フランシスとスカー②
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それから少年……スカーはフランシスの副官の一人になった。
スカーがフランシスの副官のなる際に交わした条件は二つ。
“隙が有れば殺しても良い事”、そして“それ以外の時は命令に従う事”だった。
初めは何度もフランシスを殺そうとした。
しかし殺すどころか触れる事すら叶わない。
「ハハハ!どこ狙ってるの?」
「“隙が有れば”って言わなかったっけ?何基準で隙があると思ったの?」
「///ちょ……そんな所触るなんて///」
「ハハハ!ハハハ?ハハハハハハッッ!!」
いつか殺す。絶対に殺す。今に殺す。
そんな事を考えながらフランシスに仕え続け、いつしかスカーは少年から青年と呼べる歳となった。
その頃には友人と呼べる者達も出来ていて、気が付けばスカーがフランシスの暗殺を企てる事も少なくなっていた。
──そんな時だった。
その日、スカー達はダンジョンから獲得した食料を運び森を移動していた。
その頃には既にアペティが王となっており、フランシスとその副官であるスカー達がその任を任されていたのだ。
当初は順調に進んでいたのだが、しかし突如として現れたグランドエイプの一団に強襲を受け、部隊は散り散りになってしまう。
五倍近い戦力差が有り、正に絶対絶命とも言える状況下だったが、フランシスはその圧倒的な才覚を見せつけ、それを退けたのだ。
「ハハハッッ!さぁ、みんな!勝鬨を上げるよ!!間抜けな猿共に聞こえる様にねッ!!」
「「「ウォォォッッ!!」」」
森に響き渡るオーク達の咆哮。
グランドエイプ達はそれを尻目に逃げ出して行く。
スカーはフランシスの側に近寄ると、小声で話し掛けた。
「……まさかこれだけの戦力差で圧勝されるとはね……。正直言って死ぬかと思いましたよ」
「ハハハ!スカー……あ、みんなが居る時はそう呼んじゃ駄目だったね。……君は心配性だな。僕が居るのに負ける訳が無いだろう?」
「ですが五倍近い戦力差です。フランシス様が死ななくても私が死ぬ可能性は有りました」
「ハハハ!そういやそうだね!君は弱っちいままだし!」
「……フランシス様……」
スカーはフランシスの言葉に肩を落とす。
フランシスの副官は三人居り、その内のノッポとデブと呼ばれている二匹は既にジェネラルまで進化している。
しかしスカーはノーブルで止まっており、彼はその事を気にしていたのだ。
「ハハハ!まぁ仕方ないよ!スカーは頭を使う仕事の方が向いてるし、余り戦場には出ないからね!──っと、……どうやらお客様みたいだ」
「?」
フランシスはそう言って森の一画に視線を送った。
釣られる様にその視線をなぞったスカーだが、なんとそこには赤毛のグランドエイプが立っていたのだ。
他のグランドエイプよりも巨体で、屈強な肉体をしている。恐らく幹部クラスの個体だろう。
「なっ!?」
慌てて部下達を呼ぼうとしたスカーだが、それは他ならぬフランシスに止められた。
「ちょ、フランシス様!邪魔しないで下さい!敵なんですよ!?」
「分かってるよ!だけどあの娘は何か言いたいみたいだし、聞いてあげなきゃ。女の子には優しくしないとね」
「フランシス様……まさかグランドエイプにまで手を出されるのですか?」
「ハハハ!まさか──……。ハハハ!!」
「ちょっと!?」
フランシスの底知れぬ性欲に驚愕するスカーだったが、赤毛のグランドエイプはそのやり取りを無視して口を開いた。
「……私は“賢猿のスグリーヴァ”様が麾下。五本の指が一人、“双剣のエステリア”。“黒南風のマダム・アペティ”殿の副官、“影剣のフランシス”殿とお見受けする」
「ハハハ!まぁ、一応そう言われてるよ!君とは初めましてだよね?それで、僕がフランシスだとしてなんの御用かな?」
「……貴殿に一騎打ちを挑みたい。貴殿にその勇気が在るのなら」
エステリアはそう言って剣を掲げた。
フランシス達の様子に周囲のオーク達も彼女の存在に気付き、その動向を見守り出す。
しかしフランシスはエステリアの言葉に吹き出した。
「ブフッッ!?ハハハッッ!!ハハハ!ハハハハハハッッ!!ハッハッハッ!!」
「な、何がおかしいッッ!!」
