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昆虫浪漫譚

ーーーーーー




「……」


「……」


 私はアッシュを見つめている。


 しかしアッシュは此方に視線を向けず、何も言わずにティーカップを見ている。


 見てはいるが、ティーカップを見てはいない。ただ眺めているだけで完全に心ここに在らずだ。


 ……確かにキツい言い方になったかも知れない。


 しかし能力的にも状況的にもアッシュとバルドゥーグの一対一は認められなかった。


 アッシュとバルドゥーグの能力は拮抗していたし、時間をかけ過ぎれば身動きが取れなくなる可能性もあった。

 事実ザグレフが憲兵を連れ出したせいで黒豹戦士団を潰し切る事が出来なくなったし、あの時アッシュが邪魔をしなければ少なくともバルドゥーグだけは確実に殺せていたのだ。


 つまり私の判断に間違いは無い。寧ろそれを個人的な感情で邪魔したアッシュの行動にこそ問題が有る。


 ……って言いたい。


 しかし私はそれを口に出さず、黙って茶をすする。


 そもそもアッシュはここに着いてから直ぐ様私に謝罪しているのだ。


 自分の行動の間違いを理解しており、バルドゥーグを逃した事は自分の責任だと言っていた。


 まぁ、()()()()()分かっているかは多少疑問だが、反省していたのは確かだ。


 そして私もその謝罪を受け入れこうして茶を飲んでいる訳なのだが──


「……」


 アッシュはずっとこんな感じで何か含みがある態度をとっているのだ。


 なんかこう、モヤモヤする。


 レナも何故かジト目で私を見ているし、アッシュはこうだし。


 いや、絶対私悪くないよね?大体アッシュも私に謝ってんじゃん。

 なんで私が悪いみたいな空気になってる訳?


 ……はぁ……。


 まぁ、私としても思うところが無い訳でも無い……。


「……アッシュ」


「……へ?あ、何だよ師匠」


「すまなかった」


「いっ!?」


「……気付いているだろうが、私は最初からバルドゥーグを狙っていた。確かにお前の行動は間違っていたと思うが、その事をお前に話していなかったのは私だ。お前とバルドゥーグの確執を知っていたからお前には話さなかった。反対されるのは目に見えていたし、だからと言ってお前に戦わせてやれる状況でも無かったからな。だが、チームの一員であるお前に隠していたのは私の過失だ。お前が動揺するのも考慮すべきだった。そこはすまなかったと思っている」


 私はそう言うと同時に立ち上がり、そして頭を下げた。


 アッシュとレナはかなり驚いた様子で私の方を見ている。


 ……まぁ、その実これは建前だ。


 私はボロボロになったアッシュを見た時から、ずっと自分の手でバルドゥーグを始末したいと思っていた。


 あの時はライラ達に諭され冷静さを取り戻してはいたが、ずっと自分の中で殺意が燻っていたのだ。


 その為に配下達にバルドゥーグを見張らせて下準備を整え、そして黒豹の殲滅を決定した時点で行動に移させていた。


 幾つかパターン毎に指示を出していたが、おおよその流れは全て同じで衆人環視の下で私がバルドゥーグを叩きのめすもの。


 “アッシュ以上の屈辱を味あわせて殺す”


