筋合い
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「閣下!ご覧下さい!これだけの戦士達が閣下を慕い集まりました!これで誇り高き戦士の一族は、真の誇りを取り戻す事でしょう!!」
「……うむ」
顎髭のオークは調子の良い配下の言葉にそう言って頷く。
この調子の良い配下は、元々彼の直属の部下と言う訳ではない。
こうして決起するに当たり、目星を付けて誘った者の一人であり、案の定トカゲ達を容易く裏切り彼の下に来たのだ。
本来なら首を跳ね飛ばしたい所だが、その必要は無いだろう。
どの道生き残る者はそう多くないのだから。
その後もその配下は顎髭のオークに美辞麗句を並べるが、彼の耳には少しも入って来ない。
眼前に並ぶ数百のオーク達を前に彼が思う事は一つ。
“こんなにも集まってしまった”
それが偽わざる彼の本心だった。
──顎髭のオークは古くから王に仕えて来た戦士の一族の末裔だ。
彼自身も先先代の王から仕え、三代に渡りオーク達を支えて来た。
どの王も仕えるに値する者達ばかりだったが、特に先代の王と自分の息子は仲が良く、幼い頃一緒に無茶をしでかした二人を散々怒鳴り付けた事を今でも良く覚えている。
彼は“戦士”として実に忠実だった。
王が望むならばどんな戦場にも向かい、自分の命を投げ出す事に何の躊躇いも持たなかった。
“自分の命は王の物で、今此処に在るのはそれを借り受けているだけ”
口には出さないが、それが彼の矜持だったのだ。
そして、それは自分が死ぬまで続くと思っていた。
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「……もう一度仰って下さい。今、何と仰られましたか?」
「……ノートの村へは私が行く。そう言ったのよ」
王の言葉に顎髭のオークは思わず激昂しそうになる。
もし仮に今の関係でなければ、彼は間違いなく昔と同じくその拳を王の頭に叩き込んだ事だろう。
しかし彼は自分の矜持で何とかその衝動を抑え込み、絞り出す様に言葉を出した。
「……陛下。どうか状況をご理解して下さい。我々は幾多の同胞とダンジョン。……そして、フランシス様を失ったばかり。乳飲み子を抱えた者も多く、グラクモア率いる蜥蜴人達の動向にも注意が必要です。その状況下で陛下を戦場に向かわせる等、到底認める事は出来ません」
オーク達の状況は決して良いとは言えない。
確かにココの村を手にし、一心地付く事は出来たが、失った物はそれと比べられる程度の物ではない。
そんな状況下で王を送り出すなど、顎髭のオークには到底認められる事では無かった。
しかし王は首を振る。
「こんな状況だからこそ私が行くの。雌達を守る戦力は削れないし、確率分離結界確保の優先度は高い。だからと言って他に任せられる人材も居ない。支配を打ち込んだゴブリンに細かい指示が必要な可能性もあるしね」
「ならば私が向かいます。そのゴブリンの支配権を譲渡して下さい。命令回数は減りますが、それで陛下の懸念は取り払われるでしょう」
それを言われた王は、困った表情を浮かべて頭をかく。
王の持つ“支配”は幾つかの条件下でその支配権を譲渡することが可能だ。
先ず、命令回数と効果時間が半分になる事。
そして対象の精神力に寄っては命令に対して対抗が可能になってしまう事だ。
確かに大きなデメリットではあるが、王の言うゴブリンはまだ幼く、そして任務の内容を考えればそこまで大きく状況が変わるとも思えない。
しかし王は暫く考えた後、おもむろに口を開いた。
「……ハッキリ言って無理よ。連中は雑魚じゃないし、貴方も歳を取り過ぎたわ。代わりに貴方達には此処の護りを頼みたいの。女子供の護りは、本当に信頼できる者達じゃなきゃ務まらないもの……それに──」
「……それに?」
「……分かってるでしょう?私はもう長くはないわ。私の体を支える為に、心臓がずっと無理をしてる。無茶な勢いで血を押し出して、その度に全身の血管が悲鳴を上げてる。……もう随分とまともに寝れてないわ。平気な顔してるけど、今もずっと頭の奥で鈍い痛みが続いているの」
「ならば大人しくしていて下さい。貴方にまで死なれたら、我等オークは他の二つ名持ち達に喰われてしまう」
「大人しくしていても、どの道死ぬわ。備えと言うのなら私は……ううん。私達は次の世代の事を考えないといけない」
「ステラ様がいらっしゃいます。それに若様も」
「ええ。でも二人だけじゃあ無理よ。あの子はまだまだ未熟だし、ステラは優し過ぎる。それを補えれるだけの人材が必要だわ」
「……それで陛下自ら赴き、そのトカゲ達の器を見極めるおつもりだと」
「ええ、そうよ」
顎髭のオークは思わず頭に手を当てる。
「……馬鹿げています。ユニークネームドとは言え、オークでもない若僧共に群れの未来を托すとでも言うのですか?」
「流石にそこまで言うつもりは無いわよ。……だけど、戦力の強化は絶対に必要だわ。スグリーヴァがここまで勢力を拡大出来たのは種族の壁に頓着が無かったからよ。このまま行けば奴は遠からずこの森を支配し、“魔王”へと至る。だけどそれは絶対に認められない。あの忌々しい蜘蛛が居る以上、私達に降伏の選択肢は無いわ。……だから私達も変わらないといけないのよ」