怒るエステリア。
しかしフランシスは尚も笑いながら続けた。
「ハハハハハハ!!そ、そりゃあ笑っちゃうでしょ!!状況分かってる?奇襲を仕掛けた挙句に負けて、そこから一騎打ちを挑むなんて馬鹿としか言い様が無いじゃん!!しかも“勇気”って五分の一の戦力に奇襲を仕掛けて負けた奴が決闘の口上にして良い訳?ハハハッッ!!ハハハハハハッッ!!」
「き、貴様ぁぁぁッッ!!」
激昂したエステリアはフランシスに斬りかかる。しかしフランシスはそれを躱し、笑いながらエステリアと向き合った。
「ハハハッ!!ハハハハハハッッ!ハハハ!あー面白い!!……でもさ、幾つか言わせて貰うね」
「……!?」
「先ずさ、“賢猿のスグリーヴァ”の名前は出すべきじゃ無かったよ。それじゃあ彼の名前に傷が付く。スグリーヴァは賢いから“賢猿”って二つ名が付いてるんだ。それは僕も認めてる。そんなスグリーヴァが高々五倍程度の戦力差で僕が率いる部隊に奇襲を仕掛けるなんて絶対に有り得ない。厳命されてる筈なんだよね。“フランシスには手を出すな”って。……この奇襲は君の独断だろう?」
「……ッ!」
フランシスの言葉にエステリアの顔が目に見えて歪む。
「図星みたいだね。大方部隊の移動中に偶然見かけたとかそんなしょーもない理由で奇襲を仕掛けたんでしょ。それで惨敗して、せめてもの言い訳にと僕の首を欲して決闘を挑んだ。……随分と舐めた事してくれるな。小娘」
「……ッ!!」
「……それともう一つ言わせて欲しいのは、“黒南風のマダム・アペティの副官”ってところだね。僕は別にアペティ……あ、陛下か。陛下の副官になったつもりは無いよ。一応、昔のよしみで顔を立ててはやってるけど」
「へ、減らず口を叩くなッ!!私でもオークキングへの進化条件は知っている!!貴様等の王はアペティで間違い無い!!」
「ハハハ!そう言えばアペティ──陛下も不思議がってたね!“何故私が進化したの?”って。だけど僕から言わせれば当然だよ。だって僕は最初から父上の群れに属しているつもりなんか無かったもん。だから、僕を除いてアペティが最強だっただけなんだよ。帰属意識の無い僕には進化条件が合わなかったのさ」
「そ、そんな訳があるかッッ!!大言壮語も大概にしろッッ!!」
そう言って吠えるエステリア。だが、その言葉とは裏腹に彼女はフランシスの言葉に真実味を感じていた。
フランシスはその様子を見てニヒルな笑みを浮かべると、その手に剣を握る。
「ハハハ!……じゃあ試してみる?決闘を受けてあげるよ。寝小便を隠す様な真似をする小娘の相手くらい、安いものだしね」
「ほ、ほざけぇぇッッ!!」
そうして始まったフランシスとエステリアの戦い。
スキルも魔法も駆使して戦うエステリアに対し、フランシスは剣しか使わない。
キンキンキンキンキンキンキン!
「どうしたフランシスッッ!デカい態度の割には守ってばかりだなッ!!」
キンキンキンキンキンキンキン!
「……そろそろ終わりにしてやるッッ!!」
キンキンキンキンキンキンキン!
「……!?」
幾度も交わる剣と剣。
最初は苦戦していたフランシスだが、しかし時間が経つにつれ徐々に押し返し始める。
キンキンキンキンキンキンキン!
「〜〜ックソッ!」
エステリアはフランシスから距離をとって向き直った。
「何故だ!?何故私の剣が届かない!!スキルも魔法も使わぬ貴様に!!」
「いや、実力でしょ。パターンも読めて来たし。でも君も良い腕してるよ?流石はスグリーヴァの副官の一人だね」
「舐めるなァァァァッ!!」
そう叫んで再びフランシスに斬りかかったエステリア。
しかし焦りと怒りでその剣筋は精細さを欠いていた。
──そして、フランシスはそれを見逃す様な馬鹿では無い。
キンキンキキン!キンキキン!キンキンキキン!キンキンキキン!キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキキキキン!キンキキィンッ!!
「!?」
大きく跳ね上がるエステリアの双剣。フランシスはそのままエステリアの首元に剣を当てた。
「勝負あり、だね」
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