 なんの事は無い。


 私は私の憂さ晴らしの為に動き、そして実行しただけなのだ。

 まぁ前述の状況が嘘と言う訳では無いが、しかしアッシュの感情は完全に切り捨てていた。


 ……自分の感情を優先する為に。


 論理的に言えば私に過失は無い。しかし感情的に言えば私にも過失は有るだろう。


 だから私は頭を下げたのだ。


 ……理由の全てをアッシュに話すつもりは無いが。


 アッシュは慌てて口を開く。


「あ、頭を上げてくれよ師匠!さっきも言ったけど俺が悪かったんだよ!なのに師匠に頭下げられたら変な感じになるだろ!?」


「悪かった……本当に悪かった……」


 私は更に頭を下げる。


「良いって!!頼むから頭上げてくれ!!」


「すまない……本当にすまない……ッ!」


 私は更に更に頭を下げる。


「だから良いって!!頭下げ過ぎて前屈みたいになってんじゃんか!!」


「こんな……こんな私を許してクレメンス……?」


「許す!!許すからッ!!クレメンスとか意味わからんけど許すから頭を上げてくれ!!」


「……ッ!ファッキューアスホール!」


 ──ガシッ!──


 私とアッシュは強く手を握り合う。


 アッシュは若干疲れた顔をしているが、どうやら私の気持ちを分かってくれた様だ。


「……どんなやり取りしてんのよ……」


 私達の熱い師弟関係を見ていたレナが、呆れた顔でそう言った。


「見れば分かるだろう?師弟同士の熱いやり取りだ」


「……私の知ってる熱い師弟関係とは違う」


「……お前の中には私に望んだ答えがある様だな。だったらそれを自分の答えに──」


「全然良い事言ってないからね?ファッキューアスホール」


 あらやだ下品な娘。


「……それでどうすんのよ」


 レナは肩を竦めてそう切り出す。


「“どうする”とは?」


「黒豹戦士団の事よ。全滅させて様子を見るって話だったのに、この状況じゃほぼ不可能に近いでしょ」


 ああその話か。まぁ、確かに流れで方針変更したし説明は必要だろう。


「……別に問題は無い。全滅こそ出来なくなったが、これでアバゴーラの手駒と()()()黒豹はまともに動く事は出来なくなったし、アバゴーラ自身も相当に動き辛くなる筈だ。アバゴーラが動いたとしても何らかのスキルでザグレフに操られているという疑いが付いて回る。奴の目的は未だに謎のままだが、少なくとも公には出来ない何かがある筈だ。そしてあれだけの騒ぎになった以上、それを探ろうとする者は私達以外にも出て来る。そういう連中を警戒して下手な手は打てない」


「成る程ね。でも連中に籠られたら手出しは出来ないわよ?」


「まぁ、それはそうだが恐らく籠る様な事にはならない筈だ」


「それはどうして──」


「ちょっと良いか?」


 私とレナの会話に割って入る様にアッシュが声を出した。


「……なんだ?」


「いや、すげぇシンプルな疑問なんだけどさ。アバゴーラの住んでる場所も分かってんだし、直接忍び込んでどうにかすりゃ良いんじゃねぇか?黒豹戦士団れんちゅうはこっちの戦力を相当低く見積もってるだろうし、正直どうとでも出来ると思うんだけど」


「……はぁ?」


「い、いやそりゃそうだろ。師匠が本気出しゃ黒豹戦士団なんて目じゃねぇし、レナだって居るじゃねぇか。師匠の配下達も居るし、最悪壁を壊して入れば──」


 ──ゴスッ!!──


「ッッてぇぇ!?何すんだよ師匠!?」


 アッシュは私に殴られた頭を押さえ、涙目で此方を睨む。しかし睨みたいのは此方の方だ。


「……フィウーメに来る前に散々説明しただろうが。“五壁都市フィウーメには城壁結界と呼ばれる高度な技術体系が存在しているらしい”とな。元々辺境の一貴族でしかなかったアバゴーラの一族が、ここまで巨大な国家を牛耳るに至ったのはその突出した技術を有しているからだ。まぁ、同様の技術は他の国家にも存在しているが最も秀でているのはアバゴーラの一族だと言われている。“城壁結界”は平たく言えば城壁に尋常じゃない程のステータス補正をかけ、その上空にも必要に応じて障壁を形成する事が出来ると言うものだ。フィウーメの中心に据えられたダンジョンから魔力を引き出し利用する事で、長期間その状態を維持可能だと言われている」


「……あー……なんかそういや聞いた様な気がして来たな。“本当にネズミ一匹入れないから、手間がかかるけどしっかり冒険者やって謁見の機会を狙う”とかなんとか……」


「そうだ。全く……。それでなくとも我々の様な魔物が跳梁跋扈するこの大陸で、只の石壁が何の役に立つと言うんだ?そんなもん簡単に破られるだろ。少しは頭を使え」


「わ、悪かったよ!分かったから!もう忘れない!」


 アッシュは必死に手を振ってそう言う。


 まぁ、頭を使うのは私の領分だし問題は無いのだが、最低限必要事項くらいは覚えておいて貰いたいものだ。


 話がひと段落した事を察したレナが、再び疑問を浮かべる。


「……それで話しを戻すけど、どうして連中が籠らないって言い切れるの?」


「理由はいくつかある。先ず、“アバゴーラが黒豹に権限を与えた”と言う事実だ」


「……って言うと?」


「先程も言ったがアバゴーラが黒豹に不用意に権限を持たせた為にその動向は注視される事になった。だが、アバゴーラ自身もそれはある程度想定した上で黒豹に権限を持たせた筈。つまりそのリスクを上回る“何か”があるからこそ現状になっている。だからこそ、動き辛いからと言ってそれは容易く諦められるものでは無い筈だ」


「成る程ね……」


「そして次に黒豹の追放が解かれた事だ。恐らくだが、アッシュとの一件が引き金で黒豹戦士団の追放処分が解かれている。本来なら捕縛される筈のバルドゥーグだったが、手駒が減るのを嫌ったかザグレフに諭されるかしたアバゴーラが強権を振るったんだろう」


