジャスティスの事持ち上げやがって!!俺は師匠の弟子なんだぞ!?師匠に“自分は凡才だ”“ジャスティスは天才だ”なんて言われたら俺が馬鹿みてぇじゃねぇか!!」
「アッシュは馬鹿じゃないのか?」
「心底分からないみたいな感じで言うんじゃねぇぇぇッッ!!俺は馬鹿じゃねぇッッ!!」
「……アッシュは馬鹿じゃ……ないのか……!?」
「心底驚いたみたいにも言うんじゃねぇェェッッ!!立つ瀬がねぇって話なんだよ!!師匠がどう思ってるかは兎も角、弟子の前では“自分が世界一強い”って感じでいろよッッ!!」
アッシュは再度机をバンバンと叩く。
もっと弄っても楽しそうだが、多少は師匠らしい所も見せておく必要も有るな。
「……落ち着けアッシュ。ジャスティスは確かに強い。センス、ステータス、位階。どれをとっても欠点は無いし、覚醒解放に至っては恐ろしい程の汎用性がある。……だが、対抗できない訳じゃない」
「……対抗?」
「そうだ。ジャスティスに限らず天性の素質に恵まれた者には良く見られる事だが、奴等天才は“過程”に対する理解が浅い。最短で答えが出せる分、そこに至る経緯を考える事が少ないんだ。だからこそ私達の様な凡才は準備に時間を掛ければ良い。幾つものパターンを想定し、可能な限りの手を尽くす。奴等天才が対応しきれる限界を超える様にな」
「凄い手間だな……しかもそれで対抗止まりか……」
「愚痴愚痴言っても仕方あるまい?どの道自分と言う手札は変えられないんだ。ならばその手札でどうするのかを必死に考えるしか無い。……それに最短で答えを出す必要は無い。必要な時に必要な結果が出せるなら、天才だろうが凡才だろうが変わらない。……私はお前がそれを出来る奴だと思っている」
「……!」
私の言葉に若干嬉しそうな顔をするアッシュ。
相変わらず乗せやすい奴だ。
まぁ、だからこそ鍛え甲斐もある訳だが。
私達の話を興味深げに聞いていたレナが、思い付いた様にこう聞いて来た。
「ねぇ、さっき“事前準備無しなら”って言ってたけど、逆に“事前準備有り”なら勝率はどうなるの?」
その質問に私は少し考え、そしてこう答えた。
「……五分五分だ。アイツは天才だからな」
ーーーーーー




