無意味
ーーーーーー
『……ここは?』
少年は目の前の異様な光景に呆然とし、必死に自分の記憶を辿る。
あの化け物の様なオーク達を倒し、そしてどうにか一息付けた後、村では小規模ながら宴が催された。
勿論、諸々の問題を抱えたままであり、村を上げての宴という訳では無いが、それでも父はとっておきの酒を出し皆に振る舞った。
普段なら絶対に自分には酒を飲ませようとしない父だが、その日は好きなだけ飲めと勧めてくれた。
もしそれが何もない時なら少年も素直に喜んだだろう。しかしその日父が少年に酒を勧めたのは、それが祝いの席だからでは無い。
“呑んで忘れろ”
そう言われているのが少年にも分かった。
少年がオーク達の宿営地に向かったのは、オーク達の情報を仕入れる為だった。
戦力とココの村の住民達の安否を確認し、そして可能ならばいつ自分達の村に攻め込むのかを探る様に言われていた。
自分がその任務に立候補した時、父は当然ながら強く反対したが、少年はそれを押し切った。
“自分達の村は自分達で守りたい”
あのトカゲ達の手前それを口に出す事は出来なかったが、少年は強くそう思っていたからだ。
そうして覚悟を持って望んだ任務だったが、結果として少年は失敗した。
オークの王の持つ“支配”と呼ばれる恐るべき力で、抵抗する事すら叶わなくなったのだ。
少年に残されたのはオークの王に必死に懇願する事と、そして万が一の時にと教えられていた場所で開門をする事。
それは入り口を背にし、開門出来るギリギリの距離。
そうする事で少しでも発見を遅らせ、逃亡の時間を稼ぐ為だと聞かされていた。
失意の中、村への入り口を開いた少年だったが、次に聞こえたのは忌むべき男の声だった。
「よお黒南風。シンプルな罠だったろ?」
「!?」
その直後、少年の視界は雷光に包まれた。
──結局、少年に任された本当の任務は情報を引き出す事では無く、囮としての役割だったのだ。
その功績で村が救われたとか、お前は村の英雄だとか、散々褒められはしたが少年の心は少しも晴れなかった。
自分の任務は他の誰にでも務まる任務で、その上失敗する事を前提にされていた。
結局のところ村の住民達も、そしてあのトカゲ達も、自分の事をかけらほども信用していなかったし当てにもしていなかったのだ。
少年は悔しかった。
信用されなかった事がではない。
事実、自分が信用に値しなかった事こそが、少年の心を曇らせていたのだ。
結局少年は出された酒を一口も飲まず、そのまま眠りについた。
──ついた筈だった。
『よう坊主』
『!?』
少年は声が聞こえた方を振り向く。
そこには何かが居た。
『……ッ!?』
少年は困惑する。
そこに何かが居るのは分かるのに、それが理解出来ないのだ。
“見えない”や“聞こえない”と言った感覚的なものでは無い。
“理解出来ない”のだ。確かにそれを見ている筈なのに。
まるで深い海の全てを見る為に海面を覗き込んでいる様な、天を貫く巨大な山の全容をその麓から強引に視界に収めようとしている様な、スケールを間違えた不自然な感覚。
しかしこの何かはそんな不自然な形でしか見る事が出来ない。
これは一体──
──な──に──
────
あれ?──
『ああ、認識しようとするな。目を閉じろ。幾ら加減してるとは言え、俺はお前達程度では見る事も叶わない。そのまま見続けたら自我が消えるぞ?波に戻る飛沫の様にな』
『!?』
慌てて少年は目を閉じる。その存在の言葉が嘘ではないと即座に理解出来たからだ。
そして少年が落ち着いた頃、その存在が再び話し掛けて来た。
『……さて、坊主。“力”が欲しいか?』
『力……?』
『そうだ。お前も理解しただろうが、俺には相応の力がある。それこそお前達の暮らす世界くらいなら息を吐くより簡単に消せるくらいのな。まぁそんな無駄な真似はしないが、そのほんの一部をお前が望むならくれてやる。そういう話だ』
『欲しい』
『良いな。即答は好きだ。無駄が無いからな。まぁ、無駄じゃないものなんかこの世界には無いが。それでは一つ聞こう。坊主は“何の為”に力が欲しい?ああ、言っておくが回答によって何かが変わる訳でも無いし、坊主に力をくれてやるのも変わらない。ただ理由が知りたい。いや、理由は知ってる。坊主の口から聞きたいだけだ』
『……』
少年は少しだけ考える。
この存在の言う事は事実だろう。そもそもこの存在にとって少年は何の価値も無い。
ほんの気まぐれ程度に興味を持っただけに過ぎず、少年を騙す事に何の旨味も無いからだ。
その事はその存在を目にした少年には直感的に理解出来ていたが、“何の為”と言われた時に自分の気持ちを上手く言葉に出来なかったのだ。
やがてどうにか自分の気持ちをまとめた少年は、ゆっくりと口を開いた。
『……自分の事を認めてやりたいからだ』
『“誰かに”では無く、“自分の事を”なのか?』
『ああ。……今まではずっと、そのうち親父みたいに強くなれるんだと思ってた。適当に狩りやって、適当に戦う練習してりゃあ強くなってみんなから認めてもらえる。そう思ってた』
『違うのか?』