「なんでそれが分かるの?」


「ザグレフとのやり取りからだ。奴は“軍事的な空白を埋める為に黒豹が雇われた”と言っていたが、アッシュがボコられた時点では明確な理由や説明が無く、ギルドの連中もかなり困惑していた。つまりその時点ではザグレフの言っていたカバーストーリーが存在しておらず、後付けで決められた可能性が高い。そしてここから読み取れる事が膠着状態にならない理由に繋がる」


「……“読み取れる事”?」


「“アバゴーラとザグレフの思惑は違う”と言う事だ。ザグレフは重要な局面で手下の暴走を許す様な馬鹿じゃない。つまりザグレフにはバルドゥーグが騒動を起こせばアバゴーラが追放処分を解くという確信があってそうしたんだ。そしてアバゴーラは後手に回り、後付けで体裁を整えた。仮にアバゴーラが望んだ状況なら、最初からカバーストーリーは用意している筈だ」


「……まぁ、確かに納得出来る内容だけど、黒豹の目的が分からないわよ?何の為にそんな事を?追放を解かれるのは確かにメリットかも知れないけど、結構リスクの有る話じゃない?」


「詳しくは分からん」


「……あんたねぇ……」


「仕方ないだろう。結局の所情報不足は否めないんだからな。……だが、黒豹の立ち回りから考えるなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「「「!?」」」

 

 私の言葉に三人が顔を歪める。


「……なんか分かんねぇけど大事おおごとになって来たな」


「何で僕の部屋でこんなヤバい話してるんだが?」


「……何でそんな事が分かるの?」


「レナ、考えても見ろ。奴等がフィウーメに入ってからの立ち回りは、全て黒豹戦士団とアバゴーラとの繋がりを強調するものだ。アッシュとの一件然り、今回の一件然りな。私達やレナを本気で狙っているなら、他にも幾つか手はある。人質を取って私達だけをおびき出したりな。だが奴等は意図的に大立ち回りを演じ、わざと衆人環視にアピールしている。あそこまですれば探りを入れる輩が増えるのは誰であろうとも分かる話だ。必然的に考えれるのは、それが奴等にとって都合が良いと言う事。ならば考えられる理由はそう多くはない」


「……それで“失墜を狙ってる”って読んだ訳ね。でも、それだと実働を担ってる黒豹戦士団自体も“割”を食う事になるんじゃない?」


「ああ。だが、黒豹戦士団の団長はザグレフでは無い。実質的な支配者は間違いなく奴だが、登録されている団長は別に居る。仮に責任問題に発展してもそいつの首を差し出せば問題は無い筈だ。それにザグレフも言っていたが、都市国家の自治は都市長の判断が優先されるし、大きな責任は問われないだろう。精々特権の抹消と団の解散くらいだ。……ただこれは黒豹戦士団だけの話で、連邦議長の重責にあるアバゴーラは違う。連邦法を無視して黒豹戦士団を引き入れ、そしてその黒豹戦士団が問題を起こしたとあれば他の評議員から相当な槍玉を食らう筈だ。落とし所としてアバゴーラが現職を退く事は十分にあり得る。そして黒豹はそれを狙う評議員と繋がっている──と、考えられるだろう。……長々と話したが、私はここまでが実はザグレフが用意したカバーストーリーだと思っている」


「……また複雑になって来たわね。でもどうして?」


「ザグレフは馬鹿では無いが、アバゴーラもまた馬鹿では無いからだ。アバゴーラも裏で暗躍しているザグレフ達を見過ごす訳が無い。黒豹達を自分の屋敷に匿っているのも監視の為の側面が強いのだろう。だからザグレフは表向き……いや、“アバゴーラ向き”にはアバゴーラの政敵がアバゴーラの失墜を狙っている様に見せかけ、それを自分達の目的の隠れ蓑に使っているんだと思う」


「その根拠は?」


「“勘”」


「殴って良い?」


「……まぁ待て。根拠がないのは事実だが、現状無視出来ない可能性が残ってるんだ」


「……何よ可能性って」


「黒豹とレナを襲って来た白龍ダイアモンドドラゴンとの繋がりだ。白龍ダイアモンドドラゴンはレナ達を殺そうとし、アバゴーラは恐らく生かしたまま捕らえようとしている。そしてこの二つはアプローチこそ違うが、二人の神託者オラクルを中心にしているのは間違いない。ナーロにも聞いたが、白龍ダイアモンドドラゴンは先ず間違い無く連邦以外の勢力に属する魔物らしい。ザグレフ達がその勢力に組し、連邦を裏切るつもりなら、先程レナが言った“割”にも合うんじゃないか?ナーロ、この部屋で話してるのはお前が狙われる可能性がかなり高いからだ。後、引っ込みが付かないくらいにズブズブに引き込む目的も有る」