「……フランシス様さえ御存命ならば……」
「……止しなさい」
王と顎髭のオークはそう言って言葉に詰まる。
今は亡き、王子たるフランシスはオークにとって“未来”其の物だった。
血筋、能力、器。その全てを兼ね備えた正に“理想”を形にした様なオーク。
──しかし、だからこそ彼は死んだのだ。
子供達と、王を生かす為に。
「……兎に角、私達が考えるべきなのは未来よ。私の見立て通りなら、奴等の群れの首魁であるトカゲとビーバーは見所があるわ。スキルに頼った腕っ節だけじゃ役には立たない。頭の良さはスキルじゃあ得られないからね」
「……私にはそれ程の者とは思えませんが」
「だからそれを見極めるのよ。そしてそれを成すには私が直接出向く必要がある。……まぁ、罠は張ってるでしょうけどね。それで、子供達の護衛の任務は受けて貰えるのかしら?」
顎髭のオークは一瞬逡巡した。しかし昔から言い出せば絶対に聞かない事は分かっている。
「……是非も有りません。謹んでお受けします。私は黒南風の戦士ですから」
「頼んだわよ。命を賭けて、ね。でも、“黒南風の戦士”ね……貴方にそれを言われるとむず痒いわ。昔の様に呼んでくれない?」
「それはお断りします。私は黒南風の戦士ですから」
「……ひょっとして怒ってる?」
「とんでもない。私は黒南風の戦士ですから」
「……怒ってるわね……」
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──結局、王はそのまま帰らなかった。
トカゲとの一騎打ちに敗れ、そして散ったのだと。
ステラからその最後を聞いた時は納得出来なかった顎髭のオークだったが、その後のトカゲの手腕を見て考えが変わった。
トカゲはオークの群れが抱える軋轢と問題を見抜き、そしてそれを上手く利用して群れをまとめ始めたのだ。
無論、トカゲが打算と妥協でオークの群れを取り込んだ事は分かるが、階級と氏族による差を取り払い、その働きに応じた報酬を与えようとする方向性は、それを差し引いてもオーク達の“未来”を感じさせるものだった。
ステラに“器を見極めよ”と言い残した王の言葉が、今なら少しだけ理解出来る。
この未来は、“オーク”ではあり得なかったものだからだ。
しかし、如何にトカゲ達が優秀だからといって、王が本当に負けたとは思えない。
心身共に弱り切っていたとは言え、王は“黒南風のマダム・アペティ”。
正面からやり合って勝てる者など黒竜の森でもそうは居ない。
ましてそれが王よりも低位階なら考えられないと言ってもいい。
だからこそ分かる。
王は、勝ちを譲って死んだのだ。
顎髭のオークは自分の考えに確信を持っていた。
赤子の頃から知っている王は、誰よりも優しく、そして“戦士”であった。
王に仕え、民に仕え、常にオークにとっての最良を考え続けていた。
王が死と敗北を選んだのは、即ちそれが選択出来る最良の手だと判断したからだろう。
ステラは“満足そうに御隠れになられた”と言っていた。
王を良く知るステラがそう言うのだ。少なくとも納得して死んでいったのだろう。
しかしだからと言って──
「──下!閣下!さぁ、この場に集いし真の戦士達に御言葉をッ!!」
顎髭のオークは調子の良い配下の言葉に我に返る。
眼前には数百のオーク達が集まり、自分の言葉を待っていた。
顎髭のオークは軽くかぶりを振ると、オーク達に向き合った。
「……良くぞ集まってくれた。戦士達よ。我等はこれよりノートの村に赴き惰眠を貪るゴブリンと、誇りを忘れたオーク達を殺す。無論、あの忌々しきトカゲ共の手の者の抵抗もあるだろう。しかし──」
顎髭のオークは自分が発しようとしている言葉に一瞬躊躇した。
分かっている。
分かっているのだ。決して王は自分がこれから口にする事を望んでいないと。
だが、それでも──
「……我等は黒南風の戦士だッッ!!例え最期の一人になろうとも、王の名の下に立ち上がれッッ!!愚かな奴等に我等の誇りを見せてやるのだッッ!!」
「「「ウォォォッッ!!」」」
オーク達の咆哮が木霊する中で、顎髭のオークは一人笑みを浮かべた。
王が納得したからと言って、自分が王の死に納得出来る訳が無い。
向こうに行った時、きっと王は自分の事を叱るだろう。
“死ぬ為に戦う馬鹿が居るのか”と。
そうしたら昔の様に王の頭を殴り、こう言ってやるのだ。
“父よりも先に死んだ息子に、そんな事を言われる筋合いは無い”と──
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な、なんと13件目のレビューをいただきました!!
ブックマークから考えると凄い数のレビューだと思います。
これも皆様の御愛顧のおかげです。
エリンギの精霊さん、メッセージでも言わせていただきましたが本当にありがとうございました!
引き続き皆様の評価、感想、レビュー等々お待ちしてます!




