フランシスとスカー①
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誰も居ない牢獄の中で、オークの少年は一人死を待っていた。
体中のあちこちが酷く痛むが、それよりもずっと心の痛みの方が耐えがたい。
集落を襲われ、父も殺され、生き残った者達は隷属を強いられているのだ。
──他でもない、同族のオーク達によって。
オーク達はこの黒竜の森の中域を生活圏とし、幾つかの氏族に別れて平穏に暮らしていた。
しかしリャンスー氏族と呼ばれる大きな氏族の王が、“オークの真の統一”を掲げ、周囲の氏族達を取り込み出したのだ。
無論、これまでも似たような事は幾度か有り、その度にオークの王は生まれて来たが、今回のそれはこれまでとは規模が違った。
そして当然ながら取り込まれた氏族達はこれまでよりも苦しい生活を強いられる事になる。
それでもそれなりの規模を持った氏族達は相応の扱いを受けている様だが、青年が暮らしていた様な弱小の氏族はそうは行かず、酷く理不尽な条件を突き付けられた。
少年達の集落の氏族長は余りの酷さにそれを拒んだのだが、その結果集落は滅ぶ事になったのだ。
恐らく、他の集落への見せしめの意味もあったのだろう。
親しい者達は皆死に、激しい怒りと悲しみに苛まれるが、それを晴らす事は彼の四肢を繋ぐ鎖が許してくれず、そして仮にそれが無くとも少年には復讐を遂げられるだけの強さは無い。
ならばいっそ一思いに死にたい。
それが少年の想いだった。
「……君かい?医術に心得があるオークって」
彼は不意にそう声をかけられた。
その声が言う通り、彼は集落に暮らしていた年老いた薬師のオークの助手をしており、医術に心得がある。
単純な薬草の調合や調達は熟せ、ある程度なら病状の判断や怪我の処置が出来た。
そしてそれが少年が生かされている理由だったのだ。
「……殺せよ」
少年は顔も上げずにそう口にした。
この手の説得は既に数回受けている。
“その医術の知識をオークの為に活かすと言うなら生かしてやろう”
“共にオークの為の王道楽土を築こう”
“メスを抱かせてやる”
その何れもが少年にとって何の価値も無いものだった。
少年が望むのは以前の暮らしだ。
薬師を手伝い、友人と馬鹿をし、両親の待つ家に帰る。
そんな暮らしを死ぬまで続けたかった。
しかしそれはもう叶わない。
「……うーん、“殺せ”か……。実はさ、父上が君の態度に腹を立ててて、君を殺すって言ってたんだ。だけどほら、僕って今絶賛反抗期な訳じゃん?絶対に君を殺させたくない訳よ。だから僕の配下にする事にしたんだ」
「殺せ」
「嫌だっつってんでしょ。君は馬鹿なの?君はもう僕の物だし、死なれたら使い物にならないじゃん。光栄に思いなよ?僕みたいな高貴なオークの物になれたんだから」
「誰がテメェなんかの──」
少年はそう言いかけて言葉を失った。
──美しかったのだ。
少年が顔を上げた時に目に入った、声の主の姿が。
まるで聖別された銀糸の様に光沢を放つ髪。
一切の無駄が存在しない身体つき。
そして女神の様なブタ面。
およそ“美”と呼ばれる概念の全てがそこに在った。
「……何ぼうっとしてんの?あ、惚れた?まあ僕みたいな美貌を見たらそれも仕方ないけどね」
少年はその言葉に我に返り、悪態を吐いた。
「だ、誰が惚れるかッ!!いいからさっさと殺せッ!!俺を生かしておいてみろ!!テメェのその綺麗な面をズタズタにして殺してやるッッ!!」
少年は本気だった。どの道生きている意味は無い。それならそのくらいの事をしてやりたい。
それにこう言えば短気を起こしたこのオークの手で自分も死ねると思ったのだ。
しかし──
「ハハハ!良いねそれ!面白そう!よし、じゃあ僕に隙が有ればいつでもかかって来て良いよ。ノッポ、デブ、彼の鎖を解いてあげて」
目の前のオークはそう言って少年の拘束を解かせたのだ。
「なんのつもりだッッ!!」
少年は怒った。
自分は本気で目の前のオークを殺すと言ったのだ。にもかかわらずこのオークはそれを面白いと言い拘束を解いた。
少年は自分の覚悟を馬鹿にされたと感じたのだ。
──そして、それはその通りだった。
「ハハハ!それは勿論おちょくってるつもりだよ!同胞を殺され、“死にたい死にたい”って言って自分を慰めてる哀れなオークをね」
「……殺してやるッッ!!」
少年はそう言って飛びかかった。
確かに目の前のオークが連れた二人のオークは強そうだが、このオーク自体は強そうには見えない。
確かに自分は戦士ではないが、それでもメスのオークに負けはしないだろう。
少年はそう思った。
だが──
「グブッ!?」
気が付けば少年は地面に倒れていた。何をされたかは分からないが、しかし目の前のオークが何かをした事だけは分かった。
倒れた少年を前に、女神の様なオークは笑いながらこう言った。
「ハハハ!駄目じゃないか!殺す気なら声を出しちゃ!まぁ、それでも僕を殺せる自信があったなら話は別だけど、残念ながら僕程のオークは誰にも殺せないよ?それが例え父上だろうとアペティだろうとね」
「テメェ……何なんだよ一体……」
「僕はフランシス。“君の王”だ。君はそうだな……“スカー”にしよう。僕の顔をズタズタにして殺すんでしょ?だったら“傷の男”ってピッタリの名前じゃない?」
そう言って目の前のオークは笑みを浮かべた。
それが、スカーとフランシスの出会いだった──
「あ、因みに僕はオスだから」
「え……」
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