「……聞くんじゃなかったんだが……」


「ナーロの話を間に挟まないでくれる?それで黒豹とアバゴーラが別の目的で動いてるんだとして、膠着しない理由は?」


「ああ。さっきも言ったザグレフ達のカバーストーリーだが、恐らくアバゴーラはそれをかなりの確度で信じている。実際に政敵の一つであるバトゥミの勢力には動きがある訳だしな」


「バトゥミの勢力……?」


「ナーロだ」


「あー……」


「そう言う事だ。実際には誤解だが、連中からしたらそれは分からない。そしてアバゴーラを探る勢力が動き出し、黒豹達との関係が表沙汰になった以上、形はどうあれアバゴーラにはザグレフ達を生かしておくつもりは無い筈だ。都合良く“()()()()()()()()()()()()()()()()()”なんて噂も立っているし、殺すつもりなら好機とも言えるだろう。事後処理が楽だからな」


「……あんたまさかそれを見越して……?」


「さぁ?」


「なぁ、ナーロ。そういやお前何歳なんだ?」


「馴れ馴れしいゴブリンなんだが。……まぁ特別に教えてやる。19歳なんだが」


「「「19……!?」」」


「19……ッ!……は、話が脱線したが、兎に角好機ではあるがアバゴーラが動けるタイミングはそう長くない。必要以上に長引けばアバゴーラが強制系のスキルの影響を受けていないか調べようとする者達も出て来るし、それで“白”だと判明すれば都合が悪い。黒豹を殺す正当性が薄まるし、アバゴーラを勘繰る者が更に増えてしまうだろうからな。……ここからは話が少し逸れるが、ここ最近フィウーメに大量の物資が運ばれているのは知っているな?」


「ええ。グリフォンの時のキャラバンとかもそうだけど、なんだか()()()みたいになって来てるわよね」


「そうだ。ザグレフも言っていたが、スロヴェーンと人間共の戦争が終結した事で、連邦も軍備の再編成を行なっている。そして連邦の都市国家に沿う形で幾つかの国軍が移動していて、もうすぐこのフィウーメ近郊にも駐留するらしい。そして必要になるであろう物資を利に聡い商人達がこぞって運んでいるんだ。ナーロ様の様にな」


「成る程ね。それで──」


「す、すげぇッ!!これ、コハクオオクワガタの大歯形だいしけいじゃねぇか!!しかも8センチを超えてる!?こんなの初めて見たぜ!!」


「ほほう?僕のコレクションの凄さが分かるとは、中々のゴブリンなんだが。なら、これは分かるんだが?」


「……ま、まさかそんな……ッ!こ、これは本物なのか!?」


「……フフフ。どうやら分かるみたいなんだが?そう、アトラスミンミンゼミのつがいなんだが。雄50匹に対して雌は一匹。しかもそもそもアトラスミンミンゼミ自体の個体数も極めて少なく、かなりの希少価値が付く。しかしこれはそれだけじゃないんだが。これは色素が無い白色個体のつがい。その価値は金貨にして100枚は下らない。いや、金を出せば買える物でもないから、それ以上の価値があると言って良いんだが」


「すげぇーッッ!!すげぇぜナーロ!!剥製って気持ち悪い趣味だと思ってたけど最高じゃねぇかッ!!」


「ハッハッハ!どうやら僕の凄さが分かったんだが?実は昆虫は昆虫で別室にコレクションがあるんだが。見たいんだが?」


「見たい見たい!!見せてくれ!!」


「──お前達良い加減にしろ。大事な話の最中だぞ。それと私も見たいから後で一緒に行く」


「「了解」」


「……貴方まで……」


「仕方ないだろう。昆虫はロマンだぞ」


 蟻も好きだしな。


 レナは疲れた顔で続ける。


「……それで?」


「ああ。それでその国軍の一部がどうやらフィウーメ近郊の都市国家で徐々に姿を消しているらしいんだ。これはナーロの方が詳しい。説明してもらえるか?」


「え?あ、ああ分かったんだが。前提として、僕の商会はフィウーメ近郊の都市国家のほぼ全てに支店を出しているんだが。そこから移動して来る軍隊の数と動きを把握し、それに合わせて仕入れなんかをしているんだが、場所によって予定している数量よりも多くはけたり、逆に売れなかったりしているんだが。これはまぁ普通と言えばそうなんだが、今回の売れ方には僕ら商人にしか分からない“癖”がある売れ方で、補給無しで長距離を移動する軍隊が、本隊から離れる時の売れ方なんだが。だけど近隣の都市国家からそんな移動をする軍隊は見つかってない。だとしたらその物資を抱えて周辺に駐留している連中が何処かに居る筈なんだが」