『違った。“いつか強くなれる”じゃあ駄目だった。この世界じゃいつ何が起きるかわかんねぇ。必要な時に、必要な強さが無けりゃそこで終わる。……今の俺じゃあ今回みたいな事があったら何も出来ずに終わっちまう。いや、終わっちまうんじゃねぇ。何も始められ無いまま死んじまうんだ。……そんなの納得出来ねぇ。犬死にでも、無駄死にでも、せめて自分だけは納得して死にてぇ』
『ははは!“納得のいく犬死に”がしたいのか?』
『ちげぇよ!……いや、違わないのか?』
少年は自分の言葉に困惑する。
やはり彼にとって自分の気持ちを言葉にするのは難しかったのだ。
『ははは。坊主との話は面白いな。こうなると分かっていても、やはり面白い』
『こうなると分かっていた?』
『ああ。俺らは全てを知っているし、全てを内包している。森羅万象の全てをな。そこには時間なんてものは意味をなさ無い。まあ、意味なんてものは俺らの中にも無いがな』
『??』
『分からなくても良い。分かる意味も無い。それじゃあ力をやろう』
その存在がそう言った直後、少年の体を柔らかな光が包んだ。
『……これは?』
『“きっかけ”だ。坊主の魂には最初から力が刻んである。俺がそれを呼び起こしてやったんだ。力の名は“エルレガーデン”。使い方は坊主は既に知っている。使い熟せるかは別だがな』
『……これで強くなれたのか?』
『少しはな。だがアッシュが望む程は強くない。お前の望みはお前が思うよりもずっと高みにあるものだ』
『……“アッシュ”?』
『そうだ。それが坊主の名だ。その名に意味は無い。まあ意味のあるものなど在りはしないがな。……さて、そろそろ時間だな』
『……ッ!?』
その存在がそう口にした直後、アッシュの意識が霞んで行く。
『このくらいにしよう。余り長い時間俺と居るとアッシュが消えてしまうからな。俺の名は武神“タケミナカタ”。まぁ俺らの名前など意味は無いが、お前達の認識に合わせる時は一応そう名乗っている。区別が付かないとお前達が混乱するからな。そしてアッシュ、お前の名前に意味など無いが──』
そしてアッシュの意識が消える直前、タケミナカタの最後の言葉が響いた。
『お前ならその名に意味を持たせられる筈だ』
ーーーーーー
「……ちょっと。いつまで遊んでんのよ」
私が13人目の蜥蜴人を振った時、レナがそう言って話し掛けて来た。
そうは言うが私だって遊んでいる訳では無い。
あの後、ザグレフ率いる黒豹戦士団が引いた事で繁華街は若干お祭り騒ぎになっていたのだが、そのどさくさ紛れにジャクリーンが私に愛の告白をして来たのだ。
「一目見た時からずっと好きでした。貴方の事を思うと夜も眠れず、その想いを日記に綴っているくらいです」
──ドン引きである。
完全にヤバい奴だ。始末しなくては。
しかし私が彼女を始末するよりも前に声を上げる者が居た。
「どう言う事だジャクリーン!!お前はコイツと付き合っているんじゃないのか!?そうやって日記に書いていただろッ!!」
そう、先ほどの冒険者だ。
どうやら彼等は恋仲にあった様だ。そして彼女の妄想日記を覗き、私と関係が有ると誤解していたのだろう。
そう思った私だったが、ここから更に怒涛の展開が訪れた。
「あ、貴方誰よ!?なんで……なんで私の日記の中身を知ってるの!?」
──ホラー展開である。
マジで“ヒェッ……”ってなった。
そして始まる恐怖の修羅場。
冒険者もとい腐れストーカー蜥蜴は必死にジャクリーンに言い寄る。“俺だよ!忘れたのか!?”と。正直私もかなり怖い。
ジャクリーンは誰かも分からない男に言い寄られ恐怖に顔を歪めて私に助けを求めて来た。
流石にこのまま放置するのも不味いので、私はストーカーをボコると“支配”で今後ジャクリーンに関わらない様に誓わせ、そしてジャクリーンには婚約者が居る事を理由に告白を断った。
ジャクリーンは泣きながら“思い出をありがとう……”と言って去って行ったのだが、何故かその流れで私に気がある蜥蜴人の女性が次々と告白して来たのだ。
まぁ、ジャクリーンとのやり取りで婚約者が居る事は周囲にも知れていた為にスムーズに断る事が出来ていてのだが、何人かは妾やら第二夫人やらを主張して来て断るのに手間取った。
とは言え女性を雑に扱うなとマジーロゥに苦言を呈されているし、衆人環視の中でそんな真似をすると折角の築いた印象が悪くなってしまう。
そんな訳で丁寧に断っているのに、レナには遊んでいる様に見えると言うのだ。
「遊んでいる訳では無い。彼女達の気持ちに誠実に答えているだけだ。折角築いた印象を台無しにしない為に──」
「“さっさと切り上げて移動しよう”って言ったわよね?“自分としては望んでない”みたいな言い方だけど、明らかに女の子達にチヤホヤされて喜んでんじゃない。何でそんな自己顕示欲と承認欲求が強い訳?コンプレックスでもあるの?負け犬思考なの?」
止めてくれレナ。その術はオレに効く。
「……まぁ、本当の理由はあっちでしょうけどね」
レナはそう言って背後を指差す。
そこには明らかに気落ちしているアッシュの姿があった。
「……さっさと話しなさい。謝るなら早い方が良いわよ」
「……」
私は何も返さず、暫くアッシュの方を見ていた。
ーーーーーー
遂に11件目のレビューを頂きました!
メッセージでも言わせて頂きましたが、シンヤさん本当にありがとうございます!