「……そんな事がよく分かるわね」


「分からない奴がグインベリ業主会の書記長になんて成れる訳が無いんだが?」


「まぁそりゃそうね。それで──ってまぁ、ここまで聞かされたら流石に分かるけど、一応貴方から聞かせて」


「……そうだ。レナも理解している通り、その消えた軍隊は間違いなく先行してフィウーメに向かっている。秘密裏にアバゴーラからの命令を受けてな。まぁ、アバゴーラは最初から黒豹を始末するつもりで段取りをしていたと考える方が自然かも知れない。しかしアバゴーラには黒豹戦士団を始末する前に連中にやって貰いたい仕事が残っている。黒豹討伐は公にしても構わないが此方はそうは行かない仕事だ。それが──」


「“私の確保”って事ね」


「……そうだ」


 レナは納得した様に頷き、アッシュは完全にワケワカメの顔をしている。


 ナーロは呆れた様な顔で此方を見ると、手元のお菓子に手を伸ばした。


 私は三人に向き直り続ける。


「黒豹達を始末する為の戦力が確保されつつ有り、そして住民達には都合の良い噂が流れている。アバゴーラが動くには十分な条件が揃っている筈だ。後はそれを受けて白龍ダイアモンドドラゴンがどう動くのか。アバゴーラが何を隠しているのか。それを見極める。念の為言っておくが、アバゴーラの軍隊がフィウーメに到着してからでは私達も手間が増える。奴等が動けば速攻で決着ケリを付けるぞ」


「「了解」」


「ナーロも返事しろ」


「え?僕は部外者のつもりなんだが?」


「手遅れだ。私が捕まったら速攻でお前に責任をなすりつけるからな」


「ひぇ……」




ーーーーーー




 長い廊下を二人の人影が歩く。


 一人は長身痩躯の黒豹の獣人ライカンで、もう一人は亀の獣人ライカンだ。


 亀の獣人ライカンは周囲の様子を伺うと、小声で黒豹に話し掛けた。その声は見た目からは読み取れなかったが、かなり若い。


「……予定より早いが、()()()()()()()“軍隊を動かせ”と仰られた。準備は滞り無いか?」


「ゴホッ!!……ええ。順調ですよ。貴方に術式を開示して頂けましたしね。ただ、いつまで猶予があるかは聞いておきたい所です」


「先発隊が来るのが後3日程で、本隊が到着するのはそれから2日程後だ。私の方も予定通りに進んでいるが、もう少し急いだ方が良いだろう」


「ゴホッ!!……分かりました。しかしあのトカゲにはしてやられましたね。あれのせいでアバゴーラ様が想定よりも早く動き出しましたし、余裕が無くなってしまった。神託者オラクルを殺す必要も無くなりましたし、彼等には用が無かったのですが……どうにも殺さずにはいられません。殺しても構わないですか?」


「何を言っている!!奴等が神託者オラクルを抑えているから我々がこうして動けているのだろうが!!」


「フフフ。ゴホッ!ゴホッ!!……ふぅ。それは分かっていますよ。私が言っているのは()が終わった後の事です。確かに奴等を殺せば神託者オラクルは解放されますが、神託者オラクルはアバゴーラ様が保管しているアテライード・ドルレアンをくれてやれば引き下がるでしょう?あの方も神託者オラクルに手を出すのは懲りてそうですし」


「……好きにしろ。その時に奴等がフィウーメに残っているとは限らないがな」


 それだけ言うと、彼は足早に歩を進めた。


 黒豹の視線が無くなった頃、彼は少しだけ痛む自分の額に手を伸ばす。


 そこには彼の上役に付けられた、痛々しい傷跡が有った。





ーーーーーー






 

お久しぶりです。作者の千葉丸才です。


随分と更新が遅くなりましたが、まだ仕事とプライベートがごたついてまして更新頻度は下がったままになると思います。


出来れば気長に待って頂けると嬉しいです。


そして、遂に12件目のレビューを頂きました!!

はじめさん、メッセージでも言わせて頂きましたが、本当にありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[良い点]  豚トカゲいたんだ。ファッキンアスホール。  ところで、この世界の言語ってどうなってます? [一言]  更新お疲れ様です。
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